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万波誠医師を勝手に支援するコミュの日本移植学会の幹部を提訴に関するインタビュー

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関係者レポート-移植への理解を求める会
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修復腎移植裁判の弁護団長・林秀信氏に聞く◆Vol.1〜3

平成20年12月10日、修復腎移植の実施を求め、日本移植学会の幹部ら5人を相手に損害賠償請求訴訟が松山地方裁判所に提訴されましたが、原告弁護団長の林秀信弁護士へのインタビュー記事が医療専門サイトm3.com の医療コラム「医療維新」に掲載されました。

インタビュー記事は下記のとおりです。m3.com様に感謝申し上げます。


http://www.m3.com/
2009年01月15日

       
修復腎移植裁判の弁護団長・林秀信氏に聞く◆Vol.1

日本移植学会の幹部を提訴したわけ

学会幹部の発言が「患者の治療を受ける権利」を奪う、行政訴訟も検討 

聞き手・橋本佳子(m3.com編集長)



 2008年12月10月、修復腎移植(病気腎移植)の実施を求める患者7人が、日本移植学会の幹部ら5人を相手に損害賠償を求めて提訴した。「幹部らが修復腎移植の医学的妥当性について否定的な発言をしたことにより、患者が同移植を受ける権利が奪われた」との主張だ。臨床研究目的以外の修復腎移植の実施を禁止した臓器移植法の運用指針および保険適用の適否を問題視して、国を提訴することも視野に入れている。自身も11年前に修復腎移植を受けた経験を持ち、本裁判の弁護団長を務める林秀信氏に裁判に至る経緯や目的を聞いた(2009年1月7日にインタビュー)。

 
「医療は医師と患者の契約関係で成り立つ。
そこに学会が介入するのは越権行為」と指摘
する、林秀信氏。

――修復腎移植をめぐる議論は2006年11月、宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)の医師、万波誠氏が行っていたことが明るみになり、問題視されたことが発端です。修復腎移植そのものの是非と、万波氏個人の医療行為の評価が同じ土俵で議論されている面があります。両者は一体化して議論すべきか、切り離すべきか、この辺りのお考えについてまずお聞かせください。

 医学は純粋に自然科学と言えるものではなく、個々の医師の経験や社会科学なども関係していますので、実体的な問題と手続き論を完全に分けることは難しいのかもしれません。しかし、法律的な観点から言えば、両者は区別が可能であると考えています。
 つまり、修復腎移植そのものの技術や結果の善し悪しと、患者への説明などの手続きを尽くして、患者の権利を守ることとは別に考えていい、というのが法律的な素直な考えだと思います。しかし、私は、日本移植学会の先生方は両者を混同し、修復腎移植について否定的な発言をしていると受け止めており、非常に違和感を覚えています。

 ――今回の訴状でも、そのような書き方をされています。

 はい。訴状では、「修復腎移植の検討で、最も重要なことは、『修復腎移植という行為が、ドナーおよびレシピエントにとって、治療行為として妥当なものといえるか』ということである。従って、手続的問題である(1)インフォームドコンセントがなされ、文書化されているか、(2)レシピエントの選定に公平性があるか、などは修復腎移植の治療の妥当性とは無関係である」と主張しています。

 ――次に本裁判に至った概略をお聞かせください。

 万波先生の件については、日本移植学会をはじめ、関係学会の幹部は批判的な見解を出し、マスコミも批判的な論調でした。さらに、2007年3月には日本移植学会など4学会が、「病腎移植に関する学会声明」を出し、臨床研究の余地は残しつつも、「現時点では、病腎移植は医学的に妥当性がない」と結論付けています(同5月には日本腎臓学会も共同声明に参画)。これを踏まえる形で、2007年7月に臓器移植法の運用指針(ガイドライン)が改定され、修復腎移植は現時点では医学的な妥当性がないとし、専門家による臨床研究以外の実施を禁止しました。
 直接、訴訟を考えるようになったのは、2008年6月ごろのことです。
 国会では、臓器移植問題を議論していた議員らにより、2008年2月に超党派の議連、「修復腎移植を考える超党派の会」が発足し、5月に修復腎移植を容認する見解をまとめています。
 患者会(「移植への理解を求める会」など)にはこの見解によって事態が前進するのでは、との期待があったようですが、実際には目立った動きはなく、厚労省は何も動こうとはしない。現実には臨床研究が進むわけはなく、形としては修復腎移植は禁止されたままです。時間も手間もかかりますが、訴訟で道を開くしかない、ということで私に相談に来たわけです。

