ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

武術と療術と教育についてコミュの皮膚感覚について

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
療術でも、武術でもそうですか、一番大切なのは相手を認識するということだと思います。

そのときに、一番必要となってくるのは五感です。
五感で相手の心理や状況を認識にしなくてはいけません。

その中でも一番私がいま、意識しているのが皮膚感覚です。

相手の筋肉の状態がどうなのか、皮膚から通じてくる相手の心理を感知しなくてはいけません。

こればかり、いくら口でいっても練習しなければわかりません。

このような感覚をみなさんはどのように考えておられますか?

コメント(7)

私がそれぞれをどのような形で関わっているのかを紹介したいと思います。

療術については、現在八尾市にて療術院を開かせてもらっています。手技(マッサージみたいなも)、温灸、電気、テーピング、骨格の矯正などをやらせてもらっております。
少しでも痛みがましになるように、一生懸命やらせてもらっております。

武術については、八尾市にある合気道の道場に通っております。師範は数少ないほんまもんの合気道を使になる方です。真似するは本当に大変です・・・。
あと、同じ道場で柳生新陰流の居合もやらせてもらっております。
実際に真剣にて、型稽古と試し切りを行っております。試しきりなどめったに出来ないことが出来る貴重な道場であります。

教育に関しては、高校生の家庭教師と地域密着型スポーツとして小学校の体育館を借りて、小学生20人前後と一緒にスポーツをしております。その指導をやらさせてもらっています。
私は大学までは、人並みに勉強もしていたような気がします、それで、そこそこは成長していたとおもいます。
大人になったんだなぁという思いもありました。

でも、今の仕事の道にはいってからは、そうではないと思いました。確かに理屈や理論のことに関しては、少しはまなんだかもしれませんが、その対極にある感性の部分についてはほとんど修行をしてこなかったということです。

現在の学校教育は理屈ばかりで、感性を鍛える場が少ないような気がします。
まぁ、昔も学校は理屈を教えるところでしょうけど…。
言い換えたら、学校以外の場で学ぶ場所が少なくなった、
学校以外の場で教え、指導する人も少なくなったと思います。

例えば、掃除の仕方、挨拶の仕方からはじまり、人との付き合い方、その場の空気の読み方とか、異性との付き合い方・アプローチの仕方などです。

この感性が欠けているという状況は、ある方からすれば相手も持っているのが当たり前という感覚で対応するし、
もっていないものは、なぜそのような言動をするのか理解に苦しむことになると思います。

それらを学ぶばとして、武術は大いに役に立つのだと私は思います。
ここでは、どのような議題もないことに気づきました。

感性を育てる場として,どのような方法がかんがえられるでしょうか?

私は武術をあげましたが、それ以外にもあるはずです。
感性は意識して誰かが指導するべきものなのか、
それは自然に身につくに任せるべきなのか?

みなさまはどう思われますか?
先日買ってきた本は、中国武術の本は、まさに荘子に出てくるような木鶏のような話の世界でした。
やはり、中国ではまだまだそのような哲学の人たちが本当にいるのですね。本を読んでもチンプンカンプンです。

具体的な技術の本ではなく、哲学の話でした。
言葉にした瞬間にそれはそれでなくなるので、それはそれとしかいいようのないものらしいです。

それでも、どうやら武術が人殺しとしての必要性がそれほどない時代ならば、武術とは人間を磨くのには、よい方法のように思いました。

『FLOW』という本です。
武術でも療術でもそうだが、相手の皮膚に直接に触れます。
その時に、相手の身体のどこをイメージするかによってぜんぜん効果が変わります。

皮膚表面を押すつもりと3cm深いところを押すつもりでは、なぜか身体の使い方が微妙に変化します。

相手の感受性も影響があると思います。療術をしていて、本当に身体でコミュニケーションできる相手の場合は、本当にやっていて楽しい感じがします。

しかし、押そうが叩こうがまったく反応のない身体の人もいます。これは感覚なのですが、その感覚が確かにあります。どなかた、似たような経験に方はありませんか?
最近は、療術でも武術でも、間合いを意識しています。

療術では、相手を押すときに、なんか変に力が入ってしまうなぁとおもう時は、必ず間合いや姿勢がおかしいです。そのような時は、相手との間合いや、方向などを変えてみると本当に楽になります。これも感覚なんですけどね。相手を押す以外に、自分の姿勢を保つことにも筋肉を使わなければいけないなあという感じですかね。

武術の合気道でもそうです、間合いが近いとなんか重い感じがします。自分の間合いだと本当に楽です。なんというか、これも感覚の問題であり、どうのこうのと説明はできないのですが、最近は特にそう思います。

人との間合いというのは、本当に大切だと思います。
教育の場合でも、きっとそうなんだろうなぁとおもいますが、さすがにこの分野ではまだわかりませんね。
間合いというのは、最近思うに、時間軸と空間軸の二つのことをさしているのだとおもいます。

この、間という感覚はその対象物との関係であり、そのよしあしは自分の感覚にほかならないとおもいます。

武術にしろ、療術で相手に手で触れるにしろ、自分が気持ちいいというか、これなら自分が楽に力が出せる距離というのがある。

また、逆に、相手にには力を出させないで、自分だけが力を出せる距離もある。
子どもと接するときに、叱っても言葉を解さない低学年を叱るときは、間をつめることにしています。

間 これは本当に大切な概念だなぁとおもいます。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

武術と療術と教育について 更新情報

武術と療術と教育についてのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング