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高天原・天神嶺コミュの 【 第3ターンリア2・『 機械仕掛けのオレンジ 』 】

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第3ターンリアクション ・ 3―2            ■ 担当:たつおか ■


『  機械仕掛けのオレンジ  』





――――――――――――――――――――――――――――――――――――



―――――――――


 騒動の起こるおよそ10分前―――眠りについていたキリンジは突如として覚醒し、その眼(まなこ)を開いた。
「…………」
 そこから物音を立てぬよう掛け布団を捲り上体を起こす。そして取り出した得物の槍を握り締め、立ち膝に構えると瞬間――
「――ぬんッ!」
 キリンジはその槍の柄を、激しく障子戸の向こう――廊下へと突き出した。そんなキリンジの行動に一拍子おいて、何者かの影法師が障子戸の向こうに立ち上がる。そしてキリンジが槍を引きぬくと同時、倒れこんできたそれは障子をぶち破ってその部屋へと倒れこんだ。
「ん、んん? な、なんだぁ!? 何事だぁ?」
「な、何の音ですか?」
 その突然の衝撃に、寝ぼけ眼で跳ね起きるニコとタクミ。布団の上から見渡すそこには、うつ伏せに倒れこんでいる何者か人影と、それを屈みこんで見つめているキリンジの姿。
 やがて起き上がってきた二人に一瞥くれると、
「二人とも獲物を取れ。何者か、侵入してきたようだぞ。しかもこの姿を見るに――」
 言いながら、そのうつ伏せとなった何物かをひっくり返すキリンジ。そこには鍔無しの鉄帽と口元に装着されたネックハンドの通信マイク。カーキのフィールドシャツとパンツのその姿は紛うことなき『軍人』の兵装それであった。そして防弾処理されているであろう袖無しジャケットに刺繍された青の軍章に、
「これって、キリンジさん!」
「あぁ、とんだ国連軍のお出ましだ」
 あろうことか彼が国連軍の兵であることも知り、キリンジはなおさら深くため息をつくのであった。
「派手な銃火器の類は所持していない。コイツは斥候だな」
「だとすれば表にはこの人の報告を待つ本隊が居るということですよね?」
「どーすんだ、おっちゃん?」
「どうするもこうするも無いだろ」
 立ち上がりキリンジは鼻を鳴らす。
「降りかかる火の粉は振り払うまでさ。もっとも、その火の粉が出る前に出火元をどうにかしたい所だが」
「こちらから出ると言う事ですね」
 キリンジの言葉にニコとタクミも覚悟を決める。
「とりあえず着替えろキミ達。タクミは女部屋に行って静達と合流するんだ。ニコは私と一緒に表の偵察とそして逃走経路の確保だ」
「でもさ、おっちゃん。ヌコロフのおっちゃんが居ないよ?」
「渚君も、ですね」
 渚が居ない――その事実にキリンジ達の心はどこか重く沈んだ。警戒こそはしていたものの、今日一日の付き合いで彼との距離は驚くほどに近くなっていたからであった。そんな渚が今回の事件の原因かと思うと、一同は騙されたことよりも彼と戦わなければならないことに心を痛めた。
 そうして一同が深くため息を重ねた次の瞬間――その一瞬、足元を上下させるほどの爆音が宿に響き渡った。
「爆撃か!? ニコ、タクミ!」
「準備は出来てるよ! おっちゃんこそ、お酒の方は大丈夫なの?」
「あんなもの量ではないさ。――役割は今言った通りだが、この地にはヤマタノオロチの分身も居る。各自、臨機応変に当たっていこう」
「ラジャ! また会いましょう、キリンジさんにニコ」
「おう! タッ君も気をつけてな!」
 かくして一同は部屋を出てそれぞれに行動を開始する。
 まず最初に考えたことは逃走経路の確保であった。タクミと別れ部屋を出ると、キリンジとニコは慎重に廊下を進んでいく。
 そしてその闇の向こうに、
「おっちゃん、いるよッ。二人だ」
 その廊下の先に待機している二つの人影をニコは発見した。
「うむ。おそらくは先の偵察の奴を待っているんだろう。こいつらもまた斥候兵だ」
「どうするんだ、おっちゃん?」
「どうするもこうするも無いだろ。倒して進むまでだ」
 言うや否や、キリンジは前方の二人へと向かって歩き出した。
「えッ? うそ、おっちゃん!」
 そんなキリンジの剣呑さにニコは息を飲む。
 なぜならキリンジはまったく臆することなく、まるで温泉にでも向かうかのような足つきでスタスタとかの二人へと近づいていったからだ。
 そんな行動に、キリンジがあの斥候兵二人に銃撃されることを予想してニコはきつく目を閉じる。――しかし、
『もどったか、45番。どうであった?』
「…………」
『どうした? ん? お、お前は――ぐあ!』
『な、なんだと!? うおぉ!!』
 かの二人の元へ難なく近づいていくと、キリンジはたちどころに二人を打ち倒してしまった。
「コイツら以外にはいないようだな。行くぞ、ニコ」
 そうしてそこから辺りを見渡し、さらに歩みを進めるキリンジに慌ててニコもついて行く。
「ど、どういうこと? なんでこの二人はおっちゃんに気付かなかったんだ?」
「気付いてはいたさ。ただ、近づいてくるのが『私(キリンジ)』だとは気付かなかっただけだ」
 ニコの問いにキリンジも鼻を鳴らすようにして笑みを漏らす。
 あの状況において、まさか敵であるキリンジが正面から歩いてくるとは敵も思ってはいない。あそこまで堂々と近づかれてはあの二人も、先に偵察に行った仲間が帰ってきたと思ったに違いない。そんな心理の裏をつき、キリンジは難なくかの二人を撃退してしまったという訳であった。
「ちゃっかりしてるっていうか、面の皮が厚いっていうか」
「繊細かつ大胆に、と言ってくれたまえよ。――外に出るぞ」
 かくしてキリンジとニコは一階へと降り、中庭に他の兵士達が居ないことを確認すると、そこから宿の外へと脱出を果たした。
 そうして改めて振り返るしおさい庵は――
「ひ、ひどい――こんなの!」
 先の爆撃が原因か、すでにその1/3が火の手に包まれつつあるのが確認できた。
「静姉ちゃんは大丈夫かな? それにクアンとシュラも」
「彼女達はニコがどうにかしてくれる。信じろ。それよりも俺達は、俺達の仕事をするぞ」
 幸いにも宿の裏手側に当たるそこにも、敵兵の姿は無かった。キリンジ達はそこからぐるりと宿を迂回して正面玄関方面へ抜けると、物影の一角からそこを覗き見た。
 宿のすぐ傍の海岸にはどこのものか、何の船名も記されていない船が一艘。そして回りには今まで倒してきた兵士と同じ兵装の兵士達が数名。そして――
「誰だ、あれは?」
 船の甲板の上には、月を見上げる兵装の少女の姿があった。
 おそらくは犬型のザッシュであろう。高く細い鼻と切れ長の目、緩くウェーブ掛かった白一色の長毛は、僅かな潮風になびくたびに月光を反射(かえ)して、まるで星の粉を振り撒くかのよう美しかった。
 そんな少女の姿に言葉を忘れて見惚れてしまうニコ。そんな彼女が月明かりの下にいるという情景は、まるで一枚の絵ようである。
 しかしそんなニコの意識も、その彼女の手の『ある物』を発見して否が応にも現実に引き戻される。
 月光に透かすかのよう、彼女が天へ掲げ見ていたもの。蒼く、澄んだ海の如き色で発光しているそれは――
「面倒なことになったぞ。ニコ、あれは――」
「あぁ。ヤマタノオロチの分身、だよねぇ」
 紛うことなき、ヤマタノオロチの分身それであった。
「な、何であいつがアレを持ってるんだよ!? っていうか、奴らの目的もアレだったの?」
「それはどうだろうな。アレを持つ奴の表情――どうにも手の中のそれが何かを理解していない、といった感じだ」
 そうキリンジに言われてニコも頷く。
 言われる通り目の前の少女の表情には、目的の物を手に入れたという達成感も喜びも感じられない。まさにキリンジの言葉通り、既知外のそれを手に入れてしまい、それが何なのか鑑定しているように見えた。
「確かにおかしいね。アイツらの目的があの分身だって言うのなら、とっくにアレを持って帰ってるはずだもんね」
「その通りだ。仮に『ついでに』俺達を襲撃したにしても、あの分身だけは早々にこの場から持ち出すはずだ。それなのにそれをしないということは――」
「間違いないね。アイツらはアレの存在と正体をしらないんだ。じゃあなおさらアイツらの手に渡す訳にはいかないよ。だって――」
「そうだ。シュラの言葉を信じるなら、かのヤマタノオロチの力を狙ってるのは、地球側とて同じなのだからな」
 その結論に辿り着き、ニコとキリンジは大きくため息をつく。
 当初の予定では、最低限の戦闘でこの場から離脱することが目的であった。しかし、あのヤマタノオロチの分身が敵の手にある以上それは出来ない。そしてアレを取り返すということは――まっこうから彼ら国連軍と戦わねばならないということであった。
「しかしながら正面から向かっていったのでは、こちらが不利だ。向こうの数がどれだけいるのかも判らないし、それ以前にこちらのメンバーはフルではない」
「じゃあさ、こういうのはどう?」
 そういってニコはキリンジにあることを耳打ちする。
 それを聞き、その作戦の破天荒さにキリンジは表情を曇らせるも――最後には、時間がないことと他に有効な作戦がない事から、キリンジは渋々と頷いた。
「危険な真似だけはしないでくれよ」
「判ってるって。じゃ、作戦を開始するよ」
 かくして国連軍との全面戦闘が開始されようとしていた。




