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はまかず文庫コミュの【月砂】参:心のカタチ

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「リード、Sword」

 宙を舞う十四枚のカードから十四本の剣が出現し、いまだ巨馬と力比べを強制されるさつきを狙う。

「行け」

 無慈悲な命令が、下った。
 無機質な剣の群れは令に従いゆっくりと加速しながら、少女の柔肌を狙い撃つ。





「ふ、ざ、け、な、い、でーーーーーーー!!!!」





 魔力が、爆ぜた。
 男が剣に命令を下すよりも刹那早く、さつきの身体の内側……速度と運動性を重視した師によって膨張を赦されず、皮下脂肪の下に押し込められた筋肉が躍動する。
 柔らかい女性のシルエットを下から押し上げるように存在を誇示する筋肉は、その大きさからは想像もできないほどの“力”を搾り出し、巨馬を押し返した。



「あ、ああああぁぁぁーーーーー!!!」



 叫びと共に、右手を巨馬の前足の間に叩き込む。
 ぶつりという嫌な音。
 さつきの手は手首まで馬の身体に深々と埋まり、馬は七つの首からめいめいに悲鳴をあげた。

 同時に、さつきの口内に並ぶ歯が軒並み鋭い犬歯に置き換わり、赤の双眼が輝きを増す。瞳孔は刃のように縦に伸び、立ち上る魔力に嬲られるツインテールがゆらゆらと揺れる。

 ギア、オーバートップ。

 際限なく加速する吸血衝動。際限なく加速するヴァンパイアの力。
 最後のロア……遠野四季を介した真祖の血脈、“孫娘”の力が覚醒する。


「そお、れぇっ!!」


 さつき本人にも、信じられない光景。
 彼女は足の付け根を血で染めた巨馬の左前足を背中に担ぎ、剣の群れ目掛けて、一本背負いの要領で投げつけたのだ。
 哀れ、淫婦ベイバロンの騎乗する悪魔の馬は、その身体と七つの頭を刃に貫かれて事切れた。


「ア――ウゥ―――――………」


 床に崩れた己の愛馬を呆然と見つめたままのベイバロンには目もくれず、さつきはアレスターに殺意を集中させた。


「ふうぅぅぅ……、すぅ――――」


 師に教え込まれた呼吸法で、全身に酸素を蓄える。
 両腕はそれぞれ所定の位置に。
 禁断の領域に足を踏み入れて、なお忘れぬ自律の心。自戒の業。






自分を必要としてくれた想いに、応えたい






 ただそれだけを念じて鍛え上げた意思は、決して揺るがない。
 戦うと決めた。
 その為に吸血鬼である自分を、真祖の孫娘である“彼女”を受け入れた。




 さぁ、行こう。


-----

月砂の孫娘
参:心のカタチ

-----


「    ぁっ!!」


 強く踏み切った床板は割れ、彼女は疾風と化した。
 突撃の勢いそのままに繰り出される渾身の右ストレートは、アレイスターが再び出現させた磔の男の腹を、今度は貫く。
 さらに男を腕にぶら下げたまま腰を回転させ、彼女の真横で三日月を描く銀爪が振り抜かれ、しゃがみこむアレイスターの頭の上数センチの空気を切り裂いた。

「莫迦な!!」

 ちりりと焼ける己の髪など眼に入らない。
 飛ばされるならまだ解る、だが貫かれるとは。
 『忍耐』の概念すら覆すさつきの一撃に、彼は思わず固まってしまった。そこへ―――

「このおっ!!」

 左手を振る勢いをそのままに、身体を半回転させたさつきの蹴りが迫る。
 姿勢をひくくし、筋肉を硬直させたアレイスターに、彼女のソバットは躱せない。


「ぐはぁっっ!」


 それでも彼は本能で頭を庇う。ブーツの底と彼の頭の間に左腕が差し込まれ、骨の折れる音がさつきに届く。
 広間の壁まで吹き飛んだアレイスター。
 だらりと、何かの冗談のようにぶら下がる彼の左手首と、飛び出すように変形した左肩。
 左前腕と左肩関節の完全骨折。たった一発のソバットが、魔力によって強化されたアレイスターの左腕を完膚なきまでに叩き壊したのだ。


「ふぅ〜〜っ!!」


 蹴りの残身を経て、さつきがアレイスターのほうを振り返る。手ごたえ充分なのは見れば解った。
それしか知らない、教えられていないさつきは再び床を蹴り、詰めの一撃を―――――


「リード、Sword,Wand!!」


 直後、斜め後ろに飛び退く。その頭上から次々と剣と杖が降り注ぎ、合計二十八本の武器の壁が、後退したさつきとアレイスターを隔てた。



「く……くくく。これほど、これほど愉しませてくれるとは。
 あのいけ好かぬ女にこんな役目を押し付けられた時は、正直どうしてやろうかと思ったものだが――――愉しい、実に愉しいぞ、弓塚さつき!!」



