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書庫 「葉っぱ猫」 mixi処コミュの『ドッグリックハロウィーン&カボチャの魔女と麗しお化け』

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『ドッグリックハロウィーン&カボチャの魔女と麗しお化け』

 ◆ ◇

「聞いてくれるかい? これは僕の、季節からすればずれた話なんだけれど」

 ◆ ◇

 10月31日。

 ハロウィンのその日は、僕にとって一年にたった一度、七夕よりも奇跡の起こる日だった。
 
 この家から居なくなってしまった僕とあの子を繋ぐ、たった一日の奇跡の日だった。

 ◆ ◇

 あの子がこの家を出て行ったのは、僕がこの家に居なくなってからそう遠くはない日の事だった。

 僕にとってあの子は本当に大切な存在で、あの子にとっても、きっとそうだったんだと思う。

 なのに僕は、先に旅立ってしまって、あの子の前から姿を消してしまった。

 その事を僕は凄く凄く、悔しいと思ったし、まだこの家を離れたくないと思っていた。

 だから、だろうか。

 だから、奇跡が起こったんだろうか。

 気がつくと僕は、誰の目にも映らない、漂うだけの不思議な存在になっていた。

 でも意識はあったんだ。そのおかげで僕は、それが生きていた頃に時折見えていた「幽霊」だというものだと気付く事が出来た。

 その日から僕は、この家を見えない魔物から守る、幽霊になった。

 ◆ ◇

 僕がこの家から居なくなってもうどれぐらいになるか、僕にはもうわからないけれど、それでも僕が生きていた頃から、あの子が続けている事が一つだけ、あった。

 それは、毎年ハロウィンの日、仮装をしてこの家に帰ってくること。

 僕があの家に居た頃は、毎年必ず、帰ってきたあの子が「トリックオアトリート」というのを聞いて、お菓子をあげていたんだ。

 僕が居なくなった後は、それでもあの子は必ずその日だけは、この家に帰ってくる。

 だから僕はこの家を守り続けることを決めていたし、その日は今でも玄関で必ずあの子の帰りを待っている。

 その日、僕がいつものように玄関の前で待っていたら、いつものように扉が開いた。

「おかえり!」

 僕は届かないことを知りながら、けれど、もしかしたらという思いを込めて言葉を投げる。

「ただいま」

 いつもなら、僕の声が聞こえないはずの彼女が、そのタイミングで言葉を返してくれる。

 そう、いつもなら。

 ◆ ◇

 その日、あの子が開くはずの扉を開いたのは、あの子じゃなかった。

「トリックオアトリート、お菓子をくれてもくれなくてもこの家に悪戯するよ」

 それは、今まで見たこともない、変なやつだった。

 毒々しい紫色をした髪の毛、オレンジ色の膨れ上がったスカートに、へんてこな靴。

 毎年色んな格好をするあの子だけど、どう見たって、あの子じゃなかった。

 何より、その目の前にいる変な奴は、半分、身体が透明だった。

 僕は気付く、これはこの家にとって害になる存在だと。

「って、何アンタ、何者?」

 同時に相手の口が開いて、僕は少しだけ驚いた。けれども、気を取り直して警戒する。

「君こそ、何だい?」

 僕がかけた言葉にその変なやつは答える。

「魔女よ。お菓子をくれない家を滅ぼしにきたんだけれど、今、留守よね。ちょうどいいわ」

「よくないよ!」

 当たり前のように家の中に侵入しようとする、魔女。

 僕はそれを身体を張って止めにかかる。今日はあの子が帰ってくる日なんだ。

 絶対に、あの子が悲しむようなことを、僕の目の前でさせたりなんかしない。

 強く、強く僕はそう思って、そして僕は今、幽霊だった。

 この身体になって初めて気付いたんだけど、幽霊っていうのは、思う事で変化する。

 今の僕は、まるであの子のように、人間と同じような姿だ。僕、という意識だってある。

 でもそれは、少しでもあの子に近づきたいという想いの表れが、そうなったんだ。

 だから今の僕は、この変なやつをこの家に近づけたくないと思う、今の僕は──

「ぐるるるるぅ……ぅわん!」

 僕は、あの子を、ご主人様を守る、その為の僕は、あの頃のままの姿だった。

 すると、魔女は驚いたように飛びのいて、歯を剥き出した。

「げっ、犬っ!?」

「ぐるるぅ……がうっ!!」

 幽霊だろうと犬は犬、僕は僕の本分、番犬としての使命と、そして本領を発揮した。

 魔女の二の腕に、飛びついて噛み付く。その途端に、魔女の腕がぱぁんと弾け飛んだ。

「犬はっ、犬だけは無理! 無理なのよぉ!」

 それが魔女の最後の言葉だった。ぱぁんと弾け散るようにその場で消えてしまう。

 僕はそれでも、まだこの家を狙うんじゃないかとしばらく用心していたけど、結局それからその魔女が戻ってくることはなかった。けれど、けれど。

 ◆ ◇

 あの子が亡くなったことを聞いたのは、そのすぐ後だった。

 玄関先で話された、あの子の両親の言葉は、幽霊だからだろうか、犬の僕にもわかった。

 死んだ、というその言葉は、とても重たかった。

 同時に思うのは、僕がこの家から居なくなったその時、あの子にもこれと同じだけの気持ちを与えてしまったんだということだった。

 最早、ただの犬に戻った僕は、大雨に濡れた後のように、頭を垂れてその話を聞いていた。

 両親が離れた後も、僕はこの場所から動けなかった。

 守ったはずの居場所は、毎年の奇跡は、もう二度と起こることはない。

 なら僕は、僕の居場所だってもう、

「ただいま」

 そんなときだった。

 聞こえてきたのは一年に一回しか聞けなくなった、あの子の声だった。

 ハっと頭を上げた僕の前に、あの子がいて。

 けれどいつもと違うのは、もう仮装なんかじゃない、昔見たようなあの子の姿。

「ただいま。れーちゃん」

 僕は、震えて声が出ない。

「いつもわたしがれーちゃんにただいまって言ってた事、伝わってたかな?」

 半透明の姿は、今の僕と一緒で、だから、わかった。

 もう二度と、あの扉が開くことはないってこと。

「わたし、もう一度だけ、れーちゃんのおかえりが聞きたくて、ここに来たんだよ」

 けれど、今、目の前にいるあの子のその言葉は、

「だから昔みたいに、迎えてほしいな、わたしのこと」

 僕にとっての救いだった。

 ハロウィンのその日は、僕にとって一年にたった一度、七夕よりも奇跡の起こる日。

 もう二度と触れ合うことの出来ないと思っていたあの子との、奇跡にも似た触れ合いは、僕にとって一番求めていたもので、だから僕は最後に想いを返す。

 柔らかく微笑んだご主人様の顔を見上げて、最後に。

「わんっ」


 ドッグリックハロウィーン、終。


 ◆ ◆


「はあ、さっきの犬の幽霊なんだったの? 可愛かったけど、何? 何で番犬なの? ちっ」
 子供が遊んでいるのかどうか定かではない遊具すら寂れた公園のベンチの人影は、オレンジ色のフラワースカートを惜しげもなく広げながら空を見上げる。
 気付けばもう夕刻、まだ得られたお菓子の数は多くなかった。
 このままでは、今年のハロウィンも魔女としての業を背負い続けることになってしまう。
「……はあ、まあいいわ。別にいいわよ、構わないわ。まだハロウィンナイトが終わるまで時間あるものね! そもそもあれよ、ハロウィンの主役って私よ? しょげてるとか馬鹿よね」
 カボチャスカートの彼女──魔女はすっと立ち上がる。
「気を取り直して次の家、行くわよ! 今度こそお菓子ゲットよ、うふふはは!」