―――――――――


「251、252、253……」
 先と同じ場所から国連軍と、そしてかのヤマタノオロチの分身を持つ少女を見守りながら、キリンジは時間を数えていた。
 これよりも少し前、ニコはキリンジへと『ある作戦』を申し出ていた。そしてその作戦の開始時刻が5分後――そのタイミングを誤らないよう、キリンジは正確に秒数を声に出して数えているという訳であった。
「289、290、291……」
 徐々に作戦の時間が近づく。そしてついに――
「……300!」
 その300秒(5分)を数え終え、キリンジは作戦を開始した。
「私なら、ここにいるぞ!! すでにもう、宿の外だ!」
 立ち上がり声の限りに叫ぶと、キリンジはそこに控える国連軍一同の前へと飛び出していった。
 そんなキリンジの出現に一斉に――かの兵士達はもとより甲板上の少女の視線はそこへと向けられる。
「境 麒麟児――間違いない。やれ」
 そして目の前に居るのが標的の一人であることを確認すると、少女は抑揚の無い声で兵士達に命じ、その右腕をキリンジへと向けた。
 そんな上官の命令に、兵士一同は躊躇うことなくキリンジへとSMG(サブマシンガン)による一斉射撃を開始する。
「うむ――想像以上に凄まじいものではあるな!」
 それを目の前に、その移動を放物線を描くかのように変えながら走り続けるキリンジ。その跡には、打ち放たれた銃弾が砂浜に被弾して無数の砂柱を立ち上げる。
「ふん、訓練を受けているのは伊達ではないようだな。ならばこれではどうだ!?」
 それらをかわしながらキリンジは、『土煙』によって更なる場の混乱へと兵士達を誘っていく。
「くそ、このままでは逃げられる! 渉里軍曹、前進の許可を!」
「構わん、追え。間違いなく仕留めろ」
 かの司令塔と思しき少女の号令の下、待機していた兵士4名はキリンジを追ってさらに銃撃を続ける。
――いいぞ、もっと追って来い。そうすれば、ニコも上手くやってくれる。
 その様子にしてやったりと内心でほくそ笑むキリンジ。そしてその思惑通りに兵士たちはキリンジを追い、どんどんと少女から離れていく。
 そしてそんな少女の背後――国連軍が拠点としている船の足元に、一人の国連兵が近づく。彼こそは――
「気付かれていない……うまく近づけたぞ」
 ニコその人であった。
――上手くひきつけてくれているな。本当にやられるなよ、おっちゃん。
 そんなキリンジの安否に気遣いながら、ニコはこの作戦を脳裏で反芻する。
 かの作戦は、キリンジが一般兵を陽動し、そしてその隙に国連軍に変装したニコが少女に近づいて彼女と、そしてヤマタノオロチの分身を奪取するというものであった。
 一連の兵士達の行動を観察するに、かの少女こそがこの軍の司令塔と思しかった。そんな彼女を人質に取れたのならば、もはや戦う必要は無い。そしてその作戦の成功は同時にヤマタノオロチの分身を確保することにもなるのだ。
 なかなか冴えた作戦ではある。
 少人数でこの一団を相手にするということの理に適っているし、ニコが変装する為の兵装も先に宿で倒した兵士達から回収することが出来る。
 そしてそんな作戦は今、思惑以上にうまく運びつつあった。
 ニコはそそくさと彼女のいる船首側へ回ると、
「ここに居ては危険です。どうかお下がりください」
 その下から甲板上の少女へと声を掛ける。
「…………」
 その呼びかけにニコを見下ろす少女。
 ニコの面相は、目深に被った鉄帽で見えないはずである。仮にその顔が割れていたとしても気付かれることは無いはずだ。
「さぁ、早くこちらへ」
 そうして差し出されるニコの手に少女もその手を差し出す。そして作戦の成功を確信した次の瞬間――
「ッ!? わわわッ!」
 いつの間にかそこに携えられていた警棒の一撃が――ニコへと打ち落とされた。
 しかしながら寸でのところでそれを回避するニコ。宙でその警棒に捉えられた鉄帽がひしゃげ、真っ二つに叩き割られる。
――弾丸だって弾く鉄帽を、力の入らない小手先の一撃で叩き割った!?
  何なんだよ、コイツ!?
 その一撃に飛び退るニコと、その後を追って地上に降りる少女。
「くっそー、もうちょっとだったのに」
 そうして対峙しながら鼻を鳴らすニコに対して、
「そんなちんちくりんの部下はいない」
 あくまで少女はクールに――というか、どこか感情の欠如したような声でそれだけを告げてみせる。
 作戦前、キリンジが表情上を曇らせた理由はそこであった。
 言われる通り、ニコの身長の兵士などは今までにも、そしてここに至ってもいなかった。ぶかぶかのブーツと幾重にも裾まくり袖まくりをしたパンツとシャツの装いである。
 それからも判る通りニコではこの役柄は小さすぎるし、キリンジでは大きすぎるのだ。というか『長すぎる』。首が。
 そんな無理のあるキャスティングゆえ、傑出した作戦とは裏腹にキリンジは一抹の不安を感じずにはいられなかったのだ。
「ニコ!」
 本陣での異変に気付き、兵士達はキリンジからからニコへと標的を変え、その銃口を向けたままにじり寄る。
「おっちゃん! おっちゃんだけでも逃げろ!」
 そんな状況にニコも声を上げるが、
「君がそんなセリフを吐くのは、20年早い!」
 キリンジもまたそんなニコの元へと走り、二人はたちどころに取り囲まれてしまった。
 その様子を前に、かの少女も一躍飛び退り、その包囲の外へと出る。
 そしてその中央においてキリンジ達が完全に身動きが取れなくなるのを確認すると、少女も兵士達へと「構え」の号令を掛ける。
 その一声に中腰に携えていたSMGを肩まで持ち上げ、目線の高さに銃口を構える兵士達。
「是非に及ばず――これまでか」
「くっそぉ! 母ちゃん、みんな!」
 そしてついに最後の覚悟を決めようとしたその時であった。
『――ん? な、なんだッ? うわあぁぁ!?』
 突如として二人を取り囲んでいた兵士達の体が揺れたかと思うと――たちどころに彼等は、その腰元まで砂浜に潜ってしまっていた。
 その異変にいち早く察知し、マナは船に飛び乗って難を避ける。
 そしてその船上から兵士達の様子を観望し、
「この効果――土の術か?」
 そこにて起きている変化のカラクリを少女が呟いたその時であった。

「くじけるな! 我等はここにあるぞ!!」

 突如として響き渡ったその声。それと同時に――
「覚悟しろ、地上人!」
 何処かより駆け出してきた人影と、
「やらせません! せい!!」
 そしてもう一人の一撃が、それぞれに兵士二人を打ち倒した。
「え、え?」
「これ以上に無いくらい、頼もしい登場だな」
 その突然の援軍に戸惑うニコと口元へ笑みを浮かべるキリンジ。
 二人の目の前には――
「大丈夫ですか!?」
「だらしないぞこの程度で」
 誰でもない静とクアンの姿が見えていた。




