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天羅万象コミュのリレー小説 「天羅万象・零」

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リレー小説の一番槍をやってみようと思います
…

時は戦国世は乱世…時代はまだ薄暗がりの夜明け
天羅の夜空は赤い炎につつまれていた

場所は鬼告のくにざかいの三本松の塚
…旅の途中、連れの休憩の為足を休めていた。
私の名は暮宵(べにそら)半妖の神木を素材につくられた
半妖戦闘用傀儡…主はもう居ない
長い時を歩むには、人の生は朝露のように儚い
自由気ままな一人旅…のはずだったが
独りの孤独は…寂しい
まあ気まぐれで連れができた。


・・・ ・・・ ・・・
データ的な部分
半妖のアーキーは種族ではないのでくぐつに組み入れて
妖術ルールで組み替えて神速をいれてみた戦闘用くぐつ
兵法は刀法・弧月
半妖35 傀儡20 剣士30 武芸者20 業コスト105

コメント(32)

鷲よりも遥かに巨大な鳥が、夕暮れ時の朱に染まった空をゆっくりと旋回する。
「ふむ……動きが悪いねぇ」
飛行用の式の背にあぐらをかいた男は、扇いでいた扇子を閉じ、空いた手を不愉快に何度か叩いた。
「美しさがない。優雅の欠片もない」
男−−雪比良(ゆきひら)は眼下を見下ろしながら嘆息し、肩を落とした。その動きに合わせて、赤や紫などの派手な色で染めぬかれた外套がわずかに揺れた。
彼は、国を代表する陰陽師だった。殿の覚えも良く、重宝された。戦のたびに教えを乞われた。
だがそれも過去の話だ。二一という若さで陰陽頭になった男が、雪比良から権限を奪っていった。
雪比良は四二になる。隠居して、弟子をとってもおかしくない歳だ。しかし顔に泥を塗られたまま引き下がるのは性にあわない。
今回、殿に無理を承知でヨロイの製作指揮を願い出た。
結果は無残なものだった。見下ろした光景が全てを物語っている。
起動実験のため、野党狩りに出陣したのだが、
「敗残兵くずれにあの体たらくねぇ……」
雪比良から、また息がこぼれた。
ヨロイと一般兵では勝負になるはずもない。機面ヨロイが一機まじっているが、三○人程度の野党をまだ全滅できずに追いかけている。
「やはり見た目を優先したのが失敗だったかねぇ。しかし、あの若造のように『機能美』などという下らぬ意見に流されてなるものか! 美とは、外観、色、調和から成り立つのだ! だがしかし成果をださなければ……んー、しかし」
ぶつぶつと独りごちる。
「ん?」
不意に視線を上げると、離れた場所から近寄ってくる影が二つ見えた。一人はただの女だが、もう一人の男が背負っている物に目を奪われた。
人間が使うにしては巨大すぎる刀。あの刀が示すものは一つしかない。
「ヨロイ狩りではないか」
扇子を開き、軽く扇ぐ。扇子に描かれた裸の女が動きに合わせて揺れた。
野党やヨロイに気づかれぬよう注意しながらも確実に近づく二人の動きは、一介の兵士ではない腕利きの武芸者を連想させる。
「ちょうど良いねぇ。始末してもらうか」
あくびを噛み潰し、雪比良は躊躇なく言った。
彼の記憶が正しければ、ヨロイの中にいる幼子は松姫の四番目の子だ。他の姫も加えた上からの順番ならば、八番目の子になる。
八番目で、しかも娘となれば、死んだところでそれほど大きな騒ぎになることもない。
ヨロイ狩りに勝てるようならば、乗り手と調整しだいで大きな戦力として使えるヨロイになる。負けるようなら、心珠だけ回収すればいい。
「あの二人のお手並み拝見といきますかねぇ」
唇の端を吊り上げて、雪比良は笑った。
紅月の眼前、膝を付き駐騎姿勢をとったヨロイが、鋭く短い溜息を吐く。
保たれていた内部の気密が漏れる音だ。
続いて、胸部を覆う装甲が浅く持ち上がると、それは緩々と上部へずれ始めた。

その動きは実に緩慢としたもので、相手を焦らして楽しむかのようでさえあった。
紅月はしかし、諸手を大きく左右に広げたまま、ただじっくりと待つ。

やがて、開いた装甲の隙間から、白いものが姿を現す。
それは、淡雪のような、抜ける程に白い少女の貌。

ヨロイの胎内を形作る抱衣の滑りを受けたその白肌は、夜闇を流れ落ちる滝さながらの黒髪との対照対比を受け、てらてらと奇妙な艶かしさを放っていた。

その中で、好奇と不安に揺れる光を湛えた瞳が、相応の幼さを以て眼前の妙な男へ向けられている。
突如現れ、己は敵ではない、話をせよと告げ、竜砲を受けても折れぬ妙な男。

紅月は、ようやっと表情を伺える程に姿を表した少女に、柔らかな微笑を見せる。
【救うことができる】
その安堵から生じた、ごく自然な笑みであった。

数瞬の間を挟み、やがて少女がおずおずと口を開く。
「な」

なにものであるかーーーーーー

少女が誰何の声を発しようとした刹那。
紅月が待ち望んだ声を聞き取ろうとした刹那。

突如、紅月と少女の乗るヨロイの間に珍妙なものが現れた。

肉の塊。
一言で形容するならば。

ぼてっ。という間の抜けた音とともに降り来たそれは、丸々とした肉の体を落下の衝撃にぶるぶると震わせる。
余りに脈絡のないその有様に、凍結する二人の思考。
その間で、表面にぴっと裂傷が走らせると、さながら葡萄のようにつるりと表面の一部が剥け上がった。
その下から現れたもの。

瞳。

剥け上がった表皮は瞼だったとでも言うのか。
いまや肉の塊は巨大な目玉であった。
微かに血走った白目の上を、黒目がぎょろぎょろと滑る。

やがて紅月と目が合うと、びたりとその動きを止めた。
竜砲を前に退かぬほどの豪胆を誇る紅月の背筋が、ぞくりと震える。

異形の殺気。

きゅうっ、と巨大な目玉の瞼が弓なりに細められた。
そんな紅月の様が可笑しいとでも云うように。

同時、目玉は内包する殺気と共にぶくり、と突如数倍に膨れ上がった。
全身を駆ける戦慄を受け、紅月の肉体は反射的にその場を退こうとするも、先の竜砲に砕かれた手足が激痛を以て異議を唱える。
重心を失った身体が大きく傾ぐ。
目の前には限界まで膨れ上がった目玉。

爆ぜる。
思った瞬間、衣の襟をむずとつかまれ引き倒される感覚。

轟音、衝撃、閃光。


全身を揺さぶられ、ほんの一瞬意識が体外にはじき出される。

「間に合うたようで。重畳至極にござる、杳姫様」

その朦朧とした頭を覆う霧を払ったのは、妙に甲高い男の声だった。

ばねのように身を起こせば、全身を苛む激痛と襟にかかる重み。
振り返ると紅月の襟に手を掛けたままの暮宵の顔。
先ほどに引き倒し、爆風を避けてくれたのは彼女であるらしかった。

「雪比良。これは如何なることか?」
続いて響いた声。
微かに咳き込みながら響く鈴の如きに声に、紅月は再び意識と視線を正面に向ける。

爆風に掻き混ぜられた砂埃が落ち着くにつれ、まず浮かび上がる巨大な体躯。
先の少女が乗るヨロイだ。
その傍らに、一人の男が立っていた。

身を起こした紅月らに気付いたか、或いはもとよりそのつもりであったのか、男は少女の問いかけをとりあえず保留し、こちらにふわりと身を向けた。

赤。紫。派手な色が揺れる。
それが纏う外套であること、そしてその雅然とした立ち居振る舞いが、紅月にこの男が陰陽師であることを直感で知らせていた。

眉を顰める。
ある意味で、この天羅の地において神宮家以上に信ずることの出来ぬ人種。

悪ではない。
悪ではないが、いちいち独特すぎるその価値観は、得てして不可解、或いは不愉快な心持ちにさせる。

「おぅ、なんと恐ろしき貌よ。まさに鬼の如く、と申したところか」
大仰に言うと、手に持った扇を浅く広げ、口元を覆った。
「雪比良、この者が何者であるか、知っておるのか」
雪比良と呼ばれた男のやや頭上から、少女―――杳姫が問う。
「無論、存じてございますとも。こやつヨロイ狩りと申しましてな」
「ヨロイ・・・・・・狩り?」
その不穏な響きに、今度は杳姫の眉が顰められた。

「左様。不埒にも高貴なる御方様がお乗り遊ばされるヨロイを付け狙い、その秘儀を懐にせんとする者どもにござる」
「なんと・・・・・・」
杳姫の身体が微かに震えたようであった。
否定せんと紅月は身を更に起こすが、再び激痛がそれを阻む。

