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朗読用の物語のひろばコミュの「新就職日記」/「夢日記」

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「夢日記」は、「新就職日記」3.ネットワーク を改変したものです。
また、
朗読データ(朗読は、むらかみけーこ @seasidecafe55)は、
http://seasidecafe.tea-nifty.com/radio/cat7992265/index.html
に、を置いています。

コメント(7)

「新就職日記」1.オンリーワン

 あなたは、平山律[ヒラヤマリツ]21歳、男性です。
 そして、友人の高峰綾香[タカミネアヤカ]は、22歳の女性です。

 階段の下の方から、とんとんとんとんと、駆け登ってくる音がしたので、あなたは振り返ります。「おはよう」と言って、綾香が、あなたの肩を軽く叩いて、あなたを追い越して登っていきます。
「えっ、あやかー。おはよう。……どうしたんだ?」
 あなたは、階段の登っていく綾香の背中に声をかけます。
「りっくん。就職の合同説明会。もうすぐだよ」
「そうだっけ?」
「そうなの。今日は、遅刻するとまずいの。会社の人が来る前に、着席したいんだ」
「うん。そうだよね」
 こう言うと、あなたは、綾香の後を追いかけます。

 就職の合同説明会をおこなう階段教室には、もうすでに学生達が座っていて、空いている席に、あなた達も並んで座ります。
 あなたは、小声で綾香に、思い切って話しかけます。
「あやかー、ちょっと聞いてくれる」
「うん」
「昨日、変な夢を見たんだ」
「変?」
「変って言い方が、変だよね。不思議な夢だったんだ」
「……」
「豪華なパーティにいるんだ」
「ひとりで?」
「そう、君はいなかった。……結婚式でもなかった。残念だけどね」
「ばーか」
「男性はみんなタキシードを着ていて、女性もみんなドレスを着ていて、……僕はというと、普段着。……変でしょ」
「確かに」
「そこで、僕は緊張しているんだ。ただ立っているだけ」
 ……
 綾香は、あなたを見つめながら、あなたの手をとって、立ち上がります。
「ここを出ましょ。私たちには、ここにいるより、もっと大事なことがあるんだわ。きっと」

 あなた達は、就職の合同説明会をおこなう階段教室を抜け出すと、空いている教室に入りこみます。
 綾香は、普通の声に戻って、あなたに話し始めます。
「りっくん。私たちには、早すぎたんだわ。
就職の合同説明会って、こっちの準備ができてからでしょう」
「そうかもしれない。さっきだって、わくわくしてなかったし、のんきに歩いていて、あやかには、追い越されるし、あそこじゃ、ただの道ばたと同じだよね」
「そうでしょ。……あそこにいても、『ただ立っているだけ』だった。りっくんが、見た夢と同じよね」
「あっ、そうか。『緊張して、ただ立っているだけ』……そうなのか」
 あなたは、この事実に驚いています。

 しばらくして、あなたは、綾香に応えます。
「会社のせいではないと思うけど、いわゆる『いい会社』に入ろうとするのは、やめようよ」
「そうね。そのための夢だったね。あなたがその夢を見たから、私たちは、目が覚めた。
『夢』を見たから、目が覚めたのね。
ふっ、おかしな言い方だけど」
「そうだよ。昔から、よく言われていることだけど、
『ベストワンよりオンリーワンを目指せ』だよ」
「そうよ。
 私の、私だけの『夢』、そう『望みの夢』を見たい。
 そうしたら、私たちの『望みの夢』を見られるかもしれない」
 あなたは、綾香の決意にわくわくします。

「新就職日記」 1.オンリーワン
2002/3/8(23:00)〜3/9(01:30)
志村貴之
「新就職日記」2.自律

 あなたは、平山律[ヒラヤマリツ]21歳、男性です。
 そして、友人の高峰綾香[タカミネアヤカ]は、22歳の女性です。

 あなたは、喫茶店の窓から、綾香がかなりのスピードでこちらに向かって走ってくるのを楽しそうに見ています。綾香とここで待ち合わせていらい、いつもの習慣です。10回に9回は、あなたが待っていて、綾香がライトブラウンのショルダーバックを左手で押さえながら、懸命に走っている姿をいつも楽しそうに見ています。