―――――――――


 時間はこの時よりも、15分ほど前に遡る――
 露天温泉にてかの爆撃を聞きつけた静とシュラは、浴衣の前を直すのも程ほどに自分達の部屋へ駆け戻った。
 そうして部屋に入るや否や、
「姫様―! 姫様、姫様、姫様ァ!! どこに行っておりましたァ!! この私を置いて!!」
 その姿を確認したクアンが、隣だって立つ静とシュラ両名に抱きついて声を上げた。目が覚めた時に一人だったことが、よほど寂しかったらしい。
「申し訳ありません、クアン。静さんと温泉に浸かりに行っていたのです。――でも、今はそれどころではありません」
 そうして抱きついて泣きじゃくるクアンの額を優しく撫で、まるでやや子を宥めすかすかのよう言い諭してみせるシュラ。
「ぐすッ―― 一体何があったというのです? 静、どうしたというのだコレは?」
「私にも判らないの。だけど、ただ事ではない様子よ。それに感じない? 宿の中に何か燃える匂いが漂ってきている」
 静にそう言われ、クアンは鼻先を立てる。言われる通り室内には、どこか饐えたような臭いと共に木材を焦がすかのような異臭が漂い始めている。
「ライジンの襲撃か?」
「どうなんだろう――今までライジンの人達が、爆発する武器を使って来たことって無いじゃない? そうも言いきれないかも」
「静さんの言われる通りです。私達ライジン陣営において、発火系の兵器などは私が知る限り数えるほどしかありませんし、それにこうまで広範囲に効果をもたらすものなどその中でも記憶にありません」
「なのだとしたらコレは……」
 顔の見えない敵の存在に、静達の疑心暗鬼はどこまでも大きくなっていく。
 その中で、
「クアン、私はコレより魔人の分身を追って海へ出ます。あなたはこのまま地上に残りなさい」
 シュラはそのことをクアンへと告げた。
 そんな主の言葉に、
「そ、そんな! 出来ません、そんなこと! 姫様の身は誰が守ります!?」
 当然のことながらクアンが従うはずがない。
「そんなことを気に掛けている場合ではないのです」
 そしてそんなクアンをシュラは静かに諭す。
「先ほど温泉にて――この爆破事件が起こるより前に、私は海上に魔人の分身を確認しました。それを見極める為にも、私はそこへ赴かねばなりません」
「そ、それなら私もご一緒に――」
「クアン。このたびの魔人の反応は二つ――そのひとつは、もしかしたら地上にあるのかもしれないのです。そうなった時それを見極める者がいなければ、またその存在を見失うことになりましょう」
「う、それはそうですけど……」
「今ここであれを見失い、ましてやそれが何者か第三者の手に渡ることがあれば、私達の今までの苦労は全て水泡と化します。――聞き分けてください、クアン。誰よりもあなたを信頼するからこそ、この役を命ずるのです」
「…………」
 そう言われて抱きしめられると、クアンは何も言えなくなってしまった。
 そしてそのシュラの胸元から顔を上げると、
「判りました。ここにおける魔人の処理は私めにお任せください。――姫様も、どうかお気をつけて」
 クアンは大きく鼻を啜り、力強く頷いて見せるのだった。
「シュラさんにクアンちゃん、ならば着替えた方がいいですよ。もしかしたらこの部屋も危ないかもしれません。表へ出ましょう」
 静の言に頷き、浴衣を脱いで支度を始める一同。
 そんな場へ――
「大丈夫ですか、皆さん!」
 突如、廊下側の障子戸をタクミが開け放つ。
「ッ!? き、きゃああ!」
 その展開に、下着姿であった静は当然のように声を張り上げた
「す、スイマセン!!」
 それに気付いてタクミも慌てて部屋の外へ出て、戸を閉じる。それ越しの影法師で大きくため息をつく様子が窺えた。
 それからしばし間をおいて
「すいませんでした。静さん達は全員無事ですか?」
 恐る恐る掛けられるタクミの声。
「わ、私達は大丈夫です。何があったんですか?」
 それに対してどこかドギマギを応えながらも、静も今の状況を確認する。
「詳しい状況は判りません。ただ、この爆破騒動の前に国連軍の兵士が僕達の部屋に侵入してきました。もしかしたらこの爆発も彼らの仕業かもしれません」
「そうですか。――タクミさん、私からもお知らせしなければならないことがあります。東の海上に、ヤマタノオロチの分身と思しき光が確認できました」
「こ、こんな時に――ですかッ?」
 次いで返されるシュラの言葉にタクミは下唇を噛む。キリンジの不安が的中してしまった。
 そしてそれと時同じくして、
「おお〜い、タッくぅ〜ん!」
 立ち尽くす廊下の向こうから、こちらへと走ってくるヌコロフと渚の姿が見えた。
「ヌコロフ、それに渚君も!」
 そうして合流を果たした二人にタクミの声は思わず明るくなる。――がしかし、すぐにその表情は眉をひそめた警戒するものへと変わった。まだ渚の疑惑が晴れたわけではない。
 そんなタクミの考えを察してか、
「僕は、この騒動とはなあんも関係ないよ」
「渚君は違うんだなぁ」
 渚とヌコロフの二人は同時に言葉を発していた。
「え? そ、それはどういうこと? っていうか――渚君、君は何者なんだい?」
「タッ君、詳しい話はあとで話すんだなぁ。とりあえず渚君は安心なのよ、今はこの状況をどうにかすることを考えて」
 そうヌコロフに説得され、タクミは湧き上がる疑念と言葉を飲み込んだ。言われる通り今はそんなことを確認している時間はない。
 やがて障子戸が開き、中から女性陣一同も姿を見せる。
「お待たせしました。とりあえず海上のヤマタノオロチも放って置けません。誰か私とそちらの処理に向かってくださる方はおりませんか?」
 そんなシュラの申し出に
「それなら、僕の出番だ」
 タクミが一歩前に出た。
「水中活動なら僕が適任だと思います。それからヌコロフ、君も来てくれるかい?」
「OKなんだなぁ。水場は僕とタッ君に任せて♪」
 そうしてそれぞれに役割分担を申し出る二人の傍らから、
「僕もそっちに参加するよ」
 渚もまた、その作戦への参加を申し出ていた。
「渚君、でもザッシュの君じゃ海上での行動は――」
「もちろん満足に手伝えるとは思ってへんさ。ただ、海上のそのポイントまで移動するのに泳いでいくわけには行かないやろ? 港にあったボートを僕が運転しよう」
 渚はかのポイントまでの水先案内人を申し出たのであった。
「急に現れてこないなことを言うのが怪しいっていうのはオノレでも判ってる。――だけどお願い、信じて」
「…………」
 まっすぐに向けられる渚の視線を、タクミもまた正面から受け止める。そしてその瞳の中に彼の偽り無い想いをタクミもまた見極めると、
「――よろしくお願いします、渚君」
「タッ君――あぁ、任せといてや」
 タクミは強く渚の手を取った。
 それと時同じくして、
『居たぞ! C班、容疑者達を発見しました』
 一同の立つ廊下の突き当りから新たな国連兵が現れた。そして口元にセットされたネックハンドから本体へ連絡すると、そのSMGの銃口をこちらへと向ける。
「発砲する気なんだな!?」
 そんな国連兵の動きに身構えるヌコロフ。しかし次の瞬間――そこから駆け出した静とクアンの一撃が、それぞれに胴と面とを同時に打ち吸えかの国連兵を打ち倒した。
「このままでは、いずれここも危ないと思います。私が引き止めますから、タッ君とシュラさんは例のポイントへと向かってください」
 木刀を構えた静が一同を促し、
「不本意ではあるが、姫様の援護は任せたぞお前ら! ここには私も残る! 行け!!」
「クアンちゃん」
 クアンもまた静の隣に並び、この戦線からの離脱を後ろ押しした。
「ありがとう、二人とも! 絶対また、全員無事で会おうね!」
「いくで、みんな!」
 地上では国連軍、そして会場においてはヤマタノオロチの分身――かくて地上と海に分かれての同時作戦を一同は開始した。




