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曽我 蕭白コミュの播磨の曽我蕭白

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蕭白は、播磨でも活躍しました。
蕭白の絵馬が残されています。
数年前に加古川文化センターで播磨における蕭白の絵の展示会があって、それに出品されていたと記憶しています。
今回、別件で調べていたら、蕭白の絵馬が掲載されているHPを見つけました。

播磨國曽根天満宮
http://www.tenmangu.net/
境内散歩==>境内の図の筆塚の後ろの建物(文化資料館)をクリック==>宝物をクリック

ここに蕭白の絵馬が二つ掲載されています。
「神馬図」と「牽牛図」です。
     播磨國住人 韃靼人

コメント(7)

播磨の蕭白関連情報です。
兵庫県高砂町(加古川の西側)に竜山という小さな山があります。
「石の宝殿」のすぐ東側の山です。
ここは石切り場で、竜山石と呼ばれる石で多くの石棺が作られたので有名です。
(但し、最近、西側の伊保山の石が大王の石棺に使われたのだという説が出てきています。)
さて、その竜山の南麓に加茂神社があります。
蕭白の絵馬が奉納された神社のようです。
但し、神社の場所は昔からここにあったのではなく、近年にここへ移されたそうです。
この神社に法道仙人空鉢塚があります。
小さな石造物です。
法道仙人の伝説にちなんで造られた記念碑です。
それを設計したのが蕭白の弟子の蕭月であるということです。
蕭月は、荒井神社に人馬図を残しています。
平成12年にあった「播磨の曾我蕭白展」に出品されていたのを図録で確認しました。
やはり奇怪な人物を描いています。
聖徳太子が建てという伝説のある鶴林寺にも蕭月の絵が残されているようです。
機会があれば見に行こうと思います。

図録にある冷然為人氏の説によれば、蕭白は播磨に「宝暦十二年(1762年)蕭白三十三歳」の時と「明和四年(1767年)蕭白三十八歳」の時の2回、滞在しているそうです。
加茂神社の絵馬の裏側には、「宝暦壬午十二夏三浦大助義明苗鎌足公藤原氏継曾我左近次郎平暉雄敬白」と書かれているので確認出来るそうです。
なんという長い名乗りなのでしょうか?
思わずドンガバチョを思い出して笑ってしまいます。
冷然為人氏の説によれば、蕭白の生家は紺屋なので、木綿の生産地である伊勢と播磨に作品を多く残しているのだそうです。
冷然為人氏は加古川市の東側の播磨町出身だという話を聞いたことがあります。
地元だからとはいえ、文学だけでなく美術も研究なさっていたのですね。

あまり大したことのない石造物ですが、調べてみると勉強になりました。
    播磨國住人 韃靼人
写真を3枚貼り付けたのですが、掲載されていません。
1枚づつUPします。
最初は、加茂神社の写真です。
3枚目の写真は、空鉢塚です。
これを設計したのが蕭白の弟子の蕭月であるということです。
設計というほどのものではない、といったら叱られそうですね。
韃靼人さん。

ご報告痛み入ります。

この塚の蕭月のスケッチを僕も展覧会図録で見ていました。実物のことをそれほど気にしていませんでしたが、なるほど、スケッチのある亀裂のようなものは、石に入った筋だったのかと知りました。

信貴山縁起でしたか。

で、僕もつい先月になって、加古川での展示があったことを知りました。カタログはまだあるだろうか?と思ったまま、すておかれています。

ご報告ありがたく拝聴いたしました。

また、僕も最終日に出かけて知ったものですから、事後報告であることをお許しいただきたいんですが、先の大倉集古館で開催の狩野派に関する展示で、どういうわけか高田敬輔の竜虎図屏風が一点出ておりました。一応、ご報告まで申し上げておきます。
兵庫県加古川市の加古川総合文化センターで「播磨の曾我蕭白展」がありました。
恐らく図録は未だ販売しているだろうと思われます。
下記へ問い合わせください。
http://www.kakogawa-bunka.jp/index.htm

>この塚の蕭月のスケッチを僕も展覧会図録で見ていました。

図録に出ていたとは知りませんでした。
信貴山縁起の図録に出ていたのですか?
興味がありますので教えて頂ければ幸いです。

私は、高田敬輔の名前がコミュの説明の所に書いてあったので、こちらの蕭白のコミュに参加したのです。
マーサ・シトロンさんは蕭月も知っているし、高田敬輔もご存知だし、只者ではありませんね。
私は日野町の信楽院で高田敬輔の絵を見て以来、すっかり敬輔のファンになりました。
昔、信楽院にあった蕭白の絵の写真をUPしたいと思って探しているのですが、どこかに紛れてしまって見つかりません。
その内、見つかればご紹介したいと思います。
    播磨國住人 韃靼人
あ、すっかり返信が遅れました。

この塚のスケッチは三重県立美術館での「その後の蕭白・・・」展の図録に掲載されていましたよ。

僕はまだ日野の信楽院にいってないんです。図版でいくらか龍やらを断片的にしか見ていないもんですから。いずれは伺いたく存じます。

また、レポートのほう、よろしかったらお願いいたしますね。

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