 ――訴訟に当たって、どんな観点から検討されたのでしょうか。

 修復腎移植を禁止している根本は、前述の臓器移植法の運用指針です。これに異議を申し立てるのが一つの目標です。
 また、現実に修復腎移植を禁止する風潮、ムードを作って、影響力を行使したのは、日本移植学会の幹部です。「修復腎移植には医学的妥当性がある」ことを法廷で明らかにしないと、世間の理解が得られにくいわけです。
 つまり、訴訟は二本立てで、国を相手にした行政訴訟、日本移植学会幹部相手の損害賠償請求訴訟という二つの裁判を行う方針になっていきました。被告の候補者はほかにも何人かいたのですが、修復腎移植に対して特に否定的な発言をされ、医療界への影響力が強い同学会役員または元役員、計5人に絞りました。

 ――2008年12月10月の提訴は、学会幹部のみが対象です。

 12月11日の超党派議連の会合で、厚労省による説明が予定されていたので、行政訴訟はそれを待って提訴を検討することにしました。私も弁護団の代表として、当日会合に参加しました。

 ――厚労省からはどんな説明があったのでしょうか。

 前述のように議連では5月に、修復腎移植を容認する見解を出していました。これに対する厚労省の回答を待っていたわけです。
 臓器移植法の運用指針で言う「臨床研究に限って認められる修復腎移植」に、腫瘍径4cm以下の小さな腎臓癌も入るか否かが大きな争点でした。何らかの病気で摘出される腎の約8割が腎臓癌、うち半分、つまり全体の約4割は腫瘍径4cm以下の腎臓癌によるとされているからです。
 12月11日の会合では、厚労省は「小さな腎臓癌の移植も、臨床研究として認める」と説明しましたので、この点では前進でした。しかし、それ以外には具体的な話がなかったので、今後も継続的に議論するということで、その場は終わりました。

 ――結局、国相手の行政訴訟はどうされるのですか。

 議連の先生方に、交渉をお願いするという形で進めてきましたので、行政訴訟については議連での議論の状況を見ながら検討します。

 ――臨床研究に、「小さな腎臓癌」も含まれるならば、かなり問題は解決することになるのでしょうか。

 運用指針では「臨床研究以外の実施を禁止する」となっているので、事実上、修復腎移植は違法になるわけです。これを改正して、合法にしない限り、修復腎移植はなかなか進まないと思っています。
 違法状態のまま、しかも学会幹部の先生方が反対している状態で、臨床研究に取り組む医師がいるのでしょうか。学会の先生方の影響力は強いでしょうから、それは難しいでしょう。


【掲載スケジュール】
Vol.1◆日本移植学会の幹部を提訴したわけ
 学会幹部の発言が「患者の治療を受ける権利」を奪う、行政訴訟も検討

Vol.2◆医師・患者の契約への学会の介入は越権行為
 修復腎移植の手続き論を問題視するなら、その確立こそが学会の役割

Vol.3◆「判決の前に裁判外でいい結論を得たい」
 公判を通じて世論に訴え、修復腎移植容認の動きになることを期待





2009年01月19日    
修復腎移植裁判の弁護団長・林秀信氏に聞く◆Vol.2

医師・患者の契約への学会の介入は越権行為

修復腎移植の手続き論を問題視するなら、その確立こそが学会の役割 

聞き手・橋本佳子(m3.com編集長)