―――――――――


 シュラ達とは逆方向に廊下を辿っていくと、その途中に気絶してがんじがらめに縛り上げられている国連兵の姿が廊下の一角に寝転がされているのが見えた。どうやら、先に表へと出たキリンジ達が露払いをしていてくれたようである。
「思った以上に敵の数も多いようだな」
「そうだね。とりあえず私達は玄関に向かおうか。色々と宿の中の状況も確認しておきたいし」
 そうして玄関への廊下を辿る二人。進むうちにどんどん煙が廊下には充満し始め、やがて玄関付近に辿り着く頃には、ロクに視界も利かないほどにまで黒煙はそこ一帯を取り巻いていた。
 そしてその煙の中央で、
「も、燃えるー! 燃えちゃうー!! も、も、萌えーッッ!!」
『チハヤ落ち着いて! 羽ばたかないで! 余計に火が広がっちゃうよ!!』
 そこを焼き尽くさんとする炎の前で踊るように宙を右往左往するチハヤと、そんな彼女の傍らで懸命に消火活動を続ける完全体・ナユタの姿があった。
「ナユタ君、それにチハヤちゃん! どうしたのこれ!?」
 そんな二人へと走り寄る静。
「消して、消して! ここはアタシ達の大事な活動拠点なんだからね! ――って、静にクアン?」
 掛けられる声にようやくチハヤは我に返る。
「大丈夫? それよりもこの宿に何があったの?」
「そんなのアタシが聞きたいわよ。急にここでドカーンって音がしたと思ったら、玄関が焼けて崩れてるんだもん。やんなっちゃうわよ! ――おそらくは、地上人の兵器ねコレ」
「地上人? なぜ奴らがここを――お前らがライジンであることを知っているというのだ!?」
 チハヤの答えにクアンもまた驚きの声を上げる。
「おそらくはこの、超絶美少女にしてライジン一の使い手である森羅万衆・火のチハヤ様を追って、ここに辿り着いたんだわ。侮れないわね、地上人!」
『……それは絶対に無いと思うよ。でもどうしてピンポイントにこの宿を』
 斯様に今夜の襲撃の理由と意味に首を捻る一同。
 しかしその答えを――
「……ごめんなさい。たぶん、私達のせいだわ」
 静は知っていた。
 そうしてその言葉に視線を集中させてくる一同へと、
「前の襲撃事件の犯人――その私達を追ってたから、軍の人達はここに辿り着いたんだと思う」
「アンタ達を追ってぇ!?」
 静は申し訳なさそうにその真相を打ち明けた。
「たぶん今でも、外の兵隊さん達はチハヤちゃんやナユタ君達ライジンの存在には気付いてないと思う。あくまで目的は私達――その為に、ここへ襲撃を掛けたんだと思う」
 それを打ち明けながら静の語尾はどんどんと小さく、そしてその胸に抱く罪悪感はそれを比例して大きくなっていった。自分達さえここにいなければ、チハヤ達が巻き込まれることは無かったはずである。この宿も壊されることはなかったはずだ。
 そんなことを考えると――
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
 その責任感から静は胸が張り裂けんばかりであった。
 そんな静を無言のまま見守っていたチハヤが、一歩彼女の前へと出る。
 そして大きく息を吸い込むと、
「見損なわないでちょうだいよッ。すべてをアンタらのせいにするほど、このチハヤ姉さんは腐っちゃいないわ」
 その言葉に顔を上げる静へと、チハヤはその背を強く叩いて満面の笑みを見せた。
「確かにこれが静達を追ってきたヤツらの仕業だったとしても、いきなり爆撃だなんてどうかしてるわよ。悪いのは、こんなことをする奴ら! 静達には何の落ち度も無いわ」
 思い悩む静の胸の内を察してか、少しでもその罪悪感を消してやろうとチハヤそんな風に語って聞かせる。
『そ、そうですよッ、気にすることはありません! こんなことの責任まで静さんのせいにしてたら、今日までの戦争もみんな静さんのせいになってしまいます』
 そしてそれはナユタもまた同じであった。
 そんな二人の気遣いに――つい静の目頭にも涙が浮かぶ。
 人間が『天敵』と決め付けて戦っていたライジンの中には、こんなにも他人の心を察し思いやれる人達もいるのだ。そのことを知れたことが嬉しくて、そして今度はそんな人達と戦っているという現実に胸が痛んで、静は涙を見せたのでった。そんな複雑な涙である。
「もし、このことに対して何かしてくれるって言うのならさ。この原因を作った奴らをぶちのめしてよ! アタシ達の分までさ」
 そしてその言葉の締めくくりをそう閉じると、チハヤはウィンクをひとつして、振り上げた握り拳を振り回した。
『僕達は消火活動でここを離れられません。どうかよろしくお願いします、静さん』
 そうしてナユタも深々と頭を下げてくるのを目の前に、
「うん、わかった。任せといて、必ずこの素敵な宿の仇を取ってくるからねッ」
 静も荒々しく目頭を擦ると、精一杯に笑顔を見せて大きく鼻を鳴らすのであった。
「OKッ、頑張ってよ! 例の奴らけど、玄関を出てすぐの所にいるみたい。十分に注意してね」
「判ったわ。チハヤちゃん達も頑張ってね。行こう、クアンちゃん!」
 そうして玄関へと走り去っていく静とクアン――そんな二人を見送りながら、
『……地上人全員が、静さん達みたいだったらいいのにね』
「ねぇ♪」
 ナユタとチハヤも大きく頷きあうのであった。
 一方の静達は問題の襲撃があったという玄関部へと辿り着く。
 板間の大きく開けた造りのそこ――廊下の突き当りからそろそろと顔を出して見渡すそこには、もはや国連軍の兵士の姿は一人として見えなかった。
「おかしいね。誰もいないなんて」
「キリンジ達が全員打ち倒してしまったのではないか?」
「どうなんだろう? とりあえず出てみようか」
 そうして恐る恐る玄関へと出る二人。しかしながらやはりそこには、誰一人の気配として感じることは出来なかった。
 そんな様子に少々拍子抜けを感じながらも静達はさらに用心深く、そこから表へと出る。そしてそこから再びそろそろ外の様子を窺った静は――この場所に誰もいないその理由を知るのであった。
「あ、あれは――!」
「キリンジさん! そ、それにニコちゃん!!」
 それこそは、かの国連軍がキリンジ達と対峙していたからであった。
 しかも状況はかなり悪いようである。
 銃火器で武装した兵士達4人に四方から包囲され、その中央に立たされるニコとキリンジは完全に動きが取れなくなっていた。
 そしてそんな二人へと、
「し、静ッ! あいつ等、銃をニコたちに向けたぞ!!」
 兵士達それぞれが銃を持ち上げ、今にも二人へと発砲しようとした瞬間――
「させない! 大地の術よ、あの人達の動きを封じて!」
 静はとっさに魔力を両掌に生じさせると、振り上げたそれを足元の地表へと叩き付けた。
 そんな静の地魔法の影響を受け、その魔力をキリンジ達の場へと運ぶ砂浜には、まるでその下に蛇が蛇行しているかのごとき盛り上がりが、大きき波を打たせて国連兵達へと迫った。
 そしてそれが、その場に届くと同時――
『――ん? な、なんだッ? うわあぁぁ!?』
 兵士達はそこの砂地に足元を取られ、たちどころにその腰元まで地面に飲み込まれてしまった。
「上手くいった! クアンちゃん!」
「言われなくたって!」
 そうして地を蹴ると、静とクアンはかの戦いの場へと迫り――
「くじけるな! 我等はここにあるぞ!!」
 二人は瞬く間にそれぞれ、兵士達を打ち倒した。
「大丈夫ですか!?」
「だらしないぞこの程度で」
 そんな登場を果たして、どこか得意げに胸を張るクアンと二人の安否を確認する静。
「え、え?」
「これ以上に無いくらい、頼もしい登場だな」
 そしてその突然の援軍に戸惑うニコと口元へ笑みを浮かべるキリンジ。
 