雪比良の言は続く。
「そして、こやつらの定石が、言葉巧みに御心に潜み寄り、御方を油断せしめ」
閉じた扇でぴしりと紅月を指し
「うっかり胸甲を開いたところを、あの恐ろしげな大太刀でばっさりと」
刀に見立てたつもりか、扇で宙を薙ぐ。

「卑劣な・・・・・・」
白い肌を更に蒼白にし、杳姫がぎりとばかりに紅月を睨む。
「違う、俺は・・・・・・!」
抗議の声を上げる紅月の視界の中で、雪比良の口の端が酷薄に歪むのが見えた。
瞬間、悟る。

先ほどの爆裂する目玉。
陰陽師の使役する、式。
見れば、こちらは吹き飛ばされているというのに、ヨロイも男も、せいぜいが埃をかぶった程度だ。
こちらを乗せ、ハメようとしている。
だが、なぜ。
戦わせる意味は。

駆け巡る思考が抗議を中断させる。
それが決定的な遅れとなった。

「雪比良、下がれ!この卑劣漢めが、我がヨロイ『袖丸』の剣の錆びと成って猛省せよ!」
吐き捨て、杳姫がヨロイーーー袖丸を起こしにかかる。
「待て・・・・・・!」
「最早これ以上の問答無用!」
最後に一睨みし、杳姫が袖丸の胎内に消える。

その怒りを受けたように、開口時とは打って変わった速さで胸甲が閉じた。
袖丸が身を起こす。
「杳姫様、手負いとはいえ、仮にもヨロイ狩り。油断なされませぬよう。小生は周囲を哨戒しております故」
袖丸の死角から、最早隠しもせずに雪比良が邪な笑みで告げ、ふわりと背後に大きく飛びのく。

(なんとおつむの緩い単純な娘か)
思わず頬が緩む。
自らが身を晒してまでどうにかせねばならなかったのには、腸が煮えくり返る思いだが、新たな収穫もあった。

こうも容易に修正することができようとは。
まるで傀儡繰りの如し。
今の今まで袖丸にのみ思いがあったが、なかなかどうして、この娘を自在にするのも面白いかもしれぬ。

得も言われぬ高揚感に、雪比良はほくそ笑んだ。
「ふむ…茶番よ…」
塚の上に立つ三本松の最も高い樹の梢の上で
歯でせんを抜きつつ、長々と瓢をあおり薄笑いを
浮かべ一人ごちるものが一人。
柔らかな朱の色に面差しの半分を染めたその者は
半眼にして一里ほど先で起こって残党狩りの騒ぎを
<透視(み)>ていた。
 「あの小童・・・」
「いまだあのようなぬるい世迷いごとで扇面の
裏表どころか女姓と殿御の色艶の言質すらわからぬ童(わらわ)にまだ世の理をといて真綿の包みから引きずりだそうと
しておるわ・・・」
さらにその騒ぎをつぶさに<透視(み)>ようと半眼に細められた瞳をさらに―左の瞳はことさらにさ―に細めると
手にした瓢をことさらに長くあおった。
「いまだあのような所業をしていようとはのぅ。」
此処から千の彼方を<透視(み)>る能力(ちから)を
強めたせいか面差しの半分を包む朱の色は鮮やかな紅へと
変わりくれないに染まった面差しには墨でも流したような
閻い紋様が刻々と形を変えてくれないに染まる
左の面差しを流れる。
「そうしてぬるく甘い言の葉で鎧繰りの童を世に貶めた所で
その後を言質せずばじわじわと見えぬ『この世』という荒縄で幼きそっ首を括りて屠るの同じというに。」
≪ましてやその命が陰陽師の意のままであれば、
その行く末は明白…≫
そう心で一人ごちるところへ樹下から誰何の声がかかった
「菊裡!菊裡殿!!」
その声に下を向けば鞨鼓を背負った山伏のいでたちを
した男が樹の根元から上を見上げている。
「杳姫さま付きの武者が呼んでおられる、すぐに参られよ。」
その言葉に内心嘆息しつつ応えを返す。
「わかったすぐ行こう」
その言葉にほっとしたのか樹下の男はこうも言った
「雪比良殿もおいででございます。」
その名前に怖気がたった。
鎧を出るという二度目の出生から十年という年月を
経ても忘れられない名だった。
戦に破れ鎧という柔らかで温とい世の中と己とを
隔絶していた真綿の包みより引き剥がされ、
養子という体のいい虜囚としてこの国に来ることとなり、
それより先守役とは名ばかりの数人の男に
「躾」、「検分」と証しては繰り返される実験の
実験体として扱われ、さまざまな辱めと50を超える
サムライを入れられたあげく左目を服従の証としてつぶされ、千里を見通す式とともに瞳代わりの珠を埋め込まれたうえ、女陰とその奥にすら式を打たれて女ですらなくした男たちのうちの一人だった。
正気を保っていられたのは行方の知れなくなった
同じ鎧乗りの弟に対する思いと雪比良に復讐したい
という思いとがあったからだ。
 「早う参られよ」そう再び樹下から声がかかる
その誰何の声に苛立ち奥歯をかみ締めると
はるか高みより地へと降り、騒ぎの起こる
その先へと向かった。
時をさかのぼる事数日前
「杳姫(ようき)、杳姫はいるか・・・」
二十歳頃の若い陰陽師が娘を探すように呼んでいた。
声に答えるのは年端もいかぬ姫君
「何でしょうか?白葉(はくよう)様」
答える娘は男の話を聞きながら
次第に不機嫌な様子で声を荒げて
問い詰めるように男に食いかかった
「なんでです?白葉様の作られた紅舞(べにまい)
 補助制御に専用傀儡を用いた次世代型二人乗り鎧の
 乗り手になれるのでは無かったのですか?
 なんで…あんな飾りだけの鎧に乗らなければいけないのですか?」

「そうわめくな杳姫…
 あくまで実験に付き合うだけだ
 初戦の争いから帰還した暁には紅舞の乗り手
 に取り立てるように計らうから行って来てくれぬか?」

苦悶の表情を浮かべながらも承知の胸を告げる姫君であった。

時は戻り戦場にて
『俺はムシケラにあらず!アンタと同じ人間だ!!人間同士、話せば判らぬ事などない!』

(話してみるのも一興かもしれぬ)

『そして、こやつらの定石が、言葉巧みに御心に潜み寄り、御方を油断せしめ」
閉じた扇でぴしりと紅月を指し
「うっかり胸甲を開いたところを、あの恐ろしげな大太刀でばっさりと』
(よくもたばかったな)

・・・・ 
袖丸 待機から起動・火器起動・・・
「全砲門刀狩と女に目標…」
 
暮宵(べにそら)が刀狩の男を横たえてすらりと立つ
「紅月(こうげつ)貴方はこれ以上やれる?
 あの鎧止めるところまでは私がやるわ・・・
 その後は任せるわね、
 
 わが名は暮宵
 鎧乗りの乗り手杳姫、言葉で語るは過ぎた…
 此処から先は刃で語りましょう
 其処から引きずり出してから彼の話を聞いてあげて頂戴」

「ふざけるな…そんな細身でなにができる
 やれるものなら試してみるが良い…この杳姫の力思い知るが良い」
砲門が火を噴いた瞬間
鎧ごしにみた女の白い髪がほのかな桜色に変わるのを見た気がした
「ほらみたことか粉々じゃっ」
バシュ血のように赤い機械油が鎧の肩から噴出した
「あら?なにかしたのかしら?」
暮宵と名乗った女が鎧の肩に立ち微笑む

「馬鹿な…今の砲撃を避けるなんて金剛機でも無ければ無理なはず
そんな速度を人の身で出したというの?!」
女が微笑み答える
「私は人ではない…雲海宗次(うんかいそうじ)が作 樹妖傀儡(じゅようくぐつ)…暮宵」
ささっ、参加!(短いですけど!)

