ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

広島原爆の記憶調査コミュの発表に向けて

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
事務的な話ですが。

10日のゼミ合宿で中間発表をしなければなりません。
サブゼミとしてレジュメを1枚作り、それぞれの担当者が発表する形です。

テーマ、章立ては第2回の話し合いのものに従います。
それぞれ、自分の担当箇所の要点を書いてください。

また、発表できるよう準備もしておいてくださいね☆

コメント(8)

第2回の決定事項。こちら↓

[テーマ:戦争の記憶の継承]

序章【廣瀬】
→テーマ・調査目的・概要

一章 〜現在のヒロシマの語られ方〜
 ��)儀礼・展示【下山】
  →平和祈念式典や黙祷などの儀礼、博物館等の展示による広島の語られ方
 ��)教育【高橋】
  →広島の学校や地域における教育という継承のあり方
 ��)アート・コンサート・イベント【徳永】
  →戦後世代による新しい形式の継承の仕方

二章 〜被爆当時の記憶〜
 ��)被爆体験者の語り【鳥居】
  →被爆体験者のインタビューの記録・分析
 ��)空間メディアが伝える記憶【廣瀬】
  →戦跡巡りなどのフィールドワークに基づき分析
 ��)なぜヒロシマを語るのか【佐藤】
  →各人の調査結果を比較・分析し、ヒロシマが語られる理由を考察する

三章【松田】
→結論(各人の調査結果や感想に基づいて結論を導く)
鳥居です

長崎も含め今回のFWで数人に、カメラを向けて話を聞いた。
広島で聞いた「被爆者の講演会」での取材以外は、いずれも式典会場に来ていた人に聞いた。

主な質問事項は、「どのように継承していくべきか」、「世界に原爆の記憶を発信するにあたりメッセージを」、「久間発言の波紋、感想」といったもので、あとは時間があれば自由に語って頂いた人もいる。

率直な感想は、2つ。話を聞くことはやはりリアリティがあるように感じられるということと、いずれも答えが決まりきったものになりがちだということだ。カメラを向けられていたせいか、いわゆる「ヒロシマ」が語られる際の解釈コードに沿ったものが目立った。また、取材を依頼した約4割(全員が被爆体験者とは限りません)の人が話をするのを拒んだ。

継承は「上の世代が語り継ぐ」、「教育の中に原爆に関するものを盛り込む」、「市民参加型の議論の場を作る」、「実際に広島に来て回る」という手法。世界へ向けては「核なんて悲しみしか産まない、なくして」、「米国では一部で原爆を正当化する人もいるが、先日フォーラムに参加したらそうでない米国人もたくさんいた。米国内でももっと議論してほしい」、「パールハーバーへ行くから広島へも来てほしい」、「戦争は止まらないけれど、世界中で呼びかけないと連鎖し続ける」といった感じ。米国に向けた言葉が多いのはやはり8.6に聞いたからか。久間発言へは、批判、怒りばかりで特に長崎では「政治家以前に人間失格だ」とも。話し出したら止まらない人もいて、原爆の恐ろしさと若者がそうした事実をしっかり勉強して欲しいという思いを延々と語られた。現地の人の言葉だけに全ての人が実際の被爆体験者ではなかったが、胸に差し迫るものを感じた。一方で上に述べたような、コードに沿ったいわゆる原爆論に終始した感じは否めない。だからといってその内側に踏み入る事は出来ないけれど、あの「8.6」の日の広島の空間に広がっている、イデオロギー性を感じた。

ただ初めて広島へ行き、式典に参加して話を聞けたのは良い経験だったと素直に思う。取材に来ていた新聞記者とはこうした現場で考えることや記者としての姿勢も逆に聞くことが出来た。市民・現場・メディア、という構図が嫌というほど見られたので、かれらの意識も知って損はないと思う。あらゆる意味で勉強になりました。