 かくして一同はついに、その騒動の中心にて再開を果たしたのであった。




―――――――――


 時は再び戻る。
 クアンとそして静の援護によって国連軍に生じた一瞬の隙――その好機をニコとキリンジも見逃さない。彼女達二人の登場とほぼ同時に動くと、
「南無三ッ!」
「こんにゃろー!!」
 キリンジの槍の柄が正面の兵士の腹部を痛打し、地を蹴り宙を舞ったの飛び蹴りが残りの兵士二名もそれぞれに打ち倒したのであった。
 そうして場にいる一般兵の殲滅を確認すると、
「大丈夫ッ、ニコちゃん!? それにキリンジさんもッ?」
「だ、大丈夫だよぉ。静姉ちゃん」
 静はその元に走り寄りニコを抱きしめ、そしてキリンジの安否も問う。
「先の兵士達を襲った地表の異変はキミの術であったか。使いこなせるようになってきたな」
「褒められると、照れちゃいます。タッ君に比べるとまだまだですよ」
「それよりもキリンジ。あれは!」
 そうして一同が再開を果たす中、クアンはマナの左腕に抱かれたヤマタノオロチの分身に目を丸くさせる。
「あぁ、私達が探しているものに間違いはなさそうだ。どういう理由か、私達がここを脱出したときには、アレはすでに彼女の手にあった」
「何者なんですか、あの人は?」
 そんな静の問いに――
「国連軍陸軍軍曹・渉里 真夏(わたり・マナ)――」
 誰でもない少女――マナは名乗りを上げる。
「乃木崎長官の命によりお前達を追ってきた。投降を勧告する。さもなくば――」
 語りながら手にして警棒を振り下ろすマナ。その動きに連動して警棒は、連結する金属音と共に倍の長さへとその形を変えた。
 そしてそんな得物を、装着する皮のグローブをきしませながらより強く握り締めると、
「―――殺す」
 左手の分身を甲板に放り、マナは一同へと飛び掛った。
 砂浜に乗り上げた特殊船の船上から空に舞い上がるマナ――落ちてきているかのような程に巨大な今宵の月を背負い、彼女は両手で握り締めた警棒を振り上げる。
 そうして振り落とされとそれを一番に受けたのは、
「くッ……なんて力!」
 木刀を横にして正面からのそれを受けた静であった。
「田中 静……」
 そこから飛び退り地上へ降りると、すかさずマナは地を蹴って静へと迫る。その途中で警棒を振りなおし、その長さを静の持つ木刀ほどに調整するマナ。
 それに対して今度は静から一撃――上段から右袈裟に木刀を振り落とすが、
「上段――右より」
「ッ――くぅ!?」
 その一撃に対し、マナもまた同じくに右上段からの袈裟斬りにて静の木刀を弾いた。
――この攻撃まさか……ううん、偶然よ。
 そんな攻撃に静は、『ある点』に気付いて眉をひそめる。しかしながらすぐに偶然とそれを割り切り、その懸念を振り払うと、
――今は集中しなきゃ。油断していたらやられる!
「さぁッ!」
 再び静――今度は無数の連撃を繰り出してマナを攻めていく。
「…………」
 それらを前にマナもまた応戦。戦況は二人の激しい打ち合いへと展開していった。
「すげぇ! 静姉ちゃん、押してるじゃん。ガンバれー!!」
 その目にも止まらぬ攻防に思わず応援の声を上げるニコであったが、
「――本当に人間か、アイツは?」
 その同じ攻防を目の当たりにし、思わずクアンは呟いていた。
「すげぇよな、静姉ちゃん! こんなに強くなってさ」
「違う。静ではない」
 そんなクアンの呟きにその表情を明るくさせるニコとは裏腹に、傍らのキリンジは二人の戦いを凝視したまま眉をひそめた。
「静じゃないって、あの相手のマナのこと? だって、完全に静姉ちゃんが押してるじゃん」
「……静自身も気付いているはずだ。あのマナの攻撃の異質性に」
「え、ええ?」
 キリンジの呟きとも取れる答えに、ただ訳も判らずに静とマナを交互に見るニコ。
 その一方で戦闘をしている静本人も――
――間違いない。この子の攻撃はどういうことなの……!?
 マナとの打ち合いに混乱し始めていた。
 静の攻撃に対してマナから放たれる攻撃――繰り出される攻撃を打ち返すその攻撃は、
「――それらは、まったく同じ性質の攻撃だ」
「まったく同じぃ?」
 キリンジの説明にニコは首を捻る。
「そうだ。ただ似ているだとか、攻撃の種類が同じだとか言うレベルじゃない。その構え、スピード、剣力――果ては得物の握り方に到るまで、あのマナとやらは静のそれを完璧にコピーして対応してきているのだ」
 そんなキリンジの言葉にニコも改めて二人の攻防を見る。
 右足から踏み込んで横薙ぎの攻撃を繰り返す静に対し、それとまったく同じ打撃にてその攻撃を相殺するマナ。上段からの打ち落としに対してもマナは同じくに静の木刀を弾く――そんな二人の打ち合う様は、まるで鏡を前に演舞を繰り返す静一人を見ているかのようであった。
「な、なんだよアイツ……真似してるだけじゃなくて、攻撃を出す瞬間(タイミング)まで一緒じゃん!」
「刺客として送られてくることはある。静の手だけでは余るな。いくぞ、ニコ」
 そして静の援護をすべく、見守っていた一同もまた地を蹴った。
「静、一旦下がれ! コンビネーションで攻めていくぞ」
「は、はい!」
 辿り着くキリンジの声に反応し、静はその連撃の合間を見計らうと、マナとの打ち合いから一時離脱した。
 そしてそれと入れ替わりに――
「今度は私だ。この槍、どう受ける!」
 今度はキリンジの突きがマナへと打ち放たれた。
「境 麒麟児……」
 そうしてそこから繰り出される無数の突きをかわしながら、マナはキリンジのその動きを観察する。そして手にしていた警棒を振りなおすと――今度はその長さを、キリンジの槍と同じほどにまで調整してみせた。
「くるかッ?」
 その様子に気を引き締めるキリンジ。そしてそこから繰り出された突きに対し――
「ぬぅッ……やはりか!」
 それに合わせて突き出されたマナの警棒は、その先端とキリンジの槍の切っ先とを、1ミリのぶれもなく打ち合わせていた。
 しかしキリンジとてそれだけでは収まらない。
――ならばこの数ではどうさばく、マナ!
 構え直した槍の柄をしごくと、キリンジはそこから無数の突きを繰り出した。
 先の静の攻撃にあるような薙ぎや払いといった『面』の攻撃ではなく、キリンジの突きは『点』の攻撃――正面からそれらを集中砲火されては、さすがのマナとて、その全てには対応できまい。必ずどこかに穴が開く。
 そうキリンジは高をくくった。
 しかし今、目の前で繰り広げられている光景は――
「まさか、コイツ!」
 見開かれたマナの瞳孔が細く小さく引き絞られると同時――目の前から雨あられとなって迫るそれら突きを、彼女もまた同じくに突き返していた。
 繰り出されるマナの警棒は先のキリンジの突きを弾いたのと同じように、寸分のぶれもなくその無数の切っ先を打ち合わせていたのであった。
――もはや、人間の反射神経ではない! 何者だ、この娘は? これが、
  本当に人間だというのか!?
 その光景と、そしてそんな状況にありながらも微塵としてその表情を変えないマナに、さすがのキリンジも戦慄を覚えずにはいられない。
 そんな二人の間へと、
「おっちゃん、今度はオレが行く! サポート頼む!」
 ニコが入り込むや否や――マナのわき腹へエグるような足刀を蹴り込んだ。
「乱入者あり――この者は、香月 仁冴」
 強襲でありながらも、その蹴りを警棒の柄で受け止めガードするマナ。そこに生じた僅かな隙を縫って、キリンジはニコとタッチする。
 そうして新たにマナの前に立ったニコは、
「武器がダメっていうのなら、本気モードのスピードとゲンコツで勝負だ!」
 目の前のマナの周囲を旋回するよう、地を蹴った。




―――――――――


 新たに参戦したニコとマナの戦闘は、おおよそ予想通りの展開を見せていた。
 ニコの狙いが高速移動によるかく乱と肉弾戦であることを判断するとマナも警棒をしまい、その戦闘スタイルに対応し始めたのであった。
「うりゃりゃりゃりゃりゃあぁッ!!」
 拳で突き、蹴りで払い、間合いが近づいたと見るや肘で空を切り、ヒザで突き上げる――それこそニコは力の限り、限界の限りの速力を用いて攻めを続けていく。
 しかしながら序盤こそはそれに押されていたマナも、ニコの力量を見極めるや、徐々にその攻撃に自分の攻撃を合わせ、またあの『鏡映し』のスタイルにてニコに対応していくのであった。
 やがて、
「うッ! うわッ!!」
 数撃目のニコとマナとの拳が打ち合わさった瞬間、ニコはその威力に弾かれて後方へと弾き飛ばされた。
 マナの膂力が上がってきているのではない。血のにじむ拳と両肩を上下させる呼吸――ニコが疲弊してきていることは誰の目にも明らかであった。
――予想以上だ。どうすれば、こいつのリズムを崩すことが出来る!?
 すぐさま立ち上がり構えを取り直すニコ。数メートル前ではかのマナが、今のニコと同じように構えを取っている。
――なにか突拍子も無いことをすれば驚くかな? 何かないかなぁ……オレに
  しか出来ない何かは。
 そんなことを考えるニコの脳裏に『ある行動』が思い浮かぶ。しかしながらそれは、平素の戦闘でであったなら、間違いなく自分を窮地へと追い込みかねない行動である。
――でも、目の前のコイツは常識が一切通じないモンスター……ならば常識で
  戦うよりも、オレもはみ出した方がいい! ……いいに決まってる、たぶん。
 いずれにせよこのままで埒が明かぬと、ニコも覚悟を決める。そして、
「静姉ちゃん、それにキリンジのおっちゃん! 今からコイツに隙が出来たら、一気に決めて! オレごとやっちゃっていいからさ!」
「オレごと?」
 そんなニコの言葉にキリンジはその長い首を捻る。
 そしてそれを問いただすよりも早くに、
「いっくぞぉー!!」
 ニコは地を蹴り再びマナへと迫っていた。
「…………」
 同様に地を蹴るマナ。
 そんな二人の距離が詰まり、いつ互いの攻撃が交わされてもおかしくないほどにその間合いが詰まった次の瞬間――

