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中村天風先生コミュの一日一語その2

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元気と勇気がわいてくる哲人の教え366話 その2になりました。

いまだ根強い人気を保ち続ける中村天風とは何者か。

 波乱万丈な人生を送った末、当時死に至る病であった肺結核にかかった青年中村三郎(天風)。これを契機に人生を深く考えるようになり、欧米を遍歴する。その帰路、ヨガの聖者カリアッパ師と運命的な出会いをはたす。師と共にヒマラヤの麓で修行した天風は、ついに病を克服、その過程で得た悟りをもとに「心身統一法」を完成させた。これは、人間の心と身体を大自然の営みに同調させることで強い命をつくり、価値高い人生を生きるための実践哲学である。

 人生への深い洞察から生まれた天風哲学。その根底にあるのは、人間は本来、誰でも幸福を実現する能力を備えているという揺るぎない信念、そして、そのために常に心を前向きにさせておくという積極思考である。

 心を強くするにはどうしたらよいか、運命を開くには何をしたらよいか。本書を読めばきっとその答えが見つかり、勇気がわいてくることだろう。

コメント(150)

2017.7.30 日曜日
〜 悟れたと思った時が迷いなり 〜
「悟れたと思った時が迷いなり」というのは、人生には、もう完全に理解したとか、あるいは卒業したかということはありえないのである。
否、断然ありえないのが人生である。
否、否、人生とはそんな単純なものではないのである。
人の一番大切な、心の働きを左右する「感応性能」なるものが、その積極化を強要する点において、何ら限度がないからである。
換言すれば、久劫永遠の宇宙生命と相対比例の下に、まことにそれは驚異に値する無限的な存在以上の実在であるがためである。
2017.7.31 月曜日
〜 宗教と天風哲学 〜
多く言うまでもなく、人生はどこまで行っても現実の世界なんだから、それを忘れちゃいけないんだよ。死んでから後が人生じゃないんだから。
死んでから後のことまで考えようとするのは宗教なんだ。
天風哲学は死んだ後のことなんか考えやしないもん。死んだ後というものは明日以後のことなんだもんね。
現在ただ今生きてるこの人生というものを考えていくということが私の主義であり、主張であるんだから。
成功手帳
●2017.8月 欲の月
〜 人生という花園によき花を咲かせ、
よき実りをつくるのが人間の義務である。 〜
欲はすべての進化と向上の源泉である。
欲を抑えつける必要など少しもない。求めれば求めるほど愉快になり、楽しくなるのが本当の欲である。
しかも、人の喜びが自分の楽しみとなるものが最も尊い。この尊い欲の炎をもっともっと燃やすことである。
〈中村天風 成功手帳〉
2017.8.1 火曜日
〜 人間の心の大きさ 〜
真剣に気づかねばならないことは、人間の心の大きさである。
月を見て佇(たたず)めば、心は見つめられている月よりも、さらに大きいということを考えられはしないか。
星を見て考えている心の中は、大きなものを相手に考えているんだから、それだけで、星以上に大きなものではないか。
星を見て、その星よりもさらに洪大な様子を心は想像できる、という簡単なことを考えただけでも、いかに人の心が一切をしのいで広大であるか、ということがわかってくるはずだ。
一日一話
●2017.8.16 水曜日
〜 大事に臨んでは落ちつけ 〜
消極的に思考すればするほど、精神は統一を失ってとうてい正確な判断を得られない。
「大事に臨んだ時はまず落ちつけ」という諺がある。
否、大事に直面した時はもちろん、どんな小事細事にも、常に虚心平気の心的態度で物事を考察すべきが絶対の真理である。
関係のないことだと、自分でも感心するような名案や工夫が出るが、わが身に直接に降りかかった問題だと、よい分別が出にくいのも、その時の心的状態がすこぶる大きい関係をもっている証拠である。
一日一話
●2017.8.17 木曜日
〜 心の区別 〜
心というものにはどんな区別が存在しているかというと、心にはその性状と活動の状態から大別すると、次の二つのものがある。
すなわち「肉体生命に属する心」と「精神生命に属する心」である。
そして、肉体生命に属する心の方は、さらに、これを細分すると、その内容に「物質心」「植物心」「本能心」という三つのものが存在する。
一方、精神生命に属する心には、「理性心」「霊性心」という二つのものが、その内容をなしている。