 
林秀信氏は、「患者が、リスクを受け入れて元気になる可能性にかけることを第三者が禁止できるのか」と問題提起する。

――学会幹部相手の損害賠償請求訴訟を先行されるとのことですが、提訴の内容をお教えください。

 「修復腎移植の禁止により、患者の治療を選択する権利、受ける権利が奪われた」というのが提訴の趣旨で、世論や臓器移植法の運用指針改正を誘導した、学会幹部の発言の違法性を明らかにし、修復腎移植の早期実施を求めるのが目的です。
  憲法13条は個人の幸福追求権を保障しています。「治療の選択権」「治療を受ける権利」は、生命・健康を維持し、幸福を追求する権利の最たるものだと考えています。また憲法25条では、国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障しています。「治療を受ける権利」は同条でも保障されます。
 したがって、修復腎移植を受ける権利は、憲法が保障する基本的人権に当たります。しかし、社会的影響力が大きい立場にある日本移植学会幹部が、修復腎移植について「事実と異なる、あるいは事実を歪曲した不利な事実・意見を述べ、行政や報道機関などに流布させた行為は、民法上の不法行為に当たる」と、われわれは主張しています。

 ――原告側の証人としては、どんな方を想定されているのですか。

 詳細はこれから詰めますが、まず原告の患者の思いを率直に語っていただきます。また修復腎移植を進める立場で発言されてきた医師や、「瀬戸内グループ」(万波氏を中心に修復腎移植に取り組んできた医師のグループ)の先生には証言をお願いすることになると思います。

 ――裁判の一番の争点は何で、どんな議論になると想定されるのでしょうか。

 修復腎移植の医学的妥当性も当然問題になってきますが、学会の先生方が修復腎移植について事実に沿った発言、評価をしていたかどうかが大きな問題になります。

 ――訴状には、各幹部のこれまでの主要な発言と、それに対する弁護団の見解を付記しています。これら一つひとつについて、論文や国内外の情報などを基に事実か否かを検証していくことになるのでしょうか。

 その通りです。
 さらに、患者の自己決定権の範囲と限界や、保険診療の対象となり得る医療の水準なども問題になってきます。これらは非常に法的には難しい議論になるとは思います。
 患者の自己決定権ですが、「医療水準が確立されていない分野こそ、自己決定権が議論されなければならない」という関係にあるのだと思います。医療水準であると認められた治療法であれば、何の問題や軋轢(あつれき)はないわけです。
 一方、問題になるのは、反対意見がある治療法を行うケースです。この場合でも、最終的に患者の決定に従うべき、第三者の介入を排除した形で患者の意思が全うされなければならない、というのがわれわれの主張です。

 ――その際の患者の決定に、医療の専門家としての医師の判断はどう関係するのでしょうか。

 「患者の自己決定」と言っても、「患者と主治医の意見が違う場合」と「患者と主治医との意見が一致していても、それに第三者が異議を唱える場合」では事情が違うと考えています。
 当事者、つまり患者と医師の関係は契約関係にあると思うので、患者がある治療法を希望しても、医師は「いや、それは違う。私はその治療法はやらない」と言えば、それで終わり。つまり、「契約不成立」なので、患者が無理に治療を依頼するわけにはいきません。
 しかし、今回の修復腎移植の場合、医師は専門家として「やる」と言い、患者もそれを望んでいるわけです。だけれども、そこに第三者が介入して、「その医療は危険。医学的妥当性がないから、やめろ」と言っている。それはおかしい、とわれわれは思うわけです。
 患者は透析を現実に受けているわけですが、中には透析困難症で、透析が体に合わない、つらい思いをしている方も少なくありません。こうした患者が、仮に危険を伴う可能性がある医療であっても、そのリスクを受け入れて元気になる可能性にかけることを第三者が禁止できるのでしょうか。また、そもそも修復腎移植に医学的妥当性がないと言えるのでしょうか。

 ――万波氏の場合、ドナー側に修復腎移植に使うことをどこまで説明したのか、また万波氏自身が腎摘出と腎移植の両方を実施したことについて、問題視する声もあります。

 まず小さな腎臓癌の場合、一部を切除して残す方法を推奨する医師もいますが、現実には、小さな癌でも7-8割は患者の希望で全摘しています。ですから、それを使うことに問題はないのではないでしょうか。もし、全摘するか否かを厳密にするなら、セカンドオピニオンを求めたり、院内の倫理委員会に諮るなど、手続き的な問題でカバーすべきことです。