「はあ、はあ。……ごめんね。……また遅れちゃった」
 綾香は、喫茶店の席にすわると同時に、あなたに謝りだします。
「今度こそ遅刻しないように、……家を早く出たんだけど、……切符の自動販売機の前で困っているおばあさんがいて、……助けていたの」
「この間も言ったと思うけど、ここに座って、綾香の走る姿を見るのが楽しみなんだ。ちょっと、おじさんくさいけど」
「じゃー、この件は許されたことにしていい?」
「もちろん」

 あなたと綾香の前に、紅茶とコーヒーが置かれています。
 あなたは、本題に入ります。
「綾香。……何をしたらいいのか、分からないんだ。自分が本当にしたいのが、なんなのかはっきりしないんだ。自分しかできないことがあるなんて、思えないんだ」
 綾香が、まじめになって言います。
「本当にそうねえ。好きなことならあるんだけど、それを一生の仕事としてやっていくんだという気持ちとはちょっと違うと思うし」
「そう、そうなんだ。
 僕は、確かにパソコンが好きだよ。コンピュータの技術者として、会社に入って、システムを作り上げる仕事をしてみたいと思っているよ。
 でもね……。
 面接では、とても言えないことだけど、コンピュータの技術者として、一生やっていきますとは言えない。というより、一生やっていける自信はないよ」
「私も、そう。
 子どもが好きだし、幼稚園の先生になりたいと思って、就職先を探しているんだけど、どこもピントこないの。
 子どもの才能を伸ばす所や、子どもの自由を尊重する所は、あるんだけど、……
 なんだか分からないんだけど、ちょっと違うような気がする」

 あなたは、ひとつ大きなため息をつきます。
「ふーっ。
 この間、綾香に教えてもらった『夢』の日記を付け始めたんだけど」
 あなたは、そう言うと、鞄の中から『夢』の日記帳を取り出します。
「ほーら、真っ白でしょう。まだ、一つしか書いていないんだ」
「私が見ていいの?」
「うん」
「では、拝見します」
 綾香が、あなたの『夢』の日記帳を読み始めます。
 ……
「へーっ!こんな夢、見たんだあ!?」
「そうなんだけど。……何かある?」
「日付をみると、一週間前になっているけれど、小学生のあなたが夢の中に出てきたの?」
「そうなんだ。そこに書いてあると思うけど、小学生の僕が、校庭で、……小学校の校庭で、……たぶん遊ぼうと思って、校門を通ろうしたら、そこに女の子がいるんだ」
「女の子?」
「誰なんだろう?……小学生らしい女の子だった。……だまって立っていた。……威圧的ではないんだけど、校門を通って、校庭には行けなかったんだ」
「女の子?……校庭?……」
 綾香は、考え込んでいます。
「……
 昨日[キノウ]、久しぶりに、母と就職のことで話し合ったんだ」
「……どんな話なの?……聞いていい?」
「いいよ。
 ……
 僕が、小学生の時、父が病死しただろう?」
「確か、5年生の時だよね」
「そう。その時、母が言ったんだ。
『律[リツ]は、自律すればいいんだよ。私のことは横に置いて、自分の人生をまっすぐに生きていけば、いいんだからね』」
 綾香が、また、かすかに涙ぐんでいます。
「……この話、前にも聞いたけど、……何回聞いても、いい話よね」
 あなたは、あわてて言います。
「それでね、昨日[キノウ]、また母が言うんだ。
『律。私のことは本当にもういいからね。
 立つ方の自立でなく、自らを律する方の自律から、お父さんがあなたを『律[リツ]』と名付けたんだよ。
 だから、この家から会社に通ってもいいし、独立して別のアパートに住んでもいいし、極端な話、世界中を旅してもいい』
 ……
 こんな風に言うんだ」
 綾香が、言葉を選びながら、丁寧に応えます。
「ひょっとしたら、お母さんかもしれない」
「えっ?何が?……女の子?
 夢の中に出てきた女の子が、お母さん?
 ……
 そうか!……そうかもしれない。
 どこかで、僕は、お母さんのことが気にかかっていたんだ。
 ……
 いや、違う。お父さんと遊んだ小学生の頃の校庭に、僕自身が、離れなかったんだ。僕の方が、離れることができなかった。……その頃のことを思い出すと、いつも『お父さん、どうして?』って、思っていたんだから。
 ……
 だから、お母さんが、……母が、女の子になって、校門の所に立っていたんだ。
 『律[リツ]。自律しなさい』
 こう言っていたんだと思う」
 綾香が、力強く話し出します。
「りっくん。探せばいいのよ。見つかるまで、見つけるまで、一生懸命探せばいいのよ」
「?……そうだよね。目を閉じて、『この会社に決めた!』って、おかしいよね。その会社に失礼だよね。
 ……
 就職して、生活しながら、『夢』、……『望みの夢』を探すのは、許されることだよね。
 ……
 本当かな?……本当に許されるのかな?」
「たぶん。ぎりぎりの所だったら、許されると思うわ。……胸を張ることではないけど。迷惑には違いないんだから」
「そうだよね。僕たちが、30歳や40歳位になったら、今度は逆に、若い人たちに迷惑をかけさせるようにしようよ。そうすれば、許されそうな気がするんだけど」
 綾香が、微笑[ホホエ]むと、テーブルに置かれたコーヒーを飲みながら言います。
「面接の時に、こんなことを正直に話せるところだといいんだけど」
「ほんと!」
 あなたは、こう言って紅茶を飲むと、綾香にポツンと言います。
「あの女の子、綾香にも少し似ていた」
 あなたの言葉に、綾香は黙って微笑んでいます。

