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はまかず文庫コミュの【月砂】壱:歪む闇

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  Interlude…


 一年前、東欧の片田舎。
 大きなワイン農家を経営する男の館で、この悲劇は始まった。
 そこは、人口2000人弱の小さな町。その町長でもある男の屋敷は、深い森を背負うような形で、町を見下ろせる丘の上に建っていた。


 その裏の森で、ひとりの女が行き倒れたところを屋敷の使用人が発見する。
 水に濡れたように艶やかな黒髪と大理石の肌。吸い込まれるような紅玉の瞳を持つ美しい女だった。


 その姿に、一目見た瞬間に心を奪われた男はそれを素直に女に告げ、女が他に行く当てが無いことを知ると、まずは、と逗留することを薦めた。
 女もそれを了承し、男の純朴な性格とその一途な好意に折れるように、程なくして女は男の妻となった。



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月砂の孫娘
壱:歪む闇

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 ――――その直後から、屋敷では奇妙な病が流行りだした。



 まず発症したのは、屋敷の主と住み込みで働く数名の使用人。
 それは、陽の光に当たると気分が悪くなり、皮膚が爛れるという奇病だった。
 そのため彼らは屋敷に野菜やミルクを届けてくれる商店の者たちに、これからは陽が落ちてから届けてほしいと注文を出した。
 それを店主たちは不思議に思ったが、しかし素直にそれに従う。


 次に病に掛かったのは屋敷に通いでくる使用人と、屋敷に物品を納めていた店子だった。
 体調を崩したある者は店をしばらく閉め、ある物は夜中に平然と店を開けた。


 さらに感染は広がる。
 店子に次ぐように病に冒されたのは、屋敷の主が経営する広大なブドウ畑で働く者たち。
 陽の光が何よりも大切なブドウ栽培に従事するものが感染したことで、近隣の都市で素朴だが丹念に作られていて、質がいいと評判だった男のワインは味を落とす。



 ――――花の香りをもつ赤ワインは、血の味に変わった。



 同時に、その農場で働く者や通いの使用人など病に犯された者たちの家族にも、病はその毒手を伸ばした。
 一人の感染者から数十人の新たな感染者が生まれる。たちまちのうちに広がる病。町はたったの数週間で病に呑まれた。


 未曾有のバイオハザード。
 だがそう思うのは、世界の裏側を知らない者だけ。この病は、世界のいたるところで密かに猛威を振るっているのだから。


 ねずみ算式に増える感染者。
 彼らの虹彩は一様に紅く染まり、口には乱杭歯が並んでいた。



 ――――人口2000人の町は、屋敷を訪れたひとりの女吸血鬼によって、死都と成った。



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「それで。教会の狗どもは、いつごろここに来るとうぬは思うのだ?」

 妖艶なドレスで身を包み、なまめかしい黒髪を背中に流した死徒の主が、テーブルの向かい側に座る男に尋ねた。
 女はこの館の主人の妻であり、高位の死都、ヴァンパイアと呼ばれる存在であった。

「―――と、言われてもな。吾(われ)の占いでは、どうなるかは読めてもその時期までは読めぬぞ?」

 真剣な眼で問う女に、くつくつとした含み笑いを返す白髪の男。短く刈り込まれた髪こそ白いが、男の年齢はまだ四十歳そこそこのように見える。
 だが、女が死徒であるように、若く見える男もまた常人ではない。
 彼は自らに延命の魔術をかけて、時の理に反旗を翻すし、年齢はすでに130に届こうかとしている。
 男は世界の真理の探求者にして、神秘の体現者。魔術師であった。

「ち、喰えぬ男め。ならよい。教会が来て、それを迎え撃ったとしたら、私はどうなるかを占え」

「うむ、よかろう。それならばお安い御用だ」

 男は飲みかけのヴィンテージワインを脇に避け、テーブルの上に長方形のカードを五枚配った。


 トート・タロット


 男はこの七十八枚のカードをもちいた占いの、比類なき名手だった。
 とりわけアテュと呼ばれる特別な二十二枚カードをもちいる方式では、これ以上無い程の精度を誇る。

「では、始めようか」

 男の厳かな声と共に、一枚ずつカードがめくられる。


 一枚目、The Emperor(皇帝)。
 二枚目、The Tower(搭)の逆位置。
 三枚目、The Chariot(戦車)。
 四枚目、Fortune(運命の輪)。
 そして五枚目、The Devil(悪魔)の逆位置。


