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エディット・ピアフの人生コミュの12,初期のレパートリーから ?

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●1936 VA DANSER
「踊りにお行き」(ガストン・クーテ作詞 マルセル・ルゲー作曲)

この歌は、ピアフのための書き下ろしではなく、1900年頃カステロという歌手によって歌われたもので、ピアフの先輩格にあたる女性歌手フレエル(1891〜1951)も持ち歌としていました。他にもパタシュウなどいろいろな歌手が歌っている、美しい曲です。バイオリンの旋律が、気品があり、ものがなしい雰囲気を漂わせています。

「麦の穂が垂れ下がる8月。私はのどが乾き、泉の水を飲んだ。その冷たい水に血が凍り、私はこの秋に死んでいく。みな、ぶどうのトンネルの前で、日暮れ前の踊りを踊る。バイオリンが聞こえる、マリー。草原へ踊りにお行きよ。楽しいロンドに加わり、ハンサムな男性にそのかわいい心をおあげ。おまえはやがて結婚し、強い腕の男と麦刈りをしながら、10月に死んでしまった男のことを話すだろう。」



●1937 NE M'ECRIS PAS
「私に手紙を書かないで」(ラガルデ ロドール共詞 ルネ・クロエレック作曲)

ひとり旅立った恋人に対し、彼の心変わりを憂う女性が主人公。ピアフはしっとりとした女性らしい歌い方でこの叙情的なワルツを歌っています。余談ですが、この時代の中で私の一番好きな歌です。

「列車が去り、あなたは旅立って行った。すてきなバカンス、日焼けをしにいくのね。。私はここに残りひとり横になってあなたを思う。よく聞いてね。私に手紙は書かないで。儀礼的な言葉で「ここはいい天気さ。君にキスを送る」そんな言葉聞きたくないの。やっかいで単調な毎日、森は低くうなり愛の歌を歌う。あなたがバカンスで得たものは、折れた万年筆。15日間の自由が役に立つことを知って。私はあなたの嘘を知る。あなたがもう私を愛していないということが手紙の中から見えるの。」



●1939 ELLE FREQUENTAIT LA RUE PIGALLE
「ピガール通いの女」(レーモン・アッソ作詞 ルイ・メートリエ作曲)

ピガールは、ちょうど新宿の歌舞伎町のような場所かも知れません。パリの昔からの一大歓楽街です。そこで娼婦として働きながら、ある客に見そめられてピガールを出ようとしますが、結局彼女は元いた街へ戻らざるをえなくなります。かなわなかった恋の望みが、せつせつと歌われます。

「彼女はピガール街へ通っていた。そこでは、悪いことも平気に見え、罪という罪で真っ黒、青くあわれな顔。けれど目の奥になにか不思議なものがあって、汚いピガールの空にわずかに顔を出す青空のようだった。ある男が『あなたは美しい。過去は忘れて。ぼくは君が美しいってことだけなんだ』彼女が街の外へ出ると、彼女の過去が、男を苦しめた。彼女は人生をやり直すと信じたのに、彼の方が変わってしまい、『僕は君がもっと美しいと思っていた。君はあの街へ帰った方がいい、お互いにやり直そう』彼女はピガールへ戻った。だれも彼女をとがめない。けれど、幸せそうな恋人達を見る彼女の青い目からは、涙が流れほおを伝っていった」
歌の終わりには、街の騒音や呼び込みの男のセリフ『さあ。いらっしゃい。ここで王様気分はいかがでしょうか。ここがお楽しみの家ですぜ』が聞こえます。(声の主はおそらくレーモン・アッソ)



●1940 EMBRASSE-MOI
「抱きしめて」(ジャック・プレヴェール作詞 ワルベール作曲)

「枯葉」などでおなじみのジャック・プレヴェール(1900〜1977)が作詞しました。ピアフは彼の作詞による歌についてはこのシャンソンのほか、「心の叫び」(1960年)「あなたが眠る」(1961年)などを歌っています。プレヴェールとの思い出を語り、この「抱きしめて」も61年に再度歌っている録音があります。貧しい地区に住む恋人同士が、暗い現実の中でも愛を確かめ合おうと、切々と訴えかけています。