「新就職日記」 2.自律
2002/3/13、19、20
志村貴之
「新就職日記」3.ネットワーク

 あなたは、平山律[ヒラヤマリツ]22歳、男性です。
 そして、友人の高峰綾香[タカミネアヤカ]は、22歳の女性です。

 あなたは、喫茶店の窓から、綾香が赤いリックサックを背負って、こちらに大股で歩いてくるのを見ています。あなたは、綾香の少し日に焼けた顔に、健康的な美しさを感じています。

 綾香がリックサックを床[ユカ]におろし、椅子[イス]にすわると、あなたは綾香に話しかけます。
「綾香。お帰りなさい。……でも、成田に迎えに行けばよかった。……ここで1時間以上も待つのは、やはり、辛い」
「ははあー。成田空港でも1時間以上待ったことになったわよ。
 ……
 りっくん。ありがとう。
 ……
 とても不思議で、とても感動的な旅だった」

 あなたと綾香の前に、紅茶とコーヒーが置かれています。
 綾香が、コーヒーを少し飲むと話し出します。
「母の最後の日記。……開けて、読んだの。
 ……驚いて、驚いて。……感動して、感動して。
 ……私の生きていく道が見えたの」

 あなたは、以前綾香に聞いた話を思い出しています。
 綾香の両親は、大学1年生の時に出会い、その年に同棲し始め、妊娠と同時に結婚しています。いわゆる学生結婚です。
 綾香の両親が大学4年生22歳の時、つまり、あなたと綾香と同じ年齢の時、植林のボランティアでネパールに夫婦で出かけ、綾香の母は、そこで崖崩れの事故で亡くなっています。綾香が2歳の時です。
 綾香が、中学校に入学した時、綾香の父が、綾香に2冊の日記帳を手渡します。
「綾香。母の日記帳だ。『アンネの日記』に影響を受けたと言っていた。中学生になってから、毎日日記をつけていたんだ。
 恋をしたり、夢に生きようとしたり、自信をなくしたり、……綾香の友だちの日記と思って、読んでごらん。
 もう1冊は、綾香にプレゼント。無理することはないけれど、気が向けば書いたらいい」
 その日以来、綾香はその日の母の日記を読み、その日の出来事を日記に書いています。
「母は亡くなったけど、この日記帳がずっーと友だちだった」
 次の年の正月から毎年、綾香は、父から母のその年の日記帳を貰うという生活だったようです。
 綾香が高校生になると、母の日記帳にその日見た夢が書かれていきます。だから、綾香の日記帳にもその日見た夢を書いていくようになったようです。
 綾香が大学生になると、母の日記帳に、父が現れ、赤ちゃんの綾香が現れます。
 母がジャンケンに勝ったから、母の姓の高峰になったと、綾香は、その日記で初めて知ったようです。
「両親の愛に包まれて、とても幸せな2年間だった」
 今年の正月。綾香は、母の最後の日記帳を貰います。ただ、母が書いた最後の日記には、和紙で封がされていて読めないようになっていました。
「父が言うには、最後の日記だけは、その日に読んで欲しいんだって」

