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はまかず文庫コミュの【月砂】序:決意を胸に

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 これは冬木の大火災よりも、少し未来。
 三咲の吸血鬼事件よりも、ちょっとだけ未来。
 冬木で“五度目”が始まるよりも、ちょっとだけ過去のお話。



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 戦う。わたしはそう決めた。
 とくん。四肢に意思を通すと、途端に“彼女”が顔を出す。

 『戦うの? 嬉しい。だって私は吸血鬼だもの。力を持ってるにそれを使わないなんて、馬鹿馬鹿しいと思わない』

 どくん。その内なる声を聞いて、心臓が跳ねる。


 殺せ。殺せ。殺せ。
 殴り、切裂き、捻り、潰し、轢き、投げつけろ。己の全てを開放し解き放ち発露し殺せ殺せ殺せ血血血を吸えお前は吸血鬼なのだ永遠を約束された超越者が何を迷う殺せ殺せ殺せ生き物が獲物を狩るのに罪は無いお前は人間じゃないのだから殺せ殺せ殺して喰らいつけ食え吸え租借し飲み下せ赤を紅を朱を血を血を血を――――


 どくん。どくん。どくん。
 心臓が早鐘のように脈打つ。わたしの頭の中を駆け巡る声の波。
 その声に耳を塞ぐ事はしない。以前、アルトリアさんに言われたから。

『吸血鬼の力を使って良いのか? 莫迦が、良いに決まっている。どんな形であれ、お前の力だろう?
 それに―――覚えておけ。ナニカをしたい時はまずそれを肯定するといい。
 それを肯定して受け入れ、その上で捨てるか残すか決めることだ。頭から否定しては、何も残らんぞ』


 その通りだと、思う。
 だから受け入れる。この力も、吸血鬼としての自分も。


「――すぅっ、ふぅぅぅーー……―――」


 軽く吸い、深く深く、息を吐く。
 酸素と魔力が全身の細胞に行き渡る感覚。握り締める手は生気に満ちて、今にも暴れだしそう。


『いいの? 私の力使うということは、自身を吸血鬼だと認めることよ……』

「いいよ。わたしは吸血鬼で、でも紛れもなく弓塚さつきだから。貴女のことも、もう否定しない。
 わたしは戦うって決めた。だから、力、貸してくれるよね?」


 わたしは心の中にいる“彼女”に、ううん、“私”に微笑む。そうすると彼女はニヤリと笑って、わたしの中に消えた



 ―――ドクン!!



 ひときわ強く、心臓が吼えた。
 同時に身体の奥底から溢れ出す魔力。衝動。そして得体の知れないナニか。
 いつもならそれに呑まれるのに、それらはわたしが止まってと思うと、その場で停止した。
 試しに両腕だけ強くなれ、と命じると、わたしの指は猛獣のように強くなって、今までよりも何倍も硬くなった。
 それ以外はそのまま。心の中の吸血鬼もちゃんとわたしの声を聞いてくれる。




 よし。行こう。


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月砂の孫娘
序:決意を胸に

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 停車したキャンピングカーの車内で、さつきは黙々と準備を整えていた。
 今夜は、彼女にとって特別な日である。なぜなら今夜、彼女は初めて たったひとり で戦場に立つ予定なのだ。
 学校の先輩であり、聖堂教会でも同様に先輩である今回の作戦のリーダー。埋葬機関第七位『弓』のシエルに出発前にそう聞かされてから、どくんどくんと脈打つ心臓は留まる事を知らない。

「―――ん」

 もふ。
 さつきはいつものように、アンダーの上から黒い半袖のTシャツを被る。襟元が二重になっていて、鎖骨の付け根あたりから垂直に胸を降りている二筋の銀色のジッパーがちょっとおしゃれ。
 もちろん見た目だけではなく、布地の中に鋼鉄製のメッシュを編みこんだ特別製だ。

 カチャ、きゅっ、ぐっ。
 ついで、腰のベルトを締め上げる。上は黒の半袖で、下はミリタリースタイルのハーフパンツ。ただしこちらは厚手の布で縫製されているだけで、多少タイトではあるが鋼線などははいっていない。
 でもやっぱり色は黒で、ポケットなどにあしらわれた銀色のジッパーがちょっとおしゃれ。
 戦いに赴く際に着る、動きやすさを重視したいつもの服装。誰の見立てかは言うまでもないだろう。


「ん。準備完了。あとは……」


 さつきの視線が目の前の姿見から、ベッドの上に置かれた大きな包みに移動する。



 この任務に就く直前、彼女は唐突に教会の聖堂に呼ばれた。
 明かりの消された聖堂内。
 月明かりに照らされる壇上で彼女を待っていたのは、普段は地下に引きこもったきりの埋葬機関長、ナルバレック。そして同機関七位、シエルだった。
 その他、月明かりが届かず闇に沈んでいる客席には、彼女の武術の師である人物や、この儀式のことを聞きつけた他数名の者が参列している。

