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平和を希求する憲法9条コミュの機動戦士ガンダムOO 「武力による戦争の根絶」

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ガンダムっていつから西暦になったの?
オレ達のうちゅうせいきだぶるおーせぶんてぃないんはどこに行ったんだぁぁぁぁぁぁ。泣き顔

というわけで、ガンダムの新シリーズですね。
この10月からはじまりました。

「V」のときに少し見て以来、ひさびさにガンダムを見たんですが、そしたらなんと、こんなテーマになっとります。

公式サイトからのコピペ

『化石燃料は枯渇したが、人類はそれに代わる新たなエネルギーを手に入れていた。3本の巨大な軌道エレベーターと、それに伴う大規模な太陽光発電システム。しかし、このシステムの恩恵を得られるのは、一部の大国とその同盟国だけだった。

3つの軌道エレベーターを所有する3つの超大国群。アメリカ合衆国を中心とした『ユニオン』。中国、ロシア、インドを中心とした『人類革新連盟』。ヨーロッパを中心とした『AEU』。各超大国群は己の威信と繁栄のため、大いなるゼロサム・ゲームを続ける。そう、24世紀になっても、人類は未だ一つになりきれずにいたのだ……。

そんな終わりのない戦いの世界で、「武力による戦争の根絶」を掲げる私設武装組織が現れる。モビルスーツ「ガンダム」を所有する彼らの名は、ソレスタルビーイング。

ガンダムによる全戦争行為への武力介入がはじまる。』
http://www.gundam00.net/story/index.html


「武力による戦争の根絶」ってのがあるんですね。
なんでしょうね、これ?

気になるテーマなので、アニメでこゆのをどう描くのか、見ていこうと思います。

コメント(16)

ぬぉあぁぁぁぁぁ。
失礼しました。

コメント1っていうのは最初のんも含むもんだと・・・・いまだに思っちゃったりしてまして・・・

切腹します。

ぷすり。がまん顔
問題は個ですよね。
個の独立性というか存在性と言うか。
そのあたり、武器にあこがれる本能うんぬんとも関連しますけど、
理想とひとの本能にギャップがあるならどうなんだってことですかね。

格闘技やプロスポーツがね、それらの本能的な欲求をいくらか平和的に解消できるなら、どっかのコマーシャルじゃないけど、サッカーで平和になるっていうのはリアルな話なのかも。


でもなー、
なんでファーストガンダムとはパラレルワールドにしちゃったんだろう?

って、そんなのガンダムビジネスのためだわな。
気になる展開・・・

というか、ソレスタルビーングの実行部隊の連中がダメ人間ばっかりになってきたぞぉ。

いいのか?

それでいいのか?


ソレスタル(Celestial)は「空の, 天の; 天上の; 天国の(ような); この世のものとは思われない(ほどの); こうごうしい(ほど美しい[善良な]など); 神聖な.」(goo辞書)
ですって。


一般市民の「和」と軍隊の「規律」は本質的に違うものか、どこか同根のものなのか。
ってのはあるかもしんないですけど、ガンダムマイスター同士の考え方の違いはおもしろいですね。

立場の違う人がいっぱい出てくるので、うまい対比になっていけばおもしろいんですけど。


個と社会のバランスって言うか、考え方っていうか。
個人と言う考え方もまだまだ進化が必要でしょうし、それと社会の整合性を考えると「和」もさらに進化させていく必要があるんでしょうね。

よくはわかんないけど、それは社会制度じゃなくって、そのもっと大枠の慣習とか通念とかそういうレベルでねぇ。学校教育とかじゃなくって。
社会運動とかなくって文化レベルっていうのかなぁ、イデオロギー的じゃなくって、あのなんだろう、日本的なふんわりした「和」であってほしい気がする。

上手い方法論を思いつかないだけかもしんないですけど、文化運動みたっていうんですかね、そういうのがいいなぁとおもうんですよねぇ。
価値観の復興というか、もっというと、政治と切り離したいような気がする。

そのほうが僕の考える「和」のイメージに近い。
体制とか立場とかを超えて共通するものであって欲しいし、教育委員会とか政治的な団体がコントロールするものであっては欲しくない。
もっともっと多様な人が絡んで、リベラルも保守も、ここ的に言えば護憲も改憲も。

阿吽の呼吸とか・・・政治家が言うと一気に陳腐になっちゃうけど(笑、日本人は解りずれーって海外から言われるような、あれですよね。^^;

解りずれーって言われたから捨てるって言うんじゃなくって、もっともっと進化させていけば・・・。

と思ってみたりした。
あれぇ?

けっこう長文の書き込みをしたつもりがぁぁぁぁ


はふぅ。


呪か?
ガンダムOOの監督って、鋼の錬金術師テレビ/映画の監督なんですね。
まだ原作を読んでないんだけど、ラストはアニメオリジナルと何かで読んだ。

この映画、そしてガンダムOOで似たようなテーマを扱ってるわけだけど、もし映画とおなじようなニュアンスるなるとすると、ガンダムOOもなんかゲームの世界と言うか、個人の因果があまりに世界の運命に強くつながりすぎと言うか、人間の物語としてはそれでいいんだけど、リアルな世界の話としては物足りない感じがするっぽい?

このまま箱庭的に経過していくのか・・・。
ちょっと心配になってきた^^;
いちおう、次で1クールめが終わりと言うことで。
間を空けて2クール目があるとWikipediaには書いてたけど、テレビじゃなくって映画でってこと?
テレビだよね?


セツナが戦いたくないのかも、と思ったとこらへんは箱庭から脱出できるかと言う期待もあったのだけど、ソレスタルビーングは存在することに意義があるというのは、中間段階だし、まだ気づきの過程だってことでいいのかな・・・。
それが結論ってことはないよね。つーか、散々人を殺しながらまったり気づきのプロセスをセツナが見せてくれるのは、戦争と言う異常事態を皮肉ってるのか?

