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チベット死者の書コミュの人はなぜ生まれ変わろうとするのか

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それは心が本来的に、形象化したい、固体化したい、物質化したいという性向を
内在しているからだと思われます。
宇宙そのものが現象化したいという、アーラヤ識的欲望によって作り出されてきているわけです。

私という〈個〉を解体して、〈光〉へと溶け入っていく恍惚的なタナトス(死の衝動)よりも、
再び形象化し物質化していきたいという、エロス的衝動のほうが、はるかに強いのだと思われます。

生と死の絶妙なバランスの全体性、そこの生の妙味があるのではないでしょうか。
生は死によって、照らし出されてくるのです。

死によって照らし出された生。
それがいま問題となっているわけです。
私たちの生そのものが、幾たびもの死を経てきた生なのです。

いま私たちに問われているのは、解脱でも輪廻でもなく、
死を内包した生をもう一度見つめ直すことです。

私たちはもうすでに生まれ変わっているのです。幾億回も。

コメント(12)

質問させてください。

19世紀以降、医療技術の発達などにより人類の人口は爆発的に増えましたが、
仮に魂が存在するとして、それが一定の数であり、増加しないのであれば、
輪廻は人口増加についていけないのではないでしょうか。
もし魂も増加するのであれば、常に新しい魂が生まれ、
ある人はまだ一度も輪廻を経験していない、ということになるのでしょうか。
大乗仏教では、民衆が仏教を信じやすいようにと、輪廻というものを定義しましたが、
小乗仏教では、人間の至りつく処は無である、とされているので私は輪廻を信じないのですが、
もし輪廻が存在するとすれば、それは人口爆発をどのように処理するのでしょうか。

くだらない質問かもしれませんが、
小さい頃から疑問だったので質問してみました。
よろしくお願いします。
>ミズエさん
人間が増えれば動植物が減る...
ボクは輪廻=人間→人間とは限らず、カルマによって人間→動物→昆虫→植物などに輪廻していくものだと考えます。

じんさんのおっしゃるとおり、輪廻は必ずしも人間だけがするものではないと思います。

この世にあるすべての命が輪廻していると思います。
魂は人間をはじめ、さまざまなものに生まれ変わるといわれます。

その命の今生の生き方によって、次にどんなふうに生まれ変わるかが決まるといわれます。。。。仏教ではそれを六道輪廻という形で説いていますね。

世界的に人口が増えているということは、人間に生まれ変わる魂が増えているということなのでしょうか?

悟りを開けるのは人間だけとされていますから、それだけチャンスを得た魂が増えているということですね。これは良いことなのでしょうね。

輪廻なくして現状を説明できませんね。
貧富の差、能力の差、見た目、あらゆる現象が過去、未来に影響するのです
はじめまして
カルマ・ランジュンと申します。

カギュ派とニンマのラマに伝統的な教えを学んでいますが、
このトピックで最初に唄われている部分は、仏教の初期の頃あらある十二縁起支の説と同じことが言われてますね。

渇愛が起こるのは、三界にあり、接触を起こし、好き嫌いの分別を起こし、母体に入り込み人間に生まれてしまう。


『死者の書』で示されている内容の信憑性はどう測るんでしょうね?

「人はなぜ生まれ変わろうとするのか」というのは心の連続体に着目した言い方なのですね?

すなわち、人は無意識レベルに横たわる心の連続体に着目するなら、当人の日常意識がどうであろうと誰もが「生まれ変わろうと」している、
という意味ですね?

日常意識においては生まれ変わろうなんて考えてる人は極めて少数だと思います
とすると、
六道に輪廻するモノたちの数は
増えたり減ったりしない
ということになりませんか?

この前提からは
「生命の総数」という母体は一定である
という結論が出てきますが…

キリスト教の「神が宇宙を創り給うた」
という大命題をめぐる論争とも
共通するような気がしますが
150億年前のビッグバンのときは
六道に輪廻するものらは
どこにいたのか?
という質問には答えられなくなります

白亜紀に発生した大量の生命体は
輪廻していなかったのか?
というバカな論理に発展します

そのように捉えてしまうと
この偉大な教えの解釈を
誤ってしまうのではありませんか?

大切なのは
「我々はどこから来たのか」
「どこへ行こうとしているのか」
という自問に答えてくれる
「意識の流れは普遍である」
という教えだけでは
ありませんか?
理性によってモノを考えようとすれば当然ハムバッカーさんの言うように突き詰められて来ると思います
そしてそれは決して立証できない霧の中へと逃げてしまうでしょう

だから、ここからはまさに信仰の問題となるのだと思います
立証しきれないことでも信じるか否か?
理性による検証を経ていないことをあなたは〈真実〉だと信じるか否か?

それでも「信じる」と言う時、それはなぜなのか?


一人一人に問われる問題だと思います
トップの文章は解脱あるいは悟りをタナトスとしてとらえているように読めますが、これについては逆にエロスとしてとらえる見方もありますね。

トップの文章ではエロスが身体を得ることに限定されているようにも読めますが、すでに身体を得た人間が究極の一者あるいは意識の最高段階を求める欲動をエロスととらえる見方もありますね。
はじめましてっ。カバラタロット占いを教えていますりりあと申しますっ。m(_ _)m

9世紀以降、医療技術の発達などにより人類の人口は爆発的に増えましたが、
仮に魂が存在するとして、それが一定の数であり、増加しないのであれば、
輪廻は人口増加についていけないのではないでしょうか。←とありますが、人口は増加していますが、それを減らそうという働きもありますっ。それは自然災害であったり、戦争であったりします。(゜ε゜;)

もし魂も増加するのであれば、常に新しい魂が生まれ、ある人はまだ一度も輪廻を経験していない、ということになるのでしょうか。←魂は、肉体を持っているものもあれば、肉体を持っていないものもあるようで、この地球に生まれ変わらない魂もいるようです。

大乗仏教では、民衆が仏教を信じやすいようにと、輪廻というものを定義しましたが、小乗仏教では、人間の至りつく処は無である、とされているので私は輪廻を信じないのですが、 もし輪廻が存在するとすれば、それは人口爆発をどのように処理するのでしょうか。
←輪廻を信じるか信じないか。。。それを論議しても自分が経験してみなければ結局のところ、わからないと思います。しかし、人口が爆発的に増加したら、たとえば自然災害・天変地異・戦争などで自然淘汰されるようです。 (現実は恐いですねっ)(゜ε゜;)

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