「ふえ………ッうわぁ――――んんッ!!」
「――!?」
 
 マナを目の前に立ち止まったかと思うと、ニコは地に尻をつけて声の限りに泣き出した。
 響き渡るその鳴き声とニコの様に、場にいた誰もが言葉を失う。
 嗚咽を上げ鼻を啜り、切るように呼吸を吐き出して腹の底から低く声を上げる様は、これ以上になく『子供の泣く様』それであった。
 そしてそんなニコの行動に誰よりも困惑したのは――誰でもないマナであった。
 もし相手がマナ以外の誰かであったのならば、その隙を逃さずにすかさずニコへ攻撃を繰り出したであろう。しかしながら対象の動きを観察し、その動きに対応する(真似る)ことで戦況を展開してきたマナには、このニコに対して即座の判断が下せない。この状況になっても、観察・分析をしようとしている。
 そんなマナの様子を、目頭を覆った指の隙間から見上げると、
「ヒック、ヒック……――今だ、おっちゃん! 静姉ちゃん!」
 ニコはそこから、待機するキリンジと静へと合図の声を上げた。
 それに呼応し、
「え? あ――な、ナイス! ニコちゃん!! 大地魔法、いっけぇー!」
 静は即座に魔力を練り上げると、両掌に溜められたそれを足元の大地へと突き当てた。
 その静の魔法はニコとマナの立つ砂浜を大きく波うねらせると二人を飲み込み、さらには硬質化して二人の体を完全に大地へ固定した。
「ふふ、これでいい。オレの役目はここまでだからな、もう動けなく十分だ。あとは頼んだぞ、おっちゃん!!」
 座り込んでいたニコはその肩口まで静の魔法に飲まれた状態で、何処かのキリンジへと最後の望みを託す。
 そしてそれに呼応し、
「感謝するぞ、ニコ。お前が仲間にいてくれて、本当に良かった」
 そんなニコの背後から―――月を背負い、境麒麟児が一躍宙へ踊り上がった。
 そしてその上空からマナを見据える。
 先の静の魔法によって膝元までを完全に固定されてしまっているマナには、もはやそんなキリンジ対応するだけの自由は残されていなかった。
 ただ何度も上空のキリンジと自分の足元とを交互に見比べながら、『焦り』とも違うどこか不思議なものでも見るような表情をキリンジに見せた。
「表情まで真似られなかったのは、役者としては失格だったな。ますは笑顔が基本だぞ、大根役者」
 そしてそこから攻撃を繰り出すキリンジ。
 それに対してマナも警棒を掲げそれを防ごうとするが――もはや身動きを限定されたマナには、それを防ぐだけの余力は残されていなかった。
 大きく振り上げ、そこから振り落とされる槍の柄(つか)は、構える警棒をひしゃいでマナの額を強打した。
「うあッ――あ、ががが……ッ!」
 その直撃に額を押さえ、大きくその身を仰け反らせるマナ。
「―――むん!」
 地に下りたキリンジは、構えた槍をそんなマナへと向けたまま、その後の動向を窺う。
 この少女なら、骨の一本や二本が折れたところでも襲い掛かって来かねない。だとすると、彼女に対して一番有効となる攻撃は、『何らかの方法によって失心させてしまうこと』こそが何よりもの手段に思えた。
 そしてかの一撃を額に受けたマナはしばしそこを抑えて悶絶すると――やがては仰向けに倒れて、微動だにしなくなった。
 それと同時に静の魔法の効果も消え、ニコも体の自由を取り戻す。
 そうして改めて見下ろすそこに、完全に失心したマナを確認して――
「――任務完了だな」
「やったぁ! お疲れ、ニコちゃん!」
「うん! って、その呼び方は……あぁ、もういいや」
 三人はそれぞれに掲げた手の平を打ち鳴らして、この勝利の歓びを分かち合うのであった。




