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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュのナツと五年越しの指きり?

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 深緑生い茂る山々と中央を流れる大して有名でもない川が特徴といえば特徴。そんなありふれた、ちょっとだけ便利になりつつある小さな町。

 そこが私、土筆明菜(つくしあきな)の住んでいる町だった。

 コンクリートと自然が半々という、都会からすればありえないぐらい緑に満ちたこの町の名前は、有明町という。

 そして、その有明町に唯一存在する鳥居を構えた神社『有明大社』──その裏手にある一軒家が明菜の生まれ育った、我が家だった。

 有田山という山の裾を削り建立された有明大社は、土筆家が代々神主を勤めていて、その大社に隣接するように建てられた土筆家屋は木造二階建て、そろそろ古くなっているが、明菜にとっては大好きな自宅なのだった。

「はぁ……」

 けれど、いつものように大好きな自宅から持ち出した竹箒で境内を掃除しながら、明菜はルーチンワークに組み込まれてしまっている溜め息を吐き漏らしていた。

 すでに九月も後半を迎えているというのに、ほんの少し動くだけでじわじわと背中に汗が滲む暑さの中、かき集めた落ち葉やら心無い参拝者の捨てたゴミの前で、竹箒にあごを乗せる。

「あと半年で、五年、なんだけど、なぁ?」

 区切り区切り漏らした言葉の合間に、なんともいえないだるさが滲んでいた。

 胸元が大きく開いた半袖にジーンズなんて洒落っ気のない格好のまま、明菜は置いたあごを支点に空を見上げる。

 神社を囲むように広がる森の木々が視界にチラつきながらも、空は青く澄んでいて、

「…………はぁ」

 そんな雲ひとつない綺麗な空は、やる気ない明菜の心を更にどこかへ追いやっていく。

 ため息ひとつ、落とす度に幸せが逃げていく。

 だが、明菜は気にすることなく本日何度目になるかわからないため息を漏らし、

「にゃあ」

 聞こえた赤ん坊のような甘い声に視線だけをそちらに向けた。

「……あんたは何も考えないで幸せそうねぇ?」

 大小様々な小石が混ざる砂利の参道にどでんと寝転がった、ちょっとぽっちゃりした三毛猫に、明菜の向けた視線はじとっと三白眼になる。

 元はといえば、今の明菜が感じている憂鬱だとかそういう感情の原因は、この目の前に寝転がって幸せそうにあくびをしている三毛猫、ナツの元飼い主なのだ。

「ねぇ、ナツ。あんたの飼い主は今、どこで何をしてんの?」

 見られているだけで嬉しいのか、寝そべり、ごろごろと喉を鳴らしているナツに明菜は問う。

「もう四年なんてとっくに過ぎてんのよ?」

 当たり前だが、人間からの問いかけに答える術など猫にあるわけもなく。

 どこからか聞こえてきた時期はずれの蝉の声をきっかけに、明菜はナツを放置して落ち葉集めに戻るのだった。

  ●

「ごめん、俺は大学を卒業するまでは戻らない。でも必ず戻ってくるから、それまでナツの面倒見てやってほしいんだ。それにどうしても向こうでやっていけなさそうだったら、ここで雇われ宮司でもやらせてもらうからさ」

 そう言って軽い指きりなんかして、ナツの飼い主──五十嵐正志(いがらしまさし)が上京していったのが、今から四年と半年前の事だ。

 正志とは幼稚園時代からの付き合いで、それこそ幼馴染以外の何者でもないぐらい、互いによく知っている間柄だった。

 ふとしたはずみに思い出す、約束を交わした幼馴染の顔。

 と言っても近況すら知らないので五年前の高校時代最後の顔だが──奴は長身痩躯のメガネっこだった。コンタクトを薦めたのに、目に入れるのが怖いから嫌だととにかく突っぱねて度々言い合いになったのも良い思い出。

