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高天原・天神嶺コミュの【 第一ターンリア・『はじまりの朝』 】

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第1ターンリアクション             ■ 担当:たつおか ■



              『  はじまりの朝  』




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――――――

 深夜とはいえ、東京・浅草の街中に人影は一切なかった。否、むしろこれは正しいことか。
 しかしながら一昔前では考えられないことであったと、田中 静(たなか・しずか)はそんな異世界の如き静寂の街中を歩きながらそんなことを考えていた。
 振り注ぐ月光に彼女の金の毛並みがキラキラと輝く。
 彼女・静は人間でありながら、その容姿は人とは大きくかけ離れていた。
 こめかみの上から生える丸みを帯びた両耳と高く伸びた鼻頭。鼻筋の下で二又に分かれた上唇と、ゴムパッキンを連想させるかの如き黒く縁取られた唇が口枠を覆う面相はさながら獣――ライオンのそれに酷似していた。
 変化は顔だけではない。
 今の静は自分の通う学校のブレザー上下に身を包んでいるが、その下の体にもまた、人間の頃には信じられなかった金の荒く強い剛毛が全身を包み込んでいる。
 しかしながら、そんなおおよそ“人”からかけ離れた容姿・面相を持つのは、この静だけに限らない。今この世界中の人類は皆、それぞれに何らかの動物を模した“獣人”にその姿を変えているのであった。
 ふと静は立ち止まり、右肩に担いでいたラクロク用のスティックカバーを担ぎ直す。そうして小さなため息交じりに見上げる空には―― 一個の巨大な浮島が、天を占領している様が見て取れた。
 これこそは『高天原』と呼ばれる、正体不明の浮遊物――人類とは違う人類の、“国”であった。
 今より一年半前の1999年3月24日、この浮島は突如として東京都上空に現れた。そして異変はそれだけに留まらず、その2日後には世界中の全人類が、かの“獣化”を果たしてしまったのだ。
 自体はそれだけに留まらなかった。
 さらにその3ヵ月後にはかの浮島・高天原より、地球人とは違う新たな人類――“来人(ライジン)”が地上へと舞い降りた。
 かくして人類は、有史以来初めて異人類とコンタクトを取ったわけであるが、しかしそれは何世紀もの間、人が夢見てきたような友好的なものではなかった。
 ライジンはかの獣化現象が自分達の手によるものであることを告げると、さらには日本の占領も人類に申し付けてきた。
 当然の如くそんな理不尽な要望に応えられるはずもなく交渉は決裂――かくしてかのライジン・高天原軍勢と、そして人類とによる全面戦争が始まったのであった。
 その最中、戦争のとばっちりを受けてクラスメートを亡くした静は、自分だけが生き残った意味を今日まで思い悩んできた。そしてそんな悩みを解決させるべく自分で出した答えこそが、『ライジンに会う』ということそれであった。
 それによって自分の求める答えが得られる事と、そしてあれ以降笑えなくなってしまった自分が変われることを、静はそれとの出会いに求めようとしていたのだった。
 幸いにも新しいクラスに軍事関係者の親を持つクラスメートが一人おり、彼女との世間話で今夜、あのライジンがここ浅草の浅草寺に出没するかもしれないことを掴んだのであった。
 そうこう歩くうちに静は浅草寺の宝蔵門前へと辿り着く。
 実はここである人物と待ち合わせをしているのであった。
 そんな“ある人物”の姿を探し、その周辺を見渡す静へと、
「静姉ちゃんッ」
 まだ変声期を迎えていない、少年の高い声が掛けられた。
 そして振り向くそこに、
「あぁ、ニコちゃん。来てたのね」
「もう、その言い方はやめて、っていってるでしょ!」
 静はオーバーオールに身を包んだ少年を見つけて小さく微笑んだ。
「ニコちゃん」と呼ばれて憤慨する少年・香月 仁冴(かづき・にこ)――その姿は、耳の垂れた仔犬を連想させる、ザッシュ族の犬型獣人であった。
 短くざっくばらんにカットしたパサ付いた茶の髪に、低く丸みを帯びた鼻頭。擦り切れて色のくすんだマフラーにくたびれたオーバーオールのいでたちは見るからに浮浪児といった見た目だがその実、形の良い額と通った鼻筋の面相は、小奇麗にしてやればさぞ映えるであろうことも伺いさせる。
 一方の静はどこにでもいる女子高生といった風だ。
 主張し過ぎず形良くカットされたショートカットに、愛嬌のある童顔が良く似合っている。出るところの出た、少しポッチャリとした体型と相成って、思わず抱きしめてしまいたくなるような愛くるしさがこの少女にはあった。
 そんな二人は今から数時間前の夕暮れ時、この浅草寺にて出会った。
 剣道部である静が剣の素振りにここの雑木林を訪れた所へ、彼女をライジンと勘違いして襲ってきたのがこの少年・ニコであった。
 勘違いに気付き落胆するニコを放っておけず、静は今日のライジン探索に彼を誘い、そして二人は今この浅草寺にいるというわけであった。
「それじゃあ行くよ、ニコちゃん! 怪我はしないようにしようね!」
「おーッ! ……って、やっぱりその呼び方なの?」
 静の掛け声に呼応しながらもニコはどこか不満げ。
 ともあれそうして気合を入れると、二人は改めて浅草寺の中へと入っていくのだった。