「戦い終わりて…ってな風情だが、ありゃあ?」
沃野に広がる死屍累々の戦場の端で、薄汚れた笠を被った小柄な法師が目を細めた。

「なんじゃい、剣呑だな。…わっぷ!」

今だ血臭濃く残る戦場の中心で、ヨロイが一機、戦場に飛び込んできた人影と対峙している――という状況を見て取るかとらないかという刹那、爆発が両者の間に炸裂した。
法師は笠を引くようにして、こちらまで飛んできた煙塵をやり過ごした。擦り切れた法衣の端がばさばさと揺れ、収まった頃にぷんと新たな血の臭いが漂った。

「…ははあ、ヨロイ狩りって奴かァ。この時世、呑気な奴もいるもんだね」

笠を背中に跳ね飛ばすようにして外しながら、法師は、早くも新しい戦いの気配に満ちている戦場を眺めやり、無精ひげの伸びた顎をざらりとなでた。

「…さて、諸行無常も極まれりだな。業って奴は、何処にあっても変わらず人を駆り立てるもんらしい。俺も流れに乗るかのらずか…まあ、そりゃ」

目を眇め、鼻を鳴らす。

「別嬪がいるかいないかにかかってるわけだ」

笠が外れた法師の額にはまっている、鳳凰宗である証の石は、横一文字に叩き割られていた。
法師の名は蚤丸(のみまる)という。かつて鳳凰宗の雑僧であり、今や人からは外法師と呼ばれる流浪の男だ。
最も、本人は己が仏の道から外れたとは思ってはいない。
万象一体、この世の全ての価値ある命を人の手で救うには、「殺すしかない」と悟ったがゆえの仏落ちである。
彼は嘯く。

「仏でもない俺らが、現世で誰か救おうなんざ、大それた話だぜ。その大それたことをやるためにゃ、救いってやつの意味についてキッチリ考える必要があらあな。そう考えると、俺の方法はあながち間違いでもないと思うんだがな・・・よう、お前さんたち、この世界に生き続けることは本当に救いなのかよ?」

――彼が民衆からこれまでどうにか叩き殺されずに生きてこれたのは、彼が人というものを「救い」の対象とみなしてはいないからである。この乱世を作ったのは人である。ゆえに人は、救われるべきではない。この地獄で苦しみぬいて生きるのが相応しい…。
その思考は、(結果としては)お互いにとって幸せなことであった。

ただし、彼の歪んだ救世の思いは、その分人でないもの――傀儡や鬼――に向かうこととなるのではあるが。

そんな背景事情はさておき、蚤丸は軽く口をあけた。口の中からしゅるりと白い糸が零れ落ちる。
愛想は売るほどあるくせに、実のところ人を嫌い抜いている蚤丸は、蟲を体内に飼う――いわゆる、蟲法師とも呼ばれるものであった。

しゅるしゅる。
白い糸は、蚤丸の両拳に巻きつき、その拳を白く堅く守る。
白い手袋をはめたような手を、腰に下げた袋に突っ込み、取り出した異臭を放つ漬物のようなものをかじりながら、蚤丸はぶらりと歩き出した。

「良い女のいるところ、蚤丸様あり。…どっちの味方につくかな…たまにはヨロイについてみるか?その方が救世になりそうだぜ、なあ、相棒」

もちろん、視線の先にいるのは、微笑みながら名乗りをあげた樹妖傀儡、暮宵であった。
「いそがれよ騒ぎがおおきゅうなっておるようだ。」
謀反の機運ありと討伐に赴いた手勢のしんがりに
たどり着いた菊裡に菊裡を待ち受けていた十名からなる
侍隊の傍付きが騒ぎの先へと急ぐよう催した。
しんがりよりやや離れた先で繰り広げられていた
『茶番』はか細い女人と黒鉄の塊との剣戟へと変貌し
すさまじき鬼気と瘴気にも似た殺気を撒き散らしている。
か細き女人は手にした針のごとく細い刃を鎧の弱所に当て、
薄墨のごとき桜の旋風となってじわり、じわりと
めくらめっぽうに斬り付ける大鎧に胎る女の童を胸甲より引き出すためその力を削いで行く。
その様をかろうじて地に付きたてられた八連暫甲刀と
人が呼ぶ大きな刃の嶺に大きく痛手を負った体を持たせかけ
た青年が食い入るように見ている。
「あのままにしておけば騒ぎはおうきゅうなるばかり。
これが親方様のお耳にでも入るならどんな
叱責が下るかわからぬ」
そういいながらもしんがりの外のその様を見るにつけ傍付の小姓はちらりちらりと上目遣いに自分を見る。
その小心の小姓の小言を聞き流しつつ、一つ深く息を入れると
体に流れる沙と殺気、そして気の動きをすこぉしづつ殺しながらなおも小言を言い募る小姓を捨て置きことが起きている
隊の斜め前方へ徒歩を進め、手負いの男の後ろへと回り込んで立つ。
「ぬしさん。また会いましたのぅ」
鷹揚とかけられた声にかろうじて動く首を後ろへとめぐらせ
手負いの青年は菊裡を仰ぎ見た。
「お前なぜここにいる? 」
いやなものでも見るように菊裡をにらみつけ吐き捨てるように言う。
「なぜと云われても…わたくし達は雅やかで貴い御方に
借り出されるのみ。」
そういって嫣然と微笑む。
「のぉぬしさん、私たちがどうしようともなんとも思われないのをよぉご存知でしょう…にしても、ぬしさんは彼方(あなた)さんを鎧からだしなすったぬしさんのお師匠(おっし)さんと同じことをしてますのなぁ。」
「――。」
手負いの青年は唇をゆがめ菊裡をにらむ目に力を込める
「ほんにわたくし、ぬしさんの重ね重ねの遠大なご苦労いたみいります」
あざけるように言葉をかける。
その言葉に含まれるのは菊裡には戯言としか取れぬ
先ほどの沓姫への言葉の数々へのからかいと侮蔑だ。
それに対し帰ってきたのは怒気をはらんだにらみのみ。
その鬼気迫るにらみをものともせず、菊裡は言葉を続ける
「それに―。」
言いよどむように一呼吸置く。
「無知、無邪気をまっこと救うは正気に宿りし狂気と殺気だけ、そを救済と呼ばわる輩も折られるように思うが、そこの御方いかがか?」
飛び退れば手の届くところまでやってきているあらめの菅笠と敗れた墨染めの単をまとい、古ぼけた尺上を肩に担いだごましお頭の小男にこれ見よがしに云った。
「ちっ、なぁんだ聞かれちまってたのかあ…独り言と思ってたんだけどなぁ聞いていたのかい?姐さん。」
白い薄絹のような光沢の左の腕をだらりと下げニヤニヤ笑いを浮かべた薄汚い坊主が菊裡の二、三歩先に立っていた。
「あいにくとこの身についた耳は地獄耳でな、つまらぬことほど聞こえすぎるほど聞こえるのでな」
ちらりと後ろの乞食坊主を見やる。
「で、眼帯の姐さん『あれ』をどうするんだ?」
眼前で繰り広げられ続ける鎧と女人の剣戟をあごでしゃくってさす。
「いつもならば大詰めまで捨て置くが・・・そうも云ってはられぬ」
右の腰に佩いた男の二の腕ほどの長さの太刀と左の背に負うた
大太刀をそれぞれ抜き放って―小太刀は逆手に、大太刀は順手に―構え鋭く息を吐くと押さえていた気・沙の流れ・鬼気までも解き放ちつつその身を捻り、剣舞を舞うがごとき動きで
剣風吹き荒れる只中へと身を躍らせる。
吹き荒れる桜の剣舞と振り回される鎧の大太刀を両の手に携える二振りの太刀ではっしと受け止め烈拍の気合とともに双方の太刀を受け流し跳ね返す。
「沓姫様!女人殿!この打ち合いはここまでとしてもらいたい!」
言葉にこもる気迫が菊裡の身の内に流れる気を強め
強められた気が菊裡の体をゆうるりと変化させていく。
「これ以上打ち合うならばこの菊裡、お二方を相手に打ち合う所存、なれど此度の打ち合いは無用とお見受けした!双方とも太刀を引かれよ! 」
そう言い放つと身の内に流れる気をことさら強めて解き放ち
己がすべてのサムライを開放する。
だがこれは菊裡にとっては正気を危うくすることになる。
それでも止めねばならぬとは、と苦い思いを心で噛み締め
今一度強く太刀を握り締めた。
場所は変わり 鬼告の国に隣接する朱鷺の国
ヨロイ鍛冶のアトリエ…紅舞の格納庫
忍び込みうごめく影が一つ
「これが金剛機並みの起動性能をするヨロイか
 でーも うごかなければただの てーつーくずっ」
少女という年頃だろうか身に着けた装束は忍びのもの
額にはオニのあかしの角が二つ
彼女は月夜の庭にでると取り出した小箱をあけボタンをおした
「こーれでしかけた爆薬がばーん でどかーん」
・・・
・・・・
・・静けさが耳に痛い・・・
彼女は首をかしげてもう一度ボタンをおした
だが沈黙は続く
「無駄ですよ・・・起爆符は解除しました
 量産型の起爆式の札ですね…わたしならもっと効率の良い
 のをつくりますよ
 おや名乗るのを忘れましたね。私の名は白葉そして
 そこで貴女に銃槍で照準しているのは私の作品の傀儡
 蒼葉(あおば)ともうします。投降していただけますか?」

