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mixi文芸コミュの桜の音色

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夜、滝を見に行くのは珍しいと思う。
那由滝。
国内有数の落差をほこる名瀑であるが、特にライトアップされている訳ではない。
巨樹の隙間を見上げ、天の星明りを頼りに目を凝らしたのだ。
滝を拝する神社の境内を離れて独り、旅館や土産物屋が軒を連ねる道を歩いている。
寒くはない。
那由山は黒潮洗う西国の霊場である。
山上の夜気に、春の気配が潜むような2月であった。
ふと、背後で足音がした。
音の主は離れた位置から徐々に近づいてきたのであろうが、足音を認識できたのは唐突だった。
地元の人だろうか?
はっ!
顔を見ようと振り返った瞬間、人が横をすり抜けた。
歩きながら俺は、離れていくその背を見つめるしかなかった。
白い服。
闇に浮かんだ白滝の一部を切り取り、人にしたような姿だった。
鼻孔に、かすかな甘い香りが触れていた。

美瀧荘に戻る。
門前町の旅館に料理はそれほど期待していなかったが、思いのほか堪能できた。
鮪の煮付けに、鮪のカツ。
麓には、鮪の水揚げで有名な港がある。定番メニューに地元食材の料理が加わるのは嬉しいものだ。
洒落た陶器にあしらわれたデザートも、女性にウケそうだった。
ところで、デザートだけは携帯電話で撮る人が多いのはなぜだろう。
夕方に宿に着いてすぐ風呂に入り、夕食を済ませてから滝を見に外へ出たのだ。
明日は山へ入るから早い。宿に戻ればテレビを付けながら身支度をして寝るだけだ。
階段を上がり、2階の廊下をつき当たりまで歩く。
ノブを回すと、ドアが開いた。
貴重品は身に付けていたので、鍵は掛けてなかったかもしれない。
スリッパを脱いで中へ入る。
――!
心臓がひき攣った。
部屋に人がいる!!
誰だ!?
俺が声を荒げたり、逆に逃げ出したりしなかったのは、頭に被ったフード越しに若い娘の顔が見えたからである。
「‥‥驚かせてすみません。勝手に部屋へ入って」
彼女はコタツに入ったまま、お詫びの言葉を小さく口にした。
少しあどけなさも感じたが、少女のものではないしっかりとした口調だった。
「あなた、道で俺を抜かしていった人じゃないですか?」
「はい」
白い服はスウェットの上下だった。
ふと、彼女が片手を頭に回してフードを下ろす。
軽く首を振ると、ストレートの髪が踊るように放たれた。
しなやかな髪が跳ねたときのフワリとした芳香に、部屋の空気が塗り替えられるようだった。
視線が合う。
自然に揃えた前髪の下で、愛くるしい大きな瞳が光を宿す。
単なる光沢でない。それは無垢な森の奥にひそむ泉に似た輝きだった。
凄い。まさか‥‥
「あの、もしかして、はるさちさんですか?」
「ええっ、本当!?」
何で?
はぁ‥‥‥
声にならない感嘆が迸ったのち、最近ファンになった事を、何とか告げることができた。
遥 沙智子。
"はるさち"こと、遥 沙智子。21才。
昨年の大ブレイクで、今や歌番組やバラエティーの常連である。
はるさちはグループのセンターで踊ることはないが、主要メンバーの1人として常に最前列で出演している。
多少、動悸は高鳴っているが、俺の応対は不自然でないと思う。
ただ、自分の喋る声が頭のてっぺんでカラ回りしている。
はるさちの声はクリアなのに、どこか遠くから届く音源のようだ。
目覚めたまま、夢の中で会話しているみたいな感覚だった。
それにしても――
遥 沙智子が、辺境の観光地に1人で居るのはおかしい。
東京から那由まで来るのに、新幹線とJRの特急を使って片道7時間はかかる。今の状況で彼女が2日以上のオフを取れるとは考えられない。
もし仕事、何らかの収録などで来ているとしたら、こんな時間の余裕はない筈だ。
天から滝を伝って降りてきたとでも言われた方が、まだ納得できる位だった。
ともかく、壁際で突っ立ったままの俺は、コタツに座ることにした。
その前に、天井からぶら下がった電灯のヒモに手を伸ばす。
「あ、電気つけないでください」
「何で?」
「星、きれいだから」
広い窓は、零れそうな星に満ちていた。
「窓開いてるけど、寒くないですか?」
「コタツ入ってるから、大丈夫です」

