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はまかず文庫コミュの時をかける少女(4)

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【9月XX日(2回目)】


「いてっ!」
あたしの全身を鈍い痛みが襲う。

あーあたし、電車にぶつかって死んじゃったんだ。

ぼんやりとする思考で、自分の身に起こった出来事について思う。

今日はホントについてなかったなー。
朝寝坊はするし、授業ではボロボロだし、演劇部でも凹まされたし。
でもまさか、死ぬほど運が悪かったなんてね。
我ながら不幸すぎて逆に笑える。

ベルの鳴り響く音。

あーあ、映画出れなくなっちゃった。
まっ、いっか。
どうせ、最初から乗り気じゃなかったし、あたしじゃなくったって代わりはいくらでもいるだろうし。

オートバイの走り抜ける音。

けど…佑介が残念がるだろうなー。
その前に泣くか、あたしが死んで。
あいつ、男のくせに泣き虫だから。

鳥の鳴き声。

兄貴も…やっぱり泣くのかな?
兄貴が死んだって笑える自信がある、なんて言って、自分が死んでたら世話ないね、ホント。
顔をあわせたら憎まれ口ばっか叩いてたけど、でも、兄貴といると楽しかったこと、いっぱいあったなー。
他にも何かあった気がするけど…まあいいか。
もう死んじゃったんだし。

ドアの開く音。
階段を下りる足音。
たぶん、お姉ちゃんだ。

そういえばお姉ちゃんは、あたしのために泣いてくれるかな?
泣いてくれるといいな。
他に泣いてくれる人がいなくても、お姉ちゃんにだけは泣いてほしい。
何だかんだ言って、やっぱり、あたしはお姉ちゃんのこと好きだ。
だから、お姉ちゃんにだけは泣いてほしい。
…でも、なんか、お姉ちゃんの泣く姿って想像できないな。

あー地面がとても冷たい。
まるでうちの床みたいだ。



……ん?

そっと目を開ける。
あれ?目が開けられる?

見慣れた風景が視界に飛び込んできた。
ここはどこ、という疑問よりも先に、ここはあたしの部屋だと直感する。
ベッドが真横にあって、天井が高いところにあって、床が背中に当たっているけど、間違いなくあたしの部屋。
どうやら、今、床に寝そべっているらしい。

頭上で目覚まし時計がけたたましく朝を告げている。

どういうこと?
事態がうまく飲み込めない。
さっきのは夢?
でも夢にしては長すぎるし、第一、リアルすぎる。

役割を終えたのにまだ騒がしい目覚まし時計を止めようとして、床からベッドへ身体を持ち上げようとしたら、自分の手が何か握っていることに気付く。

真鍮の色をした、直径10センチくらいのアンティークさを漂わせる工芸品。

夢で女の子にもらった懐中時計だ!
ということは、あれは夢じゃない!?

タイムリープ!?

そんな単語を思い出して、急いで携帯の日付を確認する。

『9/XX(水)』

それは、あたしが電車にひかれるまで過ごした、あの最悪な一日の日付だった。
時刻は、朝7時。
いつも起きる時間だ。

うわぁー!
あたし、タイムリープしたんだ!

興奮のあまりバッと飛び起きて、しばらく部屋をうろうろする。

どうしよう!どうしよう!
なんか興奮しすぎて考えがまとまらない!
よし!とりあえず、学校に行く準備をしよう!

そう判断して、服を着替えて髪を梳かして懐中時計をカバンに入れる。
おっと、定期を確認するのを忘れずに、ってね。

人間ってとんでもないことが起こっても、わりかし冷静でいられるんだ。

妙な発見にクスリと笑って部屋のドアを開けると、急いで朝食を摂りに、階段を駆け下りた。



「行ってきまーす!」
「行ってきます」

7時50分。
あたしとお姉ちゃんは一緒に家を出た。
まだ日中は暑いけど、朝のこの時間は、気温も低めで清々しい。
昨日は――違った、今日は、か。いやいや、メンドクサいからやっぱり昨日でいいや――昨日はこの道を全力疾走してたから、こんなふうに周りを眺める余裕なんてなかったけど、心にゆとりがあると同じ風景でも感じ方が違うんだ。

「ずいぶんご機嫌ね」
そんなあたしの態度に気付いたのだろう。
普段はあまり話しかけてこないお姉ちゃんが、自分から声をかけてきた。

「今日は気持ちのいい朝だなーと思って」
そう言って大きく伸びをしていたら、お姉ちゃんは、特に口調も変えずに、
「珍しいわね。いつもは眠い眠いってまるでナルコレプシー患者みたいに呻いてるのに」
と言った。

「ちょ、ちょっと低血圧なだけだよ!そんな、人を、病人みたいに言わないでよ!」
恥ずかしくてつい大声で反論してしまう。

「それは、病気で苦しんでる患者さんに失礼じゃないの?」
「うっ!?それは…」
言葉に詰まっていると、
「冗談よ」
という、お姉ちゃんの呟きが聞こえてきた。

冗談って…。
お姉ちゃんの冗談は分かりにくいんだよっ!