「我が名は鬼告、の忍び ユリィハ …投降?
 それは無理だよだってこうすれば逃げれるしエジャっ」

彼女はそう呟くと風のように掻き消えた
まるで血のような朱色に染まった菊裡が、吠えた。
その咆哮はまるで圧力を伴うかのようで、大気を揺らし、暮宵の肌を震わす。
サムライという名の化け物が出来上がっていた。
衣服を着ていること。刀を握る腕があること。大地を踏みしめる足があること。
それ以外はおよそ人間とは形容できない姿であり、どれだけの式を身体に埋めこめば、このような醜い姿となるのだろうか。
暮宵の視線は、すでにサムライと化した菊裡から離せなくなっていた。
わずかな動きに集中していなければ、二本の刀が彼女のことを元の木の塊に変えることは容易に想像できる。
暮宵の判断は早かった。
刀を鞘に戻す−−と、同時、気づけば紅月の横に立ち、彼を小さな背に背負っている。
「一旦退かせていただきましょう。それでは、失礼」
軽い会釈をし、次の瞬間には駆けだしていた。男一人抱えて走っているとは思えぬ跳躍力で樹木の枝に跳びかかると、次々と、枝から枝へと疾駆する。
一抹の不安がよぎり、暮宵は背後をふり返るが、追ってくる気配はない。式を警戒して周囲に視線を走らせるが、姿形は見当たらない。
速度は落とさぬまま、彼女は小さく安堵の息を吐いた。
「はな……せ」
背中の紅月から、苦悶まじりの声が届いた。
それに再び嘆息する。今度は呆れてだ。
「私は彼我の戦力差が見えぬほど愚かではありませんよ」
「あの、娘は……杳姫は、陰陽師に……騙されている……」
「言わせていただけるなら、無謀に挑んで滅ぶほど馬鹿ではありませんし、仲間を死なせるほど阿呆でもありません」
紅月は私の話を聞くつもりがないらしい−−そう理解すると、彼女も彼の言葉を無視して話を続けた。そもそも、ヨロイ乗りが時の権力者に利用されることなど、よくある話だ。
それにいちいち反応する紅月の方が、彼女にとっては珍しい。
そんな彼に惹かれて暮宵は共に旅を続けているのだが、この際、無視した。
それ以上に気にかかったことがあったからだ。
(あのヨロイ、ゆっくりとだが私の速さに対応してきていたわ)
小さく唇を噛んだ。
(あのまま続けていれば……)
ヨロイの姿が瞳に残り、杳姫の声が耳にこびりつき、なぜか心を揺さぶる。
瀕死の状態になっても杳姫を心配する紅月が誇らしくもあり、同時に苛立ちを覚える。
自分の感情を理解しきれていなかったが、暮宵は考えることをやめた。
背中の紅月は気絶しているのか、時折、苦鳴を漏らしている。
(人の感情など理解できなくて当然でしょう。しょせん私はまがいものの傀儡なのだから……)
自嘲気味に笑い、暮宵は走ることに集中した。
「・・・・・・仕損じました。申し訳次第もございません、父者」
その言とは裏腹に、淡々と、まるで抑揚のない声。
ユリィハと名乗った少女の消えた空間を照準していた銃槍を下ろし、青葉が呟いた。
「ふむ。仕方が無いさ。気にするな青葉」
対して、わずかに片眉の尻を下げ、白葉は鼻を鳴らす。
大仰に敢えて拵えましたというような表情。
こちらもその言葉ほどの落胆は伺えない。
「≪疾風≫とはね・・・・・・。オニの中に在っても、使い手は数えるほども無いと聞くが、まさかお目にかかれるとは」
浅く顎に手を当て、今度は思案顔だ。

それから流れる沈黙としては長い、たっぷり四半刻が過ぎ。
「・・・・・・」
「ん・・・・・・下がらないのかい?」
青葉に尋ねる。
青葉は表情を変えぬまま僅かに首を傾げ
「下がって良い、とも仰いませんでしたので」
その言葉に思わず噴出す白葉。
如何なる時も、我が言に従う事。
そう造ったのは自分だ。
「はは・・・・・・そうだったね、青葉」
「はい。・・・・・・それに」
膝をついていた姿勢から立ち上がり。
「・・・・・・それに?」
「父者のご指示が戴けると存じましたので」
下ろしていた銃槍を軽々と肩に担ぎ上げた。

その動きに引かれるように、ざ、と一陣の風。
庭の木々と、その名の由来となった蒼い髪を揺らして行く。
相変わらず薄い表情の中、しかし微かに光を強めたような瞳。
それを見て、白葉は自然と口の端が持ち上がるのを感じた。

「本当に、よく出来た娘だよ、君は」
「恐れ入ります」
視線を外さずに軽く頭を下げた娘に、白葉は続けて口を開く。
「先の少女が何者なのかを洗って欲しい。彼女の額面通りに捉えるわけにも行かないが、真に鬼告の者だとするならば、どうにも面白いことにはならなそうだ。ユリィハという名が手がかりになるだろう」
早口に。

「偽名では」
「定石ではね」
「はい」
「でもあの娘を見たろう?」
「はい」
「どうだったね?」
「失礼ながら余り聡明であるとは思えません」
「そういうことさ」
「はい」
「言うまでもないとは思うがね?」
「はい、それらを念頭においた上でお調べいたします」

良く出来た狂言のように、小気味の良い拍子の問答。
その余韻をかみ締めるように、白葉は身を折りながら全身で大きく頷く。
「では、行きなさい」
再び一陣の風。
過ぎ去ってから身を起こせば、すでにそこに青葉の姿は無い。

「・・・・・・『かしこまりました』で終わりじゃないのかね、こういう場合」
今度こそ困ったような表情だった。


「・・・・・・さま、白葉様!」
遠くから鈴の音のように澄んだ声が彼の名を呼ばる。
この頃すっかり聞き覚えた声だ。
「・・・・・・姫君様のお帰りか」
戦果のほどは、先刻戻った偵察の式によって把握している。
恐らくは、なんやかやと愚痴をこぼされることだろう。
それを思い、改めて困った表情が浮かんだが、一瞬でそれは成りと潜め、新たな貌へと変貌する。
頬は軽く引き締め、しかし硬くはなりすぎない。
眉をきり、と軽く立てるが、厳しい様には決してしない。

「・・・・・・姫君様には、こうでないとな」
一言呟き、白葉は声へと向かった。
日暮にさしかかっていた。
争い止まぬ三本松から山一つ越え、息を殺す一団がいた。
頭の天辺から爪先まで若草色に統一されたその一団の先頭に、一人朱色の機械鎧に身を固めた男がいた。
男は夢を見ていた。
見る夢は決まっていた。――『炎上する寺の本堂』『取囲む昨日までの友軍』『次々に息絶える一族』『槍衾にされる我が身』――。
……またか。
男は苦笑した。
あきれたのは戦場にて居眠るコトか、躰を失ってなお夢を見るコトか。
「大将、狼煙が上がりましたぜ」
傍らに控えた機甲サムライが城の方を伺いながら応えた。
「あの色は……オイオイ乗り手毒殺以外失敗だと!? 鬼告のヤロウ供、達者なのは口だけかよ」
悪態とは裏腹に、笑みを浮かべる機甲サムライ。
「捨置け。名代への届けは着いているか?」
「半刻前に゛耳゛より聞いとります」
大将と呼ばれた男の問いに別のサムライが応える。
「奴らは餌(野党)に喰付いた。頃合だな。……出陣(で)るぞ。合図、撃っぇぇぃい!!」