 綾香は、母の日記帳を携[タズサ]えて、20年ぶりに、ひとりでネパールに行きました。両親と同じ年齢になって、両親と同じ行程で、両親が植林した木々を見に行ったのです。そして、両親が、20年前に泊まった家にホームステイしたのです。

 綾香は、その日のことを語り出します。
「20年前に父や母が植林した木々が、今は私よりかなり大きくなっていて、感動したわ。森にはまだなっていなかったけれど、林くらいにはなっていたわ。
 ……
 そしてね、この翌日が、母が亡くなった日だった。
 ……
 その日の朝、私は、夢を見たの。とても不思議な夢だった。今でもはっきり思い出せるくらい、はっきりしているの。そのことを日記に書こうと思って、リックサックに手を入れたの。そうしたら、偶然……たぶん偶然、母の日記帳をつかんだの。
 ……
 だから、先に封を切ったの」
 こう言うと、あなたに、綾香の母が書いた最後の日記を見せます。
-----------------------------------
 ひとりの娘さんが、私の手を取って、「このまま日本に帰えろう」と言う。
 とても変だけど、とても暖かな夢。誰だろう?
 あやちゃんは、ヒマラヤの山々に照らされて、神々しい。(親ばか?)
-----------------------------------
 綾香が、言います。
「同じ夢だったの」
「えっ?」
「私の夢はねえ。
 母の手を取って、『このまま日本に帰えろう』と言うの。
 母の夢に私が現れていて、私の夢に母が現れたと思うんだ」
「……?
 えーっ。そんなことって、あるの?
 まさか。
 綾香の夢と綾香のお母さんの夢が、時空を越えて、つながっていたということ?
 夢って、時空を越えて、タイムマシンになるの?」
 綾香が笑っています。
「ふふ。不思議よね。夢はタイムマシンかもしれないわ ねえ。
 ……
 りっくん。涙がとまらなかったの。
 ……
 とても悲しかった。……とてもうれしかった。
 ……
 お母さんの最後の日記を読んだでしょう。もう、お母さんの日記はないの。
 それが、とても悲しかった。
 ……
 でも、気づいたの。
 つながっていたのよ。
 私たちは、初めからつながっていたの。
 それが、とてもうれしかった」
 あなたは、綾香に問いかけます。
「綾香。つながっていたって、どういうこと?」
 綾香が、丁寧に応えます。
「りっくん。……私は、母とつながっていた。今も昔も。母の死は、私たちのつながりを切ることはできなかった。
 私は、父にも、つながっていた。
 私は、ヒマラヤに、つながっていた。
 私は、大自然に、つながっていた。
 私は、地球に、つながっていた。
 私は、ご先祖様にも、つながっていた。
 私は、全生命に、つながっていた。
 私は、全宇宙に、つながっていた。
 ……
 だから、私は、……ここにいるの」
 あなたは、綾香の気持ちに応えようとします。
「綾香。つながりって、今風[イマフウ]に言えば、ネットワークのことだよね。
 インターネットって、コンピュータネットワークなんだし、人間同士のつながりは、ヒューマンネットワークだし、ひょっとしたら、『いのち』のネットワークなんかもありそうだし、……」
「そうね。今の時代、ネットワークという言葉は、大事なキーワードかもしれないわね」
「ネットワークか。
 綾香が、ネパールに行った後、考えていたことがあったんだけど。
 ……
 自律していないと、ネットワークできないよね。自律していないと、気がつかないうちに、人に『依存』したりして、なかなか大変だよね。
 ……
 今度は逆に、ネットワークできていないと、気がつかないうちに、周りから『孤立』したりして、これも大変だと思う。
 ……
 綾香。どちらが先なんだろう。自律が先か?ネットワークが先か?……本当にどちらが先なんだろう?」
 綾香が、応えます。
「りっくん。こんな感じじゃだめかなあ。
 ……
 ネットワークの中で、自律が育ち、自律した同士がつながることで、またネットワークが育つ。
 だからね、自律するには、ネットワークが必要だし、ネットワークするには、自律が必要だと思うの。
 自律からネットワークへ、ネットワークから自律へと、ぐるぐる回転しながら、登っている。
 そう、ちょうど螺旋[ラセン]階段を登るように」