「ナルコレプシーの症状は急激な睡眠欲求の発作と睡眠障害であって慢性的な睡眠不足を感じる他の病気とは区別されるから紗都子はナルコレプシーではないわ」
「冗談ってそっち!?」
「ちなみに、対症療法で使われるリタリンは、初恋の気分を味わえるわよ」
「初恋の気分って?」
甘酸っぱいとかかな?
「激しい動悸」
「それって初恋!?」
「覚醒剤だから」
さらっとアングラな世界に足を踏み入れちゃった!

それにしても、初恋、か…。

「お姉ちゃんの初恋っていつ?」
姉妹のいる友達は、姉妹でよくそういう話をするらしいけど、あたしとお姉ちゃんの間では、そういう甘い話はまったくなかった。
あたしは男勝りだからそういうのには縁遠いけど、お姉ちゃんほどの美人なら、ラブなストーリーの一つや二つあるだろうに。
それとも、高嶺の花すぎて、男が寄り付かないのかな?
どっちかっていうと、そっちの可能性の方が有り得そう。
この際だから、ぜひ聞いてみたい。

意外なことに、お姉ちゃんは顔を俯けて恥じらっていた。
それを見て、

お姉ちゃんもやっぱり女の子なんだなあ。
かわいいなー!チクショー、おい!

と、思っていたら。

お姉ちゃんは、またいつものポーカーフェイスで、
「乙女の秘密、No.21」
とささやいた。

…むしろ、その前にある20個の秘密について知りたい。

「21は私の名前にかかっているのよ」
「どんなふうに?」
「そうね…ヒントは…」
そう言って、顎に手を当てて考えるお姉ちゃん。
そんな何気ない仕草も新鮮に感じる。

「やっぱりめんどくさい」
めんどくさがられた!
「自分で考えることに意義があるのよ」
「正論だけど!」
「答えは携帯で『ユウカ』と打ったときの押したボタンの数字の合計」
「ヒントの出番は!?」
「脇役の出番はないわ」

むしろ演劇って脇役のお陰で成り立ってるんじゃないの? と、頭を抱える、演劇歴一日のあたし。

こんなふうに、お姉ちゃんと会話すると、いつも振り回されてばかりだけど、今日はそんなに嫌な気分じゃなかった。
なんでだろう?
自分でもよく分からない。

「なんだ、紗都子?今日はやけにテンション高いな」

この声は。

「わかった!ひょっとして、アノ日か!」

朝の第一声がこんな失礼な人物を、あたしは一人しか知らない。

「兄貴の節穴だらけの観察力だったら、所詮その程度かもね」
振り向きもせずに嘲るように言い返すと、「ぬっ!?」と後ろから驚きの声が上がった。

「いったい、どうしたんだ?いつもなら、
『誰がアノ日だって!あんたこそ、出血多量で命日にしてやろうかっ!?』
って暴れ出すはずのに…」

「いやだわ、お兄さま」
あたしは頬に手を当てて、微笑んだ。
「わたくし、そんな野蛮じゃございませんことよ」
「『ことよ』ってお前…」

困惑ぎみの兄貴。
きっと、からかうつもりが、いつものあたしと勝手が違うからだろう。
「何か悪いものでも食べたのか?」と、冗談にしては真面目な顔をして、お姉ちゃんに聞いていた。
「あなたの顔?」と首を傾げながら答えるお姉ちゃんに対して、兄貴は、「疑問型で言われてもなぁ…にしてもお前、相変わらずひどいな」といつものやり取りをしていた。

あたしは空を見ながら、この下り坂を駆け下りたかった。
兄貴の言うとおり、気分的にハイなのかもしれない。
陸上の試合で会心のジャンプが成功したときの、あの感覚と似てるかも。

「おはよう、紗都子」
兄貴と登校してきた佑介は、一目あたしを見るなり、
「今日は気分がのってるね」
と、あたしの気分を察してくれた。
「まあーね!」と明るくそれに応えるあたし。
「何かあったの?」
「別に」
ニヤニヤにしてしまうのを抑えられない。
「嘘だ。絶対なんかあった」

なんて言えばいいだろ?
佑介の追及にあたしは、ある答えを思いついた。

「ビッグジャンプに成功した夢を見ただけよ」

「出た!陸上バカ!」
兄貴が茶茶を入れてきたが、不思議と怒る気にはなれなかった。

「兄貴もやってみれば分かるよ、走り幅跳び」
あたしは、駅までの道程をスキップするような気持ちで歩き出した。

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