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広島原爆の記憶調査コミュの序論。

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序論(仮)の仮の仮を書いてみました。

途中から自分でも何を書いているのか分らなくなりました。

コメント(2)

戦後62年が経つ。戦争を直接経験し、今に伝える「メディア」は少なくなっている。
当然、当時の建物は取り壊されたり補修されたりして手が加えられているし、戦中世代の人間もいなくなりつつある。もはや日本のあの戦争は、歴史上の事柄へと変わりつつあると言えるのかもしれない。しかし、それでも、或いはそれだからこそ、私達は戦争の記憶を伝承していく必要がある。
 今回は、特に「8月6日の広島の原爆」から戦争の記憶の伝承について考えたい。「ヒロシマ」は日本人ならおそらく誰しもが持つ「戦争の記憶」である。直接体験しようとしまいと、マス・メディアなどを通して、キノコ雲や焼け野原となった広島の市街地の様子が記憶されているはずである。
しかし同時に、その記憶は「平和」という言葉へと集約されていく構図があるように思う。「ヒロシマ」を「悲惨」の言葉で片付け、「平和を望む」という言葉で締めくくってしまっている現状があるのではないだろうか。平和祈念式典をテレビで見ても、形骸的なイベントのように感じる。原爆ドームや資料館が観光コースとなる。被爆者の体験談を聞いても、語りに慣れすぎていると感じたり、どこかで聞いたのと同じような話だと思ったりする。複雑で、不条理で、混乱していたであろうはずの8月6日の広島の姿が、何故だか理路整然としたものになってきているのではないか。「ヒロシマ」は、人々に共有されてくる中で、数多くの「広島」の姿を取りこぼしてきたのではないか。「ヒロシマ」が単純な物語であるはずがない。しかし語られるヒロシマの姿は、必ず似通っているし、その語りを聞く私たちの頭にも似通ったヒロシマが前提としてある。だからと言って、現代の私たちは、当時の真のヒロシマの姿を知ることはできないし、語ることもできない。
そのような困難はあるが、私たちはこの記憶を継承し、伝えていく必要がある。今回実際に広島に行くことで、広島という空間が伝える「ヒロシマ」の姿を少しでも捉えたいと考える。式典や教育、イベントの中で、今現在どのように「ヒロシマ」を捉え、どう次代に伝えようとしているのか、またもう一つの視点として、被爆者や残る戦跡に接することを通して、当時の「広島」は如何なるもので、どう伝わっているのか、調査する。ヒロシマを、現在の地点から未来、過去へと異なるベクトルで見つめ、それを通じて戦争の記憶を継承することについて考えていきたい。
ちょっと長い・・・。

つまりは、
「ヒロシマ」がどう伝わり、どう伝えられるのか考えるってことですよね?
どう伝わるかって点では、インタビューやフィールドワークで自分達が伝えられる側に立って身を持って知る。
どう伝えられるのかは、客観的立場に立って、見る。

そして継承の問題点、その可能性を探っていく・・・


そんな感じの理解で良いのでしょうか?

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