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名言と愚行に関するWikiコミュのフリー書き込みトピック

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コメント(93)

どうもはじめまして。せっかくコミュに加入したので何か書きます。

hidehitoxさんの意見には基本的に同意するんですよ。
世の中には大量のトマトをぶん投げて騒ぐ祭もあるわけで、
食べ物で遊ぶ充実感>食べ物を食べる充実感
という式が自分の中で成り立っているんならば、食べ物を食べる行為こそがもったいない行為なんじゃないでしょうか。

で、
>私は、「食べものを粗末にするな」「不衛生だ」などの意見・クレームが
>脊髄反射的に用いられていて、「名言」的だなあと思い、少し不快でした。
というところがちょっとわからないんですね。

別にhidehitoxさんは今回の出来事で何も損してないですよね?なぜに不快になるんでしょうか。
もし、このwikiを読んだことであらゆる名言を不快に感じるようになったというのであれば、不快の種を増やすことになるこのようなwikiは読まないほうが健康的なんじゃないでしょうか。

「なんか変な事言ってるよな〜ハハハ」て笑い飛ばしてればいいんじゃないでしすかね。
>hidehitoxさん
お返事ありがとうございます。じゃあそれを踏まえて僕の意見を少々。

バカもブスも見方によっては楽しみの対象にできると思うんですよ。
例えばテレビのクイズ番組などで、出演者がバカな答を出して笑いを生むことがあるじゃないですか(意図的にやってるものもあるでしょうけど)。
ああいったことを思い出すと、バカに対して感じる不快は必ずしも生理的なものではなくて、姿勢によって改善できるんだと思います。
他にも、バカを見て優越感を感じるといった楽しみ方もあるかもしれません。
こういうやり方でバカに触れた際の不快は快に変えられるのではないかと。
ブスに関しても同様です。
当然避けられる不快はなるべく避けた方がいいでしょう?
さっきは「そんならこのwikiを読むな」ととれる書き方をしてしまいましたが「もっといい読み方があるんでないの」という書き方のほうがよかったですね。訂正します。

僕たちに世の中の多くのバカ・ブスを改めさせる能力がない以上、それらを面白がれるようになったほうがいいんじゃないでしょうか。

あと「あらゆる・・・」という記述は僕の誤読でしょうね。失礼しました。
>hidehitoxさん
バカを知性を使って調理することで楽しみにする、というやり方は確かに単に受け流すより面白いと思います。

ただ調理を行うきっかけは何かな、と考えた時に、別にそれが不快感でなくてもいいわけですよね。
hidehitoxさんも自分で言及してますが、調理のきっかけは違和感でも構わないわけです。

僕が一番言いたいことは「バカから不快を感じないようにすべきでは?」ということでして、エンターテイメントを生み出すための途中経過に不快感はやっぱりなくてもいいんじゃないかな〜と思いますね。

僕のさっきの例えは否定されちゃいましたが、まだ「バカから感じる不快は生理的なものである」は証明されてないですよね(ですよね?)。
実際僕はテラ豚丼にまつわる見当違いな言説を聞いて不快さを感じてないわけですが、これは僕が「自分に関係ない物事でいちいち不快になるなんてナンセンスだからやめるべきだ」と心がけているからだと思われます(もしくは僕自身がバカだからだと思われます)。

まあその心がけが徹底できているかというと怪しいんですけど。
いずれは全ての自分に無関係な物事を冷静に眺められるんじゃないですかね〜
なんだか僕の書き込みは「バカに対する不快感」と「自分に関係ない物事に対する不快感」がごっちゃになってますね。

今ここで語っているバカは自分の利害に直接関係のない人達ですので、「バカに関する〜」は「自分に関係ない〜」に含まれるものだと思ってください。
それでも文意は通じるはずですので。
>自分の意見や理論を押し通していくための大きな原動力となると思います
>筋の通った意見を持ち、不快な物事を打倒していきたいと思います。

ここでいう「押し通していく」とか「打倒」の対象はhidehitox氏に不快をもたらした意見とか人のこと?もうちょい詳しく。
つまり、日常から不快な意見に遭遇したら、自分の意見や活動、特に「やっつける」行為でもって不快から快にシフトしていくということ?