「……ふむ。状況はあまりよくないが、結果はそう悪くはないようだぞ?」

 表に返った五枚のカードの意思を読み、口角を吊り上げた。

「……これが、か? 解らぬ。四枚目まではともかく、五枚目はおどろおどろしい悪魔ではないか。お世辞にもよいとは思えぬのだが」

「ふむ、では解説しようか」

 男は再びワインを傾け、背もたれに深く腰掛けた。

「まず、The Emperor。意味は『支配』『安定』。これはたった一年で死都を成した君の状況そのままだ。
 次いで二枚目はThe Towerの逆位置。意味は『突然のアクシデント』。これはやはり先日の急報を、代行者の襲来を指すのだろう。
 だが三枚目にThe Chariot、四枚目にFortuneが出た。これらの意味はThe Chariotが『勝利』『援軍』。Fortuneが『転換点』『幸運の到来』。
 つまり、準備さえすれば、状況は好転すると言う暗示だ。そして―――――」

 トン、と男の指が女から見て逆さまに出た悪魔に落とされる。

「こいつがクセモノだ。The Devilは正位置なら『堕落』を指すが、逆位置になると面白い意味を持つ」

「そ、それは……」

「The Devilの逆位置。それは『回復』『覚醒』そして『新たな出会い』。
 この一件を乗り越えれば貴女は新たな力を得る、ということだ。いかがかな?」

 飲み干したワイングラスをこん、音を立ててテーブルに置き、男は女に、気障っぽい挑発の視線を向けた。
 その結果を聞いた女は、おお、と驚きの声を漏らし、その表情に張り付いていた闇が祓われる。
 思わず立ち上がった女は、気持ち興奮していた。死徒である彼女にとって、代行者の襲来というのは、それほどまでの危機であったのだ。

「そうか、よく言ってくれた。これで憂いはない。存分に準備をし、迎え撃てということだな!?」

「そう急くな。いつも言っているが、占いはあくまで占いだ。当たるか当たらぬかは半々といったところだぞ?」

「よく言う。いま行ったのは、魔術協会から封印指定まで賜ったうぬが、多量の魔力を用いて組み上げた占いの儀式であろう? 信用しておる」

 釘を刺すように言う男に、女は見返りの流し目と信頼の言葉を置いて、彼の私室を後にした。


「ふ―――。匿ってもらったのだ。これくらいの義理は果たすさ……」


 男はサイドテーブルに置いたデキャンタからグラスにヴィンテージワインを注ぎなおし、口に運ぶ。

 断っておくが、この男は決して女の連れ人ではない。
 彼女のかつての主が教会に討たれた際、命からがら逃げ延びた女は、あの者たちから僕とした己の吸血鬼だけで身を護るのは不可能と判断した。
 そこで、死徒であると同時に束縛と強制を得意とする魔術師でもあった彼女は、積極的に教会や協会に追われる者たち……他の死徒や魔術師を受け入れ、傘下に加えた。

 彼もそのひとり。
 『封印指定』という魔術師にとって最大の名誉であり厄介事を背負い込んだ彼は、女にとって切り札といえる存在だった。


「―――く、くく。たとえ占いの結果を騙そうともな」


 すい、と机の上に置き去りになったままのカードを、男の手がなぞる。
 男の手が上空を通過し、篭められた魔術が開放されたとたん、三、四、五枚目のカード……彼女の“これから”を暗示する三枚が半回転した。男は魔術をもちいてカードの上下を入れ替え、女に示していたのだ。


 一枚目、The Emperor(皇帝)。
 二枚目、The Tower(搭)の逆位置。
 三枚目、The Chariot(戦車)の逆位置。
 四枚目、Wheel of Fortune(運命の輪)の逆位置。
 そして五枚目、The Devil(悪魔)


 だがそれに、女が気づかぬのも道理。
 占いのために魔力の充満した部屋。その中で、彼女よりも数段上手の魔術師であるこの男が、隠匿の魔術を重ねてまで痕跡を隠したのだから。
 よって、あの占いの本当の結果はこちらである。その、意味するところは――――