 運動できそうなスタイルのくせに、実はとても運動音痴で、運動部に勧誘されるたびに断りきれずにとりあえず仮入部してはその使えなさに呆れられ、あっさり退部。

 これを数回繰り返しているうちに運動部の中で運動音痴の五十嵐と呼ばれるようになった。かくいう私もスポーティーな格好を好むくせによくドジをやるから似た者同士と呼ばれてからかわれたりもした。

 昔からの幼馴染でそういう部分も似ているせいか……お前らもう付き合えば? とか言われてからかわれたりもして。

 ……ああ、何だか悲しくなってきた。そもそも、あんな約束を残すから悪い。

 向こうの大学を卒業するまで、ナツの面倒を見ていてくれ、なんて。

 正志の自宅はペット禁止のマンションだった。

 でも私と同じように動物が大好きだった正志は、神社が自宅のあたしにいつも頼ってきた。

 最初はおずおずと、次第に大胆に、いつからか当たり前のように「犬を飼いたいんだ!今度は猫も飼おうよ!」と誘惑してくる正志。自分もちゃんと面倒見るから、と言われては、動物好きのあたしとしては断るべくもない。

 正志の責任感の強さはあたしの両親もわかっていて、私一人じゃ許してくれなかったペットを飼う話も正志と一緒なら許してくれたりもした。

 そして勿論、正志は約束を破る事なく学校が終わったら家に帰るまで、うちの神社の境内でペットの世話をした。私もそれに付き合って、そんな生活がずっと続いてきていた。



「……にも関わらず、出ていったと思ったら五年も放置ってどういうこと?」

 そう吐き捨てたのは落ち葉集めを終えた一時間後、買い物のために車を運転中の明菜だった。

 今日に限って何故かわからないが、苛々が収まらない。

 別に特別な何かがあるわけでもないのに自分でも不思議だったが、収まらないものは仕方ないと妥協して、若干荒い運転で地元のスーパーに車を止める。

 いい加減夏も終われよ、と思うぐらいの日差しの強さの中、スーパーに向かってひた歩く。

 だがクーラーの効いたスーパーに辿り着くよりも数歩前にかけられた声によって、明菜は振り返らざるを得なかった。

「やっほ、巫女ちゃん」

 かかった声は、大学時代に地元から同じ電車に乗って通い詰めていた同期生の幼馴染だった。

 地元、という事もあってその手の『幼馴染』は多い。

 その中でも一番仲が良かった奴が今は一番遠くになってしまっているという皮肉もあるが、目の前の彼女はいわば二番目に仲の良い幼馴染、だった。

 同性の中では一番でもある。

「巫女ちゃん言うな。……何か用?」

「えー用がなかったら呼び止めちゃ駄目なの? あれ、ていうか怒ってる?」

 きっと長い髪のほうが似合うだろう、でもこだわりがあるのかいつ見てもショートヘアの彼女──名木志穂は、あっさりと明菜の感情に気付いたようだった。

「怒ってない」

 だが、バレバレの嘘をつく明菜。

 ぶすっとした顔をしてそっぽを向きながら言う明菜に、志穂は苦笑い。

「……まぁいいけど、明菜も買い物? キャットフード?」

「うん、キャットフード。あとチューハイかな」

「チューハイ。……付き合う?」

 苦笑いの中にも心配げな声色を混ぜてくる志穂に、ふてくされたような表情をやめて、小さくだが明菜は笑った。

 自分がアルコールを嗜む時は相当ストレスを感じているとき、ということを志穂はよく知っていて、だから相手になろうかと言ってくれたのだ。

 けれど、原因も解決手段もわかりきっているこのストレスに付き合わせるのは、明菜としても流石に忍びない。

 首を振って、

「ううん、大丈夫。ありがとね」

 丁重にお断りしておく。

 この後はまぁなんてことない雑談を経て、買い物(キャットフードと梅サワー三缶)も済まし、明菜と志穂は別れたのだった。


 その夜からだった。

 ナツが姿を見せなくなったのは。

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