>自分の意見や理論を押し通していくための大きな原動力となると思います。

>その不快が自分に関係あろうとなかろうと、筋の通った意見を持ち、不快な物事を打倒していきたいと思います。

↑の勇ましい視点からすると、↓はとんでもなくダサくないか?

>できる限りはその不快な意見や人を変えさせるよう働きかけたいですが、時と場所と
>場合によっては相手を変えさせるまではいけないので、自分や自分に近しい人たちの
>間でそれらについて話題にし、意見をぶつけあうことでスカッとするようにしてます。

「やっつける」対象が「不愉快な人や意見」から「自分と同類の人やその人の意見」に変わってる。

それとも、やっつける対象は人やその意見自体だから、それらに賛同する自分に近しい人をやっつければ、もともとの対象であった「不愉快な人や意見」を打倒したことになるのかな?


全く押し通してないし打倒してない。
いや、そうではなく。発話者に働きかけができないテラ豚丼のような特殊な事例ならそうなんだが、上でも述べている通り、日常の話をしている。例えば、上の「不快な(非論理的な)物事を打倒する」というスローガンを標榜しているhidehitox氏が、普段の生活で論理的に正しいことをしているときに、非論理的な批判でそれをやめさせようとしている人(特に自分よりも立場の強い人)や意見が現れたときにどうするのか、ということ。ここを答えて欲しい。

あと、身近な人(≠同類の人)だとか喧嘩腰だとかは上で言うところのダサいダサくないには関係ない。
ダサイのは、「不快な(非論理的な)物事は打倒する」、「自分の意見を押し通す」等と息巻いてるにも関わらず、その対象の打倒が叶わないときに、ホームに閉じこもろうとする姿。
もっというと、もしそれで勝った気になっているとしたら、ひどく醜い。
それならば、氏は上の基準ではダサくはないだろう。失礼。
ということは、日常生活で遭遇したものも含む、理不尽で不快な意見を「やっつける」わけか。つまり、日頃から理屈に合わない要求には黙って従わないようにするということだね。
これは、ありがちな間違いだ。
まず、論理が通じる人自体がかなりの少数派であるという事実を思いだそう。そして、その他のほとんどが治らない(特に、理不尽な要求するような人物が、その場で自分の意見に固執しない場合は稀だ)。人は理屈に従うのではなく、論理を含めた総合的な「力」に従う。上司がいかに理不尽だろうと、弱者である部下は基本的に従うしかないし、部下がいかに論理的だろうと上司がアホだったら上司は従わない。論理的な人物とのやりとりでは理屈の強さがものを言う場合もあるだろうが、普通の人の場合は違う。むしろ、いくら筋が通った完璧な意見だろうと、自身の立場/権力に沿ぐわないならば、不快が快に転ずるどころか、余計に不愉快な思いをすることの方が多いだろう。理屈など所詮マイナーな言語。外国人に向けて使うものではない。

こうした「理屈に合わないことには従わない」(亜種としては「自分が悪くないときは謝らない」がある)系の名言の裏には、論理的なものへの宗教的な信仰が潜んでいる。これは、真理性と利便性の混同の一つ。ウィキでとつが重点的に解説しているのは、真理性が問われている場面で利便性を持ち出すことの愚かしさだが、これは「従うべきか否か、謝るべきか否か」といった利便性の問題に、「理屈が通らない」等と真理性を混同することによって起こる。


余談だが、Front Pageの「うるさい親や上司に反撃しよう!」なんて言葉を真に受けてはいけない。あんなものはただの客寄せ用の宣伝文句で、あとでネタにするならともかく、理屈が醜い等という短絡的な動機で、実際にウィキに書いてあるような反論を日常生活で展開するのは痛すぎる。そういう人は「なんでこんなに論理立てて説明しているのにわからないんだ!」と更なる憤りを感じたり、しばしば権力者から報復的行為を受けることになるだろう。
理屈に合わないことには従わない系のスローガンを号令した時点で詰んでたわけだ。
すなわち、
スローガンに従わない→ダサい。
スローガンに従う→損
よっこら。ひさびさだなここ。
何年ぶりだろうな……(遠い目をしながら)


本家側の掲示板議論(たぶんほとんど誰も読んでないかと思うが)について、本家側に書くと若干名のうるさ方が騒ぎ立てるのでここにメモしとく。


300(ペレルマン)の出した合成の誤謬に関して

【海浜公園の例の問題点】

(1)範囲が狭すぎる(共同体=日本全体とは規模が違う)

