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民族音楽としてのブルースコミュのRumba-Blues楽団「Caribbean-Blues-Band」

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 1970年代後半にシカゴブルースを中心にブルースにハマったインド音楽演奏家(?)若林忠宏は、日本初の民族音楽ライブスポット(1978〜99)20年のキャリアの中で、現地研修、来日民族音楽演奏家追っかけレッスンで世界中の音楽を学んだ。1990年代には幾つものラテン音楽バンドを結成。さらにブルースバンドも再開。

 しかしながらやり残したのが「Rumba-Blues」
ラテン音楽とブルースをやりながら、どうしても自然には「1+1」にはならなかった。
 
 Rumba-Blues 
 その出現の本来の意味は、あまり語られていない。
 若林が思うにその理由は単純。
 1960年にキューバが社会主義革命を達成する。
 多くの移民がアメリカに流れるが、それ以前にアメリカはその他の中南米諸国に対し急速な「融和策」を講じる、難民、移民に対しても優遇。
 町にはラティーノがあふれ、ブルースマンも彼らに対して演奏せざるを得なくなった。
おそらく政府もラテン音楽系に対し陰ながらバックアップもしたのだろう。
 「ラテンぽい事をやれば売れる」時期が訪れた。

 JAZZではディジー・ガレスピーなどが「Afro-Cuban-Jazz」を流行させる。
皮肉にも鎖国キューバではアメリカ南部から流れるAMラジオを聞いてA.ロドリゲスなどのソネーロがR&Bっぽいキューバ音楽をやる。
 キューバに代わってラテン音楽の供給地となっらプエルト・リコ〜N.Y.ではR&Rのノリを取り入れたラテン音楽「ブーガルー」や「ハラハラ」が流行する。

 ぐちゃぐちゃである。

 その時代の「インチキ臭い」ブルーズマンの「ラテン音楽」
ビザールな雰囲気の持つ独特な「温かさ」

 やりのこした「音楽」を2007年夏 初めて福岡でスタートする。

 チャック・ベリーがPR出身の歌手H.ベラフォンテの名曲を歌う。
ライバル、ボー・ディドゥリーも奇妙なラテンを歌う。Prof.ロングヘアーは元々ラテン色強い(かつては仏領、西領)ニューオリンズのMardi-Grasのノリはお得意だった。
 コースターズやジミー・リード、ジャック・デュプリーまでもが!

 あのインチキ臭いRumba-Bongoのリズム
それをドラムスやギターのピッキングで表現する愉快さ。

 ちょっとドリフターズ(日本の)っぽいかもしれない。



 

コメント(1)

はじめましてわーい(嬉しい顔)
Bassとして参加させて頂く事になりました戸蓑です
宜しくお願いいたします

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