 ◇ ◇


「とはいえ困ったわ……なんで最近の日本って子供がいる家庭にはジャックオーランタンがあるの? あれは邪魔。誰かどうにかしなさいよ!」
 公園から離れた住宅街を散策しながら、魔女は一人ごちる。
 今でこそハロウィーンのカボチャはお菓子でお馴染みだが、過去から脈々と受け継がれてきた「魔女」という存在にとって、ジャックランタンはシンボル的な形では収まらない。
 悪い霊や魔女を怖がらせて追い払う、なんて名目だが、あれはジャックランタンと言われる彷徨霊を呼び寄せる為の、お呪い的なシンボルなのだ。
 近くに魔女や悪い霊が寄り付けば、それを追い払い、最悪の場合魔女はその存在そのものを消滅させられてしまう、そんな括りを日本人が知るわけもないのだが、別に知らずとも呪いは形さえ整えば出来る。
 更に魔女に課せられたのは、ただお菓子を集めるだけの使命ではなかった。
 子供への愛情が込められたお菓子を集めなければ、意味がないのだ。
 それ故に今日この日、魔女が集められたお菓子の数は一個──にも満たない。
「私だって人間じゃないけどお腹も減るし苛々もするのよ? そこらへん人間はもうちょっと理解して接しろよ! ちくしょう!」
 自棄気味に吐き捨てながら、それでも魔女はその足でぐるぐるとその地域を回り続ける。
 今日の中で一番、最も魔力を蓄積できていた夕刻に"幽霊の犬"に噛まれたのが痛かった。
 ただの犬でさえ心霊的魔術的な意味合いでは魔女の敵なのに、犬って! そりゃもう魔力だって一気に消えうせちゃったわよ! そんな事を思いながら魔女は、仕方なく歩く。
 だが魔力を使って空を飛ぶことも出来ない今の魔女では、見れる範囲すら限界がある。
「ぶっちゃけ無理よね、今日はもう無理。無理じゃない? 無理よ!」
 もー! と憤慨する魔女。
 けれど、神は魔女にも等しくチャンスを与えるようだった。
 もう夕刻はとうに過ぎ去った、気付けば銀月昇る夜半近い時間帯。どこのご家庭もハロウィーンなど気にする事もなく眠りにつくその時になって、魔女は辿り着いた。
 そこは、電気さえ消えた小さな一軒家だった。だが魔女にはわかった、そこに子供に向けた愛情あるお菓子が眠っている事に。