仲間を悲しむのはいいけど、自分達の行為の結果との連想があまりに貧困なのも、戦争と言う異常さを表しているのかな^^;

最近、オッサンになったせいか、アムロがア・バオア・クーから出てきたとき以上のものを、それ以降のガンダムから見出せないような気がしてならない。
ヤングな頃はZガンダムに面白さを感じたものだけど・・・。

って、VもターンAもちゃんと見てないから、それを言っちゃいかんよね。
みたいなー。
DVD借りてみよっかな。
自分もガンダム好きですが、最近のガンダムってあまり好みじゃないんです。


何故かといえば、最近のガンダム(ガンダムに限った話ではないですが)絵が綺麗すぎるんですよね。つまり、美少年、美少女、美青年、美女が多数・・・・・

昔はランバ・ラルや黒い三連星やリュウさんなどお世辞にもカッコイイとは言い難い人達がたくさんいましたが、最近のにはほとんど出てきません。
あの、お世辞にもカッコイイとは言えない人たちが出ているからこそ、アニメなのにちょっと現実的というか親近感を感じたりするのかなと思います。

>つまり、美少年、美少女、美青年、美女が多数・・・・・

あぁ。それ思った。
こないだも、なんて美しいんだ、なんて台詞があったんだけど、なんかもう誰が誰より美人なんだか・・・(笑

脇役までかっこよかったり美人だったりしちゃうから、もう・・・ねぇ。。。

ハモンさんもセイラさんなら、あぁ美人なんだなぁってわかるけどねぇ。

リュウさんもランバ・ラルさんもぶさいくかも知れんけど、人間としてかっこいいじゃないですか。
そこがリアルなんですけど、CGをいっぱい使えばええっちゅうもんちゃうよね。

でもなぁ、ガンダムは産業になってしまってるから、作り手だけの自由に出来ない事情があるんでしょうね。とくに富野さんがメインでないシリーズはあからさまですね。



ところで、ダブルオーですが、
戦争に対する云々というやつなんですが、サジ・クロスロード君がいい役割になり始めましたね。
平和な暮らしからいきなり戦争に放り込まれた若者という、見ている僕たちが共感しやすい設定のキャラが、戦争を肯定も否定も出来ずに悩みつつも行動していくと言う、わりと微妙な表現をしてくれています。

もうひとり、悩み続けている人にマリナ・イスマイールがいますが、彼らがどういう行動を取っていくか、期待をこめて楽しみにしています。
前回のダブルオーで、マリナ・イスマイールのうたがダブルオーのツインドライブの共鳴を通じて伝播するシーンがありました。

富野さんのニュータイプの描写・・・ア・バオア・クーでの奇跡、および逆襲のシャーでの奇跡で、人の共感能力に人類の希望を見ようとした、アレに祈りを加えたものですよね。

ちょっと、こうきたか!
と、うれしくなったのですが、期待しすぎか?

僕はダブルオー監督、水島精二さんの鋼の錬金術師にはがっかりしたもので、だいぶ警戒しているのですが、もしこのストーリーに「祈り」を入れてくれるなら。


平和を希求するとは、まさにまだ実現していない、また得難いものを求めているわけですよね。
それはやはり、平和ではない時代を生き抜いた人だからこそ選んだ言葉だと思うのです。
そこには人へ祈りがある。

ハーキュリー大佐ってのがでてきました。

彼は、
誤った政府や誤った軍隊を正すのも軍人の使命だ、
と言い、クーデターを起こした。

守屋さんのときも田母神さんのときも、シビリアンコントロールが問われるという意見をよく見聞きした。

僕たちはまだまだ不完全な社会を何とか運営しているって事実を改めて考えさせられる。


ハーキュリーさんは、もしかすると英雄かもしれない。
ていうか、ほんの数十年前まではそういうのが当たり前の世界だったし、
今でも地域によってはまだまだそういう英雄がリアリティを持っている。

ファーストシーズンはなんだかなぁ、と思うことが多かったが、
セカンドになって意見の違う人物が効果的に出てきて、問題を上手に浮かび上がらせていると思う。

リボンズに対するハーキュリーであったり、
そのハーキュリーに対するセルゲイ。
セルゲイに対する息子。
その息子に対するソーマ・ピーリス。
刹那に対するマリア。
マリナに対するシーリン。
また刹那に対する沙慈だったりアリー・アル・サーシェスだったり。

どの対比も実に効果的で、誰もが一度はぼんやりと考えたようなことから難しい問題までがいろいろな角度から考えられる。


マリナの歌。
ハーキュリーの正義。
リボンズの焦り。
沙慈の迷い。
刹那の覚悟。
アリー・アル・サーシェスの狂気。
ミスター・ブシドー(なぜこの名前^^;)の恨み。

が、どう織り交ざっていくのか・・・。


う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・

なんだか、今ひとつ期待と違うところに・・・

あの、鋼を思い出す。^^;
(すいません。まにあっくで ^^;)


ファーストガンダムへのオマージュ的なシーンがあったけど、
僕としてはアムロよりも、それに応えたカツ達がむしろ重要だと思うんだが、
刹那はアムロよりも積極的な分、かえって内にこもってしまった感がある。



むしろ刹那には最後まで勘違いしていて欲しかった。
ああいう第三者による人為的な身体的な変革というのは何を意味するんだ?
僕は今あるもので解決不能なら、それは皮肉にしかならないと思うんだが。

だからこそマリナの歌にこそ期待したんだけどなぁ。
だから沙慈の戦いに期待したんだけどな。

アニューが死んだあたりからあれだなぁ。

がっかりかな。
がっかりなラストかな。

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