―――――――――


 マナ撃破に沸く一同の場に、クアンがいないことに静は気付いた。
「そういえばクアンちゃんは?」
 そうして辺りを見渡して探す静の目に――今までマナが立っていた船首の上にて、両手の中を見つめているクアンの姿を発見した。
 その手の中にはヤマタノオロチの分身。淡く柔らかな蒼の光を放つそれに見入ったままクアンは微動だにしなかった。
「美しい……」
 そして誰に語るでもなく呟く。
「こんな光だけでも、こんなちっぽけなだけでもここまで心を奪ってやまない……もしコレを手に入れたのならば、これ以上に美しい光景を私は見ることが出来るのだろうか……」
 そうして徐々にその光を顔に近づけていくクアンへと、
「クアンちゃん、どうしたの?」
「――ッ!?」
 その元へと近づく投げ掛けられる静の声――それに、クアンも我に返りそこから顔を上げた。
「わ、私は何を考えていたのだ? こんなものに」
 そうして正気に戻ると同時、改めて先ほどまでの、コレに心を奪われていた自分を思い出す。思い出して――
「な、なんだこんなもの! こんなものに心奪われるなどどうかしている! ばか者め!!」
「く、クアンちゃん?」
 頭をかきむしって自責するそんなクアンの様に、静もなんと言葉を掛けたら良いものか対応に困る。
 そして、
「静! こいつを壊してくれ。今すぐにだ!」
 そんな静にはお構い無しに振り向くと、クアンはその目の前にかのヤマタノオロチの分身を差し出す。
「え、ええ? ちょっと待って。急にそんな役を任されても私――」
「いいから! 誰がやったって同じことだ。一刻も早く、コレをどうにかしたい」
「でも、一応みんなに聞いてからさ。ね?」
「あーもー、じれったい!」
 やはりかの分身に触ることに抵抗があるのだろう。のらりくらりとクアンの要求を避け続ける静に、ついにクアンも業を煮やす。
「いいから、早くどうにかしてくれ! そぅら!」
「え? わ、わぁー!?」
 そしてそう言い放つや否や――クアンは静へと、その分身を放り投げた。
 蒼の粉を星の河の如く宙に振り撒きながら静の元へと落ちてくるヤマタノオロチの分身。それを前に静の体は反射的に木刀を構え、次の瞬間――
「――せい!」
 そこから振り落とされた一撃は、その宙でかの分身の結晶を粉々に打ち砕いていた。
 それに弾けて分身は一瞬、その中に『勾玉』と蛇の影を映し出すと――四散し蒼の結晶を、粉雪の如く一帯に降り散らすのであった。
「この光景にだけは、心奪われるな」
「うん。凄くキレイだ」
 そうして降り注ぐ結晶の中、キリンジとニコも空を見上げる。
 その時であった。
「あはは、雪。雪だぁ。キレイだよ、キレイだよぉ」
 何者かの、無邪気にはしゃぐそんな笑い声が二人の耳に届く。
 最初は静かクアンのものだと思った。しかしながら二人は目の前で何やら話し合っている。ならば声の正体は誰だ?
『お前か?』、というキリンジの視線を受けて。首を振るニコ。
「取れるかな、取れるかな? 集めたいよぉ」
 そうしてその声に振り返る二人の視線に入ってきたものは――
「ま、まさかッ――!?」
 地に尻と内腿をつけた状態で、必死に空からの結晶へ腕を振り回すマナの姿があった。
「こ、コイツ! もう復活してる!?」
 そんなマナの言動に、得物の長竿を構えるニコ。しかしそんなニコをキリンジは手で制した。
「待て、様子がおかしい」
 そうしてマナへと近づいてゆき、キリンジはその元へ屈みこむ。
「おい、マナといったか? 俺が判るか?」
 そしてそんなキリンジの問いかけ小首を傾げ、そこからそれに返されたマナの答えは、
「おじさん、だぁれ?」
 先ほどまでの鉄面皮からは信じられない、そんな多分に幼稚化したマナの返事であった。
「ど、どうしたんですか?」
 その異変に気付き、静とクアンもその元へ駆け寄る。
 そして同様にマナの幼児帰りを目の当たりに、息を飲んだ。
「あれ? ここはどこ? お家は? お姉ちゃん達はだぁれ?」
 そうして一同に取り囲まれてることに不安を感じ出したのか、急にその素振りをせわしなくさせるマナ。そしてその緊張が頂点に達するや――
「いやあ! もうお空が真っ暗! お家に帰りたい、お家に帰りたぁい!!」
 その瞳から大粒の涙をボロボロとこぼし、マナは声を上げて泣き出してしまった。
 そんなマナの様子に慌ててその元へ屈みこみ、あの手この手であやそうとするニコと静。しかしながらそれらも逆効果のようで、より一層に声を張り上げる様にキリンジもため息をついて立ち上がった。
 そんなキリンジへと、
「おーい、キリンジはーん!」
 何者かの声が、その名を呼んで海岸に響き渡る。
 振り返ればそこには渚の姿が。波打ち際に乗り上げさせたモーターボートから降り、こちらへと向かってくる海組の一同が見えた。
「渚、それにヌコロフ。全員無事か?」
「うん、バッチリなのね♪ 敵の森羅万衆は撃退させたし、こっちの分身もちゃんと処理したんだなぁ」
 その再開に声を明るくさせる両名。それと同時に、
「そうか。それはそうと、そっちのタクミは大丈夫なのか? 見たところ、かなり疲弊しているようだが」
 ヌコロフの肩を借り、満足に立つことすら出来なくなっているタクミに気付いてキリンジはその安否を問うた。そんな彼の言葉を受け、渚がタクミに変わり、ことの一部始終を話して聞かせる。
「まず最初に、海上にヤマタノオロチの分身が現れたことと、ほんでそれを狙う新たなライジンの刺客に遭遇したことを報告します」
「やはり出たか」
「はい。それちうのもどなたはんも無い、しおさい庵の女将はんであるレイシアはんが刺客――森羅万衆・水のレイシアでおたんや」
 その報告の、あまりの慮外な展開に思わずキリンジもうめきを漏らす。
 かの女将レイシアは、先の宴会や宿でのもてなしにおいて、幾度も接近を許していた人物であった。それ故に彼女の正体を知ることは己の未熟さを恥じると同時、あの邂逅には敵(自分)を欺かせる為の演技も入っていたこともまた知らされたようで、どこかキリンジの心を重くさせるのであった。
――敵(かたき)と知りつつ、もてなしていたのか……
 そして同時に、考えてもみればあのチハヤやナユタがいたことからも、彼女の正体を見極めることは十分に予想可能であったことにも気付き、なおさらキリンジはため息を重くさせた。
「その後は沖で大決戦です。相手のフィールドっちうことで苦戦もしたんやけど、タッ君のおかげで何とか勝利ですわ。ヤマタノオロチの分身も破壊してきました」
 そんな渚の報告を全て聞き終え、
「そうか。大変であったな、タクミ」
 キリンジも大きく息をつきながらその肩に手を置いて労う。
 しかしそんなキリンジに顔を上げ、
「どうってことはありませんよ。軽いもんです♪」
 そう返してくるタクミの表情には――今までに無い自信に満ちた輝きと、そして生命力の強さとが漲っているように見えた。
「――悩みは、解決したようだな」
 そんなタクミのことを察し、キリンジも笑みが浮かんだ。
「はい。キリンジさんのアドバイスが利きましたよ。ありがとうございました。そして心配かけてスイマセン」
 そうしてそれに応えるように見せるタクミの大きな笑顔――ようやく彼は、『タツジン』としての自分を受け入れたようであった。
「それはそうと、キリンジはん。そっちの方はどうやった?」
「まぁ、色々とあったさ。話せば長くなるが――」
 渚に自分達の首尾を訪ねられ、キリンジはその視線をニコと静の居る方向へと向ける。そうしてそれに釣られて向ける一同の視線の策にあったものは――メンバーの取り囲むその中心で、内腿と尻をぺたりと地に付けて座り込んでいるマナの姿であった。
「誰なんだな、あのカワイ子ちゃんは?」
「国連軍陸軍軍曹・渉里 真夏――今回この地へと、国連軍の特殊部隊を引き連れて来た張本人だ」
 ため息混じりにそう次げて、キリンジはことの始終を話し始めていく。
 それらを聞きながら件の少女・マナへと近づいていく一同。そしてそのマナの前に立つと、
「ん? ――これは」
 ヌコロフは彼女の前へと出てその顔をまじまじと見つめた。それに対してマナも小首を傾げてヌコロフを見つめ返す。
「カバさんはだぁれ?」
「ボキはヌコロフって言うのよ。お嬢ちゃんはお歳はいくつなんだな? 答えられる?」
 何を考えてかマナにその年齢を尋ねるヌコロフ。そして彼女から返されたその答えに場の一同は驚愕することとなる。
「マナ? マナはね、7歳になるんだよ」
『な、7歳ッ!?』
 改めて見るマナの全体。
 やや痩せずぎの感はあるものの、身長170cmを越えるであろうスレンダーなボディは十分に『大人の女』としての成熟を果たしているように思えた。その歳とて一見しただけでは明らかに二十歳以上――どんなに幼く見積もっても18が限度であるように思えた。
「何を言ってるんだ、この娘は?」
「もしかしてキリンジのおっちゃんがあんなに強く頭を叩いたから、それでおかしくなっちゃんたんじゃない?」
「そういえば凄い音しましたもんね。ドカンッ、って」
「わ、私だけに責任を押し付けないでくれッ」
 この少女の今後に関わる問題だけに、その張本人であろうかも知れないキリンジもさすがに動揺を隠せない。
 しかしそんな一同の騒ぎようとは裏腹に、
「………アップリコ」
 少女と向かい合っていたヌコロフは、これまでに聞いたことの無いような重く沈んだ声でそう呟いた。
「え? おっちゃん、今なんて言ったの?」
「『ア プリコシャウス チャイルド』……計画は本当だったか」
 ヌコロフの呟きを問うニコの傍らで、渚もまた沈んだ声でため息をついた。こちらの表情にはヌコロフと違い、明らかな嫌悪の表情が溢れている。
「『早熟な子供』、がどうかしたの? 渚君」
「……彼女はね、軍が作り出した『人造人間』――いや、『改造人間』と言った方が正しいかな」
『改造人間ッ!?』
 そしてタクミに返された渚の言葉に、一同はまたも揃って声を上げた。