―――――――

 今宵のその来客の多さに、堺 麒麟児(さかい・きりんじ)は驚くよりも呆れてしまっていた。
 その名の通りキリン――ジラフを模したソーショク族の獣人・キリンジ。立ち上がれば2メートルは越えるであろう筋骨たくましい長い首の体躯を膝下までのロングコートに包んだ彼は、ライジンのことについて訊ねてくるタツジンの少年・稲田 匠(いなだ たくみ)へと、ャクシャの前髪の隙間から一瞥くれた。
 実の所、本日(深夜)かのライジンについて訪ねてきたのは彼が3人目であった。しかもそのいずれも、初見で自分(キリンジ)がライジンだと勘違いされている。たしかにこの世界におけるキリン獣人の割合は少ない。日本おいてはおそらく、このキリンジ一人であろう。それ故に、先の女子高生達といい今の少年・タクミといい、彼への第一声は――
「あのー、あなたライジンですか?」
 で、あった。そんな深夜の来客には驚くよりもただ、呆れるばかりである。
「――人違いだ。だいたい私がライジンだとして、いま君に襲い掛かったらどうするつもりだ? 間違えとはいえ、疑うのならば君もそれ相応の用心をするべきだろう」
 浅草寺境内のベンチのひとつで横にしていた体を起こすと、改めてキリンジは目の前のタクミを見た。
「す、すいません。でもあなた、とっても珍しい種類じゃないですか。そんなあなたを見たら、つい嬉しくなって声を掛けたくなっちゃったんです」
 そう応えてあどけない笑顔を返すタクミは亀をモチーフとした獣人らしかった。
 その最大の特徴でもある亀甲紋の甲羅から頭手足を出したその姿。ころころとした大きな頭と手足の姿は、どこかマスコット的なイメージを思わせる愛くるしさがある。さらには額に装着したゴーグルや、大小さまざまなポーチを取り付けた胴回りのベルトには、彼なりの実用性と美意識が見て取れるようであった。
「それでやられてしまっては元も子もないではないか」
 そんなタクミを見ているうちにキリンジにも笑みが漏れた。どうにもこの少年、人を和ませる能力があるように思える。そんな友好的なその雰囲気は、キリンジの知る“ある友人”のものと良く似ていた。
「ともあれ、私はライジンなど知らんよ。見たこともない。――もっとも、この浅草寺に潜伏しているという噂は聞いたがね」
「あ、あなたも聞いたんですか!? 僕もなんです。それを確かめる為にここへ来たんですが……どうにも遭遇することが出来なくて」
「もしいたとしても、話を聞く限りじゃ隠密行動をしている様子だからな。そうそうタイミングよく現れてはくれないだろう。ともあれ、もう少し調べたら帰るんだな。ライジンとの遭遇はなくても、こんな深夜の一人歩きは危険だ」
「そうですね。あともうちょっと探してみたらそうします。――それから、心配してくれてありがとうございました。また会いましょうね♪」
 そう言って深々と礼をすると、タクミは境内のさらに奥へと歩いていった。
 その後ろ姿を見送り再び横になると、キリンジは大きくひとつ鼻を鳴らした。
「去り際に『また会いましょう』なんて言うんじゃない、まったく」
 呟き、そんな内心のモヤモヤを誤魔化すようキリンジは寝返りを打つ。
 彼の基本的なスタンスは、無気力・無関心それである。他者や、そして自分の命でさえも『軽いものだ』と達観もしている。しかしながらそれらは半面、誰より命の尊さに気付いている裏返しでもあるのだ。軽いもの・壊れ易いものと知るからこそ、ある種キリンジは誰よりもその命の価値に気付いている。
 もっとも彼自身無気力で物事に対しても流動的であるから、そんな自身の“優しさ”や“思いやり”などには気付いていない。気付いていないからこそそれは、座りの悪い“モヤモヤ”となってキリンジに寝返りを打たせるのであった。
 そんな彼へと、
「うう〜ん、今日はどこにも居ないんだなぁ。ライジン達はもう、どっか行っちゃったのかな?」
 新たにどこか間延びしたお気楽な声が掛けられた。
 その声の方向に視線をくれると、そこには子豚――と見紛わんカバ獣人の姿があった。
 その体長140センチというズングリムックリのポッチャリボディに、ピチピチのアニメTシャツを着込んだその姿。黒ずんだ表皮は常に汗でテカりを帯びており、表情には絶えずおっとりとした温和な笑みを満ちていた。
 そんな彼の名はヌコロフ( ― )。彼こそが、先のタクミとの会話中にキリンジが連想した、“ある友人”その人であった。
「そのライジン以上に、今夜は別の来客が多いようだぞ」
「へぇ? 誰か来たのね?」
「一番最初はニコと、『シズカ』とか言う女子高生の二人組が来た。相変わらずチビだな、あいつは」
「へぇ、ニコが? そういやお昼にも、宝蔵門の前で会ったんだなぁ」
 かのニコは二人の共通の知り合いである。この3人は、互いが浮浪者同士というコミュニケーションを持っている。
「その時キミは、何かアイツに言ったか?」
「うん。『ライジン見なかった?』って聞かれたから、『浅草寺で見たよ』って答えたんだな。話も途中で走ってっちゃったけど」
「情報の出所はそれか。その話を聞いて、ここに乗り込んできたんだな。女子高生とはどういう経緯で知り合ったかは知らないが」
「もしライジンが出た時、二人は大丈夫かなぁ?」
「ニコがいれば心配は無いだろう。あぁ見えて、腕は立つ。逃げ遂せるくらいは出来るはずだ。それよりも気に掛かるのは、3人目のヤツだ」
「3人目ぇ? 確かに今日はずいぶんと多いんだなぁ、お客さん」
 ベンチから起き上がるキリンジのタイミングを見計らうと、ヌコロフはその隣に腰掛けた。
 そしてそのヌコロフへとキリンジは先ほどまでのタクミとのやり取りを彼に話して聞かせる。そんなキリンジの話に、
「んあ? 『タクミ』ぃ!? それ、タッ君のことなんだなぁ!」
「知り合いか? ――ということは、あちらの情報源もまたキミか」
 思わぬ繋がりと、そしてまたしても第三者をこの地へと呼び寄せた原因がヌコロフであることを知り、キリンジは深くため息をついた。
「タッ君はボキの友達なんだな。初めてのお友達♪ 今日の昼にね、会ってたの」
「ならば、ヌコロフ。そのタクミの元へ行って、彼を送り届けてやってくれないか? 私はここにてライジンを待たなければならない」
「ん? 珍しいね、チミがそんなこと言うなんて」
「万が一にも何かがあったら迷惑だ。ここで事件が起きようものなら浮浪者(わたし)達は住処のひとつを追われてしまうことになるぞ。そんな干渉はゴメンだ」
 先にも述べたよう彼は他者には無関心である。しかしあの少年・タクミとは言葉を交わしてしまった。『また会いたい』と微笑まれてしまった。そうなってしまっては――もはやキリンジの中での彼は“他人”ではないのだ。放ってはおけない。
 そして自分では会いに行かない所がまた、彼らしいところでもあった。
 それを知るヌコロフであるから、
「うふふ、いいのよ。じゃあ行ってくるのね。キリンジのそういう所がボキは好きなんだなぁ♪」
「どういうところだ? まったく、元はといえばキミが原因なのだぞ」
 イタズラっぽく笑って見せると、彼もタクミの後を追って同じく境内の奥へと消えていった。
「まったく、今夜は調子を狂わされてばかりだ」
 そしてそんなヌコロフを見送ると、キリンジは再びベンチに横になって鼻を鳴らすのであった。