一日一話
●2017.8.18 金曜日
〜 本能心 〜
本能心は人間の肉体生命の生存を確保するために存在している。
したがって、人類生命中の動物的方面の生存と生活に必要な各種の作用や職分をこの心が司っている。
たとえば、食欲、性欲、その他肉体の欲求から発生する各種の欲望、または一切の感覚念などといったものがそれである。
一般の動物的感情情念、すなわち、闘争心、復讐心、憎悪心、猜疑心、嫉妬心というような動物本来特有の低級心性もこの本能心から発露しているのである。
●2017.8.19 土曜日
〜 理性心 〜
理性心というものは、事物事象の対する推理遂考を司る心で、俗に理性というのは、この心の活動現象に対する名称である。
学者の中には、人間の心の中には本能心より階級の高い理性心というものがあるから、本能心はこの理性をもって統御を支配するのがよいと説いている人もある。
がしかし、これには断然私は不同意である。
理性心には完全に本能心を統御する力がないからである。
●2017.8.20 日曜日
〜 霊性心 〜
霊性心は、われわれ人類の精神のみに特有された極めて優秀性を有する最高級のものである。
普通人には容易に発現し得ないといわれる、かの霊感とか霊智とかいうような特殊のものは、いずれもこの心から発露するものなので、いわゆる神秘的な偉大な思索や、崇高な思想というようなものは、一切この心を本源として形成されるものなのである。
が遺憾ながら、この心の働きや力に対しては、あまりにも知らなさ過ぎるくらい無理解な人が多い。
●2017.8.21 月曜日
〜 本能心の統御 〜
真に恵まれた人生に活きるためには、まず、肉体本位にのみ、わがままを振る舞いがちな本能心を完全に統御することである。
本能心さえ完全に統御ができれば、その他の理性心や霊性心の統御は比較的安易であるといってよい。
しかも、本能心を正確に統御し得るものは、意志の力以外には絶対にない。
人生を幸福にするのも、また不幸にするのも、詮じ詰めればこの本能心の統御の良不良という一事にかかっているのである。
●2017.8.22 火曜日
〜 同情が礼儀ではない 〜
病気を心配している者、あるいは運命に泣いている者、恋に悩んでいる者がいると、そこに行って、理由のない相槌を打つことによって、何か人間としての、お互いの交わりに対する義務のようなものを感じる人がある。
同情することが礼儀だと思っている人がいる。
しかし、それはまったく毒汁を浴びせかけていることと同じなんですよ。
本人の運命に対して、本当の真心から目を醒まさせてやる努力をする人こそ、尊い存在なんです。
●2017.8.23 水曜日
〜 喜びの厳格な規格 〜
私の言う喜びは、そこに厳格な一つの規格があるのです。
その規格というのは難しくも何ともないの。
すべてのいかなる種類の享楽にせよ、それが絶対に他の人の幸福を妨げるものであってはいけないのであります。
でないと、その享楽が悪になります。
さらに、人を喜ばせて、自分がまた、その人とともに喜ぶということがいちばん尊いことなんだ。
●2017.8.26 土曜日
〜 心身統一法で増す力 〜
心身統一法によってその内容量をふやす力、第一が「体力」であります。第二が「胆力」。第三が「判断力」。第四番目が「断行力」。第五番目が「精力」。第六番目が「能力」。
この六つの力が生命の中にその内容量を豊富にしていないかぎりは、どんなことをしても完全健康と完全運命を自分の人生のものにすることはできないのであります。
たとえ懐に一文もなくとも、これだけの六つの力が自分の生命のなかに内容量豊かになれば、人生はこれさながら天馬であります。
●2017.8.27 日曜日
〜 得意の時こそ 〜
人生に、最も注意すべきことは、得意の時にひとしお心の備えを緩めぬよう、心がけることである。
●2017.8.28 月曜日
〜 分裂しない心の使い方 〜
多くの人の心がとかく分裂しやすいのは、何事を為すにも気が充分に打ち込まれていないためである。
目前に何かたくさんな仕事が並べられると、頭から面食らってしまう。
反対に平素何事にも気を打ち込んで行う習慣がつけられていると、落ちつきを失わぬため、山のような仕事や事件が目前に生じようとも、秩序正しくテキパキと片づけていける。
●2017.8.29 火曜日
〜 六十の手習い 〜
老人になると物覚えがわるくなるというが、老年になったために記憶力が減退したのではない。
大抵の老人は自身の若い時代のことなどを話し出すと、その当時の事実を細大もらさず実に詳細に述べる。