 あなたは、紅茶を少し飲んで、話題を変えます。
「明日[アシタ]から4月が始まって、卒業論文を創りながら、就職活動もすることになるけど、……綾香のお陰で、こんな生活も楽しめそうな気がする。
 ただ単に会社に入いろうという気持ちがふっとんで、……あたりまえのことだけど、就職活動をまじめにしていこうと思うんだ。
 綾香。本当にありがとう」
 綾香が、うなずきます。そして、応えます。
「私こそ、りっくんに感謝している。
 ……
 こんな言葉じゃ、あらわせないくらい。
 ……
 ありがとう」

「新就職日記」3.ネットワーク
2002/3/29〜31
志村貴之
(まえがき)
 この物語は、「新就職日記」3.ネットワーク を、改変したものです。
---
 綾香[アヤカ]22歳、女性、通称あやか
 律 [リツ] 22歳、男性、通称りっくん。
----------------------------------------
「夢日記」

 律は、喫茶店の窓から、綾香が赤いリックサックを背負って、こちらに大股で歩いてくるのを見ています。
 律は、綾香の少し日に焼けた顔に、健康的な美しさを感じています。

 綾香がリックサックを床[ユカ]におろし、椅子[イス]にすわると、律は綾香に話しかけます。
「あやか。お帰りなさい。……でも、成田に迎えに行けばよかった。
……ここで1時間以上も待つのは、やはり、辛い」
「あはは。……成田空港でも1時間以上待ったことになったわよ。
 ……
 りっくん。ありがとう。
 ……
 とても不思議で、とても感動的な旅だった」

 律と綾香の前に、紅茶とコーヒーが置かれています。
 綾香が、コーヒーを少し飲むと話し出します。
「母の最後の日記。……開けて、読んだの。
 ……驚いて、驚いて。……感動して、感動して。
 ……私の生きていく道が見えたの」

 律は、以前、綾香に聞いた話を思い出しています。
 綾香の両親は、大学1年生の時に出会い、その年に同棲し始め、妊娠と同時に結婚しています。いわゆる学生結婚です。
 綾香の両親が大学4年生22歳の時、つまり、律と綾香と同じ年齢の時、植林のボランティアでネパールに夫婦で出かけ、綾香の母は、そこで崖崩れの事故で亡くなっています。綾香が2歳の時です。
 綾香が、中学校に入学した時、綾香の父が、綾香に2冊の日記帳を手渡します。
「あやか。母の日記帳だ。『アンネの日記』に影響を受けたと言っていた。中学生になってから、毎日日記をつけていたんだ。
 恋をしたり、夢に生きようとしたり、自信をなくしたり、……あやかの友だちの日記と思って、読んでごらん。
 もう1冊は、あやかにプレゼント。無理することはないけれど、気が向けば書いたらいい」
 その日以来、綾香はその日の母の日記を読み、その日の出来事を日記に書いています。
「母は亡くなったけど、この日記帳がずっーと友だちだった」
 次の年の正月から毎年、綾香は、父から母のその年の日記帳を貰うという生活でした。
 綾香が高校生になると、母の日記帳にその日見た夢が書かれていきます。だから、綾香の日記帳にもその日見た夢を書いていくようになりました。
 綾香が大学生になると、母の日記帳に、父が現れ、赤ちゃんの綾香が現れます。
 両親の愛に包まれて、とても幸せな2年間でした。
 今年の正月。綾香は、母の最後の日記帳を貰います。ただ、母が書いた最後の日記には、和紙で封がされていて読めないようになっていました。
「父が言うには、最後の日記だけは、その日に読んで欲しいんだって」

 綾香は、母の日記帳を携[タズサ]えて、20年ぶりに、ひとりでネパールに行きました。両親と同じ年齢になって、両親と同じ行程で、両親が植林した木々を見に行ったのです。そして、両親が、20年前に泊まった家にホームステイしたのです。