―――――――

「う〜ん。やっぱり、そう都合良くは行かないかぁ」
 キリンジと別れてから30分あまり――誰に遭遇することもなく境内を歩き回っていたタクミは、立ち止まり小さくため息をついた。
 今日の昼間、友人であるヌコロフと会った際にタクミはこの浅草寺にライジンが出るかもしれないことを聞いていた。おまけに昼には独自のルートからもライジンと思しき少女の二人組と遭遇していたことからも、ここ浅草寺に残って調査を続けていたが――ここには先のキリンジ以外はネコの子一匹としていなかった。
「ネットで情報得られないかな? 何か更新されてるといいんだけど」
 休憩の意味合いも含めて、タクミは肩掛けカバンからノートパソコンを取り出し、携帯端末からWebにアクセスする。このPCとそしてインターネットブラウザ自体、全てタクミのハンドメイドであった。特にインターネットブラウザに関しては一部違法開発(ハンドメイド)の強みか、従来の市場に出回っているものと違って実に量を多く、そして多用な情報を得ることが出来る。
 まずは行きつけである、ライジンに関する情報交換掲示板を覗く。この掲示板の常連であるタクミは、同じく古参の『シズカ』というハンドルネームの人物と頻繁にやり取りをしていた。そして夕方以降覗くヒマがなかったにその掲示板には――

[ 2000/08/12(Sat) 21:41   1299・新情報    お名前:シズカ
>タクミさん
   都内某所・S寺にてライジンが集うという情報を得ました。メールください。 ]

「うわ、やっぱり今回の情報は本物っぽいなぁ。だとすると、もしかしたらシズカさんも来てるってこと? ってことは、僕の前にキリンジさんに尋ねてきた人達って、シズカさんのことなんじゃ……」
 思わぬその情報にまだ見ぬ『シズカ』との出会いにも心ときめかしたその時、
「おお〜い! おお〜い、タッくぅ〜ん!!」
 遥か後方から聞き覚えのある声が響いてきた。
「あれれー、ヌコロフー! キミもいたんだ?」
「んもー、『いたんだ?』じゃないんだなぁ」
 思わぬヌコロフとの再会にタクミも瞳を輝かせた。
「もーもーッ。タッ君は戦闘経験も無いのに、こんなところうろつくのは危険なんだなぁッ。本当にライジンが出ちゃったらどうするつもりだったのぉ!?」
「あぁ、ゴメン。ゴメンね、ヌコロフ。昼間に君の話聞いたら居ても立ってもいられなくなっちゃってさ」
「本当に困った子なんだからッ。――でも何事も無かったのは良かったのよ♪ 今夜はこの調子だと出そうにないしね」
「そうだねぇ。残念だけど、今日は諦めるしかなさそうだね」
「うんうん。夜も遅いし、もう帰った方がいいんだな。キリンジもタッ君のこと心配してたし、おうちまで僕が見送っていくんだなぁ」
「えッ? キリンジさんが僕のこと心配してくれてたの!? わはー、嬉しいなぁ♪ 今度、改めて会いに来ちゃお」
「うう〜ん、僕はジェラシーなんだなぁ」
 期せずして二人の間に笑い声が上がる。
 そうして帰路につこうと歩き出したその時であった。
 二人の行く道の十数メートル先から、別な人影がこちらへと歩んでくるに二人は気付いた。
「な、なに? もしかして――ライジン?」
「タッ君、下がって!」
 それを前にヌコロフはタクミの前に出ると、得物のブーメランを構える。
 境内の道すがら等間隔に配置された街灯が、さながら舞台装置のよう、闇の彼方から来る人影それの恐怖を演出するかのようであった。
 そんななか徐々に近づいてくる足音は大きくなり、そしてついに目視できる距離にまでそれは近づき、街灯の光のもと露になったそれは――
「――ん? あれれ、ヌコロフのおっちゃん」
「んあ? ニコ、なのね?」
 そのやり取りの通り、ニコとその傍らに立つ静の二人であった。
「そっかー、そういや『今日はニコ達も来た』ってキリンジも言ってたんだなぁ。まだ捜索してたのね?」
「うん。一通り見て回ったけど、特に怪しい奴等はいなかった。空振りっぽいなぁ」
 現れたそれが顔見知りであったことに安堵しながらヌコロフは武器をしまう。このメンバーの中じゃ一番戦闘経験の多いヌコロフとはいえしかし、その実は一番戦うことが嫌いだったりする。ともあれ、変に戦闘にならなかったことに改めてヌコロフは安堵のため息をつくのであった。
 それと同時にその傍らに立つ女子高生・静にヌコロフは気付く。彼女は自分もキリンジも知らない人物であった。
「ニコ、ニコ。その隣のカワイ子ちゃんは誰なんだな? 紹介して欲しいのよ」
「ん? あぁ、この人は静ねーちゃん。オレの人探しを手伝ってくれてる人なんだ」
「あ、は、初めまして。私、田中 静といいますッ」
 ニコの紹介に慌てて頭を下げるライオンの少女・静。そんな彼女にヌコロフが反応するよりも先に、
「『静』? もしかして、“高天原通信”の常連の『シズカ』さんッ?」
 その後ろに控えていたタクミが前に乗り出して尋ねていた。
「は、はい。そうですけど――なぜそんなこと知ってるんですか?」
「うわ、本当に静さんだったぁー! うわー嬉しいな、本当に出会えるだなんて♪」
 そんなタクミの熱のこもった反応に戸惑いながらも答える静を、タクミはさらに彼女の手を取って喜びに飛び跳ねた。
「あ、ごめんなさい。つい嬉しくなっちゃって。僕もあそこの常連で、いつも掲示板に書き込みしてる『タクミ』っていいます。初めまして♪」
「え? あの『タクミ』さんですかッ? じゃあ今日の書き込み、見てくれたんですね」
 そんなタクミの自己紹介に、ようやくシズカの顔にも笑みが満ちる。
「ゴメンね、今日のカキコは今チェックした所なんだ。今回の情報は、ここにいるヌコロフから独自に教えてもらったものなの」
「えへへー、ボキなんだなぁ♪」
「だけどさぁ、結局おっちゃんの情報もカラ振りじゃん」
「うぅー、申し訳ないんだなぁ」
 ヌコロフとのやり取りに場から笑い声が上がる。
「じゃあ、今日はもう遅いし帰るんだな。タッ君はボキが送っていくから、静ちゃんはニコがエスコートよろしくね」
「『エスコート』ぉ? 何それ?」
「男の子がね、デートの女の子を送り迎えすることよ」
 聞きなれない単語の意味を耳元で静に教えられ、途端ニコの顔が赤みを帯びる。
「デ、デデデ、デートじゃないよッ! い、行くよッ、もう!」
 そんあ言葉と静に恥ずかしくなるやら緊張するやらで、すっかり動きがぎこちなくなっているニコに皆が再び笑顔を見せたその時であった。
 静寂の浅草寺に――絹を裂くような女性の叫び声が響き渡った。
「ッ!? な、何なんだな!?」
 その声に振り返り、そして辺りを見渡す一同。
「伝法院の方から聞こえたようです。どうしますかッ?」
「少なくとも、僕達の知り合いじゃなさそうだし、もしライジンと遭遇しちゃったとかだったら大変だね。行こう!」
 静の問いかけにタクミが応えたと思うと、率先して彼は声の聞こえた方向へと駆け出していた。誰かのピンチを放って置けないということも然りながら、それ以上に『もしかしらライジンかもしれない』という期待も強かった。
 そうしてすでに数メートル先を走るタクミへと、
「タッくーん、待つんだなー。そっちじゃないよぉー! ……あぁ、やっぱり出ちゃったんだなぁ、ライジン」
 その背へと声を掛け、同時にヌコロフはため息をつくのであった。