夕立、お疲れ!当日は何とかうまく乗り切るから不備があれば指摘を。
 こんばんは。シモヤマンこと下山です。話し合いに1度しか参加できず(これも話し合いとはいえない代物でしたが笑)、ご迷惑おかけしました。レジュメには↓の2点を付け加えておいてください。

・儀礼のカーニバル化
・展示物の2つの側面

 軽く説明させていただきます。

 まず、前者の儀礼のカーニバル化ということですが、カーニバル(祭り)は元々、神に作物の豊穣を感謝するといったような宗教的側面が非常に強いものでしたが、経年していく中で、参加者の動機付けは変わっていきます。
 これはお祭りに参加したことがある方ならわかると思いますが、お神輿を担いだり、出店で焼きそばを食べたりしているときに神様のことを考えることはあまりないはずです。
 つまり、参加者にとってカーニバルの意義はカーニバルが持つ宗教的な儀礼といった内的な意味ではなく、神輿を行為といった外的な記号に変化していったのでした。

 これは慰霊祭にもいえます。慰霊祭といった儀礼は原爆が投下されてからかなり早い段階から、しかも広島市民たちが自然発露的に行ってきた、ということが資料館で調べていくなかでわかりました。この時点では純粋に「慰霊」という行為だけを動機付けとし、慰霊祭が行われています。
 しかし時がたつにつれて、この慰霊祭は「平和」や「日本のアイデンティティー」といったものとコミットしていく中で徐々に様相がズレていきました。この慰霊祭を訪れる人にとって、慰霊祭とは「二度と戦争を行わないために」あるいは「日本人として経験しなければならないので」参加するものになっていくのです。そして後者をさらに俗物化すると観光スポットとしてのヒロシマが浮かび上がってくる。
 これは必然的な流れだと思いますが、平和といった現実的な問題に意識を向けすぎて、バランスが悪いんじゃないかなぁ、というのが個人的な感想です。
2人、書き込みありがとう!他の人もお願いします。
要点は箇条書きでもいいんで、書き込んでください。

では、自分の担当箇所ですが。
【空間メディアの伝える記憶】
・広島を歩く事でヒロシマに近づく試み
・広島市内に埋もれるヒロシマ

僕は、2つの視点を持って広島巡りを試みました。たぶん。

一つは、継承者としての試み。
語り部の人の話に退屈さすら感じてしまった経験から、広島市を歩き、戦跡を巡ることで、自分と“ヒロシマ”の距離感を縮めてみようとしました。本で読んだり、ただ話として聞いていたときとは違って、実際に起きたこととして、とてもリアルに感じられました。なんだか変な話ですが。

二つ目は、広島市を見ること。
平和都市としてのイメージの強い広島ながら、当然、あらゆる時間あらゆる場所で平和都市をやっているわけではないことが確認できました。“ヒロシマ”なんてものは、広島の歴史の一つであって、外部の人間が特別それを意識しすぎているのではないかと感じました。

ここらへんをフィールドワークの体験を通じてまとめたいと思っています。
どうも!
ぼくのパートは【なぜヒロシマを語るのか】ですが、

・62年前に広島に起きた事
・07年に語られるヒロシマ

といった順序で2つの比較、その原因の解釈をするつもりです。
「各人の調査結果を比較・分析」ということなので、いま具体的な展開を書けず申し訳ない!
でも何とか数分は語りますので。本番がんばりましょう!
書き込み遅くなってごめんなさい><;

【教育という継承】
・教育現場における慰霊式典の実相
・教育という継承の可能性

レジュメには↑こんな感じでお願いします。

まず、8月5,6日の学校行事についてレポートします。
私は、段原中学校と基町高校がそれぞれ主催する慰霊式典に参加してきました。主催者は「平和教育の重要性」「広島市民としての継承の責任」といった言葉を掲げていましたが、参加者である生徒たちがそのメッセージを真摯に受け取められたようには見えませんでした。実感が湧かないなりに、「戦争はよくない、被爆者の思いを伝えていかねば」という模範解答のような感想を抱こうとしているようにも見えました。教育者の方もその点はわかっていながら行事を催しているとのことでした。

