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Clumsy Love (短編集)コミュの誘歩(05.06.21・完) 7kバイト

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「この絵にあるジャンヌは、なんだか弱々しいな」
「あら、あなたでもわかるんだ」
 自分の批評に対して、彼女がぼそりと呟いた。
 美術館に入ってから、初めての会話。
 ここに来る前、喫茶店での待ち合わせに遅れた俺が悪いと言えば悪い。
 しかし、まさかここまで口をきいてくれないとは思いもしなかった。
「ずいぶんな言い方だな。俺でも、って」
「だって、あんまり興味なさそうだったし」
「おいおい……」
 俺が「趣味は美術です」とか言ったら、周りが意外な顔をするとは思う。
 そりゃ、自分が自分と一番付き合いが長いんだから理解している。
 身長180の筋肉質。必ずと言っていいほど、「部活やってたでしょ? 空手とか?」なんて訊かれる。
 社会人になってから10年、似たような初対面トーク。
 そんな俺が、20センチ下の女と天井の低めな美術館を牛歩する姿は、はっきり言って人目に止まる。
 そして、みんなの顔がこう語っているのだ。
『あぁ、付き合わされているのは男か』と。
 でも、違う。
 誘ったのは俺だ。
 そして、遅れたのも俺だ。
 ……バカ。
「俺って、そんなにダメか?」
「は?」
「いや。俺、美術とかに興味なさそうか?」
「……そんなことはないと思うけど」
「その“間”はなんだよ」
 いま、ちょっとだけ彼女が笑った。
 それが何故か新鮮で、心がざわつく。
 ついさっきまで怒っていた彼女が、ごくごく普通に見える。
 本当に、それだけなのに。
「人って見かけじゃない……って言うじゃない?」
「確かに」
「だけど、見かけって大切だと思うの」
「うっ」
 持ち上げて落とされた気分。
 俺は、やんわりと否定されているのだろうか。
「見た目の印象って、すごく影響力があると思うの」
「そりゃ、ね」
 確かに、確かに。
 自分の部活を当てられたヤツは、そうそう居ない。
 いま横に居る彼女が気まぐれで出した予想のみが、これまでで唯一のズバリだった。
『実は、帰宅部だったとか?』
 それを聴いた俺の顔を見て、彼女がクスリと笑ったのを憶えている。
 ……さっきの笑顔が、すごく近い。
「この絵のジャンヌって、あなたには……ジャンヌに見える?」
「そりゃ、まあ……」
「どうしてジャンヌに見えるの?」
 矢継ぎ早の質問に、俺は少し戸惑う。
 これは、試されているのか?
「うーん、それはだな……」
 身振り手振りの助けまで借りて説明を始めたが、うまく言葉が紡げない。
 そんな俺を見て、彼女はまた笑う。
「絵の下に、Orleansって書いてあるからかしら?」
「いや、まあ、それもあるけど……」
 別に、題名にオルレアンと書かれて無くても、俺の目にはジャンヌと映ったはず。
「それじゃ、この鎧?」
「鎧なら、周りの男たちも着けてるさ」
 少し大きくなりかかった声を自重しつつ、そう答えてハタと気づく。
 難しく答える必要はないのだ。
「色遣いとか、構図、表情とか。あと、俺が知っていること。それらをみんなひっくるめて、ジャンヌなんだと思う」
 屈強な鎧に身を包んだ男たちの中に、少し武装のゆるい女性がひとり、中央で空を見上げている。
 そして、雲の切れ間から差し込む光が、神々しさをもってそれに応える絵。
 そこに、学生時代に詰め込まれた歴史が加われば、ほら……。
「いいと思うわ、それで」
「ずいぶんあっさりだな」
「だって、それ以上でもそれ以下でもないでしょ? 見た人の解釈そのままでいいと思うわ」
 どこかで聴いたことのあるようなお言葉に納得しかけるが、ちょっと疑問が残る。
「じゃあ、なんでわざわざ俺に尋ねたんだ?」
「なにを?」
「ジャンヌに見えるか?……って。見たままでいいって思っているなら、訊くまでもない質問だよな?」
「うーん、そうよね。そうだけど、人の考えが気になるときもあるじゃない」
「そっか」
 ふたりでジャンヌをいつまでも眺めていそうな雰囲気が訪れる。
「……もしかして、ジャンヌに見えなかったからか?」
