ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

写真論好きコミュのヴォルフガング・ティルマンス

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
どーも、管理人のSatoshiです。
ちょっと入院していたのでご無沙汰してました。。

ちょうど今、ヴォルフガング・ティルマンスの展覧会がやっていて、美術手帖でも特集が組まれていますね。

若い世代には熱狂的に受け入れられているように感じますが、みなさんは彼の写真についてどう思いますか?

コメント(16)

見せ方がいいですね。
離れてみると色紙が並べられたインスタレーション。
少し近づくと、写真間の関係性がなんとなく見えてきて、
もっと近づいて、鑑賞する。
彼は非常に考えているなと感じました。
はじめまして。
今週末東京に寄るので、何を見ようか迷ってたのですが、そういうことなら是非見に行きたいと思います。
みなさんの意見も念頭に置きながらだと、また得るものも違ってきそうです。
書き込みありがとうございます。
ティルマンスを見ていると、美術手帖にも書いてありましたが、どうしてもレイブカルチャーとの繋がりを考えてしまいます。

90年代以降、オーディエンス主体の音楽が力を持つようになり、そこではメッセージではなくてダイナミクスがすべてを支配している。
そのダイナミクスも、誰かが「こうしようぜ」と言って決めるのではなくて、会場の雰囲気で自然と作られていく。

ティルマンスの写真は、感覚を通して世界に繋がるためのツールという感じでしょうか。
だから写真の中にはメッセージはなくて、いろんなタイプのダイナミクスがつまっている、という気がします。見る人はそのダイナミクスに反応して、個々の思いを投影していく。
もともと写真はそういうものですが、それを先鋭化したのが彼の功績かなと思っています。

僕自身は、メッセージというか物語がこめられた写真もまだ役割はあると思っているので、彼以前の写真を「古い」と言って捨ててしまうのは非常にもったいないと思いますが、写真というものの需要のされ方を考えた場合、非常に受け入れられやすくインパクトのある存在であることは間違いないですね。
はじめまして。初カキコです。
日記にもちょっと書いたのですが、前にティルマンスの写真展に行きました。
彼の印象は光のマジシャンという印象です。光の使い方がうまいと思いました。影があったりなかったり・・・まぁ写真は初心者なので。まとハズレかもしれませんがね;
因みに僕は好きです。モダンなもの好きなんで
Satoshiさん

確かに、オーディエンスにより会場の雰囲気が自然と作られていく、というのが、ティルマンス理解のひとつの鍵と思います。クラブDJをするとき事前に曲順を決めない人は多いと思いますが、それはオーディエンスの共感を得ることを大切にしているからです。彼もそのときそのときの光景をいかにも現実にありそうな形で見せて、私たちの共感(または反感)を得ることに成功しているのだと思います。
k.mさんが書かれている、「隠蔽された政治性」ってのはなるほどという気がします。写真の中にはメッセージは写ってないけれど、その写真行為全体のなかにメッセージ性がある。
イデオロギーに対して若い世代がうさんくささを感じているなかでは、こういう表現が一番届きやすいということなんじゃないかと思いますね。

彼に対する評論家の方々の文章を読む限り、「これこそが新しい写真だ!ティルマンス万歳!」か、無反応かのどちらかしかないような感じがするのが気になります。
もう少し突っ込んだ(難しく語るという意味ではない)評論を見てみたいですね。
写真に限らず「分かる」「分からない」の論争は常にあるのですが、
ほさかさんの「#一言で説明するなら「あれはわからない。」という結論で終らない」というのが分かりやすいとおもいました。

デュシャンが登場した時、「あまりに変で無視出来ない」と評した批評家が居たそうですが、僕も初めてティルマンスを見た時は「分からないけど無視出来ない」ッて感じでした。

k.mさんが書かれている、「隠蔽された政治性」ってのも良いですねー。
私の持論ですが、「無視出来ない」作品にはすべてメッセージが入っていると思ってます。それがあらかさまか隠されているかの違いだけかなと。
またはsatoshiサンの言うように結果として「写真行為全体のなかに」入ってくるものかなと。

本当にただシャッター切ってるだけの作品はじーーーっと見れないす。

ただ、イデオロギー、哲学系、なんでもいいんですが、狭義のメッセージ系作品の場合、「そのメッセージを写真化する必要性があるか?」を見るようにしようと思っています。
こんにちは。
私はティルマンスについて、何故ティルマンスなのか、、と彼の写真を観ては日々思っていてこのコミュをのぞいてみてこの欲求がちょっとだけ緩和されました。

satoshiさんもおっしゃってましたけど、例えば、音楽でいうとクラブミュージックはオーディエンス主体の音楽でそれはロックとは対象的にメッセージを受け止めるのではなく、ダイナミクスが支配している。感覚だけでその世界に入り込める。。ティルマンスの写真もメッセージを受け取るのではなく、観る側が彼のダイナミクスに反応していく、、それが彼の写真。。。。。。。?それは私達動物の本能的な部分だと思いますが、、、、、、そういったものでみんなで分かりあえるという事に対して私はちょっと不満を感じるのですが。。。

音楽で例えるなら、昔、私はクラブミュージックを好んで聞いていました。メッセージを受け止めるのではなくオーディエンスが主体となって創りあげられる音楽、何故それが好きかと聞かれても感覚的な部分でしかありませんでした。今はロックの方が好きです。それは、クラブ音楽のようにダイナミクスに反応するのではなく、ロックにはメッセージ性があり、その受け止め方が個人によって差異があり、それをさらに自分から発信できるからです。自己を投影できる。感覚を自分というフィルターに通して、新たに発信する。。私はこういったモノの方が残っていくものだと信じているし、自分の創るモノもそうありたいと願っています。しかし制作者側が匿名性を希望しているのであればティルマンスのような手法はありだと思います。(製作者の感情は消して、観るものによって創られるもの。)

勿論その時その時の「感覚」は大事だと思いますが、その感覚を受け止め、自分で何も発信できなければそれはそれで風化されると思うし。。でもティルマンスの写真は今っぽいといういい方は変かもしれませんが、「アタラシイモノ」として観ると分かりやすいのかもしれません。。よってティルマンスは音楽でいうとクラブミュージック。。。。、、、、笑

自分でも何をいっているのか分からなくなってきました。。時代が近すぎて分かりずらいのですかね笑
初めまして

おいらはティルマンズの写真も本間さんの写真も好きなのですが

ティルマンズの写真が新しいと思ってみた事がありません。
写真にメッセージを込めるかどうかはその写真の善し悪しとは関係ないものではないかと思っています

音楽に例えてらっしゃるのはとても分かりやすいたとえであると思います

がおいらが特に彼の写真に引かれるものは日本人の言う詫び寂びのようなものを感じるからです

ログインすると、残り7件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

写真論好き 更新情報

写真論好きのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。