雪比良が菊裡を支配し終えるが早いか、周りにいた侍や足軽が突如スイカの様に『爆ぜた』。遅れて轟音。
「……そ、狙撃…か?」
扇子で覆われた雪比良の顔が歪む。
……コレだから前線は好かぬ。状況を俯瞰出来ぬばかりか、想定外の身の危険が多過ぎる。菊裡を盾にココは退くか……。
「雪比良ぁあ、来るぞ。如何様にする?」
頭上から割れんばかりの大音量に雪比良が喚いた。
「えぇい、今度は何だ!? この忙しい時に」だが、喚いたのは雪比良だけでなかった。
「な、何だ? この音は」
「や、や、山が鳴ってる!?」
最早、誰の目にも明らかだった。
敵襲。
四方の山から雪崩れ込むその有様は『見事』に尽きたろう。
「貴候らの越境での交戦行為は侵略である! よって此処に我が風凪の名において、朱鷺からの『この戦』謹んで御受けいたす!!」
拡声器からの怒号のごとき宣戦布告が木霊となって鳴り響いた。
混乱したままの謀反鎮圧隊は、瞬く間に敵勢に飲まれていった。
「こいつぁ、火遊びじゃすまねぇ。…抜けた、抜けた」
言うが早いか、蚤丸は暮宵の後を追う様に姿を消した。
「杳姫、儂を抱えて翔べ」
……儂の傑作、サムライ『菊裡』ならば、奴らごとき切り臥せて道を作れよう。この儂さえ無事ならば…この借りは必ず…。
雪比良の目論見通り、菊裡は群がるサムライ供を寄付けずいたが、その前に立ちはだかる男が現れた。
朱色の、金剛機。
……こ奴、操られている!?
「(暮宵に)その程度かっ!? (雪比良に)大概にしておけぃ、門外漢めがっ!!」
金剛機の殺気が爆発した。如何に才はあれど陰陽師に過ぎぬ雪比良は、感覚結合した菊裡を通し、殺気を全身で浴びてしまった。
……死ぬ。
「いやじゃぁあ〜!」
菊裡は一筋の雷光と化し、金剛機の死角を貫いた……かに見えた。
「(雪比良に)命を賭さぬ者に、強さは無い」
誘いに乗った菊裡を、金剛機は躱しざま切刻んだ。
血飛沫をあげ、倒れ伏した菊裡は元の姿をしていた。
総ての珠が叩き割られ、サムライ化を解かれていた。
「朱地に金字の『不如帰』…そちは『橘宗茂』か!? 見知りおけ、我は朱鷺のヨロイ乗り、杳なるぞ」
杳姫は菊裡を捨置き、気絶した雪比良を抱えて翔び去った。
唯一無事なはずの城へと。
陰陽頭の白葉に相談する為に。
 朱鷺国と鬼告国、風凪国が開戦して一日が経とうとしていた。
 鬼告、風凪連合は早、砦や山城を三つ落とし、『朱鷺の堅城』と名高い黒鷺城を包囲するに至った。朱鷺側は、呼応して起こった謀反によって総崩れとなり、なす術もなくこの地の戦力の実に九割を消耗させられていた(内三割は投降)。朱鷺にとって最大の誤算は、主力たるヨロイを無力化された事であったろう。

(余談ではあるが、後の文献では体面を気遣ってか、乗り手の毒殺と記されているが、事実は少々違う。実際には、鬼告の間者によって乗り手達に強力な『幼児用の虫下し』が盛られていた。幼児用のため、成人していた毒見役には反応がないのを見越しての事であろう。)

 朱鷺の名代南条家の一門、黒鷺城城主南条氏嘉祢(うじかね)は、堅城なるを幸いに篭城を選択、援軍を待っていた。


 戦場よりいくばくか離れた、寺の一角の六角堂に菊裡の姿があった。
 手当てを受け、床に寝かされた菊裡は、蝋燭に照らされた天井を右目でじっと見つめていた。
 傍らには血塗(まみ)れの金剛機――宗茂が座して菊裡を眺めていた。
 互いにそうして、半刻が過ぎていた。
 先に菊裡が口を開いた。
「ぬしさんは、わたくしをお抱きにゃならないんで?」
 意識を取り戻してからの、一番の疑問であった。
 自分を生かしておく理由は何なのか? 軍の内情を訊きだすでなし、さりとてサムライ化の出来ぬ女を戦力に加えるはずもし……。
 菊裡の中には不安もあった。
 『サムライがなくなった自分』に対する不安だ。菊裡にとって、『サムライ』は単なる『力』では収まりきらぬモノがある。クニを奪われ、家を奪われ、許婚者(いいなずけ)はおろか兄弟も、さらにはヨロイ、そして『女』さえ奪われた自分に、たった一つ残されたモノ。そして今の境遇へと追いやった者たちと自分を繋ぐモノ。
 それが、なくなった。
 不安は疑問と結びつき混じり合い、あせりと迷いを生む。
「てっきり、そう思うたんですがねぇ。そりゃ、頭の天辺からつま先までぐるぐる巻きの有様でござんすがね。世の殿方たぁ、たとえ体がカラクリに代わろうと女を抱きたがるじゃござんせんか」
 半身を起こし襦袢を諸肌脱ぎになって誘う菊裡。
 身を乗り出し、その顔に手を当て、宗茂が答えた。
「ふふふ、儂を見て抱かぬかと問うた女は、初めてよ。他の男どもはそうかも知れぬ。だがこの宗茂、抱きたい女を抱きたい時に抱く性質(たち)でな」
 掬う様に菊裡を抱き上げた。
「そういえば、名を聞いて無かったな。儂は風凪のサムライ大将、橘宗茂じゃ。その方は?」
 菊裡には、何か予感めいたモノを感じていた。それが何であるか判らず、益々胸の内が混沌とし、痛んだ。
「……菊裡」
と、ただ名を告げるのみであった。
 菊裡は無駄と知りつつ宗茂の貌を覗きこんだ。
 そこに如何な感情も見て取れなかった。目も鼻も、口すら無いツクリモノの面。
 宗茂は、そのまま境内へ出た。
「その方が相手とあらば…ふふ、それもよいが、今のその方にはコレが相応しかろう」
 宗茂は、菊裡をおろすと腰の得物と呪符を渡した。
「簡便のサムライ符だ。使わば終い。無いよりマシよ」
 見渡せば塀が、本堂が燃えていた。その影で輪になってじわじわと迫る者たちがいた。
 菊裡は躊躇せず受取り、符を懐に始舞いこんだ。
 因果なものだと、菊裡は一人ごちた。心は未だ千々に裂かれ乱れているのに、手にした得物の感触で体はほぐれ、頭は澄んでゆく。
「……まだ、訊いてませなんだな」
 菊裡は鞘から刀身を抜きながら続けた。
「何故、わたくしを助けたんで?」
「法力僧に一晩手当てさせた。動きに支障は無かろう。……聞きたいか?」
 宗茂の左手が赤光を放ちだした。
「是非にも」
「……似ておったのでな、面影が」
 互いに背を向け、構えをとった。
 菊裡の内で、予感は急速に既視として形を現にしていった。
 菊裡は宗茂を流し見た。
――わたくしは『この背中』を知っている。
 包囲の輪を縮める者たちの姿が炎で照らし出された。
 宗茂が苦笑気味に洩らした。
「ふふ、あの陰陽師、余程頭にきたと見える。篭城の身で、こんな所にデク(機面金剛機)を九つとはなぁ。……しかし、儂も余程」
「寺の火事に好かれておる」
「!?」
 菊裡の中で、既視が記憶となって蘇った。
 それを合図にしてか、囲んでいた機面金剛機が一斉に飛掛かった。
 菊裡は波のごとく押寄せる攻撃を捌きつつ声を掛けていた。
「もう、死なんでください…宗尋殿」
 考えるより先に口にした、許婚者の名。かつて風凪にて、謀反にあい、炎上する菩提寺で討死したヨロイ乗りの名。
 同じ相手に三合せず沈めながら、宗茂が叫んだ。
「……この宗茂、この程度の舞台では死ねぬ!」