「え、あれ―――??」

 シンとし静まり返った空気に戸惑うさつきを、ナルバレックの隣に佇むシエルが呼んだ。
 おずおずと壇上に上るさつき。
 そんな彼女にかけられたのは、彼女にとって心底意外な言葉だった。



「吸血鬼、弓塚さつき。
 お前のこれまでの献身と功績を鑑み、本日この場より、お前を聖堂教会所属の神威代行者として任命する
 ――――教会の上層部がうるさいのでな。こんな略式の、しかも突然の任命となってしまったが、赦せ。
 これよりお前は埋葬機関の武装扱いから、正式に我々聖堂教会の一員となる。我らの神と敬虔なる信徒の為に、その力を存分に振るうといい」



 よく通る声で、ナルバレックははっきりとそう告げた。



「よって、次の任務からお前は一人前の代行者として行動することが赦される。当然、聖装等の武器の携行も自由だ。
 そこでお前に、我ら埋葬機関一同よりささやかだが餞別の品を贈ろう」

 そういって、ナルバレックは顎でシエルに合図を送った。
 それを受けたシエルが、さつきに厳重に施錠された黒壇の櫃と、濃紺の服を手渡す。

「どうぞ、さつきさん。これよりは、この二つ聖装が貴女の信仰心を護ってくれるでしょう。
 でも忘れないで下さい。代行者と成った貴女は、これまで以上に己を律する必要があります。
 その分つらい事も多くなるでしょうが、どうか道を見失わないようにして下さいね」

 渡されたのは、女性の代行者たちが聖務の際に着用する、特殊な糸で縫製された紺のカソック。それもシエルや彼女の師と同じ、白い襟のついたワンピース調の一品。
 そしてもうひとつが―――――



「はぁぁ……」

 キャンピングカーの中でさらに件のカソックを着て、さらにその両手にそれと同時に渡された聖装を嵌めたさつきは感嘆の声を漏らした。

 手の甲に朱い十字架の装飾が施された、手甲と篭手の合体したようなナックルガード。
 蒼と白銀で彩られた清楚な印象とは裏腹にその指先は鋭く、非常に硬質である。
 シエル曰く、「吸血鬼に特に有効な聖銀で出来てますから、あなたも銀色の部分には触らないように。火傷しますよ。」とのこと。

 誰がそんな物騒なものに仕上げろと注文をつけたのかと訊くと、やはり、と言うべきか、それはアルトリアだった。何でも、彼女が細部まで意見を出し、スケッチまで書いて特別に造らせたらしい。
 言われてみれば、色使いはともかく全体的なシルエット…五指の先にある爪や、波打つように肘まで配置された三枚のプレートなどは、アルトリアの篭手と同じ意匠を持つようだ。
 その形とプレートの厚さから考えて、必要ならば盾して使え、という事だろう。


 ぐ、とさつきは拳を握る。
 アルトリアのものよりも幾分短めの爪は、掌に用意された溝に収まり、しっかりと握ることができた。


 かなわないなぁ。さつきは素直にそう呟く。
 だってこのグローブ、まるでずっと使ってきたみたいに手に馴染むんだもん。
 いったい何時の間に採寸とかしたんだろ


 ―――などと意味の無いことを考えながら、さつきはにぎにぎと指を動かした。
 彼女の指は五本全部独立して動く。
 その指には前述の爪先の他に、拳で殴った際に当たる指の部分にも、指先と同様に聖銀のプレートが嵌められ、さらに普通はあまり強化しない指の内側の間接部分も丹念に鋼線で編みこまれている、
 よって、指は自由に動くにもかかわらず守りは完全だった。


 殴るもよし。引っ掻くもよし。掴んで投げるもよし。
 剣や弓なんかを使えない彼女にとって、このグローブはこれ以上無い武器だった。



「本当に、かなわないなぁ」



 ぎゅう、と拳を強く握った。
 つくづくアルトリアさんはわたしのことをちゃんと見てくれていたんだと思う。



「これなら、一人でも戦える。今までわたしだと思ったら、痛い目をみるんだから!」



 声で、不安になる心を鼓舞する。
 同じ車でここまで来た今回の作戦のサブリーダー、彼女の武術の師匠でもある代行者ラキアは既にこの車を発ち、今は自身やさつきと行動を共にする者たちの様子を見て回っているはず。





 ――――わたしも、もう行かなくちゃ。新人が遅刻しちゃいけないもんね。





 心に決意、腕に心強い味方を装着して、さつきはキャンピングカーのドアを開けた。



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