「―――対抗策を練る過程での暴走とそれによる注意力の欠如。そこに端を発する急激な状況の悪化。
 そして、The Devilの正位置。意味は拘束、堕落と……裏切り」

 くくく、と酔いの廻った男の口からは際限なく含み笑いが漏れる。


「さて―――、この結果を彼女に告げたとして、彼女はどうなったであろうな」


 取り乱し、なんとかせよとわめき散らす女の姿が眼に浮かぶ。
 なにより、男は女がこの部屋を訪れる直前に、教会の代行者が吸収した際の女の運命をワン・オラクル(一枚のみで占う方法)で導いていた。

「予想される教会の襲撃日は今より一週間後。さて、彼女はこの運命を超えられるかな?」

 サイドテーブル。
 女の不意の来訪に思わず伏せたカードの絵柄。それが空になったデキャンタの底のガラスを透ける。



 ――― Death(死神)。
 意味は終末、破滅、離散、死の予兆。忌み数、13を冠す悪夢のカード。



「ふ、ふふふ……」

 男の部屋には、何時までも男の笑いが反響していた。



 はたしてこの日より六日後の夕暮れ。
 埋葬機関第七位『弓』のシエルをリーダーとする代行者の特別部隊がこの死都を急襲した。


  Interlude Out



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 派遣された代行者部隊。
 特例的に、埋葬機関の七位がリーダーを務める部隊の今回の作戦はこうだ。

 まず先鋒が町の南に張られた防衛線を、強大な威力を誇る兵器で破壊。さらに中央に設けられた広場まで突貫し、群がってくる死者と屍喰鬼の群れを引きつけつつ、これを一掃する。
 この部隊を囮として、騒ぎが拡大するであろう小一時間ほど後。町の東西の展開した合計四つの部隊が町へと突入。
 敵が浮き足立つ隙をつき、敵の主戦力である女の傘下の魔術師や死徒を各個撃破。
 さらにサブリーダーからの、北の森の結界解除の連絡を待って、奇襲部隊の主力が北の森から突入。
 森一面に張られたトラップと結界のおおまかな配置と構成はすでに知れているため、ここを五名の精鋭のみで抜き、一直線にメインターゲットの女吸血鬼の首を狙う。


 今回の作戦の要は兵の質。


 特に重要な、最も多くの吸血鬼を相手にするであろう先鋒部隊と、メインターゲットを狩る部隊にはそれぞれこの作戦のエース。埋葬機関員二人を配置した。
 その後者。
 戦況を読みつつ、最も遅く進発し、敵首魁の首を掻っ攫う任に当たるのはリーダーのシエルである。前もって得た情報によれば、女死徒自身の戦闘能力はそう高くない。むしろ厄介なのは、その傘下に入った魔術師や死徒であるという。

 とどのつまり、この作戦はいかにしてこちらのエース。この場合はシエルを敵のキング―――いや、この場合はクイーンか―――に当てるかに尽きるのだ。

 そのためシエルは自らの意向で、選りすぐり代行者たちのみの部隊を編成した。その人数は約五十名。ひとりひとりが、小隊を率いるほどの実力の持ち主である。
 ともすれば、やりすぎの感もある大それた部隊編成。そんな無理が通ったのは、ひとえにナルバレックの暗躍によるものである。

 この死都の存在が聖堂教会に最初に露見したのは約二ヶ月前。
 だが度重なる女吸血鬼側の情報操作が項をそうしたのか、聖堂教会ははじめ、この情報を証拠不十分として保留した。
 それをテイクノートから拾い上げ、確たる証拠を叩きつけたのがナルバレックとその部下なのだ。

 面子を潰された形の聖堂教会の本隊は、そのことを公にしないことを条件に埋葬機関の提出した特別部隊の人選を呑み、次いでこの作戦に必要な存在として申告された、弓塚さつきの代行者昇進を渋りながらも承認したのであった。


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 死都の北東に潜伏する部隊。

「何度見ても、派手な作戦だね」

 作戦の大まかな流れが書かれたレジュメで最後の確認をした男が、それをバラバラにすると僧衣の上から着た、赤褐色の肩きりベストのポケットに捻じ込んだ。
 一連の動作で、彼が背中に流した黒い三つ編みが揺れる。
 身長178cm、体重68kg。
 すらりと長い足と細身の体躯は一見頼りなげに見えるが、その僧衣の下には無駄をそぎ落とされ、瞬発力と持久力を兼ね備えた最上級の筋肉のみが詰まっている。