老年になったから記憶力が減退したのではなく、注意力が散漫になり、物事を完全に記憶しないようになったのに相違ない。
老年者でも有意注意を習性化すると、青年に劣らぬような記憶力が作られることからでもこの消息は諒解される。
●2017.8.30 水曜日
〜 本心良心にもとらない言動 〜
本心良心にもとった言葉や行いというものは、それ自体すでに消極的なんです。積極的じゃないんであります。
というのは、本心良心にもとると、やましい観念のために心の力は常に萎縮してしまう。
本心良心の発動した場合における言葉や行いというものには、一点のやましいことがないから、どんな場合でも恐れることはないという意味です。
ですから、一言ものを言うときでも、ちょいとした手足を動かす場合でも、本心良心にもとらないようにしなければなりません。
●2017.8.31 木曜日
〜 現実は現実でしか解決しない 〜
生きていることは現実なんだ。
どんな人間でも今現在、自分自身で死んでいるとは思いやしないだろ。
生きている、息してる、血がかよってる、ものを言ってる、恋をする、何じゃかんじゃ、みんな現実なんだ。
現実はどこまで行っても、現実の力以外のものでは解決できないんだよ。
●2017.9.1 金曜日
〜 幸福のるつぼの中で活きる 〜
自分の住む現在の人生環境や、また世界を、いやらしいとか、いとわしいとか思うような人、あるいは健康に快さを感じない人があったら、その人くらい不幸を人生に感じている人はないといえる。
反対に、現在の自分の住む世界や環境が、たとえ他人から見てそう大したものではないと思われるようなものでも、自分が心の底から本当に満足し、感謝して活きているとしたら、その人は終始一貫、幸福のるつぼの中で恵まれて活きている人である。
●2017.9.2 土曜日
〜 神仏というもの 〜
私は、神仏というものの存在を、第二義的に人生を考える者には必要かもしれないが、自分自身を真理に沿って正しく生かす者に対しては、何ら顧みる必要のない存在だという大きな確信のもとに生きております。
私も先祖は敬いますよ。
けれど、私は科学文化の先端に常に自分の人生に対する理解を求めている者です。
したがって、私の目には見えもしない抽象的な、何だかわけのわからない神なんてものや仏というものをあてに生きておりません。
●2017.9.3 日曜日
〜 不運だと思えば不運になる 〜
あなた方の心のなかの考え方や思い方が、あなたたちを現在あるがごときあなた方にしているのであります。
だから、俺は体が弱いと思ってリゃ体が弱い。俺は長生きできないと思ったら長生きできない。俺は一生不運だと思えば不運だ。
自分の念願や宿願、やさしく言えば、思うことや考えることがかなう、かなわないということは、それが外にあるんじゃないよ。
あなたたちの命に与えられている心の思いよう、考え方というもののなかにあるんだよ。
●2017.9.4 月曜日
〜 わが人生観 〜
「人生というものは、忍苦の、あるいは忍耐のというような難しいことを主張するよりは、現在の自分の生きている命に喜びを多く味わわせる、そこに真の生きがいがある」。
これが、だれが何と言おうと、私の人生観なんだ。よおく説明するまでもないことでしょう。
喜びのないところに本当の生きがいのある人生というものはないはずであります。人というものは、喜びを感じたときに幸福を感じるんじゃないんですか。
●2017.9.5 火曜日
〜 雑念妄念の排除 〜
心身を統一するときに、一番妨害になるのは心なんだ。
雑念妄念をとりさえすれば、人間のすぐれた霊性心、すなわちインスピレーションが出てくる。
霊性心が本当に自分の命のものとなると、ぜんぜん今までと違った頭になってくる。いつもクリアなすっきりとした、それこそ磨きたての真珠を薄絹に包んだような気持ちになれますよ。
そうすると、一番先にあなた方は、ああ、人間というものは幸福に生きて、丈夫に生きる方がやさしいわ、ということを発見するはずです。
●2017.9.6 水曜日
〜 頼もしい自己建設 〜
「頼もしい自己建設」とは、これをわかりやすくいうならば、すなわち「命」を活かす力=「体力、胆力、判断力、断行力、精力、能力」なるものを、量的にまた質的に、自己の生命の内容に充実せしむることなのである。
●2017.9.12 火曜日
〜 触覚作用の抑制 〜
触覚作用は、意志の集中によってある程度までは抑制できる。
つまり、病からうける苦痛感や他のものから受ける不快な触覚感のごときは、意志の力とクンバハカ(神経反射の調整法)を用いて、心機を確実に転換しえれば、相当の程度まで抑制できることなんです。
 