―――――――

 伝法院――住職が寝起きする居住を『本坊』といい、ここ浅草寺の総本坊がこの正式名称『伝法心院』それであった。
 この伝法院の裏手には多くの樹木や水辺を設えた総坪数4000を越える庭園が広がっており、そんな庭園の一角――静が毎日の日課である素振りに訪れる、雑木林の中の広場こそが、今回の騒動の中心であった。
 駆けつけた一同がそこで見たものは4人のライジン兵と、そしてその中央にいる少女二人組の姿。
「下がれ、下郎供! このお方を京帝スオウの一子、シュラ様と知っての狼藉か!!」
 騒動の中央、二人いる少女のうちポニーテールの少女の怒号が、取り囲む兵達へと掛けられる。
 その言葉、そして気迫に一瞬兵達も気圧されしたようであったが、すぐに自分の得物を構えなおすと、ジワリジワリ二人を取り囲む円を縮めていった。
「くッ……ここまで来て!」
 そして囲みの一人が地を蹴り、背後からポニーテールの少女に襲い掛かった次の瞬間――
「こんのぉー! 大人しくしろぉー!!」
 さらに別方向から飛んできたニコの飛び蹴りが、そのライジン兵の横顔へとクリーンヒットした。
 突然の乱入者に陣形を崩すライジン達と、そして唖然にとられる少女二人。
「ニコちゃん、危ないよ! あんまり一人走らないで!」
「まったく。無茶してくれるんだな、チミはッ」
 そんなニコの登場に続いて、他のメンバーもまた少女達の元へと辿り着き、それを守るようそれぞれにライジン達と向き合った。
 その混乱の隙を突いて、
「やっと会えたね、二人とも。さぁ、こっちに早く」
「え? あ、うん」
 タクミが少女二人を、すみやかに戦局から離脱させる。
 そうして駆けつけた4人とライジンとが、改めて向き合う。
 極寒の地の狼を思わせるかのような、くすんだ銀の剛毛に包まれた獣人・ライジン。神話や太古の大和朝廷に見られるかのごとき白装束と鉢がね、そして腰元に帯びた刀剣と勾玉(たま)の装飾品の兵装。螺旋を幾重にも凝縮させたかのごとき赤き瞳の紋様のそれは、一同が探してやまなかったライジンそれに間違いはなった。
 それらと改めて対峙し、静は足が震えた。
 まるで自分のものではないかのようそれは縦に横にぶれ、高鳴った鼓動はその音が喉から漏れているのではないかと思うほどに強く胸のうちを叩いていた。
 そしてそれは他のメンバー誰もがそうであるといえた。現に先陣を切ってライジンに攻撃を仕掛けたはずのニコの同様は滑稽なほど見て取れる。
 そのにらみ合いの状況から一歩前へとでたのは、
「話し合いは、出来ないんですか?」
 誰でもないタクミその人であった。
 度胸が据わっているというのか怖いもの知らずというのか、すでにタクミは戦闘前と変わらぬ平静さを取り戻しつつある。人一倍、今日のこのライジンとの邂逅を心持にしていたタクミの為せる業である。
 しかし、そんな彼の想いとは裏腹に――そのタクミの前進を契機に、ライジン一同は揃って剣を抜き、構えたその切っ先をタクミ達へと向けた。
「そんな――やっぱり僕達は、判り合えないのか?」
 半ば予想していたことではあった。しかしその一方で分かり合える事を期待してもいた。そんなタクミの複雑な胸中を察してやるかのよう、
「タクミさん、最初っから分かり合えるだなんて、私たち人間ですら難しいと思います。もしこれからもライジン達と仲良くなりたいと思うのなら、今日のこれも含めてライジン達のことを考えてやるべきです。――とりあえず今は、この場を乗り切ることを考えましょう」
「静ちゃん……」
 立ち尽くすタクミの隣へと、ラクロスのカバーから木刀を抜き出した静が並んだ。
「そうなんだな、タッ君。今ここでやられちゃったら、元も子もないのよ? 全てのライジンがここにいる人達だけじゃないんだから、これから話し合える人達を探し続けていけばいいんだな」
「ヌコロフも……」
 そしてさらにもうひとつ隣に並び立ってくるヌコロフに、タクミも覚悟を決める。
「判ったよ、僕も諦めない。これから何度だってライジン達に語りかけていくよ。今日の日を、僕は忘れない!」
「отлично(アトリーチナ・『上出来』)! ニコはどう? 準備はOKなんだな?」
 タクミの言葉に笑顔で頷くヌコロフ。そして開戦を間近に、緊張の絶頂にいたニコにもヌコロフが声を掛けるが、次の瞬間――
「う、うわああああぁぁぁぁぁ!!!」
 ニコはすでに、ライジンへと向かって駆け出していた。
「あーもー! タッ君、サポートよろしく。静ちゃんはボキに合わせて切り込んでいって!」
「オッケー、任せてッ」
「はい、よろしくお願いします!」
 かくて戦いの火蓋は切って落とされた。
 先陣を切ったニコは得物である長竿(棒)を振り上げると、それを懇親の力を込め目の前の一人へと振り下ろす。
 剣を水平に構えてそれを受けるライジン。甲高い金属音が響き渡る。
 その反撃とばかりに薙ぎ払われる剣撃を、ニコもまた宙でヒラリとかわしてみせた。
 そうして地に降り立ち、再び飛び掛るニコ。そこから踏み込みと同時に繰り出した突きを皮切りに、薙ぎ、振り落とし、そして竿を返して柄尻で打つと、実に多彩な攻撃を仕掛けていく。また敵からの攻撃に関しても、時に受けそしてかわし、払いつつもカウンターを狙うその技量は明らかに13歳の少年のセンスとは思えないほどの立ち回りであった。
――実際に剣を交えてから、格段に動きが良くなった。この子は天才なんだな。地
   道に実力を  積み上げていくタイプではく、ここ一番というぶっつけ本番に
   こそ本領を発揮させる――  才能を花開かせるそんなタイプね。
 ヌコロフはその立ち回りに一人頷く。しかしそれ故に、
――しかしその手合いは自分の経験律に当て嵌らない攻撃には弱い。つまりはラフ
   プレーに対する抵抗が無いのもまた欠点なんだな。
 そう思った矢先、攻撃の合間にライジンから繰り出された飛び道具――いつの間にか握り締められていた砂つぶてを顔面に浴びせられ、ニコは大きくその身を屈ませた。
「くッ、くっそぉ! ずるいぞ、どこだぁ!?」
 突然に目潰しにその一瞬、攻防の流れを見失ってしまうニコ。そしてそこへライジンの一撃が振り落とされようとしたその瞬間―――
『ッッ!?』
 ニコを直撃すると思われた一撃は、何者かの手によって受け止められていた。
 いわゆる“真剣白刃取り”の要領で受け止められたライジンの刃――かの凶刃からニコをかばった人物こそ、