 耳にぶら下がるもモノクルを再び、今度はしっかりと付け直し、尻餅をついたままのアレイスターが壊れた腕を抱えて狂ったように嗤う。
 さつきはそれを気味悪く感じつつも、加速する衝動に促され、聖装で強化された拳を剣杖の壁に叩きつける。


「弓塚さつき。貴様ははじめに『法の書』を破る、と、確かにそう言ったな?
 ―――――よかろう。ならば、破ってみるがいい!!!」


 怒涛の勢いで薄くなる壁が、不意に消えた。
 思い切り振るった右ストレートを空振り、前につんのめるさつきの目の前で、アレイスターは七十八枚のカード全てを宙に放った。そしてその懐から、一冊のハードカバーを取り出し、仰々しく、開く。



Perdurabo...(吾、耐え忍ばん)



 アレイスターの口から、いままで聞いた事のない言葉が発せられる。彼の身体から溢れる強大な魔力がカードへと流れ、回転し、増幅し、渦を巻く。



Vi Veri Vinversum...(真理の力を以って、宇宙を従服せり…)



 周る、廻る、回る、廻る。
 渦は直径50センチ程の小規模な竜巻へと成長し、七十八枚のカードは彼が右の掌に開け持つ本の上で旋回する。

 何が起こるのか。それを察しつつも、さつきにはこの大魔術を止める術を持たない。魔力の竜巻は周囲に力場を生成し、障壁となって近づく者を拒むのだ。


 さあ―――――用意はいいな?


 アレイスターの眼は、確かにそう告げている。
 ごくん。背中を伝う汗を感じ、さつきが生唾を飲み下した直後、アレイスターが大魔術の真名を口にした。





法の書(アイウス)





 コトバが大気を僅かに震わせた時、竜巻が四方に弾ける。カードはさつきとアレイスター、さらに障害となるあらゆる物を飛び越え、あるいは貫き、円に近い正七十八角形を描き出す。

 カードに因って引かれる境界線。
 線は面となり、ギシギシと軋みながら世界と此処を隔てた。大気に充満していたハズのマナはアレイスターひとりに独占され、アレイスターの想像のみを叶える。
 一方的な優遇措置、それは此処では当然のこと。此処は彼の世界なのだから。
 魔術師たちは、彼の独善世界に畏怖し、こう呼ぶ。曰く――――


「擬似固有結界『 法の書(アイウス) 』。吾が持つトート・タロットの全てを以って発動する異界常識だよ。
 いかがかな? 貴様のような若い吸血鬼には、荷が重いと思うのだが」


「―――――」


 アレイスターの問いに、さつきは何も答えない。そんな余裕はない。
 彼女は必死に思考を回転させ、この固有結界の特性を探っていた。


「ふむ、なるよど。つくづく貴様は愉しませてくれる。
 凡百の魔術師や吸血鬼どもならば、発動されただけでパニック状態に陥るものだが、まずは結界の特性を観察するか」

「―――その腕は…」

「気づいたか、当たりだ代行者。これはもう治っているよ」

 さつきの視線が、アレイスターの壊れたハズの腕に向けられる。それを察した彼はその腕をぶん、と廻した。
 その何処にも、不具合は見当たらない。肩は元通り嵌り、手首はキチンと肘の先にある。服に付いた靴底の跡だけが、さつきのソバットが在った証拠を残す。

「思うだけ……ノーアクションでの魔術行使、かな?
 ううん。違うよね、それだけじゃない。もっと何か、とんでもないのがあるような気がする」

 なぜかって?
 だってさっきから、身体の震えが止まらないんだもん。“私”がどんどんとわたしの中で膨らんでいくのが解る。早く出せ急きたてる―――でもまだ早い。この固有結界の主幹を視ていない。
 本当に危ない時こそ、冷静であれ。灼熱の身体を、氷晶の精神で支える。
 魂は熱く、心は静かに。
 暴走は赦されない。わたしの両腕は、敵に勝つためだけに存在するのだから。


「ほお。本当に優秀だな、貴様は。あの女が眼を掛けるだけはある。
 それとも、そうならざるを得ない位の数の修羅場をくぐらされた、か?」

「う、ノーコメントでお願いします。――って、え? 『あの女』って誰のこと!?」

「おっと、喋り過ぎたか。
 まあいい、モノはついでだ。先の貴様の疑問の答え、くれてやろう!!」

 ガクン。本当に唐突に、さつきの足元が火を噴き、崩れた。

「これは、さっきの!!?」

「The Towerの効果と同じ、そう言いたいのか? まあその通りだ」

 アレイスターは必死に揺れに喰らい付き、倒れまいとするさつきの前で、歌劇の主役のように両手で大翼を表現する。

「吾はこの中ならば、およそ全ての魔術を使うことができる。
 正位置と逆位置、都合四十四種類のアテュとスモールカードの組み合わせでだ。無論、発動する数にも制限は無い。こんな、ふうにな」