 黒鷺城総攻撃まで、あと半刻であった。
 風凪の侵略は見事の一言に尽きる。よほど周到に準備をしていたのであろう。編成人数が多いもさることながら、進軍速度が速い。
 それでも――黒鷺城の堅固な造りは歴史上、稀に見る出来であろう――それを改めて、改築した本人である雪比良は実感していた。
 放っていたクサからの得た情報を元に、図を書き直している。城を中心に描かれた図には、互いの戦力が書きこまれていた。
 現状は、不利だった。
 しかし兵の数こそ鬼告、風凪連合の方が多いが、城攻めという手間を考えればまだ手はある。
 寝所で書いていた筆を置き、雪比良は扇子を手にした。
「それも、橘宗茂という金剛機がいなければの話だがねぇ」
 橘宗茂――風凪の傑作と他国に評され、その戦いぶりと姿から、猛火と恐れられる金剛機だ。
 先日の出来事を思い出し、彼は腸の煮え返る思いだったが――雪比良は徹底した現実主義者だ――過去の記憶を頭の隅にやり、閉じた扇子で開いた手を叩いた。
 倒せない手がないわけでもない。戦場の流れにもよるが、サムライ部隊を特効させれば駆逐できるであろうし、うまくいけば回収することも可能だろう。
 問題は部隊で最も腕の立ち、サムライ大将である雪比良の自信作『菊裡』が囚われの身であることだ。
「ご報告がこざいます」
 雪比良の真上から唐突に声がかかった。
「どうした?」
 が、彼は驚くことなく先を促した。放っていたクサの声だからだ。
「菊裡様の回収に失敗いたしました。さらに菊裡様は橘宗茂に協力したため、謀反の恐れがあります」
「なんだとッ!」
 雪比良は声を荒げ、天井を見上げた。天井裏にひかえたクサが見えるはずもないのだが、つい身体が動いたのだ。
 機面金剛機を九体差し向けたのは、橘宗茂を倒すためではない。菊裡の回収と、足止めのためだ。
 苛立たしげに扇子で机を叩き、雪比良は思案にふけった。
 珠を砕かれていたのは見ていた。だが菊裡自身でサムライ化ができずとも、それは外から変化させてやればよい……そう考えていたのだが。
「計画を変更せねばなるまい……」
 独りごち、鬼告、風凪連合の兵力から様々な戦略の可能性を探っていると、
「よろしいですか?」
 襖の奥からかかった声に雪比良は思考を中断した。
「かまわぬよ」
「失礼します」
 一言の礼の後、開いた襖から座した白葉が姿を現した。
「やはりここでしたか。ご領主様や家臣の方々が探しておられましたが」
「かまわん。組織とは上に立つものがいなくとも動くようにできている。判断できぬ問題があれば、お前のようにここにくるだけだ」
 白葉は、微笑した。
「何か、ありましたか?」
「何がだ?」
 彼の言葉に、雪比良は目を細めて見据えた。
「いえ、少し苛立っているように見えたもので。ご機嫌を損ねたのであれば申し訳ございません」
 白葉は若くして陰陽頭に抜擢されたとはいえ、雪比良は軍師にあたる。平伏し、白葉は非礼を詫びた。
 雪比良は鼻を一つ鳴らし、頭を上げるように伝えると、次いで、
「あのヨロイ、動かせるか」
「……かまわないのですか?」
「納得はいかぬがな。計画に修正せねばならなくなった。お前を戦況を見ればわかるであろう」
「杳姫様が喜びます」
「……姫の淡い恋心を利用するのは、あまり感心せぬがねぇ、葉彦」
あえて、雪比良は含み笑いをこめて伝えた。
「なんのことでしょう。姫が幼き頃よりお世話をさせていただきましたが、臣下の礼を汚した覚えはありませぬ」
雪比良の言葉に、白葉は柔和な笑みで答える。
その表情を見、彼は腹を抱えて笑いたくなった。まだ若造だと再認識せざるを得ない。表情こそ微笑をたたえているが、目が笑っていない。言葉も普段より多弁だ。
図星をつかれた場合、そういった演技で逆に惑わす場合もあるが、白葉からそんな様子は微塵も感じられない。
(まだまた青いな)
失笑を胸に秘め、
「ならばかまわぬよ。たが、お前は他国の子だったのだ。家臣には信頼していない者も多い。殿の気紛れで今の立場にいること、肝に銘じておくがよい」
釘を刺すという行為は、つまるところ再認識させることだ。他人から指摘されれば、意識せざるをえない。
伝えるだけ伝えると、愉悦にわずかながら肩を震わせた。
「下がるがよい。ご領主様には後ほど行くと伝えておけ」

襖を閉じ……息を吐くことを忘れていた自分に驚き、白葉は自虐的に苦笑した。
他国の子。そして葉彦。
今の彼の立場から――陰陽頭という役職上――面と向かって言う者が少なくなってきたのだが、久々に言われた。
自分でも動揺が顔に現れていたことには、気づいていた。
父が殺され、兄が殺された。次に幼かった葉彦――白葉の番というところで、同盟国の軍師だった雪比良と菊裡に救われたのだ。
時折、自分がなんのために生きているのかわからなくなる。
自問を現すようなわずかな沈黙の後、誰かを小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。細い指先で首をかく。
「こんなことを考えるようでは……悪役には向かないな」
ふぅ……と、意識していなかった疲れが口からこぼれた。
「いつから……誰が、誰の掌の上で踊っているのだろうな」
過去を懐かしむような目をしたが、それも一瞬だ。
目蓋を閉じ、開く。
次に現れたのは、揺らぐことのない強固な意志を秘めた瞳。
それ以上は自問せず、白葉は歩きだした。
時刻は溯り、開戦直後の山中。
 その頃、暮宵と紅月は風凪の兵に追われていた。
 暮宵一人であれば、難なく撒(ま)いていたであろう。が、今は紅月を背負うての事。
 滝壷近くに差掛かったとき、暮宵は紅月を隠す事にした。
「暫くジッとしていて下さいな」
 紅月を茂みに隠すと、暮宵は川下へ追手を引付け移動した。

 滝口にて覗いていた蚤丸は、暮宵を追おうとしたが、すぐに引き返した。
――おっと、野郎の元に誰か来やがった。ありゃあ……俺の『ご同類』か?
 蚤丸は暫く見届ける事にした。

 紅月に近付いて来たのは、光蓮であった。
「ふふん、ココでキミが舞台を降りたら台無しになるんでね。役に見合う様、『手』を加えさせて貰おうか」
 光蓮が袂から取出した紙片は、たちまち幼い巫女となり、昏睡している紅月を軽々と持ち上げた。
 そのまま三人は姿を消した為、残ったのは蚤丸一人になった。
「はぁ、何だ、ありゃあ? 坊主なんだか呪い師なんだか。へへ、まぁ、男にゃ様は無ぇ。」
 蚤丸は滝壷へ降りながら、戻ってくる暮宵をどのように『救って』やろうか考えて、ニヤついていた。
緋色のからくりの手より無数の刃が繰り出されるや、疾風となって己の体を打ち据え、砕いた。途方もない程の痛みと共に意識が薄れて消え、枯れた大地にどぅと倒れ伏す。
切り付けられざまに錦の結い紐が切り飛ばされ、長くのばされ無造作に頭頂で結われた青黒い髪がはらりと落ちて戦に望むサムライとしては白過ぎる位に白いうなじに落ちかかり、血濡れの花の咲く枯れた大地に倒れ伏した血染めの身体と衣を被った。

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かぁごめ…かごめぇ…
無明の闇の中わらべ謡が沸き上がる

その謡がほの白い桃花となって無明の闇にほんのりとした明かりを燈す。
ほのかな明かりに照らされた薄暗がりのなか薄紅の桜が咲き、桜が散る。
花衣のように篝火のなか花吹雪の舞う高橋の家の白砂の枯れ山水の庭の中程、乳母の黹娜濔(ちなみ)に手を取られた自分は、流水に菊華と青鷺が透かし彫りにされた銀細工の平打ちの銀簪で十重二十重に髪を結われ白絹のかつぎをかむり、白地に銀綾の錦の嫁入り衣装裾を纏う。纏ううちぎの袖先と裾には簪と同じく白絹と銀糸錦糸で様々な菊と篝火に遊ぶ青鷺の姿が抜いとられ、真の篝火と白砂の灯りに淡く光り、まるで天女かなにかのよう。
対し真砂の白砂で造られ、一対の桜の老木を後ろに控えた盆宵築山の前に配された緋と蒼の大ヨロイの元に設えられた桟敷の上には水輪に不如帰の浮き紋の装束姿の思い人。
薄暗がりに燃え上がる篝火に照らし出された白砂の庭を乳母に手を取られてしずしずと進んでヨロイの前に設えられた桟敷へと上がり始めより定められた思い人の右に座を占めてそれぞれに桟敷の後ろに置かれた三宝の傍に控える侍女が差し出す酒精の満たされた朱塗りの玉杯をそれぞれに手に取って契りの盃が交わされる。
ほんのりと嬉しさと恥ずかしさと酒精がないまぜになってほんのりと互いの頬を染める。
思い人が微笑んだ…
その笑みが颯を呼び、颯が散り逝く桜を吹き上げて散らせ、舞い上がった花びらが薄闇の天より降り下り互いの手に取られた盃の中に散って逝く……

いついつでやる……

わらべ謡が再び沸き上がった
舞い散り舞い上がりそして虚空より降り下りる桜花が颯が三度吹き上げると桜のはなは、燃え上がって火の粉と変わり二人を囲む。
吹き抜ける颯は火の粉を焔の嵐となって渦を巻き二人を包み込んでさらに高く吹き上げる、吹き上がった焔は明けの空のように朱に天を焦がし全てを焼き尽くしてゆく。

よあけのばんに…

颯が焔を切り裂く。
切り裂かれた焔が二手に割れて目の前が開ける。

全てが燃えていた…
館も母や侍女たちがみを寄せる寺も全てが紅く、かしこに緋色の炎の花が咲き、全てが燼にの帰そうとしている。
上より続く

数少ない手勢と己と思い人、そして末の弟の駆るヨロイとで猛火のなかを進んでゆく。一つ前を塞ぐ敵の手勢を散らせば三対のヨロイを護り封ずる手勢はゆるりゆるりと滅んでゆく
それでも進もうと前のつかえを蹴散らしても蹴散らしても前を塞ぐ者どもは、猛火を背に雲蚊のごとく沸き上がっては取り囲む
一際高く火柱が上がり、地響きと怒声にもにたときの声が広がってゆく。
気がつけば周りには誰もおらず、己を護る護り手は全て屍と代わり、焼け落ちてなお燃え盛る寺の前には甲空を剥ぎ取られた思い人の大ヨロイ《轟煕(ごうき》、その足元には数多の槍を受け、槍ぶすまになった人影が業火に照らされている。その人影は微笑んでいた。数え切れないほどの鋼の刃が突き刺さった体は、流れ出る血で朱に飾られ背後に燃えるかつて寺であったものの残骸から来るほのあかりでさらに赤く燃え、まるで焔そのものに見える。ざくり…
槍ぶすまになったまま、ヨロイの傍らに突き刺さったヨロイ小太刀頑張って引き抜かれ未だ周りを取り囲む手勢を切り倒し続ける。