「あ……キリンジの、おっちゃん」
「うかつだぞ、ニコ」
 長く強靭な頚領のシルエット――誰でもない堺 麒麟児その人であった。
 そうして合わせた両掌に剣を捕らえたまま、キリンジの前蹴りがライジンの腹部に炸裂する。その一撃をクリーンヒットされ、その一人は前のめりに地へと倒れこんだ。
「これで、まずは一人だ。残りも一気に叩いてしまえ」
 掌の中の剣を捨てると、キリンジは天を仰ぐよう口を開けてその中に右手を入れる。そしてその喉の奥で何かを掴んだと思うと、そこから身の丈ほどはあろうかと思われる槍を一気に体内から引きずり出した。
『わ、わぁー!!!』
 そんなキリンジの一芸(?)に思わず一同からも拍手喝采が上がる。
 ともあれ新たにキリンジを加えたことにより、戦いはより一層の激化を見せた。
 ライジンの一人が静へと迫る。
 右手に握り締めた刀剣を振り上げて迫るそれを前に、静も両手にした木刀を正眼に構えた次の瞬間――踏み込んできたライジン以上の速力で、すれ違うよう駆け抜けた。
 それと同時、かのライジンの右腕がひしゃげる。次いで腹を抱えるよう前のめりになったかと思うと、最後は仰け反るかのよう体を伸ばし、額から鮮血を吹き上げて地に倒れた。
「んー? 静ねーちゃんの攻撃が、腹と頭に決まったの?」
 さながら踊っているかのようであったその一連のライジンの動きに、目を細めながら先の静の攻撃をニコは分析するが、
「それだけじゃないな。面と胴、さらには小手と突きの同時4連撃だ。虫も殺さないような顔をして、ずいぶんなタマだよ」
 ニコの分析に補足してキリンジは苦笑いをひとつ浮かべる。
 さらにはその一方では、タクミとヌコロフ――そしてそれぞれに一人づつのライジンが向き合っていた。
「サポートするよヌコロフ、切り込んで! ……でもあんまり痛めつけないであげてね」
「手加減できる余裕なんて、ないんだな」
 その掛け合いと共にヌコロフが地を蹴る。それを確認してタクミは、胸の前で両手をかざし精神の集中を行う。それと同時、その周囲の大気から水滴が抽出され浮き上がり、やがてはかざしたタクミの掌の前に集結する。
 そうしてバケツ3材ほどの巨大な水塊にそれが成長するのを見届けると次の瞬間、
「いっけー!」
 タクミが構えていた両掌をライジン達へ突き出すと同時、宙に溜められていた水塊は無数の水の矢となって、ライジン達へと放たれた。
 高水圧を伴った水の矢は、“水鉄砲”などという生易しいものではなく、さながら“レーザー”や“ビーム”といった勢いでライジン達に突き立つ。鋼の刀剣を貫通し、さらには彼らの兵装を貫いてダメージを与えるそこへさらに、
「ヌコロフゥゥッ、ブゥゥーメランッッ!!」
 さならがロボットアニメの主人公のよう叫んで投げ放たれたヌコロフのブーメランが、その二体をまとめて薙ぎ払った。
「やったぁ! ナイス、ヌコロフ!!」
「いやぁ……もう、最初のタッ君の一撃でほとんど終わってたのよ、この人達」
 今のタクミといい静といい、もっとも戦闘とはかけ離れた人物の攻撃が一番えげつなかったことに、ヌコロフは苦笑を禁じえない。
 そうして場にいたライジン4体、全ての駆逐が完了した。
「私が出るまでもなかったか。さて――」
 どこか退屈そうにキリンジは呟くと改めて振り返り、この戦闘の前に非難させたライジンの少女二人を見据える。
 一人は白を基調とした毛並みの少女であった。
 光放つような、まるで真冬の月のよう白く清廉なその毛並みに腰元まで伸びた黒髪が良く映えていた。おそらくは犬型をベースとしているのであろう、形良く伸びた耳と高すぎず低すぎずの鼻頭は、まだ幼さを感じさせるものの充分に、彼女が“美人”に分類される人間であることを物語っているようであった。
 そしてその服装もまた個性的であった。
 その毛並みと同じく白の羽織袴を組み合わせたかのような―― 一見巫女装束を思わせるようなその装いは、どこか高貴な印象を見る者に感じさせた。
 一方、そんな彼女を守るかのよう付き添っているポニーテールの少女は、それとは一変してどこか庶民的な印象を感じさせた。
 こちらも同じく犬型ながらその毛並みは背に掛けて薄茶に、そして前面に白の毛並みを組み合わせたかの如きツートーンだ、鼻頭の周りが白い。
 身長はもう一人の少女の半分と少し上、ニコほどであろうか。着ている物もやはり羽織袴の装いながら、こちらは裾や袖が極端に短くなっており、さながら短パンを思わせるような機動性を重視した造りとなっていた。
 そんな二人が並ぶ今の構図はどこか、“お姫様とそれを守る侍従”と言った構図をキリンジに感じさせた。
「ヌコロフの言っていた『女の子の二人組』とはキミ達のことだな? 少し話を聞かせてくれないか?」
「…………」
 語りかけるキリンジ。しかし侍従然といったかの少女はいまだ、険のこもった警戒するかのような視線をキリンジへと投げかけていた。
「女の子がそんな目をするんじゃない。助けてやったではないか私達は」
 その様子に小さくため息をつくキリンジへと、
「まだ終わっていない――まだ、残っている!」
 少女は依然、威嚇の表情のまま一言。
 その言葉と同時、得も言えぬ“気配”がキリンジの背筋に浴びせかけられた。
「なッ―――!?」
 まるで冷水が腰元から足を伝わって流れていくかのような悪寒。間違いないその“殺気”に、キリンジは得物を構えなおし、背後へと振り返った。
 そこには―――新たなライジンが一人、先に倒した同胞達の中央に立っていた。
 僅かに伏せた面から、上目遣いにこちらを見据えてくる銀狼のライジン。
 その容姿・兵装は先のライジン達とまったく同じ装備ながら、その背から立ち上がってくる闘気・殺気といった雰囲気(オーラ)はまるで格が違う。先のライジン達が“子供”ならば、今目の前にいるそれは“大人”――しかも“武士”といった気配を見るものに感じさせた。
「一番最後にボスが残った、ってところか」
 話し合いが通じそうにないことは、今まで以上に明らかであった。そんな緊張感はより強く、キリンジに槍の柄を握らせる。
「き、キリンジさん――アレは?」
「気を抜くな、静。コイツは先の奴らとは数段格が上だぞ」
 並び立ち静に、依然目の前のライジンを見据えたまま声を掛ける。
 そんな一同を前に――かのライジンもまた刃を抜き放った。




