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戦国軍記研究コミュの伊束法師物語注解・1

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   伊東法師物語

    目録

 一  岡崎駿府と一味の事
 二  廣忠公御逝去の事
 三  安祥城駿州より攻討并竹千代殿御帰国の事
 四  竹千代殿駿州在府并御供衆の事
 五  同君御軍初めの事
 六  岡崎一門中并家老衆今川義元へ訴の事
 七  大高城へ兵粮入の事
 八  義元尾州へ発向の事并義元於桶狭間討死の事
已下第下巻
 九  岡崎へ御帰城有の事并今川氏真と御手切の事
 十  織田信長領分岡崎境目の城々と合戦の事
 十一 西三河西尾の城落去の事
 十二 元康公信長と御和〔平〕の事
 十三 軍法御相傳并御名乗替の事
 十四 東[西イ]三河衆宗門逆徒の事
 十五 牛窪吉田長沢三ケの城落去の事
 十六 一ノ宮後詰の事
 十七 佐脇八幡の砦落去の事
 十八 吉田の城明渡す事
 十九 家康公武田晴信と國切兼約の事
 廿  濱松の城落去并掛川城明渡す事
        以上

コメント(6)

注1

一行目>伊東法師物語

 本来「伊束」でなければならないところが「伊東」となっている。諸本の中でも「伊東」となっている物は少なくない。「伊束」の誤写である。
 「伊東」が間違いで「伊束」が正しいという根拠は、織田信長が「意足」と言う人物に宛てたと言う朱印状である。次に挙げるのがそれである。

(二九二)尾張意足軒宛朱印状(『今井理一氏所蔵文書』○尾張)

熱田末社高倉宮遷宮之儀、可致執行之旨、可然候、依之青銅五千疋令寄附候、自然諸禰宜并役者往古之例之族雖有之、不可有許容、若於違背之輩者、可為曲事候、尚以諸末社無退転□神前之輩及神主等無油断之様可被申付候、悉之、以状、
  元亀弐
    八月七日           信長(朱印)
     意足軒

     『増訂 織田信長文書の研究』【吉川弘文館】

 この「意足軒」が「伊束」であろうと思われる。字が違うが、その点は大した問題ではないだろう。音が通じている事と、「意足」が「いそく」としか読めない事が重要と思われる。
注1の補足

しかし、この「意足軒」なる人物が果たして「伊束」かと言われるとツライ(苦笑)。
伊束は僧侶と伝えられているが、この文面では内容に食い違いが…?

 等々、ツッコミどころは多い。
ややや!これは凄い!一宮市史ですか!
なるほど、これを書いてた現役の時には気が付かなかった…。

うーむ、この文章には私が知っている伊束に関する情報で、
知らない事が幾つか入っていますね。と言う事は、少なくとも
ここで挙げられた内容を示す「何か」があったはずなのです。
こりゃ面白くなってきました!
やまちゃんさんありがとうございます!

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