「乙男」とはなにか！？コミュの「乙男のポリシー(3)」

・怖くて風俗に行けない(後編)

さて、前回で指摘した「諸々の恐怖」の中の代表格、「性感染症」という理由について考察してみようと思います。
不特定多数の異性と濃密な接触を重ねればこの懸念は避けられませんし、そういう意味ではまっとうな理由と言えます。
しかし、この種の頭に「性」がつく事柄はとかく隠匿されがちなので実態はどこまでも闇の中です。気になる人は気になるし、気にしない人は気にしない。真偽の程が知れない以上、これはもう気分の問題です。
そこで、性欲と好奇心はあれどやっぱり気になってしまう乙男の中の乙男はよせばいいのに性感染症について熱心に調べてしまうのです。その結果「梅毒スピロヘータ」とか「クラミジア」とか「トリコモナス」などといった恐ろしげな病原体の名前まで覚えては、
「後天性免疫不全症候群後天性免疫不全症候群後天性免疫不全症候群！」
などと新たに仕入れたネタを連呼したりしつつ、現状では罹るはずのない病気の症状に怯えるのです。

極端な例を挙げてみましょう。
高校時代、視聴覚室において性教育の講義を受けた際、最後にエイズの恐ろしさについてしっかり釘を刺されたのでした。
教育機関には次代の担い手をつつが無く世に送り出す使命があります。生徒たちの若さ故の過ちを想定して、一生を棒に振らないように小言をのたまう義務があります。
しかし、生徒たちがぐったり部屋から出てきた時、ただひとり教育サイドの想定ラインを突破する発言をした男子がいました。
「エイズに罹りたくなければセックスしなきゃいいんじゃん！」
正論です。
その勇者はやや類人猿系の顔立ちと後退した生え際を備えた、普段はとりたてて目立たない(モテない)生徒でしたが、今この瞬間、アンチヒーローとして産声を上げたのでした。
散発的なおしゃべりがぱたりと止み、周囲は含みを持った沈黙に包まれました。(自分は「あー。そりゃもっともだなぁ」なんて思ってましたが)
では彼の言い放った正論に似た例を幾つか挙げます。
・飛行機に乗らなければ墜落事故に遭わない。
・はじめから希望を持たなければ失望もせずにすむ
・生まれて来なければ死なない
このように、反駁の余地のない正論に意味があるとは限らないのです。
従ってこの場合は彼の発言した内容よりも発言した行動に着目すべきです。
おそらく、この時の彼は自分がセックスする場面を思い描けなかったのでしょう。飛ばない飛行機は落ちません。
しかし「飛ばない」は「飛べない」とは異なるはずです。でも、できない。
この無力さ、悲しさ、苛立ちを敏感に感じ取ったクラスメートは沈黙せざるを得なかったのです。
時に報われぬ乙男心はこのような力強い行動を促すことがあります。それはある意味滑稽で、またある意味気高い。

自分は、いつまでも胸にこのような誇りを抱き続けたいと思っています。