卓上でお茶が白い湯気を立てている。
旅館が用意してくれたポットで淹れたお茶だ。
まだ使っていない湯呑みをはるさちに渡し、俺は持参の水筒のカップに注いで飲んでいる。
お茶の温度とコタツの熱が、体の芯に沁みてくる。
はるさちと向かい合う。
白い肌。
夜の桜に灯る紅の色が、頬や唇にほんのりと浮かんでいる。
唇の端が少し緩むだけで、恥じらいをおびた微笑みが自然とこぼれた。
天に咲く星よりも煌いている。
二人の間には、高い夜空の冷めた気流が、音もなく横たわる気がした。
「差し支えなければ教えて下さい。どうしてここに来られたのですか?」
「ちょっと行く所があるのですけど、この旅館が懐かしくて、つい、人がいなかったこの部屋に入って‥‥」
彼女はそれ以上語ろうとはしなかった。笑顔でかわされるだけ。
食事は大丈夫だと本人は言う。ならば、あと必要なのは休息だ。
事情はまた明日になれば、追々話してくれるだろう。
「はるさちさん、今日はもう何も出来ないし、ここに泊まって下さい。2階にいれば たぶん見つからないと思います。俺は適当に車で出てきますから。明日、早くに、こっそり迎えに来ますね。あと、山を下って必要そうな物、買っておきます」
「すみません。でも‥‥」
「イイです。私、そろそろ行きますから」
「―――」
「本当にお邪魔しました。失礼します」
はるさちは花びらが舞うように、ひらりと窓から飛び降りた。

無茶苦茶だ!
‥‥‥
やはり、そうなのか。
ズボンのポケットには愛車のワイヤレスキーが入れてある。
俺は窓を閉め、コタツの電源だけ切ると、慌てて階段を駆け降りた。
すぐ下に停めてある車はいつでも出られる状態だ。
シートに腰を下ろして始動ボタンを押す。
左だ。
舵を切り、緩やかな参道の登りを発進した。
車道は山へ向かい、商店が途切れると外灯も少ない。
今のはるさちなら問題ないだろうが。
現実的な応対をしていた。
翌朝、人目に触れないよう東京へ還るための準備を。
でも、薄々は気づいていたのだ。
あの伝説に。