 海浜公園がゴミだらけであっても日本の街中がゴミだらけになるわけではない。犯罪が増えるわけでもない。
 この事実は、むしろ合成の誤謬における「合成」という過程が直ちに起きない、マクロに伝播しないことの証明になっている(むしろ昨年の殺人事件認知件数は、海浜公園のゴミの量の増加と反比例するかのように、戦後最低となっている)。
※一方で、よりいっそう狭い範囲であれば、道徳に対して合理的に接する作法を教えることが損になる場合は当然ある(「家族は大事にせよ」を子供に守らせることは重要)。これは「社会了解として必要」の一部。


(2)制御すべき対象が広すぎる(「誰がマクロに伝播する1投」をしたのか、の問題)

 仮に合理的個人が「自分一人が投げると自分が損する」と判断したとしても、以下の類型の人間がゴミを残すことを防げない。
A:道徳を信じているにもかかわらず自分の都合に基づき道徳をしばしば又は積極的に無視する一般的人物(これが世の中にもっとも多い。例えば300は「道徳を守るために、不道徳的な方法で」私を批判している)
B:合理的であり、かつブロークンウインドウ理論を眉唾物だと考えている人物
C:合理的であり、ブロークンウインドウ理論を超信じているが、海浜公園が汚れることを気にしない人物
D:悪意なくゴミを残す人(ちゃんと片付けたつもりが、一部忘れていた等)
E:やむを得ぬ事情でゴミをその場に残さなければならなかった人(気分が悪くなりゲロった人等)
F:偶発的に外部から入り込んだゴミ(海岸に流れついたもの等)を捨てた張本人
 これら全てを統御しなければならないが、Aの類型がもっとも多く、かつもっとも制御しにくい(いわんや国家全体のレベルでなど、シックスシグマ管理を徹底してさえ、無理である)。
 したがって結局合理的個人からすれば、自分がゴミを捨てても捨てなくても国家はさして変わらない、ということになる。道徳に懐疑的な者が「相転移する1投」をしたと断定し、かつ、当該人物がいなければ「相転移する1投」が行われなかったのだと推測するのは誤っている。
【全体での問題点】

(3)結局のところ、道徳教育的方法(「各個人はこうすべきだ」)では抑え込めない

 ブロークンウインドウ理論はニューヨーク市で成功した犯罪低下政策において取り入れられた手法だが、実際には、大規模な公的資金投入を行って行政が法令的運用を実行し、警察力をもって取り締まりを強化したものである。大規模な権力の実施なくして犯罪の低下は見込めない。これは(2)に述べた、制御対象の広さに起因するものであって、私が犯罪行為の減少等に関して「道徳の悉皆遵守の夢」などを求めるべきではなく、「法令等の整備」の必要性を訴える理由である。
 そのような大規模な公的資本投入が、犯罪率低下に対して寄与するかもしれない度合いと、財政支出負担とが釣り合うかは別途考慮しなければならない(そうでなければ、アメリカ中がニューヨーク市の真似をして最強の低犯罪・道徳国家になっているはずだ)。ブロークンウインドウ理論に懐疑的な研究者も多いし(※)、ましてや充分な資本投入と実運用上での罰則の強化を伴わない「道徳教育」を称揚するのは無意味である。
 道徳は内側に必ず「社会的ウソ」をはらむため、合理的な人間、「本来守られるべき」はずの局面で道徳的に守られず不遇な生活を強いられた人間等によって、ごく必然的に、矛盾を看取されてしまう。彼らには道徳的言説は通用しない。