―――――――

 その直後であった――かのライジンが横薙ぎに刃を一閃させると同時、その風圧で土煙が一面に舞い上がる。
「つ、土煙ッ!? どこにッ?」
 思わぬライジンの技に声を上げる静。そして次の瞬間には――
「そんな!? 何て速さ……!」
今までの間合いを一気に詰めてきたライジンが目の前にいた。
 そしてそこから突き出される切っ先を――寸でのところで静の前に飛び出したキリンジがかばい、受け止める。
 静にもキリンジにも、この土煙を見通す目はある。しかしそれ以上に、かのライジンの速力は二人の動体視力を上回るものであった。
 そうして初段を防がれて、再び後退するライジン。キリンジと静も得物を構えなおすと、
「受けに転じてしまっては、スピードの分こちらが不利だ。仕掛けていくぞ!」
「はい!」
 二人は同時に地を蹴った。
 そうして始まる3人の剣劇を前に、
「な、何が起こってるんだよ!? ヌコロフのおッちゃん!」
「うう〜ん、今のボキらにはこの土煙を見通す目はないんだなぁ。とりあえず巻き込まれないよう、ライジンの女の子達を移動させた方がいいのね」
 かの状態での戦闘への参加は危険と判断し、ニコとヌコロフは先の少女達の確保に走る。
 その一方で、3人の撃ち合いは続いている。
 キリンジの突きを受け、薙ぎを切り払い、ライジンは反撃を返す。それは静に対しても然り。2対1の攻防はそうして打ち合い、そして進展がないまま進んでいた。
――くッ……二人掛りならばと高をくくったがこのライジン、尋常じゃない体力を
   持っている。このままでは経験の浅い静が、いの一番に倒れる!
 その打ち合いの中、キリンジは現状を分析して下唇を噛む。いかに天賦の質があるとはいえ、静は一般普通の女子高生であるのだ。この緊張と剣撃の連続とを乗り越えられるだけの体力分配などまだ考えられるはずがない。
 現に、すでに肩で呼吸を始めてしまっているその様子からは彼女の限界が見てとれるようであった。
 そしてその思惑はライジンも然り。即座に現状において、静の戦闘継続が難しいことを悟ると、その打ち合いの比率を僅かに静へと集中し始めるのであった。
 そしてついにその時は来た。
 幾度目かのライジンの剣劇を防いだその瞬間――ついに静が方膝を地についた。
 まさに好機! 言わんばかりにライジンは、カバーに入ろうとするキリンジを払いのけると再び――静へと凶刃を繰り出した。
「し、静ァ!!」
 キリンジの叫(こえ)が響く。誰もがその一撃に貫かれてしまう静を想像した次の瞬間――
『ぬぅ!? ぐあおぅ!?』
 突如としてライジンの目の前に小さな爆破が起こった。そして次の瞬間には、ライジンはそれに顔を焼焼かれて大きくその身を仰け反らせた。
 間近で見守るキリンジ自体、その瞬間に何が起きたのか判らなかった。しかし改めて静を見下ろし、キリンジは今のやりとりの全てを悟る。
 そこにはかのライジンへと、広げた掌を突き出した静の姿――
「ハァハァ、うまくいきました……演技してたわけじゃないけど、うまく騙せましたよ」
 そう――彼女はあの瞬間、迫り来るライジンへと『術で反撃』をしたのだ。
 先の一般兵達との戦闘は元より、自分との一連の攻防からもライジンは、『タクミ以外の術者はいない』と判断していた。ましてやその中で、一番肉弾戦をメインとして戦っていた静が術を使ってくるなど、思ってもみなかった。
 それだけに効果は絶大であった。
 タクミほどの熟練度ではないしろ、その顔面への直撃は今一時ライジンを行動不能に陥らせるには充分であった。
 そしてそれに追い討ちをかけるよう、
『ッ!? うぐおぉぉぉぉ……!!』
 土煙をつきぬけ、何処かより放たれた水の矢がライジンの真芯を射る。
「狙えるのは一度だけ。この瞬間を待っていました!」
 土煙に穿たれた穴の向こうでは、こちらに掌を突き出したタクミの姿が見えた。
 他のメンバーと同じようこの土煙での視界を得ないタクミでは、ただひたすらに魔力を練り、『必中』の瞬間を狙っていたのだ。
「キリンジさん、今です!!」
「早く、トドメを!!」
 そしてタクミと静の声を受け、キリンジは苦笑をひとつ浮かべる。
「取りは私か。ここまでお膳立てをしてもらって、格好良いのか悪いのか」
 手にした槍を振りかざし、キリンジは力を溜め込む。
 そして、
「覚悟! ライジン!!」
 そこから振り落とされた懇親の一撃は―――かのライジンの頭からつま先まで、その全面を切り払っていた。
『ぬぅ、うぐぉぉおおおおおおおおおッッ!!』
 その断末魔が響き渡る。それと同時に本体が倒れることにより操作されていた土煙も晴れ、ライジンは鮮血にまみれたその姿を一同の前に晒した。勝負あり、であった。
『ぐ、うぅ……ぬぅぅ!』
 額から、その全面を右袈裟に切り払われながらもライジンは倒れなかった。
 僅かに飛び退り間合いを離すと、その鮮血溢れる面へワシ掴むよう右掌を置き、彼は一同を見据える。
 そしてその視線がある一点に定まると、
『御気は確かか……姫』
 かのライジンは初めて言葉を発した。
 そしてその声の先には――ニコ達の確保するライジンの少女の姿があった。
『シュラ様……あなたは、自分の為されようとしていることが判っていらっしゃるのですか!?』
「…………」
『もはや我らライジン族には、こうするより未来はありませぬ。それを――それを一族の長の、御子ともあろうあなたが……!』
 手負いもあってか、その尋常ならざるライジンの怒気に一同は固唾を呑んで、かの少女を見守る。
 やがて、
「私は私の道を歩みます。トキマサ、私を否定したあなたに、今の私を否定する権利はありません」
 少女もそれに応えるかのよう、その言の葉を発した。澄み渡りながらもどこか重く心に残るその声の音は、さながら風鈴の一振のような心地を聞く者に思わせた。
 そんな少女の声に反応してか、それとも傷の具合が深刻になってかライジン・トキマサは大きく体を震わせた。
 そして大きく息をつくとトキマサは言い放つ。