「それはルミエール街でのことだった。そこはいつも暗く、息苦しさがただよう。彼女は夜の階段で彼に言った。『ここはいつも冬みたい。恵みの太陽は当たらないのよ、裕福な所ならさんさんと当たるのに。あなたの腕で私を抱いて、抱きしめて。後ではもう遅すぎる、私たちの人生は今なのよ。もしあなたが抱いてくれなければ、私は息が詰まって死んでしまいそう。あなたが15才で私も15才。でもふたり足せば30才、だからじゃないけど、私たちはいま働いて、その権利もある。抱きしめることも。後では遅いのよ。私をぎゅっと抱いて。いまが私たちの人生の時。』」



●1943 LE BRUN ET LE BLOND
「ふたりの男」(アンリ・コンテ作詞 マルグリット・モノー作曲)

当時、ピアフはアンリ・コンテの他に、男性歌手でピアフとかけあいのコーラスもやっていたイヴォン・ジャン・クロードとも付き合っていました。2人ともピアフに恋心を抱いていたという様子で、それにヒントを得たコンテがこのシャンソンを作詞したのでは?といわれます。原題は「ブラウン(褐色)とブロンド(金髪)」という意味です。

「私のささやかな人生の中で2人の男がいる。ひとりは褐色の髪でもうひとりは金髪。褐色の髪の男は悲しげでまじめ、金髪は目に笑いをたたえる。私は褐色のほうが好きだと思う。彼は美形で心もピュアだ。もし私は彼を愛さなくなる時が来たら、自殺すると言った。それを金髪に話すと『なんだい!ふざけるなよ』と言う。そして8月、彼はビールを飲みに来て、平らげると、小さいコツッという音が・・・。額に穴が空いていた。ああ、あの世へ行ったのは金髪の男だった。『笑わせてもらったよ。バイバイ。馬鹿なヤツ』と言い残していった」



●1944 C'EST TOUJOURS LA MEME HISTOIRE
「話はいつも変わらない」(アンリ・コンテ作詞 ダニエル・ウィット作曲)
のちに、コラ・ヴォケールなどが歌ってヒットさせた「フレデ」というシャンソンを作ったウィットの処女作が、この「話はいつも変わらない」でした。

「私はその娘に出会った男も、その娘もよく知っていた。男は彼女に、心をマントに縫いつけるための針と糸を頼んだ。娘は針と糸と、それから心までもあげてしまった。それはいつも同じ筋書き。苦しいけれどみんなに話すわ。娘は休みの日には彼に抱かれて踊っていた。もし愛が純粋なら彼らはいつまでも愛し合っていたでしょう。彼はうそをつき去っていった、そして彼女は自殺を図ったほど・・・。娘はいつまでも泣いていたわ。私はよく知っているの。その娘は・・・私だったのだから。もう私の話を聞かないで。」



●1944 COUP DE GRISOU
「ガス爆発」(アンリ・コンテ作詞 ピエール・ルイギイ作曲)

「バラ色の人生」「道化師万歳」などを作ったとされる、ルイギイのシャンソンです。この歌も、当時たいへんヒットしました。


「その男は身分もなく変わり者。何の肩書きもないまま、北の炭坑街で石炭を掘っていた。彼のあだ名は『ガス爆発』だった。暗いところで働き、好むのは宵の色。太陽は彼の目を焼き、日のあるうちはしゃべらない。。。それは悲しく不幸な神の現れ、彼は草原の娘に恋をした。娘の赤髪は彼の目をすぼませた。刈り入れに招かれた彼はその明るさにめまいと頭痛がしたが、痛みを我慢し幸せになろうと努力した。が、娘は彼を裏切り、青い空を愛する男と一緒になった。すべてを悟った『ガス爆発』、押し黙り、働き続けたが、突然坑内で爆発が!すべてがめちゃくちゃだった。3日後彼は引き上げられた。外へ出た男には光がまとわりついた。太陽にうんざりした彼は、夜と一緒になった。」


初期の頃の録音、入手はなかなか難しいかと思いますが、機会がありましたらぜひお聞きいただけると、若かりしピアフの声に大いなる魅力を感じていただけることと思います。

コメント(2)

新参者のhanakoです。
仲間に入れさせていただけて光栄です。
ピアフの音楽はきいていて、大体の概略は知っていたのですが
ここではすごーく詳細にいろんなことを知ることができるのでとっても嬉しいです!
まずはじっくり最初のトピックから読ませてもらいますね。
よろしくお願いします。
>hanakoさん
書き込みありがとうございます。
よく伝わるかどうかわかりませんが、目を通していただくだけで光栄です。わからないことがありましたら、どうぞなんでもお聞きになってください。
これからもどうぞよろしくお願いします。

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