つるとかめがつうぺったあ…わらべ謡が剣激と重なる
思い人の口元がゆっくりと動く。
「『愛(めぐ)し君……』」思いのきざはしが言の葉として昇り、ほほ笑みが広がり思いが眼から溢れた。
「そなたは逃げよ…逃げ延びこの謀反の様を父者にお伝えするのだ」
歪んだ鏡面と鋼の巨体に御霊と身体とを封じられた己にかけられた詞にその声に感じ吾知らず涙が溢れる。流れた涙がさらに視界を歪めてゆく、歪んだ視界に鮮やかな血の花が咲いた。
「『愛(めぐ)し君―。』」声の枯れた思い人の口が音のない言の葉を紡ぐ。
だが、紡がれた言の葉は己の元に届く事なく業火に呑まれて消えた。

つぶやくようにわらべの謡が途切れた。

うしろのしょうめんだぁれ?


『―――。』
『む……ひぃ……まぁ…!!』

己の絶叫で正気をとりもどす。
目を開け、身体を起こそうと頭を擡げようとするがぴくりとも動かず、凄まじい痛みが襲う。
「きずかれましたな」
足元には年老いた僧が薬草を薬研ですり潰している。気を失っている間、介抱をしていたようだ
「私と薬師で断ち切られた筋を繋ぎ、骨を継ぎましたですが動けるまでには後、半日はゆうにかかりましょう」
そう言うと煎じ薬をわれた茶碗に注ぎ己の唇へ宛がう「まずはこれをお飲みになり再びお休みください」
宛がわれるままに煎じ薬を飲み下す。
「毒ではあるまいな?」
飲み終えて人心地つくやいな問う。
上より続く

「毒などと…滅相もない
今差し上げたものは血を造り、気を増すもの」
そういいつつ薬研で挽いた薬草を乳鉢に空けなかの物と混ぜ併せて変えのあて物に塗り付けて湿布を造り
襦袢を開いて血の染みたさらしを取って新しい湿布を貼って再び新たなさらしに巻き変える。
年老いて萎びた手が傷付いた肌に触れるたびに身体の最も深いところに打たれた式が身体の傷を癒す生気をうるために目覚めて行き、傷がうむ熱とは異なる熱を生み始めるのを感じる。
その感触に唇を噛み、熱い情欲の吐息が漏れぬよう手当を続ける老僧より顔を背け、小さく震えながら眼をとじた。
 昨晩のそんなやりとりを、菊裡は遠い昔の出来事の様に感じていた。
 眼を開ければ、亡き夫『高橋宗尋』であったヒトが、金剛機『橘宗茂』であるヒトが、いる。
 ――このヒトは、『このわたくし』をどう思っているのだろう。
 その疑問の前に、一度は行動に移した決意も揺らいでしまい、宗茂に聞かれた今後の身の振り方にも無言で答えるのみであった。
 菊裡は、煮え切らない自分と、どこかはぐらかしぎみな宗茂に苛立ちながら、宗茂が用意していた若武者風の装束に袖を通した。
 着替えている途中、表山門が騒がしくなったので、先に宗茂が向かった。菊裡も身支度を終え、後を追った。

 菊裡が姿を現したので、宗茂は山門にいた青年と山伏に改めて挨拶を促した。
「松永眞一郎久英(ひさひで)です。菊裡殿、ご無事そうでなによりです」
 青年――久英は、折り膝から菊裡の様子を見て安堵の息をついたが、逼迫した相は崩さなかった。
「…巣塚(山の)影角でござる。その、…遅ればせながら、……き、貴殿の救出に参った」
 山伏――影角は、仁王立ちのまま背中の行李(こうり)を下ろしもせず、玉の汗を流して、ようやくそれだけを口にした。
 菊裡は、仏頂面のまま先を進めた。
「ほう、救出とな」
「い、如何にも」
「おぬしら、二人で」
「…左様」
「この、わたくしを?」
「……」
 切羽詰った影角に代わり、久英が言葉をつないだ。
「如何にも。菊裡殿をお救いいたす」
 その断定した物言いと真っ直ぐな眼差しを受け止め、菊裡の貌に笑みが浮かんだ。
「…のう、ぬしさん。ここに辿り着くまで、誰かに襲われでもしましたかい? いったい誰からわたくしをお救いになるんで? よしんば『誰か』がいたとして、わたくしを虜にする輩。ぬしさんにお相手が務まりますんで?」
 微笑を浮かべながら刺す様な視線を放つ菊裡に、ものともせず我を通す久英、そして腕組みをして静観する宗茂に囲まれ、影角は命が縮む思いでいた。
――オイオイ、俺たちゃ地雷原の中歩いてる様なモンなんだぞ。もっと慎重にだな…。
 だが、久英が返した提案は、影角の思惑を粉々に打ち砕いて余りある予想外のモノであった。
「否。お相手するは菊裡殿ご自身。貴殿の『心の迷い』にありまする。それ故、今一度『サムライ変化』していただき、そこな敵将橘宗茂殿と立ち合うてもらいまする」
続き

 菊裡は、抜く手も見せず久英のうなじへ珠太刀を浴びせていた。横一文字に皮一枚分が斬られていた。
「戯言に付き合う気はございませぬゆえ。…軽々しく『サムライ変化』と云うてくれなさるが、そはぬしさんのそっ首ほどの軽さですかいなぁ。小姓に代えは利いても、命に代えは利きませぬわなぁ」
「い、いや…菊裡殿。これは、言葉の綾で…」
 取り繕う影角を手で制し、久英は続けた。
「戯言にありませぬ。菊裡殿、ヨロイと剣士を同時に捌く貴殿が、此処にこうしている事こそなによりの証拠。此度は邪魔が入りませぬゆえ、今一度敵将とやりおうて、うちかって下され」
「ぬしさ…」
「……承知した」
 渋る菊裡を他所に、宗茂が応じた。沈黙を守っていた宗茂の突然の受諾に、鋭角や菊裡はおろか言い出した本人の久英までが、呆気に取られた。
 これは久英にとって、願ってもない展開であった。菊裡の説得には自信があったものの、宗茂に対しては皆目見当がついていなかった。害こそあれ利のない、此方(こちら)の都合のみの物言いだ。相手の矜持と慢心に訴えるしかなかったが、それも杞憂に終わった。
「尋常なる勝負を所望であったな。」
 宗茂は、影角の持っていた錫杖を有無を言わせず受け取ると、庭の中ほどに進み、刀代わりにして構えをとった。
「…菊裡殿、サムライ変化して参られよ。……愛(めぐ)し君よ、いざ」
 菊裡が、ついで影角が、宗茂のとった『構え』を見るに至り、ようやく宗茂の真意を悟った。
「おぬし、今、わたくしが自力でサムライ変化出来ぬのは知っておろうな。して、その方法は」
 菊裡の貌に浮かぶ『笑み』の変化に、宗茂の一言に、一抹の不安を覚えながらも久英は気を良くした。
「我が操気術が、珠の代わりを致しまする。この命に換えましても」
「死ぬでない。礼が言えぬ」
 羽織をもろ肌脱ぎにして、菊裡は気を全身の白粉彫りに集中させた。
「いまだ。やれぃ」
 菊裡の合図に、久英は背後に回りこんで渾身の掌底による気撃を放った。菊裡の全身に呪文が現れ、白光し、蒼みを帯びてサムライ化を完了させた。
「さぁて、この後の菊裡の行動次第だが…、お主の(望む)目は万に一つも…」
 不足分を一手に引き受けた久英は骸(むくろ)のごとく痩せ細り、影角に支えられて辛うじて前を向いていた。頭上での影角のつぶやきすら聞き取れず、もはや焦点定まらぬ視界に菊裡の姿を収めるのが関の山であった。
 珠の助力がない菊裡のサムライ化に伴う霊気の不足は、実に屈強な兵(つわもの)の四人分に相当する。いくら菊裡本人の負担を増そうと、久英が生きているのは奇跡といえよう。
 もっとも、久英にとって幸いだったのは、一命を取り留めた事よりも、今までに見た事のない、晴れやかな美しい菊裡の笑顔が見れた事かも知れない。
続き

 宗茂にとっても、コレは大いなる賭けであった。
 眼を向ければ、かつて奥『菊裡』であったひとが、今は敵サムライ大将『菊裡』であるひとが、いる。
 この世で再び逢えようとは、夢にも思ってなかった事。想いが未だ変わらずあろうとも、己に『高橋宗尋』であるモノが、証を立てるモノが『記憶』以外何も無いのだ。百歩譲り、相手に判ってもらえたとして、一度死んだ人間なのだ。相手の、菊裡の心の中で死んでいないと、如何していえよう。
――このような『虞(おそれ)』、いづれの戦場でも抱かなんだわ。
 だが、機面金剛機の襲撃により、今また目前の問答を聴くに至り、菊裡の胸の内を知った。
――ならば、たまさかのこの一会。無駄には出来ぬ。
 宗茂は、想いのたけをぶつけるべく、風凪の古式剣舞の構えをとり、菊裡を誘った。

「はぁ、まさかこんな処でお目に掛かるたぁ、思わなかったが…『二頭獅子桂の峠』。いや、それ以前の問題か」
 影角は、半ば呆然としながら成り行きを見守る事にした。
 サムライ化した菊裡が位置につき、そして、普段と異なる構えをとった。同じく風凪の古式
剣舞の構え。そして、人外の手による華麗にして苛烈な剣舞が始まった。
 影角が訝(いぶか)り呆れるのも無理はなかった。そも『二頭獅子桂の峠』とは、風凪の武家筋に伝わる伝統舞踊であり、公の祝宴とりわけ婚礼の席にて披露されるモノだ。
 それを、この様な場で、金剛機とサムライが――朱き炎と蒼き鷺が力の限り、想いの限り舞っていた。
「正にこの世ならぬ……、いやいや、この世ならでは…この天羅ならではの、あわれかよ」
その眺めは幽玄かつ苛烈を極めその美しさは千金に値した。
錫杖と蒼き気を纏った大太刀が空を切り宵闇に冴えざえと降る月明かりを凪ぐ
切り結ぶ音と鞘当てる気迫が兒玉と火の花となって散る。
緋凰の影が杖を討ち入れて切り結び一つ太刀遇わせる音がすれば、菊裡の肌から汗が散り、宗茂の身体からは淡い薄紅の闘気が立ち上り、互いに鍔競って裡に入って離れれば二呼吸のまにうすうく皮一枚乳房の上の花びらのごとき痣が断ち切られ血の珠が吹雪となって宗茂に降り下り、太刀打つ音が三つなれば刃と錫杖のぶつかりが、互いが互いの動きをかわして形作られる流れが一つの舞となって古式ゆかしい剣舞を続ける二人を艶やかに飾る

その一対の舞に彩を添える唄いが対峙する二人に合力をするように紡がれる

颯廻りし篠原に頭上げ行き夫婦獅子

男とも女ともつきがたい声は鬼気迫る幽玄の舞が舞われる寺の前庭よりも後ろの母屋から聞こえ、その地唄いに合わせるように甲高い打ち鼓の音が鍔ぜり、打ち合う太刀と杖に合わせるが如く拍子をとるように打ち鳴らされる。
目の前に繰り広げられる
死気を纏う剣武の舞から目を離せずにいた影角が声のするほうへ目を凝らす。
死舞の後ろ、寺の上がり縁に風凪の小姓が纏うという浅黄の脅しの戦装束に身をかため、大鼓を傍らに置く少女が朗々とした声で「二頭獅子桂の峠」地唄いを大鼓で拍子をとって歌い上げてゆく
影角はその少女の面差しをしかと見て驚いた。
その眼のあるべきところは月明かりで柔らかな輝きを帯びた錦の目隠しに覆われており、けしてその瞳が覗くことはない、そしてその目隠しにびっしりと織り込まれた『如意輪輝闇音声光』の文字に二つの名を思い出していた
「あ…あれは…うてな…」風凪の蜂首にかつて庵を構え数々の奇僑な剣姫を生み出した異形のクグツ師乙羽鐵峨哉の遺作といわれる剣姫《『無明』のうてな》。鐵峨哉最晩年に創られた連作《日明かり》の最後の姫。死の間際に全てを注いで創られたが、その行方のようと知れないその剣姫が人ならぬ者達が舞う剣舞の唄いを務めていた
唄いが進み大鼓の音が刻まれるたびに美しくも苛烈な剣と杖の舞はさらに美しさと苛烈さ、凄まじさをまして寺の前庭に荒れ狂う
それでもなお互いの瞳はすんでお互いを見つめ
交わす剣がお互いの胸に去来する想いの全て映していた
カン…カンカンカン……
一つ二つ三つと仕舞いを告げる大鼓の音が響いて、唄いと囃子がやんだ
変わって響くのはクサが弓弦を引き絞って放たれる
火矢とその火が落ちて今まさに燃え盛らんとする寺社の
屋根や梁がはぜる音。
 猛火迫る中でも涼しい顔をして大鼓を懐から出した漆黒の錦の袋へと仕舞い、楚々も言えるし草で己の後ろ手にある三振りの刀と小さな一組の金朱の杯を取り上げ、まだ火の粉のかからぬ張り出し縁から台がゆるゆると立ち上がり
鳳峪の型で舞を終えた二人の侍大将の間へと半ひざ付きにして
座して控えそれぞれに手にした―――宗重には朱の拵えに菊の蒔絵の珠の大太刀と小杯、菊裡にはの水輪に不如帰の遊ぶ意匠の螺鈿の透かしの施された漆黒の懐剣、それを入れる錦の袋もまた漆黒で向日菱に不如帰の縫い取りがあるものと小杯―――
ものを奉げ、ぽつりとこういった。
「《定めの血盃》をもってそれぞけの再びの縁を固められませ」
そのぼうようと思えるうてなの言葉に影角が瞠目し、
心のうちで吼えた。
『なんということだ!この場…この危急の戦場に取って代わろうとするこの場に及んで《固めの杯》をとれだと?
古式剣舞《二頭獅子》ついで《定めの血盃》ときた、《定めの血盃》といえば、今はなき水坂の……!!』
「一族郎党皆殺しだったはずじゃ…」
古から脈々と続く儀式が風雲急を告げるこの場で
粛々と進められている。
まずは宗重が大太刀を刃を上にして抜き菊裡の前に差し出す。
その太刀の上に菊裡が左の手首を乗せて刃の上で皮膚一枚を
そっと引き、惹かれて切れた左の手首からあふれて大お太刀の刃の上を伝って落ちる血を杯に受け、宗茂に差し出す。
菊裡の血を受けた杯を菊裡の手から受け取り、その盃に口をつけ飲み干す。
最も宗茂は金剛機ゆえ実際に飲み干すことはかなわぬので
飲み干すそぶりを取り、盃の中の血は菊裡が自ら傷つけた
左の腕に注ぎ、菊裡の血でぬれたからくりの左の腕で
式によって歪に変化した漁の乳房にそおっと触れると
儀式にのっとりは菊裡に言葉をかける
「今たまいし昔たまいし愛しき方よ、はるけき昔よりこなたまでこなたよりはるけき久遠までともにいざ参らんことを
そなたとわし鬼道の果てにあってもともに手をとることを願う。」
菊裡もまた古の所作で答える。
筒袴のすそを破りとって左の腕を血止めをし、控えるうてなが
宗重の手にある小杯に血の代わりの紅の酒を腰のひさごを取って注ぐとそれを宗茂が菊裡に手渡し、受け取った菊裡もまた
盃に口を付けて飲み、わずかに残った血の代わりの紅の酒を
己の左の腕に注ぐと紅の酒を注いだほうの手で宗茂の利き腕と
胸に触れてかけられた言葉に応えを返す。
「昔たまいし今たまいし愛しき背の方。今たまさかの想いとともに苦ありても、また楽来たれり時もともに手をとり、行くことを願う。そがまた鬼道の果てなれどもそばにあることを誓う」
その言葉とともに束ねていた黝い髪を束ねたままに切り取り
その束を宗茂へと差し出した
その髪と共に宗茂が菊裡の手を取る。
「」今ここにありて」
互いに手をとり向かい合ったまま声を上げる。
「今ともに行かん。」
二つの声がそろってこだまする。
互いに視線を交わすと取り囲むクサに退治すべく
燃え上がる寺社を背に互いが互いの獲物を構えた。
 すっかり死体で埋め尽くされた山門から、菊裡は彼方の黒鷺城を仰ぎ見た。
 先ほどの一戦で、菊裡の胸の内に疑念が湧き出していた。
……あのクサども、朱鷺や風凪の手の者でもなかった。全体が、見えない。此度の一件……想像以上に深い?
 各々が一息いれたところで、再び気配が山門を駆け上がってきた。
 一同は、身構えはしたもののそれ以上は動かなかった。殺気を感じなかった為だ。
 一同が注視する中、ひょっこりと姿を現したのは鬼の忍――ユリィハであった。

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