 彼こそが作戦のサブリーダー、ラキアである。彼が担当する部隊の進発予定時刻まで、あと十分をきった。
 その構成人数は八名。ひとりを除き、いずれ劣らぬ歴戦の猛者揃い。その例外は、面持ちにまだあどけなさを残すルーキー、弓塚さつきである。

「準備はいいかい? さつき」

 ラキアは髪をいつものようにゴムバンドで括りながら、隣に座るさつきに話しかける

「はい、先生。いつでもOKです」

「それは行幸……と言いたいけれど、もう少し肩の力を抜きなさい。
 貴女だってあの『 黒剣 』とともにたくさんの死線を潜ってきたんだろう? もっと自分に自信をもっていい」

 緊張でガチガチになったさつきに、彼女の師匠であるラキアは優しくそう言い、肩に手をおいた。


 ヴァチカン守護部隊、十二番隊第三位、ラキア
 彼を語る上で特筆すべきは、その武術の腕であろう。
 魔術回路を殆ど持たない彼は、その全てを肉体強化に廻し、人生の大部分を信仰と武術にささげた。そして完成した彼の武は、それのみを見れば教会内において上位にも食い込む実力を誇る。
 彼はその技量と、立場上ヴァチカンから離れない境遇をアルトリアにかわれ、さつきに武術を叩き込むように頼まれたのだった。


 余談だが、ナルバレック預かりになったばかりのシエルに、武術の基礎を叩き込んだもの彼であったりする。
 それは彼がナルバレックの数少ない友人で、かつ強烈にサディスティックな彼女に意見できる数少ない存在であるためだが……これ以上はまだ別の機会に語ることにしよう。


 師の掌の温かさが、さつきの緊張を少しほぐした。まわりを見回せば、先輩代行者たちは思い思いの方法で集中を高めている。
 作戦開始まであと数分。


「――ふぅぅぅーー……、すぅっ―――」


 出来る限り長く息を吐き、その反動で息を吸い込む。
 さつきがラキアに教わった深呼吸法。瞳を閉ざし、呼吸に合わせて意識を体内に埋没させる。
 丹田に気を溜め込む感覚。瑞々しい血液を全身に巡らし、皮膚の下で筋肉が拍動する様を幻視する。
 住まいを日本からヨーロッパに移して既に二年。
 過酷な鍛錬に幾度も倒れながら、丹念に練り上げたしなやかな筋肉。
 シエルをして「巨大な基礎工事」と言わしめるほどに基本を重視し、最もつらい反復練習を繰り返し続けた彼女の四肢は、躍動の時を待つ。



「――――時間だ。七名全員に厳命。決して神の御心を疑わず、各々の全てを以って奮戦せよ。これは、神が私たちに与えたもうた試練である。
 そしてもうひとつ、全員死ぬな。僕たちは全員生き延び、これからも神に尽くさねばならないのだからね」



 ラキアが第二奇襲部隊の面々に檄を飛ばす。皆は静かに頷き、気を滾らせながら立ち上がる。
 本来ならば、死都を攻めるのは太陽の日差しがある昼に行うのが定石であるが、今回は事情が違っている。
 町を中心に、十重二十重に張りめぐさられた結界術式は昼の間は決して揺るがない。完成された結界を多人数で抜くことは、いくら歴戦の代行者たちとはいえ不可能だった。
 故に、このタイミング。
 太陽が西の空に落ち、あたりが赤から蒼へと変わる時刻。町の吸血鬼たちが行動を開始するこのタイミングで町へと攻め寄せた。



「進発。これより我らは死地に入る」



 ―――ザッ。
 ラキアの合図と共に踏み出された八つの足音が唱和した。
 事前調査によると、まさに今夜。女死徒の軍勢が近隣の町を襲うという。それを彼らが赦すハズも無く。進軍の為に空けられた結界の隙間を縫うように、代行者の一段は闇を駆け抜けた。



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NEXT・・・・・・

弐:息吹く概念
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感想はこちらにわーい(嬉しい顔)
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