 アレイスターの瞳が妖しく光る。
 同時に頭上に出現する多数の剣と多数の杖。そしてそれの突撃を魔力で後押しする杯の群れ。


「降り注げ、鏖殺の雨!」

「くぅ〜〜〜ッ!!!」


 剣と杖、ついでに中身の無い杯を両腕の手甲で必死に防ぐさつき。だが、あまりのも数が多い。いくつかはその双盾をすり抜け、彼女の太腿や肩を削る。


「この―――、やあッ!!」


 だが、やられるだけが能ではない。
 ひと塊で落ちてくる武器を見るや否や、彼女はそれを張り飛ばしてアレイスターに叩き返すも、

「ここを、どこだと思っている?」

 武器は彼に届くよりも早く、掻き消えた。

「今度こそ、終わりだ」

 アレイスターが雨を鎮め、新たな概念の具現化を行う。
 行使するカードはThe Devil。
 出現したのは三つ目、人型の雄山羊。黒ミサを司る悪魔、バフォメット。



「ボオ、オ、オ、オオオオォォォォーーー……」



 地を這う魔声がさつきの下腹を振るわせる。
 『悪魔』のカードが内包する概念は『裏切り』『拘束』『堕落』。その対象は―――――

「く…う、うそ。何で―――かは……」

 さつきの中に居る“彼女”。吸血鬼の力。



 ――― 乾く



「ボオオオオォォォォーーー…」



 ――― 乾く



「くくく、どうだ? 己に裏切られる感覚は」



 ――― 乾く



 目の前の男の声が遠い。
 鼓膜まで意識が伝わらない。
 競り上がる吸血衝動は喉を痙攣させ、舌の感覚を失わせる。


 乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い乾く痛い痛い痛い乾く乾く乾く痛い痛い乾く痛い乾く痛い乾く乾く痛い痛い乾く乾く乾く乾く乾く乾く痛い乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く乾く………


 血管を、否、血液を媒介にして全身に伝播する激痛。
 血液を運ぶはずの管はその圧力に耐え切れず、破れ、溢れる紅がそこかしこの組織を蹂躙する。
 それままるであの時のよう。あの時、わたしは路地裏で―――――







 ――――――― あ







 フラッシュバックする二年前の出来事。
 暗い路地裏。わたしはあの時二度あそこで襲われ、救われた。
 白い髪の吸血鬼に。
 そして、白金の髪をした黒い騎士に。


「は、あ、あ、ああぁぁぁ……」


 あそこで救われた命。変えてもらった運命。
 わたしはあの時、あの人に必要とされたから、ここにいるんだ。



「――――――――――――――ッ!!」



 両肩に爪を立てると、聖銀がブズブズと煙を上げて皮膚を侵す。
 本当の痛みで、幻痛を消し去る。


 わたしはもうとっくに吸血鬼だ。だからこんな痛みになんか、屈しない。
 すべてを認めず、暴れていた弱いわたしなんてもう乗り越えた。いまは全てを受け入れ、吸血鬼として、さらに代行者として、あの人の隣に立っているんだから!

 ―――どくん、ドクン、どくん、ドクン……

 交互に響く、二つの心音。
 わたしと“私”は同じ存在。わたしは“私”を裏切らない。


 ―――どくン、ドクん、どくん、どくん……


 収束する心の音。むう、まだ“彼女”は混乱しているみたい。でもいいか、あなたは少し休んでていいよ。あとは、


「わたしが、何とかするから」


 乾くって?
 うん。むしろ乾くなら好都合だ。
 こんな状態では出来るか解らないけど、やる。そう決めた。わたしと“私”の共同作業に近かったナニカを、わたし一人で呼び寄せる。

 すう、と、息を吸った。

 思考がやけに澄んでいる。
 ふと顔を上げると、いまだに何かを叫んでいる山羊頭と、その後ろで勝ち誇る魔術師の姿。
 でも、ごめんね。いまのわたしは何も聞こえないし、何も感じないんだ。



「――――――――――」



 静かに、ゆっくりと。流砂に呑まれる様に、心の奥に沈み込む。
 小さいけど、あたりまえの幸せが約束されていたはずだった。ひとりの少年に想いをよせ、でもわたしなんかと言えずにいた。
 彼を知りたくて、普段は絶対に行かない夜の街にくりだした。




「――――― 固有結界 ―――――」




 そこで知った、絶望。
 からがらと音を立ててアタリマエのシアワセは崩れ堕ち、砂になって足元に積もる。
 頭に浮かぶのは、生命の絶えた箱庭。からからに乾いた砂を敷き詰めた冷たい世界。
 そんな自分のトラウマを幾度も反芻し、租借し、肯定して飲み込んだ。自分を、生かすために。
 いま、わたしは、己を包み込む空気を、世界を、全てを枯らし尽くす。







「 枯渇、庭園!!」







 屋敷の床を、波紋が奔った。



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NEXT・・・・・・

四:駆ける異能
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感想はこちらにわーい(嬉しい顔)
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