「たしかにコイツ、すごい動きしてたけどさぁ。じゃあ何? このマナの体の中には機械が入ってるの?」
「それはサイボーグなんだな、ニコ。彼女はその筋肉や骨格をいじられているのよ」
 そしてヌコロフと渚はそれぞれにこの改造人間・『アップリコ』の説明をしていく。
「犬と人間の筋肉の量を比べた時、人間が600なのに対し、犬はその66倍以上の4万を越える筋量を持つといわれている。先の獣化現象以降、僕達獣化人類に飛躍的な身体能力のアップがあったのは、それら動物の筋量を手に入れたからだ」
 説明する渚の口調から、あのおちゃらけた大阪弁が消えた。それほどにこの話の内容は重く深刻である。
「それは傷の回復力もそう。前の人間だった時には信じられないスピードで傷も治るし、何よりも最近病気になりにくくなったと思わない? 各種の免疫も人間であった時に比べて、格段に高くなっているんだな」
「つまりはそれは、驚異的な新陳代謝の賜物だということ。――軍はその獣人の特異体質性に目をつけた」
 そこで登場するのがかの子供――『ア プリコシャウス チャイルド』こと『アップリコ』である。
 子供の成長とはすなわち、新陳代謝により細胞の入れ替えである。一般的な人間は、2歳から15歳までの間に脱皮にも等しいスピードでそれを繰り返して成長していく。そんな子供の成長力のメカニズムと、そして獣人の持つ回復力の速さに軍は目をつけた。
 軍は成長期の盛りにある子供に様々な外科手術を施す。それは骨延長の処置であったり、はたまた筋移植であったりと、倫理的に絶対に許されてはならない処置を――まさに『改造』を行うのだ。
 従来ならそんな負荷に人間が、ましてや子供が堪えられるはずもないが、こと『獣人』は違う。全てが全てとは言いきれないものの、それら外的処置に耐え、成長を完成させる子供が出てくる。これこそがアップリコの素体となるのだ。
「そうして造られた子供はその後さまざまな訓練を化せられる。その肉体に見合った行動力を身につけられるよう、体力作りは元より頭脳教育に到るまで、まさに機械を作るように教育されていくんだな……」
「そしてそれら全ての教育を終えた子供にはその最後の締めくくりとして、脳部前頭葉に電脳チップを植え込まれる――かくして忠実な改造人間・『アップリコ』の誕生さ」
 それら説明を聞き終え、誰一人として言葉を発せられる者はいなくなっていた。事実静は、込み上げてくる吐き気を必死に抑えるあまり、ろくに呼吸すら出来なくなっている。
 そして、
「な……なんだよ、それ! そんなことが、そんなことが許されてるって言うのかよ!?」
 かのメンバーの中で一倍最初に声を上げたのは――吼えたのは誰でもないニコであった。
「この戦争は、大切な人を守るためのものだろッ? それなのに仲間を――こんな子供まで犠牲してまで軍の奴らは、何を守ってるって言うんだよ!?」
「……本当に申し訳ない。申し訳ない」
 そして誰に掛けられるでもなく叫ばれたニコ言葉に、誰でもない渚が小さく応えていた。
 そんな渚の反応に、
「渚君――君は本当に何者なんだい? もうそろそろ明かしてくれてもいいんじゃないかな、その正体を」
 タクミはその隣から渚へと訊ねていた。そしてその問いに渚が答えるよりも早く、
「陸軍大佐・神城 渚―――それが彼の正体なんだな」
 それに答えたのはヌコロフであった。
「ヌコロフ――そういえば、彼を見張ろうと提案したのもキミであったな。最初から気付いていたのか?」
「ううん。最初は『どこかで聞いた名前』程度だったんだなぁ。彼のことを思い出したのは宿で会った時。でもその時はまだ確信がもてなかったから、黙っていたのよ」
 その後、深夜の露天温泉にて彼の傷だらけの体を見るに到り、ヌコロフはこの渚が『陸軍大佐・神城渚』であることを確信したのであった。
「しかしながら、なぜその大佐がこんなところにいる? お前もまた、先の国連軍の尖兵ということか?」
 極めて落ち着いた様子で渚に尋問をするも、そのキリンジの口調からはどこか怒りや憤りを抑えた気配が感じ取れた。先のアップリコの説明に業を煮やしているのは、彼もまた同じである。
「結論から言うと、違いますよ。僕は独断で、単身今回のライジン調査に挑んでいます」
「どのような理由で?」
「それは、個人で思うところがあるからですよ。皆さんだって同じでしょう? 少なくとも、かの国連軍と志を同じにしているというわけではありませんから。ご安心を」
 そう言いながら
――軍部でも噂だけが先行していた『アップリコ計画』。それがもはや実戦に
  投入されているとはね。……事は、ライジンだけに留まることではなくな
  ってきたようだな。
 その明るい表面の裏で、渚は今後のライジン調査の雲行きに不安を感じずにはいられなかった。
「じゃあ渚さん。あなたの何か特権で、この軍部のやり方を変えることは出来ないんですか? 詳しくは知りませんけど、『大佐』さんって偉いんでしょう」
「ところがね、静さん。そう簡単にいく問題じゃないんですよ。今回の対ライジン部隊であるところの『国連多国籍軍』は、従来の軍部からは独立した組織なんです。多くの傭兵を無国籍で抱きかかえていることからも判る通りにね。ゆえにそこにおける従来の軍での階級や特権は何の意味もなしませんよ」
「でも――それじゃあ『従来』の軍部へは顔が利くということですよね。そちらの方面から交渉などは出来ないんですか?」
「それも怪しいかもしれませんね。僕のことは昼に報告がされているだろうから、その従来の権限ですら使えなくなっているかも――場合によっては除隊だってあり得ます」
 期待しない方がいいですね――とういって会話を締めくくる渚の言葉に一同は深くため息をついた。
「さて、あとはアレをどうするかだな」
 そうして再びマナへと話を戻す。そしてそれと一緒に視線を向ける先には
「あははッ♪ ピンクのかばさん、かーわいー♪」
「んがががが!? ひ、ひっぱちゃダメ! 女の子がそんなとこひっぱちゃダメなんだなー!!」
 マナの手の中ですっかりオモチャにされているヌコロフの姿があった。その無邪気さとは裏腹に、改造人間である彼女の膂力は遊びといえども容赦なくヌコロフを攻め立てていた。
「彼女の洗脳が解けたのは、おそらくはキリンジさんの一撃が脳内のチップの機能を停止させたからでしょうね。――問題は今後彼女をどうするかです」
「どうするって――このままここに置いてったら、また軍の奴らに利用されちゃうんだろ? だったら一緒に連れて行こうよ! オレも世話するからさ」
「私もニコちゃんに賛成です。せっかく助け出したこの子を、またあの軍に戻すだなんて出来ません」
「そこなんだけどねぇ……」
 ニコと静の言葉に渚も頭を掻く。
「その子は、僕達の存在を軍知らせる『鈴』になりかねないんだ」
『鈴ぅ?』
「――あぁ、そういうことか」
 渚の言葉に首を捻る一同をよそに、タクミはその真意を察する。
「どういうことだ、タッ君?」
「このマナさんの脳にはチップが埋められてるって、さっき言ったよね。そのチップが洗脳の役割だけでなく、彼女の現在地を特定する為の発信機の役割も果たしていたとしたら――彼女と行動を共にする僕達は、随時その居場所を軍に知らせてしまうこととなる」
 ましてや、『アップリコ計画』はその存在自体がブラックボックスであるのだ。もしかしたら、一同の想像を超える更なる仕掛けが、このマナの中に仕組まれているとも判らない。
「じゃあどうするのさ。オレは絶対にヤダからね、マナをここに置いていくのは」
 それでもしかし、ニコは頑としてマナの保護を強く主張した。
 誰もが悩んでいた。
 倫理と利害の板ばさみになり、そんな理想と現実の狭間で自分達人間はいつもか細く息をして生きている。人ゆえに人間は悩むのだ。
「ならばこうしよう」
 そのなかでキリンジは提案する。
「ヌコロフ、君が決めてはどうだ?」
「んあッ?」
 そんなキリンジの言葉に、その口の両端を広げられ遊ばれていたヌコロフは大きく訊ね返す。
「ボキが決める?」
「そうだ。幸いにもマナは君に懐いている。それに元軍属の君ならば、今後の彼女の同伴についても正しい判断が下せるだろう。――今ここに君が置いていくというのなら私達はそれで構わない。決めてくれ」
「そ、そんなこと急に言われてもぉ……」
 突然のそれに、明らかに困惑の表情を浮かべるヌコロフ。
 もちろんこの選択をヌコロフに任せることには、キリンジなりの考えがある。
 いつの戦局・状況においてもヌコロフの判断が間違うことは無かった。そんな彼の洞察力を買っての判断であった。
「よく考えてね、ヌコロフ。僕らの今後が掛かっていることだから」
「オレは絶対に連れて行くからね。そうだよね、おっちゃん?」
「私もニコちゃんと一緒です。この子の不幸を知りながら放っておくことは出来ません」
「どうやろうなぁ。正直に連れて行くのも危ない感じはするし」


「さぁ、どうするヌコロフ」
「う、あうううううう………ッ」


 向かい立って正面からは問い詰めてくる一同。そしてその後ろには
「かばさん、ヌコロフって言うんだー。あたしはマナだよ、よろしくね。かばさん♪」
 これ以上にない無邪気な笑みを見せてくるマナ―――


 まさに命運分かれ目の岐路に立たされた一同―――明日はまだ、見えない。






                          [ 第4回に続く ]

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【 マスターより 】

 大変お待たせしました。
 どうにかギリギリに第3回目リアも発行することが出来ました〜。
 次回の舞台は『学園偏』となります。それに加えて『発情期』のイベントもあり、来月もまた、皆さんPLの腕の見せ所となります。本アクション及び日常アクション、気合の入ったアクションを期待しております♪

 でわでわ、また来月に。



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