「ん? そんなことないわよ。一目でジャンヌって判った。……けどね」
「けど?」
「あなたが、どう見たのか知りたかったの。それだけ」
「ふーん。……で、俺の答えはお気に召したの?」
「気に入るもなにも……あ、うん。そうね。気に入ったわ」
「よくわからないな」
「ジャンヌを見て、あなたが『弱々しい』って言ったとき、同じこと考えてた」
 彼女が、ゆっくりとこちらを見る。
「私ね、ジャンヌってもっと強いイメージがあったの。それなのに、気弱そうな彼女を見ても、すぐジャンヌだって思えた」
「……」
「それで、どうしてそう思えたのかな?……って考えたんだけど。よく分からなくなったから、あなたに訊いたの」
 俺は、彼女の便利屋さんのような気がしてきた。
「で、俺の答えでしっくり来たんだ」
「うん。私の中のジャンヌ像と違ったけど、『トータルでジャンヌなんだ』と思えたことが解ったから」
 納得のいった俺に、満足そうな表情を見せる彼女。
「強いジャンヌじゃないの。こんな一面もあったんだろうな……って感じ、かな?」
 ずっと止まっていた足が、どちらからともなく動き始めた。
 が、次の絵は角の向こう側。
 少し距離があるせいで、話題はまだ立ち止まったまま。
「……ねぇ。私、さっき『見かけは大切』って言ったの憶えてる?」
「そりゃね」
 その辺りの会話で一喜一憂した身としては、忘れることも叶わない。
「でも、見かけって……外見だけじゃないって付け加えるわ」
「ん?」
「最初、ここに誘われたとき、すごく意外だったの」
「……でかい男が誘うような場所じゃないと思ったか?」
「うん。ちょっとだけ。でも、よーく考えたら」
 彼女が足を止め、こちらをじっと見上げる。
「あなた、最初から美術とか好きそうな雰囲気もってたわ。私、それを忘れていたの」
「……『最初から』って?」
「初めて会ったときからよ」
 身体に似合わない“部活”を言い当てられたときから、か。
「なぁ。そのときの俺は……どういう印象だったんだ?」
「忘れちゃったわよ」
「憶えていることだけでいいから、教えてくれ」
「そうね……」
 視線が宙を泳ぎ、ゆっくりと俺に戻る。
「時間は守りそうな人に見えた」
「……遅れて悪かった」
 意地悪そうな微笑みには、ただただ頭を下がる。
「あとは……身体が大きいの、気にしてるように思った」
 核心をついたストレートに、俺の思考がぐるぐる回る。
「で、実は見た目とは裏腹なんじゃないかなぁーって」
 それだけの推測で、俺が帰宅部だったのを当てたのだろうか?
 ……が。
「なぁ、ひとつ訊いてもいいか?」
「うん、なぁに?」
「見た目と違うってのは、俺が“見かけ倒し”って印象だったってことか?」
「…………」
 彼女がスッで歩き出し、俺が気持ち遅れて追いかける。
「教えてくれよ」
「……見かけ倒しとは違う弱々しさ、があったかな?」
「えっ?」
「…………だけどね。いまはそれも含めて、あなたなんだな……って思える」
 彼女の肩越しの視線は、先のジャンヌを経て俺へ。
 それは、明らかにこちらをもてあそぶ表情。
「そりゃどうも」
 そう、恥ずかしくても少しぐらい胸を張ろう。
 俺は、そっと振り返って、絵の中に生きるオルレアンの乙女を見る。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
 本当の彼女がどんな人物であったか、いまは推測することしかできない。
 が、絵の中の彼女同様、本人も何かしらの不安や弱さを持ち合わせつつ、かのフランス軍を導いたはず。
 そして、それも含めて彼女は『ジャンヌ・ダルク』であり、後世の人間たちに語り継がれ、愛されているのではないだろうか?
 そう考えれば……。
 自分の弱さを魅力と言ってくれる人のために、俺は俺にできることをすべきだろう。
「次の絵、行こうか?」
「そうね」
「……で、夕食はこの前見つけたイタリアンでいいかな?」
「あら、めずらしい。あなたがお店を決めてくれるなんて。無理はしないでね」
 少しずつ、少しずつ。
 自分らしさはそのまま、自然で、さりげなくをモットーに。
「じゃ、今日は俺に任せて」
 半歩前を歩き、彼女をリードする。
 ……まずは、ここから。


fin

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