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@ちゃんねるヲタドラマコミュの萌えよ乙女たち〜天下騒乱〜

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第1回『北への勅使』



1558年(須磨3)正月。摂津の国大阪(現在の大阪府大阪市)
この大阪の地に時の実力者であった、須藤まあさは新たな幕府を築きあげた。

つんく幕府が家臣の高橋あいの謀反に合い滅亡されて以来の幕府設立であった。

まあさは京にあるハロー朝廷の優花天皇からの信頼も厚く、天下の経世を任されていた。まあさはこの摂津大阪に幕府。その他の国々には自分の配下の武将や同盟者を守護に任命していた。尾張美濃伊勢の三国にはかつての敵であった、秋山りゅかを。甲斐信濃にはまあさの配下、つぐなが桃子を。駿河遠江三河には夏やきみやび。武蔵相模といった関東の国々は、まあさの一人娘、ゆりなの婿、熊井虎友が関東管領の職に就き、まあさより東国の運営を任されていた。
その管領の補佐役には常陸の国を治めていた、吉川ゆうが務めてた。

そしてさらに北。奥州平泉。陸奥出羽の国には真野えりがいた。

この年、優花天皇は真野陸奥出羽守えりにさらなる官位を与えることにした。
"鎮守大将軍"まあさが得てる"征夷大将軍"と変わらぬ官位を真野えりに授けとしていた。無論、まあさの入れ知恵だった。真野えりを京に呼び出したいが為の甘い餌。
「再三上洛を拒んでいる、陸奥守(真野えり)が鎮守大将軍ごときで上洛して来るかな??」優花天皇は朝廷に参内していた、まあさに呟く。

「御上。任官の為に勅使を出されるでしょう。その勅使の一行に我が配下、つぐなが桃子を同行させたいのですが、それと常陸守ゆうも」まあさは優花天皇に配下の二人を勅使一行に同行させたいと願った。

その願いを優花天皇は承諾。優花天皇は側近の和田左大臣を勅使役に任命した。

三日後、和田左大臣は身の回りする者たちや護衛の兵をつけ京を経った。
その一行の後を秘かに追う者がいた、まあさ配下の忍び"早駆けのさき"である。

一行は京を出発し、近江、美濃の国を通り、尾張に入った。尾張守護、秋山りゅかは居城、乙女城に招き入れ、一行を盛大にもてなした。

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