 ◇ ◆

「はぁい、ハッピーハロウィーン! でもね、あなたにはアンハッピー。私に捧げなさいよ、あなたの持ってるそのお・菓・子……って誰もいないじゃないの!」
 誰かいる! それだけは確かな感触で飛び込んだ魔女だったが、飛び込んだ先はただの暗闇、人の気配すらないただの静寂がそこにはあった。
 一軒家のリビングルーム、本来なら誰かしらがテレビを見ているのであろうその空間には人の気配すらなく、電気も消えている中で僅かな月明かりが室内を照らす。
 そこに空しく響くのは、魔女の声。
 びしっと突き出した右手の人差し指が無情に空振っているが、幸いにして見る者もいない──はずだった。
「……君、不法侵入だよ?」
「誰!?」
 びしっと突き出した姿勢のまま、器用にびくっと身震いする魔女の背後、食器棚の影に隠れていたその影は音もなく、姿を現した。
 それは、一言で言えば不思議な存在だった。髪は薄明かりの中ですら映える金色、だがその身に纏っているのは水色のシンプルな袴。
「あは、あはは! 誰か知らないけど、人が居たのなら都合いいわね! かかってきなさい!」
「……意味がわからない。泥棒には見えないけれど、幽霊か何か?」
 唐突に笑い出した魔女にも、戸惑わずにクールな袴の少年。
 ついさっき別のお宅で幽霊に致命打を負わされた魔女にとっては、心にグサっとくる間違いだった。途端に無表情になって吐き捨てる魔女。
「幽霊じゃない。私は魔女よ」
「そう。僕は幽霊だよ」
「……は?」
「そして僕は座敷わらしを目指してるんだ。つまり、この家に不幸は起こさせたくない。どういうことかわかるかな?」
 ぽかん、とする魔女にあくまでも冷静な口調を保ったままの、幽霊を名乗る少年。
 確かに、目線を下に向けてみれば暗くて気付かなかっただけで、袴から伸びた足は、まさに透き通っていた。魔女は表情を渋いものに変え、目線をそらさずにぼそっと言葉を漏らす。
「また幽霊かよ……」
「何?」
「何でもないわよ! いいわ、別に。幽霊が居ようともう関係ないぜ! って感じなのよね、今の私にとってお菓子が最重要。どういうことかわかるわね? わかるわよね?」
 じりり、と睨みを効かせながら足を肩幅に開くのは、最早手段を選ばないという覚悟か。幽霊少年のほうはそれでも半透明な身体を動かす気配ない。
 これは先手必勝、とばかりに飛び掛ろうとする魔女。肉弾戦とかアホらしい、と思いながらも先ほどの幽霊犬のせいで魔力が尽きているのだから、出来る方法はそれしかない。
 そもそも幽霊に飛び掛り、に関しては言わずもがな、先ほどのわんこが物理攻撃できることを証明してくれているから問題なかった。
「今にも飛びついてきそうな怖い目は別に気にならないけど、この家でそういう行為は慎んでくれるかな? 何せ、彼にとって最後の愛情入りのお菓子だからね」
 幽霊少年は、身構えることもなく、ただ言葉だけを発する。その歯牙にもかけない態度も気に喰わなかったが、それよりも幽霊少年の言った「最後」が気になり、魔女は動きを止めた。
「何? 最後って何なの?」
「聞いてくれるなら答えよう。今、寝室でこの家の子供が寝ている。だけど、彼の両親はついさっき事故死したんだ。意味はわかるよね?」
「またぁ!?」
 無表情の少年は特に何をするでもない、ただ吐き出した言葉に、魔女はがっくんと崩れ落ちる素振りを見せた。勿論それはフェイクですぐに起き上がったが、
「何なの? それ流行ってんの!?」
 心の中は動揺で一杯らしい。
 幽霊少年は軽く首を振ると、ようやく魔女の目にすら映らない足を動かし、場所を変える。
 リビング中央に置かれた革張りのソファはテーブルを挟むように置かれていて、その一方、魔女の居る側とは反対に座る。
「君が何を言っているのかわからないけれど、座敷わらしは嘘をつかないよ。僕は座敷わらしを目指しているだけの、幽霊だけどね」
「………………ちっ」
 過去、魔女は息をするように嘘を吐くと言われていた時代があったが、全ての魔女かどうかはともかく今この場に居る魔女は、割と日常的に嘘吐きだった。だからこそ、暗闇の中だろうが目の前の少年の言った事は、本当だろう事が感覚で理解できた。
 舌打ちはそれに対するものだったし、これから自分が行おうとしている行為に対する嫌悪感もあったのかもしれない。
「お菓子を差し出しなさいよ、幽霊」
「子供への最後の最後の愛を奪うのかい?」
 心からつまらなそうな表情になった魔女の言葉に、あくまで冷静に切り返す幽霊。
 魔女はもう一度、露骨に顔をしかめてから舌打ちすると、膨れ上がっているオレンジ色のフラワースカートの内側に手を突っ込む。