そのような実相を踏まえて教育という継承のあり方について考察したいと思います。
確かに一回の慰霊行事で被爆者の思いに共感し、平和について考えろ、と生徒に強いるのは無理があります。しかし、毎年行事を主催することで少しずつ記憶を蓄積させていくことは可能ではないかと考えました。今は全て伝わらなくても、生徒が大人になって自分が参加した行事を振り返ったとき、そこで初めてメッセージを受け止められるのではないかという可能性に託す。そんな継承もあるのだと思いました。

考察が足りないなぁと思うので少し変えるか加えるかもしれませんが、基本はこんな感じです。指摘や疑問等あったら教えてください。

夕立くん、ありがとう!お疲れ様ですm(__)m
ギリギリになっちゃって申し訳ない・゚・(ノД`)・゚・。
松田です。
私の担当部分は「総括」各自の調査・感想等を踏まえた上での結論ということなのでまだ何とも・・・というかんじな上に今回の広島調査全体の結論な訳でみなさまと議論しつつ決めていきたいと思うんですが・・・

【まとめ】(結論、にすべきなのかな?)

・現代の継承
・未来世代への継承

↑レジュメにはこんなかんじでさらっと載せて頂ければ。

前者については各自のパートを参考にさせて頂いて、それに自分の考察も加えるつもりです。
後者については現状を踏まえて今後戦争世代と直接触れ合うことのできなかった世代がどのような形で「継承」していくことができるのか、について模索したいと考えます。
私たちは戦争を直接体験した世代から「引き継ぐ」ことのできるほぼ最後の世代と言えると思います。ただ、「引き継ぐ」ことはできても、間接的な記憶にすぎない私たちにそれを後の世代に「伝える」ことはできるのか?もちろん可否に関わらず伝えていかなければならないわけですが・・・

本当にあいまいで申し訳ない〜〜〜><
とりあえず何かはしゃべりますので!!;

夕立ありがとぉ〜〜〜〜(*´∀`*)いつもレス遅かったり迷惑かけてすいません・・・・
浜日出夫研究会 サブゼミ 広島・現地調査班
[ 広島から考える戦争の記憶の継承 ]

1.各章要点
■序章【廣瀬】今後、ヒロシマの記憶を継承していくことは出来るのか
・「ヒロシマ」への違和感
■一章 〜現在のヒロシマの語られ方〜
 ��)儀礼・展示【下山】平和祈念式典や黙祷などの儀礼、博物館等の展示による語られ方
・儀礼のカーニバル化
・展示物の2つの側面
 ��)教育【高橋】広島の学校や地域における教育という継承のあり方
  ・教育現場における慰霊式典の実相
・教育という継承の可能性
 ��)アート・コンサート・イベント【徳永】現代の新しい形式の継承の仕方
  ・戦後世代による新たな表現のしかた
・継承の変化
■二章 〜被爆当時の記憶〜
 ��)被爆体験者の語り【鳥居】被爆体験者のインタビューの記録・分析
  ・経験者の言葉にあるリアリティ
  ・「ヒロシマ」を語る際の解釈コードの存在
��)空間メディアが伝える記憶【廣瀬】戦跡巡りなどのフィールドワークに基づき分析
 ・広島を歩く事でヒロシマに近づく試み
・広島市内に埋もれるヒロシマ
 ��)なぜヒロシマを語るのか【佐藤】上の調査結果から、ヒロシマが語られる理由を考察
  ・62年前に広島に起きた事
・07年に語られるヒロシマ
■三章【松田】 結論
  ・現代の継承
・未来世代への継承

2.ポイント等
・「ヒロシマ」に関する行事への違和感、安易に「平和」と結びつけることへの胡散臭さ
・継承し、伝承していく事は必要だと考え、その可能性を探ろうとしたが、そもそも、継承をしていく必要はあるのだろうか。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

広島原爆の記憶調査 更新情報

広島原爆の記憶調査のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング