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戦国軍記研究コミュの伊束法師物語注解について

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 大学時代の卒論『翻刻・伊束法師物語』の内容を進めて、それぞれの章段ごとを基本に注解を加える作業をそろそろ始めようかと思います。皆様の研究の一助になればとも思います。至らぬ点がありましたら、このトピか、各章段のトピにてお知らせ下さい。
 なお、このトピは以降の注釈の凡例や総合的な話題に関して議論する場所としたいと思います。よろしくお願い致します。

 ☆なお、これらの一連のトピの内容に関する権利は、一応、注解をするの加学究にあるものとします。

 ★形式は「トップに内容」を、「コメントに注釈」と言う形式を採りたいと思います。各内容に疑問やご意見がありましたら、出来るだけそのトピ内にてご意見をお寄せ下さい。そうした上で、内容を通読される方の便を図りたいと思います。

コメント(2)

   『伊束法師物語』本文翻刻について

 今回この論文に収める翻刻の底本としたのは、国立国会図書館蔵二冊本『伊東法師物語』であるのだが、この本は最善本とはよほど遠い処に位置する本であると言うことを予めお断りしておかねばなるまい。これについては当方の諸般事情と言うことでご納得頂く外ない。
 しかしながら今回の段階で最善本ではないにしろ、本書は本邦初で翻刻されるものである。諸本については別記するが、これら諸本は三類に分類することが出来ると考えられる。この分類についても別に項を割きたい。
 さて、国立国会図書館蔵二冊本『伊東法師物語』を底本として翻刻をするに当たっては、一部の漢字を通用の字体に改め、句読点を加え、頁の体裁を塩梅するなど、原本の体裁を改めるところがあった。この処置は原本に忠実にと言う今回の翻刻方針に外れるものであることは承知していたが、テキストデータ化に際し、異体字、旧字体等不便な点があったので、便宜上この処置に踏み切った。また、翻刻に当たっては大旨次のごとき標準によった。
 一、一部の異体字は通用の字体に改めた。
 二、ごく一部の旧字体は通用の字体に改めた。
 三、出来得る限りの異体字、旧字体はそのままとした。
 四、原文の仮名遣いもそのままとしたが、仮名はすべて現行体に改めた。
 五、原文の誤写・脱字と思われる部分はそのままにして「ママ」を附け、それと分かるようにした上、註を施し読解の便をはかった。但し、ミセケチ等の書写者が訂正している部分はその訂正により改めた。
 六、章末にある筆者の私註と考えられるものや、文中に出でくる書状、制札等は原文の一行の文字数そのままとして、それと区別がつくようにした。
 七、原文中の判読不能の文字は、それと可能性がある文字を〔  〕に入れ、区別がつくようにした。
 八、原文中に存在した空白部分は諸本により補った。また、その部分には印を附け、註によって原文の形に戻れるようにした。
 九、原文中の頭註は、翻刻本文中のそれにふさわしい部分に(  )で入れ込んだ。また、傍註、割註は[  ]に入れてそれと分かるようにした。
   『伊束法師物語』概説及び書誌

 『伊束法師物語』は、軍学者・伊束が信長の紹介で家康に伺候、その際、岡崎において家康の伝記を記したのが本書であると言われている。その内容は家康が織田方の人質となる話(天文十六年・家康六歳)から浜松城入城の話(永禄十二年か元亀元年・家康二十八歳頃)までの約二十二年間を扱っている。しかし、その記述には疑問を抱かざる得ない処も散見され、史実との検証を必要とする。
 研究史としては、ほぼ唯一と言えるのが徳川方の史料『朝野旧聞襃藁』内にみられる註文であろう。『増訂国書解題』や『国書人名事典』にもその名を見つけることが出来るが、どれも物語内の奥書をその典拠としている様なので鵜呑みに出来ない。また近年、和泉書院から『戦国軍記事典』が出版されたが、その記述もまた物語内の記述をその典拠としていて、伊束の実像に迫ることは難しい。
 諸本は以外にも多く、名称も『伊束法師物語』の他に『伊束居士物語』『伊束岡崎記』『三遠平均記』『三河記』『三州岡崎秀栄記』等が存在する。そして異称も含めてその諸本を数えると国立国会図書館に三本、内閣文庫に五本、宮内庁書陵部に二本、東京大学図書館に二本、その他にも京都大学図書館、蓬左文庫等、その数は十本を下らない。しかし、それらの内、今回の翻刻・研究の素材として取り寄せた国立国会図書館蔵の三本と内閣文庫蔵の五本の併せて八本は、比較的に新しい物ばかりであって幕末を出るものはないと思われる。また後で一覧とするが、書写年代のはっきりした物も、嘉永六年、元治二年、明治十二年とやはり新しい物ばかりである。とは言っても先に述べた『朝野旧聞襃藁』は天保年間の成立であるから、最古本がそれを遡ることは間違いなく、さらに手元にはないのだが宮内庁書陵部と東京大学図書館に所蔵の『三遠平均記』は延宝年間の書写であると言う。延宝年間といえば十七世紀の後半と言うことになるから、時代をずっと遡ることが出来る。これらは今後の調査によって明らかにしたい。

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