(※)かくいう私も懐疑派である。NISCの情報セキュリティ関係の研修だかに行ったとき、ブロークンウインドウ理論を持ち出されて吹いた。「2010年までに世界最高の情報セキュリティ国家を実現する」ことを目標として掲げているNISCが、「1人1人がセキュリティ意識を高めること(そのような制度・環境・運用が実際に各政府機関において実施されること)」に、予算措置さえなしで「期待している」のだから。
 地方公共団体が法定受託事務を行う際等に、「大文字アルファベットの入力方法」や「添付ファイルを取り出す方法」がわからず逆ギレして国に問い合わせの電話をかけてくる職員が数多くいるという、政府機関における情報リテラシーの現状。本府省においても、メールに添付されてきたexeファイルを普通に「実行」する人々が決して少なくない割合でいる現状。さて……彼らは2010年までに「情報セキュリティポリシーをしっかりと理解し、遵守する」人物になれるのだろうか?
 なお、2008年現在、私の周辺には「情報セキュリティポリシーの存在を知らない、読んだこともない」職員が数多くいる。PDCAサイクルのうちDまで進んでいるかどうか、という段階に見える。国家として本気で莫大な予算を投じて取り組む体制(例えば各政府機関に「監査」に入る第三者機関を作るとか)ができれば別だが、成果が目に見えにくい部分に税金を使うのは、為政者としてもおいしい話ではなかろう。


(4)道徳の神話は誰に、いかにして保持され続けるか

 道徳によって何かが変わる、と淡く信ずる人物、またはそのように主張しなければ食いぶちがなくなって困る関係者。
 当該人物は、道徳を不道徳的手段によって強要する。合理的人物による正当な反論は無視される。
 その姿こそが逆に、若い頃から道徳神話を教え込まれてきた合理的人物にとって、道徳神話を内的に崩壊させるための充分な動機付け及び根拠となるのに。
まあ、さすがに誰の目にも彼のダメさは明らかであろうよ。

エリート民主主義とやらの調査をするというのであれば、(本来)当然調査項目を熟考してある(べき)のであろうが、それも期待できないしな。
ちゃんとした調査項目で、調査客体も「エリート」にふさわしいならいくらでも受けてたつけど、「ウィキに出入りしていない東大生」とか(笑)
東大生平均はとてもできる! とか思い込んでる、早稲田か慶応あたりの大学生なんかなぁ。

それにしても彼は道徳どっぷりだな。
大学時代、おったなぁ、哲学科にああいうの。大勢。
「カントに帰れ!」とか声を揃えて常に言っててな。いやお前が現実世界に帰ってこいと。

「そうえば」で検索することにより、300世帯とペレルマンの自己同一性が推測されて面白いぞ。
国語だけでなく種々の学力は、大昔から常に「低下」が叫ばれ続けていますね。
となれば、あと50年くらいで、学力は無限小になるんじゃないでしょうか。

何も考えずに「学力低下」の原因を、つらつらと思いつくままに書いてみましょう。


(1)少子化の影響(一番単純に思いつく影響)

京都大で、入試数学の問題がかなり簡単になりつつあります。
昔のような難問では白紙回答が多くなって差がつかないと現場の教官が感じているらしいとか(失礼、ちょっとソースがすぐに出てこない。「ゆとり」関係を非難する感じのページで読んだ)。
それが真実だとすれば、恐らくは少子化の影響により、「京大合格レベル」に必要な学力の偏差値(つまり上位何パーセントにいればよいか)が低下しているためでしょうね。実際に予備校が出す偏差値が下がっていますから、母集団のレベルが同じであるとしてさえ、学力が下がっているであろうことは統計的に明らかです。18歳人口が180万人とかいたのが100万人に減ったらそりゃ、特定の上位●%の学力は落ちますよ。
ハードル、というか高飛びのバーにあわせて「必要な量だけ勉強する」タイプの生徒が多いのは当たり前ですから(残りの時間は遊びなどに有効活用するほうが合理的)、ハードルが下がれば学力低下も起きますね。
しかし今のは大学入試時点での話です。
小中学校等での学力低下が存在するとして、なぜでしょうね。
子供の学力を伸ばしてやる金銭的余力のある優秀な親の子は、ハナから優秀な私立小中学校に進学させてしまうんでしょうか。それもまぁ、ないではないでしょう。
ただでさえ子供の数が減っているのに、「残った」人たちの間では競争が働きにくい。
子供たちが勉強するインセンティブには色々ありますが、ある種の競争意識や親からの評価に基づいて勉強するタイプの生徒においては、同じ「学年の上位10%くらいで満足」とか「学年3番までで満足」とか「●●大学に合格できる程度の学力で満足」などであれば、昔から今に向かう少子化の流れのうえで、学力低下が必然的にもたらされることに自然に説明がつきます。団塊ジュニアの入試が厳しかったのもそのためで、京大の例と同じ現象ですね。