 ――修復腎移植の手続きに問題があるからと言って、移植そのものを否定するのはおかしいと。

 そうです。学会の先生方が手続き論を問題視するなら、学会自身がドナーの人権を確保するための取り組みを行い、問題を解決してくれればいいわけです。それこそ、学会の役割ではないでしょうか。それをしないで修復腎移植そのものを否定するのは全く患者のためにも、医学の発展のためにもなりません。

 ――今回と同様の裁判は、過去にあったのでしょうか。

 学会が第三者の立場で患者の自己決定権に関係したという意味では、産科の分野で、根津八紘先生(長野県の諏訪マタニティークリニック院長)のケースがあると思います。根津先生は代理出産や着床前診断などを行い、日本産科婦人科学会が同学会の指針に反対するとして学会から除名されるなどしていました。根津先生は指針や除名が無効だということで争われた。構造としては似ていると思います。ただ、患者が今回のような形で学会幹部を訴えたケースは初めてではないでしょうか。
 また患者の自己決定権に関する判例としては、乳房温存療法の最高裁判決(2001年7月。乳癌の手術において、1991年の時点で医療水準として未確立であった乳房温存療法について、医師の知る範囲で説明すべき診療契約上の義務があるとされた事例)、エホバの証人への輸血に関する最高裁判決(2000年2月。宗教上の信念から輸血を受けることは拒否するとの意思を持つ患者に対して、医師が輸血以外の救命手段がない場合は輸血する旨を説明せずに手術を施行して輸血を行い、当該医師の不法行為責任が認められた事例)があります。





2009年01月21日    
修復腎移植裁判の弁護団長・林秀信氏に聞く◆Vol.3

「判決の前に裁判外でいい結論を得たい」

公判を通じて世論に訴え、修復腎移植容認の動きになることを期待 

聞き手・橋本佳子(m3.com編集長)


 
「私はいい先生にめぐり会い、現在も修復腎移植の結果が良好なので、幸運だった」と話す林秀信氏。

 ――今回の裁判の原告ですが、7人(透析中の患者4人、修復腎移植経験者3人)の方はどんな経緯で決まったのでしょうか。

 「瀬戸内グループ」の医師の患者で手を挙げた方、講演会などで話を聞いた方などです。それだけ修復腎移植を受けたいという希望が強い方です。

 ――請求された賠償額は透析中の患者が1000万円(別に弁護士費用100万円)、移植患者が500万円(同50万円)ですが、その根拠は。

 はっきりとした根拠はないのですが、命にかかわるという意味では、1000万円は多い額ではないと思っています。実際に移植を受けて現在は健康な原告は、そこまでは損害が大きくはないということで500万円にしています。

 ――初公判はいつでしょうか。裁判の見通しは、勝訴する可能性は。

 4月21日です。勝訴の可能性は、はっきり言って分かりません。

 ――どの辺りが一番、立証が難しいとお考えですか。

 裁判では日本移植学会の幹部の先生方の修復腎移植をめぐる発言が違法行為に当たるとしているわけですが、その程度の問題がまずあります。誤ったことを言っていても、「単なる私的な見解にすぎない」と弁明されることも考えられます。
 また因果関係、つまり個々の先生の発言が、患者の自己決定権の侵害にどれだけ影響しているかという点も問題になってきます。修復腎移植を否定する発言をしたことにより、患者が移植に懸念を持つようになった、あるいは社会が否定的見解を示すようになった、さらに臓器移植法のガイドラインに影響した、という観点から立証していく必要があります。
 法的には、患者が修復腎移植を望んでいるのに、それを禁止するというのは通らない話だと思います。
 裁判は3年、あるいは5年かかるか、徹底的に争われたら10年に及ぶかもしれません。それだけ長くかかったのでは、勝訴してもあまり意味はないわけです。裁判の検討を開始してから、提訴までの約半年間に、原告として手を挙げた2人が既に死亡しています。
 したがって、公判で事実を明らかにしていき、それを世論に訴え、多くの人に注目してもらえることを期待しています。裁判の結論が出る前に、裁判外で早くいい決着を見ることができればと考えています。