 ガサガサと下品にスカートの中を漁る魔女の様子を、無言で眺める幽霊少年。
「ここに、」
 そして魔女が取り出したのは、9個のお菓子だった。
「過去9年間、私が奪い取ってきたお菓子があるわ。そのお菓子でやっと10個目、それもただの10個目じゃないわけよ。魔女にとってのハロウィンのお菓子10個は、特別な魔法を使えるたった一度の機会なわけ」
「……? 言っている意味が理解できないが」
「ただの愚痴よ、これは。いいから聞けよ若造。なんで10年ごとの節目でお前みたいなのが現れるかわからないけど、良い事を教えてあげる。普段、私たち魔女の魔力には指向性っていう制限がかけられてるのよ。悪戯限定とか空飛ぶ限定とか、そういうの。でも特別な魔法は、何だって叶える事の出来る魔法なわけ」
「……だから何だい?」
「アンタがその大切なお菓子を私に渡すのなら、私がその子の両親の死をなかったことにしてあげてもいいわよ」
 ぴくり、と幽霊少年が震える。だが魔女はそんな様子には構わない。というかそれ以前の問題で、魔女的にはもう自暴自棄にしゃべりまくっているだけなのだった。
「どう」
 言いながら魔女は思う。この目の前の幽霊少年は、仮にも座敷わらしだとかこの家を守ってるとか言うんだろう。だとすれば魔女の言う事なんか誰が信じるものか。もしもコイツが自分の言葉を信じなければ構わない。後は好き勝手やるだけだ。
 むしろその方が願ったり適ったり、要するに、魔女は後味の悪い事が嫌いなのだった。
 なのに、幽霊少年は首肯した。
「わかった」
「はあ!? わかったじゃないわよ!!」
 静かな首肯に対して、逆に荒ぶる魔女。立ち上がって大きく首を真横に振る。
「あーりえない! 何で魔女の言葉を一発で信じるの、馬鹿なの? それでも家の守護者?」
「君はよくわからないな。それでも、彼のことを考えるなら、彼がこの後、他人から聞かされる両親の死の辛さ、それから先の痛みを思えば、お菓子一個の賭けなら、アリだろう?」
「……ちっ!」
 盛大な舌打ち。けれど、魔女はもう決して幽霊少年を見まいと顔はそっぽ向きながら、右手だけをテーブルの向こう側の少年に突き出した。
「早く渡せ! 私の気が変わらない内にね!」
「少し、待っていてほしい」
 言われ席を離れた幽霊少年を待つ間、魔女はフラワースカートから取り出した、魔力で鮮度を保ち続けている9個のお菓子を見つめる。
「……あともうちょっとで人間に戻れたのに、何なのもう! けど小さい子が悲しむのは見たくないし、仕方ないわよね……」
 紫色の眉がほんの少しだけ、寄り、垂れる。
 瞼を閉じたのはほんの一瞬、すぐににやりと不敵な笑みに変わる魔女。
「まあいいわ。魔法使い放題だし年取らないし、魔女だって楽しいもんね!」
 立ち上がり、戻ってきていた幽霊少年から受け取ったのは、カボチャのクッキー入りのお菓子箱。
 母親が出かける前に焼き上げて、手紙を残しておいたらしく、箱のクッキーの上に添えられた子供宛てのその手紙を、むしゃくしゃしたのか魔女はあろうことか口の中に放り込む。
「む、味はまぁまぁね!」
「それは紙だけど」
「知ってるわよ、うっさいわね!」
 ぷーと頬を膨らませる魔女。だが、そのすぐ後に自分の持っていたお菓子を箱の上にどっさりと乗せると、目を閉じる。
「ハロウィンの奇跡ってやつを、アンタに今回だけ譲ってやるわ。感謝しなさいよね!」
 両手で持っていたはずの詰み上がったお菓子が、手を離したわけでもないのに浮かび上がり、薄暗いリビングの中、ある種のホラーと化す。
 だが、当人は大真面目だった。
 残り僅かな魔力を使って、魔法を使う。しかもハロウィンが終わる時間すれすれではろくな効率運用も出来やしない、魔女は心の中でぼやきながら、両手でお菓子に向けて魔力を放つ。
 同時にすっからかんになった自分は一年先まで意識すらなく眠り続ける事になるのだが、そんな事を目の前の幽霊少年に訴えても仕方ない。
 魔女は苛立つ思考を抑えながら、浮かび上がったお菓子とそれを囲む魔法陣の向こう側、無表情で佇む幽霊少年に向けて、床のスリッパを飛ばした。
「お前、この家の座敷わらしって言うなら、今度からしっかり守る事ね。それが出来なきゃ、来年だろうと再来年だろうと、この家滅ぼしにくるからね」
 当然、幽霊にスリッパが当たるはずもないが、そんな事はどうでもいい。
「マジ滅ぼしにくるからね」
 念を押した言葉に、幽霊少年が無言で頷いたのを見て取って、魔女は最後の魔法陣を構築。
 同時にハロウィンの期間で使える魔力は完全に底を尽きる。

 ──ああ、また私は十年を繰り返す。

 そんな思いに気付けたのかどうか、魔女の意識は、暗闇の更に奥へと消えていった。
 そして、後に残ったのは魔法陣による奇跡と、お菓子の消えたお菓子箱のみだった。


 カボチャの魔女と麗しお化け、終。

 ◇ ◆

 木枯らし吹きすさぶ11月を過ぎ、季節はあっという間に冬を迎えて。
 寂れた遊具の公園には子供はおろか猫一匹の姿も見えない中、二つの半透明な影が重なった。
 片方は、クリーム色の毛を持った大型犬。
 片方は、クリーム色の毛を持った袴姿の少年。
「──ということがあったんだけど、君、魔女って信じる?」
 決して普通の人の目には映らないだろう、袴姿の少年の問いかけに、同じ半透明の犬がわんと吼える。
「──そうなんだ。ちなみに僕はね、ずっと昔にあの家に住んでいた地縛霊だったんだけれど、不思議だね。僕は生前、あの魔女に会った事があるんだ」
 くぅーん? 人の言葉は介さないが、幽霊同士、伝わるものがあるのか頷く袴の少年。
「その時は僕が小さい子供で、その時もまた、僕はあの10月31日という日に親を亡くしそうになってね。けれど、あのふてくされた紫色の魔女が、助けてくれたんだ」
 わぅん。
「うん、偶然なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。ハロウィンは魔を祓うための儀式が元になっているというけれど、魔女にだって良い奴がいるんだ、という話さ。もう11月で季節はずれだけど、」
 わぅーん。
「ただそれだけの話さ」


 ドッグリックハロウィーン&カボチャの魔女と麗しお化け、終。

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