『ならばあなたは、俺の手で殺すとしましょう。それこそが天神嶺の臣としての――否、俺自身のけじめです』

 それを最後に、トキマサは戦線から離脱した。
 再び土煙が舞ったかと思うとその直後には、トキマサを始めとするライジン兵達は完全にこの場から姿を消していた。
 ただ場には静寂と、そして姫と呼ばれたライジンの少女だけが残されるばかりであった。




―――――――

「しっかり食べてね、たくさんあるから♪」
 そういってタクミは料理の盛られた皿を置く。丸太で設えたテーブルの上にはそのタクミの皿以外にも色とりどりの料理が並べられていた。
 すでに先の戦闘から1時間―― 一同は空腹を覚えた事とそしてかのライジンの少女達と話し合いをするべく、食事の席を設けることにした。
 場所は変わらず伝法院・庭園の雑木林の中である。
 調理に関してはタクミをはじめ、ニコとそしてヌコロフが担当をした。それぞれが現地調達した食材を使い料理を、そしてキリンジがどこからともなくドリンク(主に酒)を集めてきて、ちょっとした宴がそこでは始まっていた。
「まぁ、大変美味しいですわ♪ コレは何ですの?」
「それはオレが作ったドングリのきび団子。砂糖ときな粉をたっぷりかけて食べて」
「姫様、そのような物をお食べになっては体を壊します。おやめください!」
「まぁまぁ、コレも美味しいですこと。これは?」
「それはボキが作った木苺のタルトなんだな。ニコのと同じく、甘く煮たドングリを生地に作ってあるのよ♪」
「皆さん、すごいのですね。これは何ですか?」
「待ってました。それは僕が作ったザリガニとタニシのパエリアでぇーす♪」
「ブブーッッ!?」
 得意げに料理のことを話すタクミの隣で静が噴き出した。
「んもう、なーに静ちゃん? ひどいなぁ」
「ゲホゴホッ……だってそんなもの使って作ってるだなんて思わなかったから」
「しょうがないじゃない。ここの池で取れるものなんてそれとあと、コイ・フナくらいしかないんだから。それとも――不味かった?」
 上目遣いに涙目で尋ねてくるタクミに静は引きつった苦笑を禁じえない。実の所、これら料理は他の専門料理店に引けをとらないほどに美味であった。先ほどのつい噴出してしまったパエリアとて、静はすでに2杯もおかわりをしていたのだ。
 カフェで調理のバイトをしているというタクミの腕は本物であった。
「シュラ、といったか? では、話を聞かせてくれないか?」
 やがてチューハイの350ml缶を飲み干したキリンジが、渦中の人物・シュラを前に本題を切り出す。
「控えおろう、この馬め! 馴れ馴れしいぞ」
「キリンだよ。さて姫様、キミ達はここ最近この浅草寺に頻繁に現れてるようだが――いったい何の目的があってこんなことしている? そしてキミ達と対立していたライジンはなぜこの日本の支配を申し出ているのだ?」
 がなる侍従の頭を撫でる様にして押さえつけ、キリンジはいきなり核心を突く質問をしていく。
「は、放せ無礼者!! お前達に話すことなどは何も――」
「良いのです、クアル。こうして助けていただいた以上――巻き込んでしまった以上はお話しなければなりませんでしょう」
 必死にキリンジの手から逃れようとする侍従・クアルへと、ライジンの姫・シュラは諭すように言いつける。
 そしてシュラは一連の騒動の発端と、そしてライジン来訪の真実を話し出していく。
「まず最初にお話しすることは――今皆さんのお体に起きている変化、いわゆる『獣化』は、私達ライジンの仕業ではないということを理解してください」
「え? ど、どういうことですか!? だって、全ての獣化現象はあなた達ライジンが――」
「静さん、それは違うのです。話せば長くなりますが――まずは私達がこの地を訪れた目的からお話しましょう」
 静の視線を避けるようシュラは一時表を伏せると、やがて決意したかのよう顔を上げて話を再開した。
「私たちの一族は、この地に眠るという『ヤマタノオロチ』と呼ばれる怪物を復活させる為に、ここを訪れました」
「ヤマタノ、オロチ?」
 聞きなれないその言葉にヌコロフは首を捻る。
「日本の昔話に出てくる怪獣のことだよ、ヌコロフ。首が8本のすごい大きな蛇で、スサノオという英雄が倒したっていうお話さ」
「どのような姿のものかは判りませんが、何処からかそれの存在を知り、そしてそれの強大な力を欲した私達一族――正確には私の母である京帝スオウは、その封印を解く為この日本を訪れたのです」
「まさか、そんな映画じみたことが現実にあったとはな。それで、俺達の獣化の原因は?」
「お前、言葉を慎め! 姫様の御前であらせられるぞ!!」
「この地へと降り立った私達は、当初の目的どおりヤマタノオロチの封印を解きました。全ての獣化はその者の魔力が影響してのものだと思います。しかし封印は解いたものの、ヤマタノオロチはすぐには復活しませんでした。永らく封じこまれていたかの者はすっかり衰弱しており、元の力を取り戻すべく、己の体を4体に分けてこの東京の地へと散らせたのです」
「何でそんなマネをしたんだい? ただでさえ弱っちくなってるっていうのに、それをさらに4つに分けちゃうなんてさ」
 ニコの当然の問いに一同も頷く。
「ヤマタノオロチは復活の為に力を蓄えなければなりませんでした。その力を集める為――他の命を効率良く食らう為に、その体を分けたのです。それに一箇所に留まっていてはもしもの時に再び封印されかねません。万が一には己のいずれかが生き残れるようその体を分けたのです。――これこそが、ライジンの一つ目の誤算でした」
 己が力として利用しようとしたヤマタノオロチに、ライジンはまんまと逃げられてしまったというわけである。そして第二の誤算は、
「あなた達、地球人の反応でした。私達の目的がヤマタノオロチの強大な力と知るや、地球人達もまたそれを欲し、独自の調査と回収を開始したのです。そしてその調査の折、偶然現場で鉢合わせた私達ライジンと地求人が交戦をすることもありました。それこそが――」
「そ、それがあの戦争の真実だったっていうの!? その為に、私達の学校は襲われたって言うの!?」
 突如として静は声を荒げ、そして立ち上がった。
「はい、申し訳ありませんでした。確かに全ての原因はかの魔物の封印を説いてしまった私達にあります。しかし巧みに情報操作を行い、私達の関係を今日の戦争に仕組み上げたのは地球人達なのです。騙していたとはいえ、初対面で私達が地球人達に申し上げたことは『調査の協力』それだけでした。こちらから戦いを仕組むなどということは、考えてもいませんでした」