(2)子供の学力を上げることに対するインセンティブの低下(親の影響)

学力、(ここでは、そのまま)学歴というものが役立ちにくくなっている影響もあるように思います。
昔なら「学歴→成功」が約束されたルートがいくつか目に見えていました。
今ではそういった「確実なルート」がほとんどなく、せいぜい幻想としての「医者→成功」くらいしか、学歴が使える場面がないように見えます。東大法学部を出て官僚とか、工学部を出て大手一流電気メーカーとか、そういう昔なら「典型的な成功例」だったものが成功例でなくなっているからです。
実は今でもなお、例えば一流大を出ていなければできない仕事(そもそもスタートラインにさえ立てない)などはたくさんあり、だから熱心な家庭での塾通いなどはむしろ昔よりも過熱しているふしもあるのですが、学歴があるからといって成功に直結するとまでは言えなくなっています。
とりわけ「学歴によって成功していない」経験を持つ親御さんが「学歴があっても無意味な時代がきたのだ」と勘違いする例があり、これは福地誠氏の「教育格差が日本を没落させる」あたりでも論じられています。


(3)子供にとっての「勉強以外にすべきこと」の増加(子の影響)

「勉強以外」の素材が多様化し、かつ明らかに昔より面白くなっているために、子供たちはそちらにも時間を費やさなければならなくなっているのも事実でしょう。
昔はマンガを読むだけで充分だったのに、今はさまざまなゲームをしたり、インターネットをしたりと忙しい。その内容も多様化しているし、例えば昔の小学生が習得する必要のなかった「PCの操作方法」だって知らなければいけない。
子供がやるべきことがどんどん増えれば、「国語算数理科社会」に費やす相対的時間が減っていくのは当然のことですね。


あちらでは、いわゆる一流中学・小学校あるいは難関塾などの教師の方の意見はないのでしょうか?
「現場」とやらが、どうもそうでない側視点でしか出てきていないように思えます。
ん、

× 特定の上位●パーセント
↓
○ 特定の上位●人程度
カス達へ

最近ね、酒を飲みつつスカイプで気さくなおしゃべりとかしながらゲームやってるんだよ。
主にボンバーマン(スパボン2)、将棋、スト2。
ウィキの人々でいうと、とつ、マネ、ここ一、みかん、kanedo、ぷりけつ様が参加。

記録とかもつけてるよ
http://spreadsheets.google.com/ccc?hl=en&key=pDC6A_0N80h1WjLJSE543Bg
こないだオフ会もやったよ
http://mixi.jp/view_event.pl?id=37114260&comm_id=3571338
20人以上来ていたよ

ウィキを知っている人であれば誰でも歓迎です

■参加手順

1 コミュニティに参加
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3571338

2 スカイプとメッセを登録
とりあえず、ぷりけつさんを登録しておくとよい

スカイプ puriketu9
メッセ puriketu-white(あっと)hotmail.co.jp

あとは適宜紹介していく

―ここまでが必須 これ以降は追々―

3 マイクを買う(1000円くらい)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00008B36E

4 ジョイパッドを買う(1000〜2000円くらい)
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_gw?__mk_ja_JP=%83J%83%5E%83J%83i&url=search-alias%3Daps&field-keywords=%83W%83%87%83C%83p%83b%83h&x=0&y=0
前身のウィキのコメント欄がわりかしおもしろい。移行時、コメント欄は転載されていなかったようなので、現行のウィキを読み尽くして味のなくなったガムになってしまった暇人にはオススメ。
過去の筆者陣は名前しかしらない歴史上の人物と化してたけど、彼等がきちんと動いて生きていたことが確認できる。顔ぶれも今とは違う感じ。
http://wiki.livedoor.jp/totutohoku/
読者質問用とかはとつが割とマメにレスしてる。とつがヒトシンカと連絡が取れなくなった理由等、果てしなくどうでもいいけど地味に気になることなどがわかる。
議論というほどじゃないけど貼っておきます。

『日本は鬱に対して過保護に感じる。保険適用外にすべき』
http://m.mixi.jp/view_diary.pl?id=1603096010&owner_id=33701689&comment_count=45&guid=ON&mhome=1
ぷりけつさんの誕生日(9月26日)プレゼント購入をご検討の方はこちら→http://goo.gl/fF5yx 
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