だから、古往今来(こおうこんらい)、偉人もしくは修養の徹底した人が、みだりに寒暑を気にかけたり、病に冒されても容易に苦しいとか痛いとかいうことを口にしないのも、その意志力が積極的に働いて心機転換が巧妙に正確にできた結果であるといえるんです。 
●2017.9.13 水曜日
〜 笑いは養生である 〜
人間は神経の集積であるので、神経系統をみだりに消極的に興奮させることが、直接間接に生命に危険を与えることとなるのは当然である。
人間の個体の生命擁護のために、全神経系統の興奮を鎮める一手段として「笑い」を生体に仕組んである。
事ある時も事なき時も終始笑顔で応接しよう。否、事ある時は一層笑顔を崩さぬように練習するべきである。
特に、体の弱い人はひとしお笑いに努力することを養生の第一とするべきである。

●2017.9.14 木曜日
〜 他人の批判より自己省察 〜
ことわざに「人のふり見てわがふりなおせ」というのがあるが、他人の言葉や行為をやたら批判する人というものは、人のふりにわがふりを正しく照合して、是正しようとはしないので、ただあしざまにそれを批判するだけなのであるから、したがってその批判から少しの価値あるものも、わが心に感得しない。
みだりに他人を批判することを本位として、いささかも自己省察を施さないがために、人生に何よりも大切な自己自身の統御ということに、少しの進歩も向上も顕現しないのである。
●2017.9.15 金曜日
〜 人生を立体的に観察する 〜
生活に負わされている負担とか犠牲という方面のみを考えると、およそ人間の生活くらい苦しく、つらく、悩ましいものはないと思われよう。
しかし、もっともっと立体的に人生というものは観察すべきである。
すると、期せずして生活の範囲の広いことと同時にその内容が、ちょうど精巧な織物のように、極めて複雑な色模様でちりばめられていることを直感する。
そして、その直感なるものが、生活の中から、相当楽しく、面白く、愉快で、スウィートだと思えるものを、かなり量多く見出してくれるのである。
●2017.9.16 土曜日
〜 かりそめの気持ちでやらない 〜
「正義の実行」を、確実に現実化するには、何をさしおいても、平素の言葉や行為を、いかなる場合にも、かりそめの気持ちで為すことなく、つねに、本心良心にもとらぬよう、注意に注意して心がけねばならない。
●2017.9.17 日曜日
〜 心に使われるな 〜
意志の力の煥発が不十分だと、そのできごとに対応する「心」の操縦が完全にできなくなり、反対にそのできごとに「心」がとらわれて、正当な判断や断定が結局不可能となる。
これはつまるところ、使うべき「心」に使われてしまうという、不合理な、憐れな結果である。
●2017.9.18 月曜日
〜 我慢して食べることはない 〜
病弱者はでき得る限り嫌いなものは食せず、嗜好するものを食すようにするのがよいのである。
これはちょっと考えると、すこぶるわがままなようであるが、多くいうまでもなく食物というものは肉体を修補形成する要素である。
しかるにただ滋養という名目にのみ捉われて、無茶苦茶に嫌いなものでも我慢して食すということは、何のことはない身体自然の要求に無謀な圧迫と活力の減損だけを招致することとなり、それがいささかも血となり肉とならない。
●2017.9.19 火曜日
〜 いのちの力の使い方 〜
いのちの力の使い方ーー
結論からいうと、これはきわめて短い言葉で表現することができる。すなわち、「力を入れることに重点を置かずに、力を働かすことに重点を置く」
−−これである。
09月20日 | 無私無我の生活