「でもぉ、そのヤマタノオロチだっけ? その強大な力を求めてたってことは、いずれはその力でボキ達を支配しようって魂胆だって、そのスオウさんにはあったわけでしょ? この戦いの根本的な原因は、ボキ達地球人だけじゃないような気もするんだなぁ」
「仰られる通りです。今回の戦いは私達ライジンにしても、そして地球の皆さんにしても、一部の権力者達の独善的な自我によって始まったといっても過言ではありません。だから私は、その代表者の娘として――」
「姫様は、全ての元凶であったヤマタノオロチを封印すべくこの日本へと降りたのだ!」
 徐々に俯いて話すシュラの心痛な面持ちに耐えられなく、侍従のクアンがその語尾を語り継いだ。
「そして恥を偲んで、皆様にお願いしたいのです。どうか私の手助けをしてやってはもらえないでしょうか」
「ひ、姫様ッ!?」
 全てを話し終えシュラは深々とその頭を下げると、一同に助けを懇願した。その様に、そんな主の様に侍従のクアンはただうろたえるばかりであった。
「姫様、お顔をお上げください! このような者達の手を借りずとも、このクアンめが身命に変えてお役目を果たす所存です! だから、だから――」
「クアン、あなたも見たでしょう。今回トキマサがこの作戦に配置されていたのを。つまりは“森羅万衆”が私の捕縛と、そしてヤマタノオロチ探索に当てられたと言うことです……もはや私達だけでは、立ち行きません」
「『しんらばんしゅう』? さっきキリンジが倒したライジンのことなのね?」
「むぅ……森羅万衆は、我らの天神嶺を守る京帝直属の守護部隊だ。先のトキマサは地の守護を司る一将――いわば、天神嶺最高峰の武人だ。今回は不慣れな場での戦闘であったことと、そして想定外のお前達の登場に不覚を取ったが、本来ならばお前達など足元にも及ばぬ強さと誇り持った武人だ!」
「そのたいそうな武人様達を相手に、これからキミはこの姫様を守り通せると思うのか?」
 キリンジの核心を突く切り返しにクアンは言葉を失った。言葉を失い、ただ悔しげにキリンジを睨み返した。己の非力と、そしてシュラの言う通りの立ち居行かぬ現状が何よりもクアンを苦しめているようであった。
「だからこそ、皆さんのお力を借りたく存じます。クアンの言う通りではあれ、あのトキマサを退けた皆様のお力を見込んでのこと。どうか――どうかこの私くしめに、力をお貸しください」
「姫様ぁ……―――
 そんな再度頭を下げるシュラに、ただクアンは泣きそうにその顔を歪めてうろたえる。
 そして、
「ッ――私からもお願い申し上げます!! どうか、どうかお助けください!!!!」
 懇願する主の姿に習うよう、否それ以上の助けを求めるかのよう地に額を打ち付けると、クアンもまた土下座に一同へと助けを求めた。額をこすり付ける地に、その顔半分以上が埋まるほどに頭を下げるその様子にキリンジも小さくため息をつく。
 そんな二人の願いにまず応えたのは、
「シュラさん、それにクアンさんも頭を上げてください」
 誰でもない静であった。
「あなた達の話が本当なら、これ以上そんな戦いは繰り返させちゃいけない。これ以上、私みたいな思いの人を作ってはいけない。――協力します、私は」
「静さん。あぁ………ありがとう、ありがとうございますッ」
 そんな静に続き、
「ライジンは許せないけどさぁ、オレみたいな子供を増やしたくないって言うのは、オレも静ねーちゃんと一緒だよ。オレの新しい家族とその場所をこれ以上壊させはしない。――そのついでで良いってんなら助けてあげるよ、シュラねーちゃん」
 頭の後ろで手を組んだニコもまた笑顔を見せた。
 さらには、
「ずっと――僕はずっとあなた達を探していました。そして一緒に話し合えるこの時を。僕のことをもっと知ってください。そしてあなた達のことも教えてくださいね」
「タクミさん――。はいッ。もっと、もっと私のことを知ってください! 私もあなたのことが知りとうございます」
 語りかけながらシュラの手を取るタクミの両手を、彼女もまた強く握り返す。
「ボキとしては渡りに船なんだな。というか乗りかかった船でもあるし、ボキは喜んで協力するのよ♪ ――んで、キリンジはどうなんだな?」
 ヌコロフの言葉に一同の視線がキリンジに集まる。
「ん……まぁ『乗りかかった』どころか、すでに船は沖まで出てしまっているような気もするな。みんながそうするのであるのなら、特に私も断る理由はないよ。ただし、恩だ義理だなんてのは堪忍してもらいたいな」
「かたじけない………キリンジ!」
 そんな言葉に再び頭を下げてくるクアンに、キリンジも「それが嫌なんだ」と言わんばかりにクシャクシャの髪をさらにかきむしる。
 そうこう言ううちに、ふと朝陽が目に反射(かえ)るのを感じて一同はそこに顔を上げた。
「朝だねぇ」
 そんなタクミの当たり前の感想ながら、それを見る全員はどこか新鮮な気持ちでその光景を見つめた。
 まるで宝箱でも開いたかのように光が満ちてくる地平の光景―――この朝の果てに待つ結末は希望か、それとも絶望か?
 それはきっと神様にだってわからない。今日の日の行動の真価を問える術は、それによってもたらされる未来にしかないのだから。
「さぁ、忙しくなるよ。これから」
 ニコの言葉に全員が頷く。


 かくして、高天原・天神嶺―――冒険は今、ここより始まる。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 マスターより 】

 第一ターン、皆さんお疲れ様でした!
 次回より新たに加わったNPC、シュラとクアンが皆さんと冒険を共にする事となります。アクションにもそれを反映させてもらえれば幸いかと存じます。

 また今回皆さんには、各PCそれぞれに個別のオープニング・リアを出力してあります。その中には自分のキャラが思わぬ登場をしていたり、また今回の第一ターンリアの内容を補足する描写なども含まれております。
 興味をもたれた方などおりましたら、PLさんに連絡を取りリアの交換をするのもまた一興かと存じます。ドシドシ交流してくださいませ。

 ともあれ、第一ターンはコレにて終了となります。次回第二ターンのアクションも楽しみにお待ちしておりま〜す♪



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