幽斎コミュの朝の茶事

朝の茶事

　今朝は早くから暑い、力仕事は涼しいうちと、朝早くから忙しくしていた。暑い夏の日盛りをさけて催される茶事に、「朝の茶事」というのがある。まだ陽が昇らないうちに露地を通って茶室に進むのである。この朝露に湿った露地が涼感を呼び起こす。僕は朝の茶事に行ったこともないので、その実感はなく、想像だけで涼感を楽しむだけではあるが。

　実際の「朝の茶事」とはどんなのかと、「南方禄」という本でみたが、利休の茶湯日記にそういうもの（茶会記）があったので、その部分を以下に抜書きする：

「六月十三日、朝、御成
　　　　　醒ヶ井屋敷六畳敷　　　　　　　　　御相伴　　黒田勘解由
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　幽斎　　宗久
　初
　　一床ニ　　上様（豊臣秀吉）御自筆御自詠カケ物
　　　　御歌
　　　　　　　底ゐなき心の内を汲てこそ
　　　　　　　お茶の湯者とハしられたりけり

　　　　此御歌ハ、先年此座敷ニて被遊下候を、このたひカクル、

　　一　大板ニ風炉、但炭斗置テ
　　　　　　　一香合クリクリ　一羽箒
　　　　　　　　　ス
　　一　ハンタニて火ヲ入、雲龍ヌレ釜ニてカクル、
　　　　　△汁　干ハ　麥ノ御食　　△ナマス　マナカツホ　　△煮物
　　　　　△イリカヤ・クリ
　　一　床　其儘　　一大板ノ端ニヒシャク　引切
　　　　　　　　　ス
　　一　水指ツルヘ、醒ヶ井ノ水テ
　　一　茶入　小ナツメ、　一茶碗　引木のサヤ折タメ　　一　コホシ　合子
　　　　薄茶ハ　上様ハシメ、御相伴トモニメンメンニ御立候て参候、

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　幽斎
　　　　　　　濁りなき此御代とてや足引の
　　　　　　　　　岩井の水もやすくすむらん

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　孝高
　　　　　　　万代の聲もけふよりまし水の
　　　　　　　　　清きなかれハ絶しとそ思ふ

　今日両人ヘ詠歌被仰付、即席ニよミ被申候、　　」

黒田勘解由は秀吉の武将、黒田如水。

　この醒ヶ井は滋賀県の醒ヶ井ではなくて、京都市下京区五条下ルにあった利休の醒ヶ井屋敷のこと。昔から、下京区の水が名水で有名であり、現在も、亀屋良長の店前にその醒ヶ井の井戸水が見られる。
http://syoindo.noblog.net/blog/t/10254389.writeback

　残念ながら、暑い日季節の「朝の茶事」の雰囲気がよく分からなかった。厳冬の頃に行われる「暁の茶事」とは少し違うのだろう。ただ、ここにある和歌は面白く読んだ。

　この茶会には秀吉が来ていたのだろう。「御成」とはそのことだろう。利休は以前、この屋敷に秀吉が来た際の秀吉が詠んだ和歌を床に飾っておいた。この和歌の意味、腹蔵なく交流ができる人だから茶の湯の人と分かることだよという意味なのだろうか。
薄茶を秀吉自ら相伴した人に点てたとあるからよほどご機嫌であったのだろう。　

　この茶会のあった1587年6月は秀吉が九州征伐を終え、関東の北条はまだ服していなかったが、天下統一がほぼなった時のことである。黒田は九州征伐での軍功大きく、秀吉から拠点の中津をはじめ豊前の国六郡を与えられた。この目出度い席での茶会であり、茶会の雰囲気は静寂であっただろうが、なによりも安堵の気持ちが幽斎や黒田の顔に浮かんでいたのだろう。

　幽斎が詠んだ和歌にある岩井の水は九州福岡にある名水の場所、そして、「岩井」が「祝い」をも意味し、九州征伐の成功を祝福する和歌になっているわけである。この岩井の水のある福岡県粕屋郡新宮町は秀吉より黒田に与えられた領地にある。幽斎は黒田にも気を使ったわけである。即席にしては行き届いており、さすがに古今伝授を受けた幽斎である。

　また、この岩井の水は８０５年唐から帰国した伝教大師はしばらくこの地に滞在した。
伝教大師はお礼にと加持祈祷をして杖で地面を突くと清水が分き湧きでた。その水が岩井の水であるとされる。1587年は比叡山開創800年でもあり、その縁で伝教大師のゆかりの井戸を持ちだしたのだろうか。「足引の」は比叡山を暗示しているのだろうか。

比叡山中堂建立の時歌
　　　阿耨多羅三藐三菩提の仏たち　
　　　　　わが立つ杣に冥加あらせたまへ　
　　　　　　　（新古今和歌集　釈教部　1921 伝教大師）

　古今和歌集には釈教歌の類は残念ながらないが、あったのなら、この和歌は採用されていただろう。この和歌　新古今和歌集にはあるものである。
もし、黒田がこの伝教大師の和歌を思いだしたのなら、次のように詠んでも良かったのではないか。

　　　　　冥加かな我が立つ杣の岩井水
　　　　　　　儘きせぬ御世はありがたきかな　　（イベリコ）