 綾香は、その日のことを語り出します。
「20年前に父や母が植林した木々が、今は私よりかなり大きくなっていて、感動したわ。森にはまだなっていなかったけれど、林くらいにはなっていたわ。
 ……
 そしてね、この翌日が、母が亡くなった日だった。
 ……
 その日の朝、私は、夢を見たの。とても不思議な夢だった。今でもはっきり思い出せるくらい、はっきりしているの。そのことを日記に書こうと思って、リックサックに手を入れたの。
 そうしたら、偶然……たぶん偶然、母の日記帳をつかんだの。
 ……
 だから、先に封を切ったの」
 こう言うと、律に、綾香の母が書いた最後の日記を見せます。

----------------------------------------------------
 ひとりの娘さんが、私の手を取って、
「このまま日本に帰えろう」と言う。
 とても変だけど、とても暖かな夢。誰だろう?
 あやちゃんは、ヒマラヤの山々に照らされて、神々しい。
 (親ばかかしら?)
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 綾香が、言います。
「同じ夢だったの。
 ……
 私の夢はねえ。
 母の手を取って、『このまま日本に帰えろう』と言うの。
 母の夢に私が現れていて、私の夢に母が現れたと思うんだ」
 律は、驚いて尋ねます。
「えーっ。そんなことって、あるの?
 まさか。
 綾香の夢と綾香のお母さんの夢が、時空を越えて、つながっていたということ?
 夢って、時空を越えて、タイムマシンになるの?」
 綾香が笑っています。
「ふふ。不思議よね。夢はタイムマシンかもしれないわ ねえ。
 ……
 りっくん。涙がとまらなかったの。
 ……
 とても悲しかった。……とてもうれしかった。
 ……
 お母さんの最後の日記を読んだでしょう。もう、お母さんの日記はないの。
 それが、とても悲しかった。
 ……
 でも、気づいたの。
 つながっていたのよ。
 私たちは、初めからつながっていたの。
 それが、とてもうれしかった」
 律は、綾香に問いかけます。
「綾香。つながっていたって、どういうこと?」
 綾香が、丁寧に応えます。
「りっくん。……私は、母とつながっていた。今も昔のも。母の死は、私たちのつながりを切ることはできなかった。
 私は、父にも、つながっていた。
 私は、ヒマラヤに、つながっていた。
 私は、大自然に、つながっていた。
 私は、地球に、つながっていた。
 私は、ご先祖様にも、つながっていた。
 私は、全生命に、つながっていた。
 私は、全宇宙に、つながっていた。
 ……
 だから、私は、……ここにいるの」
 律は、綾香の気持ちに応えようとします。
「綾香。つながりって、今風[イマフウ]に言えば、ネットワークのことだよね。
 インターネットって、コンピュータネットワークなんだし、
 人間同士のつながりは、ヒューマンネットワークだし、
 ひょっとしたら、
『いのち』のネットワークなんかもありそうだし、……」
「そうね。今の時代、ネットワークという言葉は、大事なキーワードかもしれないわね」
「ネットワークか。
 綾香が、ネパールに行った後、考えていたことがあったんだけど。
 ……
 自律していないと、ネットワークできないよね。自律していないと、気がつかないうちに、人に『依存』したりして、なかなか大変だよね。
 ……
 今度は逆に、ネットワークできていないと、気がつかないうちに、周りから『孤立』したりして、これも大変だと思う。
 ……
 綾香。どちらが先なんだろう。自律が先か?ネットワークが先か?
 ……本当にどちらが先なんだろう?」
 綾香が、応えます。
「りっくん。こんな感じじゃだめかなあ。
 ……
 ネットワークの中で、自律が育ち、自律した同士がつながることで、またネットワークが育つ。
 だからね、自律するには、ネットワークが必要だし、ネットワークするには、自律が必要だと思うの。
 自律からネットワークへ、ネットワークから自律へと、ぐるぐる回転しながら、登っている。
 そう、ちょうど螺旋[ラセン]階段を登るように」

 律は、紅茶を少し飲んで、話題を変えます。
「明日[アシタ]から4月が始まって、卒業論文を創りながら、就職活動もすることになるけど、……あやかのお陰で、こんな生活も楽しめそうな気がする。
 ただ単に会社に入いろうという気持ちがふっとんで、……あたりまえのことだけど、就職活動をまじめにしていこうと思うんだ。
 あやか。本当にありがとう」
 綾香が、うなずきます。そして、応えます。
「私こそ、りっくんに感謝している。
 ……
 こんな言葉じゃ、あらわせないくらい。
 ……
 ありがとう」


2005/12/23・志村貴之

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