現代のような物質偏重の時代であっても、人
生の根本哲理は、自我を本位としない生活こ
そ真の人間に与えられた最高至純の合理的な
ものであるということに、何の変わりもない
のである。

いいかえれば、人間は無私無我の生活を本位
として活きてこそ、ほんとうの人間としての
幸福――健康と長寿とよき運命――を求めなく
ても恵まれるというのが、この世ある限りい
ささかも変わることのない、人生に賦与され
ている宇宙真理なのである。
●2017.9.21 木曜日
〜 不偏愛 〜
「不偏愛」とは何を意味するかというと、率直にいえば何ものをも憎まざる公平無私の純正なる愛情をもって、人にも物にも、否、ありとあらゆるいっさいに平等に、相接することである。それは繚乱たる陽光と同様に……。
しかも、この不偏愛の実行ということは、ただ単に唯善践行の秘訣であるばかりでなく、厳格な意味からいって、真人生の本来の真の面目なのである。
だから、万一愛の情けに偏りがあるのでは、ほんとうの人といえないのである。
●2017.9.22 金曜日
〜 とらわれない心 〜
神経系統の生活機能は、心が積極的でないと完全には働かないんだよ。
つまり、心の態度が積極的ならば神経系統も積極的になるが、心の態度が消極的ならば神経系統の生活機能も消極的になっちゃう。
非常に心が落ちついて、何のとらわれもないときには、かなり難しいことでも平気でやっていけますよ。ところが、心に落ちつきがないと、やさしいことでも難しくなっちまうんだ。
09月23日 | 生命力の使用量
人々がその人生に活きるために使っている力
は、実際の生命力の全体量からいうと、何パ
ーセントかにすぎない。
大抵の人は、自分の生命の力の全部を使って
活きているかのように思っている。そして自
分は、これだけ努力しているのにもかかわら
ず、一向によい運命もこず、健康も完全にな
らない。健康や運命は、人間の力ではどうす
ることもできないものだと決めてしまい、人
間の力を、低く弱く評価することになるので
ある。
09月24日 |

宿命統制に必要なこと

良い運命の主人公として活きていきたかったら、何をおいてもまず、心を積極的にすることに注意深くし、始終自分の心を監督していかなければならない。

そしてまた、宿命統制にもう一つ必要なことがある。それは常に、心の中に感謝と歓喜の感情をもたせるよう心がけることである。習慣として、何でもいいから、感謝と喜びで人生を考えるよう習慣づけよう。この心がけが、宿命統制にすこぶる効果があり、さほど困難でないと悟れることと思う。
●2017.10.6 金曜日
〜 疲れたら休め 〜
人間は変化の中にある。その変化と変転にいちいち関わり合いをつけていたら、いたずらに心にムダな重荷を負わしていることになる。
「疲れたら休め」のとおり、心も休めてやる必要がある。
しかし、肉体は自分の意識で運動をやめることができるが、心は能動的で何かを考える傾向性を持っているから肉体と違う。
だから「安定打坐法」で無声の境涯に心を入れることが心を休めることになり、心の旅路のオアシスになる。
https://www.tempukai.or.jp/practice/mail_magazine.html

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