谷にカーブを描くガードレールに沿って、白い女性が歩いている。
スラリとした後姿。
身に少し余裕のあるスウェット越しにも、華奢なラインが見てとれる。
初め見たときと違うのは、腰まで届くストレートヘアを夜風になびかせている事だ。
俺はライトのスイッチをスモールにして、低速で接近を試みた。
彼女をやや追い越したところでギアをパーキングに入れ、ドアから飛び出す。
はるさちは口を半開きにして、少し不思議そうな目で俺を眺めた。
「西岸寺か」
「―――」
「西岸寺まで車でも20分かかります。乗って下さい」
俺は助手席のドアノブに手をかけた。
西岸寺は那由山系、標高748mの継桜山に建つ真言宗の古刹である。
創建は弘法大師空海とも伝えられている。
闇のワインディングにアクセルを踏み込む。
独りで運転する時より滑らかな荷重移動を心がけ、スムーズな操作に気をつかう。
時おり森の途切れる道ぞいは、左側が断崖だ。
昼間であれば、ガードレールの先に大海原のパノラマが拡がるのだろう。
はるさちを助手席に乗せている。
端整な横顔が、ライトの照らす先をジッと見据える。
会話は無かった。
もとより、出会ってから彼女は必要最小限にしか声を発していない。
沈黙も悪くなかったが、俺はふとオーディオのスイッチを入れてみた。
快活なイントロが四方のスピーカーから迸る。
年末に出たシングル曲。
ありったけの若さが溢れ、聴く人に分け隔てなく夢と希望を与えてくれる。
複数の歌声が重なり個々には判別できないが、この中ではるさちの声は今も確実に届いている。
さあ、もうすぐだ。
林道の右手に西岸寺の看板が見えたので、ウィンカーを上げ、参道へ入っていく。
山の中腹にある、車が10台ほど置けそうなスペースの真ん中に、愛車を停めた。
「そう言えば、この曲の投げキッス、良いですね」
俺は両の指先を口の前に持っていき、パッと開いてみせた。
「これ、記念にやってもらえませんか?」
「え、そんな‥‥」
はるさちは長い髪に指を絡ませながら、うつむき加減で言葉を濁した。
「その代わり、ここで少し待ってくれたら、私の"とっておき"を届けられると思います」
「行くのか」
「ここで失礼します。色々と、ありがとうございました」
キッパリと口にして、軽く頭を下げた。
「さようなら。お体に気をつけて頑張って下さい。応援してます」
それから――
「俺、ここに居るから。怖かったら大声で呼んで下さい。すぐ駆けつけます!」
漆黒の山門を背に、アイドルの笑顔がはじけた。
山門から境内へ、天に続くような石段が真っすぐ伸びている。
その石段を踏みしめ闇に消えていくはるさちの背中を、俺は見送るしかなかった。
いつしか、彼女は手に木の枝を下げていた。
「魂の継桜」伝説。
夜、遊離した魂が西岸寺に詣で、境内に桜の枝を挿していく。
春になると、挿し継がれた桜の木が"夢の花"を付けるというのだ。
俺は星の下で、静けさの山門を見つめ続けた。
時を忘れ、感覚が闇に薄れゆくようだった。
案ずるより、耳を澄まそう。
そして、心に念じる。

届いた。
かすかな揺らぎ。
ぬくもりの波長が意識に触れ、そっと溶けるような‥‥
今まで聴いたどの音よりも、優しい響き。
はるさちが桜の枝で撞いた鐘の音だった。

おやすみ。
東の空に、大きく弧をえがいて流星が煌めいた。


旅から2日後――
「遥 沙智子オフィシャルブログ『はるさち小紅』」より

この前みた夢の話、うまく説明できないけど、
小学校のとき家族旅行で来た那由をブラブラして
旅館のコタツでくつろいだり♪
懐かしかったよ(*´ー`*)
なんか知らないお兄さんがいろいろ親切にしてくれて
マスクとか変装に必要なもの買ってくるからって(°u°)/
お礼に、さちの☆とっておきっ☆を返したけど‥‥‥
そこが思い出せなくて(´Д` )))


オジサンと書かれてないのが、何だか嬉しかった。

春が来たら、はるさちの咲かせる花を見に行こう。
二人だけの音色を、胸に抱いて。


(了)

コメント(2)

旅情ファンタジーとでも言うような不思議な雰囲気ですね。全国各地の観光情報を織り交ぜつつ、先々でその土地にちなんだ不思議な体験をする…旅行雑誌なんかに連載したら面白そうです。

>「あの、もしかして、はるさちさんですか?」
>「ええっ、本当!?」

>「すみません。でも‥‥」
>「イイです。私、そろそろ行きますから」

この部分、同一人物のせりふがたまたま連続しているという事でしょうが、少し分かりづらいと感じました。

>ところで、デザートだけは携帯電話で撮る人が多いのはなぜだろう。

こういうところ、それ自体おもしろくはあるんですが、語り手のキャラクターが確立していない段階で、作者が直接語っているという印象を受けました。私小説ならそれでもいいでしょうが、特に短編の場合、作者と語り手とを明確に切り離した方が、小説としての緊張感が出ると思いますが、いかがでしょう。
>あきらさん

「旅情ファンタジー」との表現、不思議な雰囲気を感じて頂いたとの事で、嬉しいです。

二点のご指摘、その通りだと思いました。

デザート携帯の件は最近自分が気になっており、この小説の基になった正月の旅行で実際目にしたので、主人公が一人称であるのを良いことについつい入れてしまいました。

勉強になります。
貴重なご意見、ありがとうございました。

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