紀勢本線コミュの太田・黒田遺跡／太田城跡

　和歌山駅の東側に広がる弥生時代前期～江戸時代にかけての複合遺跡。南北約850ｍ・東西約500ｍに及び、和歌山駅は遺跡の西端に当たる。和歌山駅東口に遺跡のプレートが立つ。
　この地域は縄文時代には海面下だったが、弥生時代に入って紀ノ川河口東岸の微高地となり、弥生時代後期には大規模な環濠集落に発展した。当時の紀ノ川は大きく蛇行しており、現在の和歌川が本流であった。
　神武天皇によって初代紀伊国造に任命されたとされる天道根命(ｱﾏﾉﾐﾁﾈﾉﾐｺﾄ)の子孫で、紀伊国一宮の日前(ﾋﾉｸﾏ)神宮・國懸(ｸﾆｶｶｽ)神宮宮司を代々務めた紀伊国造家の本拠でもあった。古代の紀ノ川河口は紀の水門(ﾐﾅﾄ)と呼ばれ、５世紀後半～６世紀前半にかけては大和朝廷の外港となっており、この地は港町として発達した。
　中世遺物としては瀬戸内地方と東海地方から持ち込まれた陶磁器が大量に出土しており、中世に於いても紀ノ川水運を利用した西日本と東日本の交易の要となっていた事が窺える。
　延徳年間(1489～91)に第64代国造紀俊連(ｷﾉﾄｼﾂﾗ)が、神領保護を目的として大規模な環濠集落の中に太田(ｵｵﾀﾞ)城や支城の秋月城を築城し、戦乱の時代に於いても外敵の攻撃に容易に屈しない防御力を備える事となった。
　天正４(1576)年には雑賀衆(ｻｲｶｼｭｳ)に属していた太田左近宗正が太田城を大規模に改修、東西二町半(約273ｍ)・南北二町(約218ｍ)のエリアに深い堀を巡らして、塁上には土壁、要所には高い櫓を設けたため、平字城ながら強固な構えとなった。城門は大門・南大門・西北門があった。
　天正５(1577)年に織田信長が雑賀攻めを行うと、太田左近は信長側に寝返ったが、信長軍が雑賀城攻略に失敗して撤退したため、翌年、雑賀孫一は裏切り者の太田左近を攻撃した。しかし、左近は根来寺の僧兵の援軍を得て奮戦、雑賀衆撃退に成功している。
　天正12(1584)年の小牧長久手合戦に際し、根来衆は徳川家康に組して和泉国から大坂城近くまで攻め上り、今回は太田左近・根来寺も雑賀衆と行動を共にした。
　この結果、天正13(1585)年３月10日に至り、内大臣羽柴秀吉は自ら100000人の大軍を率いて紀州攻めを開始、23日には根来寺が灰燼に帰し、24日に秀吉軍は太田城へ迫った。太田城守備兵は僅かに3000～5000人程度だったが、太田左近は徹底抗戦を継続した。秀吉は当初力攻めを試みたが、太田城鉄砲隊の攻撃で予想外の損害を受けたため、得意の水攻めに方針を転換、３月25日から紀ノ川の水を堰き止め、堤防造りを開始した。
　堤防は鉄砲の射程距離外となる城から300ｍ離れた周囲に築かれ、高さ３～５ｍ・幅30ｍ・長さ６㎞にも及んだが、東方は開けられていた。工事に要した人数は469200人に達し、昼夜突貫工事で６日間で完成、４月１日より水を入れ始めた。たまたま４月３日から数日間大雨が続いたため、太田城は浮城のような状態になった。秀吉は太田城から北１kmの黒田に本陣を構えた。
　太田城兵は水面を進撃して来る秀吉水軍艦船を鉄砲で次々と撃沈したり、堤防の一部を破壊するなど善戦を続けたが、次第に食料・弾薬が不足し始め、４月24日に至って太田左近以下幹部53名の首と引き換えに降伏を余儀なくされた。左近等の首は天王寺に晒され、太田城は焼き払われて廃城となった。なお、秀吉は一帯の百姓の刀狩を徹底的に行い、三年後に出される刀狩令の先駆けとなっている。
　また、日前神宮・國懸神宮も破却されて社領を没収され、第67代国造紀忠雄(ｷﾉﾀﾀﾞｵ)は追放されたが、和歌山城を築いた大和大納言豊臣秀長が仮社殿を設け、忠雄は宮司職に復帰した。
　江戸時代になると、初代紀州藩主となった大納言徳川頼宣が日前神宮・國懸神宮の社殿を再建して社領も与えたため、太田・黒田地区は門前町としての役割を果たすようになった。
　明治時代になると、太田城水攻めの伝承は荒唐無稽なでっち上げと見做される様になったが、平成時代になって和歌山大学等による研究調査の結果、従来から水害防止のために設けられていた堤防を利用する事で、短期間の内に壮大な堤防を築いた事が立証された。
　現在、太田城本丸跡には浄土宗来迎寺があり、太田左近の妻と伝えられる「砂」の墓がある。水攻め堤防は出水(ﾃﾞﾐｽﾞ)地区の一ヶ所のみが現存する。和歌山駅東口には太田左近の像も建つ。
　また、和歌山市橋向(ﾊｼﾑｶｲ)の浄土宗広瀬山無辺院大立寺(ﾀﾞｲﾘｭｳｼﾞ)山門〔和歌山市指定文化財〕は太田城大門を移築した物である。