 ――まずは裁判を通じて世論に訴えることが第一であり、臓器移植法の運用指針の変更も求めることになると。行政訴訟を起こす可能性はあるのでしょうか。

 それは先ほども申し上げましたように、超党派の議連でどう議論され、厚労省がどう対応するかにもよるので、現時点では分かりません。

 ――運用指針が修復腎移植を認める形で改正されれば、提訴しないことになるのでしょうか。

 それでも、まだ保険適用の問題が残っています。小さな腎臓癌による修復腎移植は世界では既に80例以上行われており、今のところ癌の再発転移は認められていません。私たちは、臨床研究の段階は世界的には終わっていると見ていいのでは、と考えていますので、何らかの公費負担で手術が受けられるようにしてほしいと思っています。
 憲法25 条では、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」としています。「国に積極的に修復腎移植を援助してほしい、援助する義務がある」、つまり患者・国民の生存のために、修復腎移植に公費負担や保険適用を認めるべきと主張したいのです。

 ――ところで先生ご自身も、修復腎移植を受けられています。

 私の場合は、尿管癌の患者から提供を受けました。移植から11年が経ちましたが、免疫抑制剤を服用している以外は、健康な方とほぼ同じ生活です。病院には2カ月に1回行き、検査を受け、薬をもらっています。

 ――11年前、修復腎移植という方法があることは、どんな方法でお知りになったのですか。

 私はIgA腎症で最初は血液透析をやっていたのですが、調子が悪かったので、腹膜透析をやってみたいとまず考えたのです。当時、岡山で実施していたのが、万波誠先生の弟の万波廉介先生でした。しかし、CAPDやAPDをやったのですが、あまり調子は良くなく、移植という方法があるとお聞きしました。それで妻の腎を移植したわけです。透析開始から3年目のことです。けれども、すぐ急性拒絶反応が生じ、透析に戻りました。
 その後も5年間の血液透析をして、透析開始から数えると8年後に修復腎移植を受けたわけです。修復腎移植を希望してからは3年近く待ちました。つまり、最初から修復腎移植を考えていたわけではなく、いろいろ苦しんだ結果、最終的にそこにたどりついたわけです。

 ――最初、修復腎移植の説明をお聞きになった際、ドナーが癌患者であることについて抵抗感や不安などはなかったのですか。

 医師からは「ドナーは尿管の下端に近い部分に癌がある患者である。この部分の癌は上部には転移しないと考えられている。だから移植しても恐らく大丈夫だろう。しかし、癌が再発しない保障はない。その覚悟はしておいてほしい」といった説明を受けました。
 それを聞いた時、社会的に認められている移植ではないことは分かっていました。また、再発の確率は分からないので、それを先生に聞いても仕方がないとも考えました。

 ――「社会的に認められてない」と先生が説明されたのですか。

 いえ、違います。日本臓器移植ネットワークに登録されている腎ではないので、そう感じたわけです。しかし、それまでの先生との付き合いから考えて、「先生は、実験的な医療をするつもりではない」ことは分かりました。要するに「一か八かの医療ではなく、先生が苦しんでいる患者を見て、何とか助けようという思いから、自分たちで工夫して、いいと思われる医療を提示してくれるのだ」と。
 自分なりに考えて、先生が無茶な治療をするはずはないと思っていたので、癌の再発は多目に見ても10%、20%くらいだろうと考えました。そうであるなら、移植して元気になれる選択をしようと決意しました。もし癌が再発したら自分で納得するしかないと思いました。とにかく、透析が私には合わず、つらかったのです。
 透析の効果には個人差があるのですから、そこで一般論で、「修復腎移植は危険だから、透析のままでいい」と第三者の医師が言うのは、越権行為だと思います。患者は苦しんでいるのですから、どんな医療を受けるかは、自分の人生をどうするかを考え、自分で決めるべきことです。

 ――説明を聞いて、すぐに移植を受ける決断をされたのですか。それとも結構、悩まれたのでしょうか。

 話を聞いて20、30分くらいで決断しました。私はいい先生にめぐり会い、現在も修復腎移植の結果が良好なのですから、幸運だったと思います。
 小さな腎臓癌の移植は大事で成績もよく、移植の際はそれほど高度な技術を必要とするものではありません。この修復腎移植が普及すれば、多くの患者が救われる可能性がある医療なので、ぜひ進めてもらいたいと考えています。癌などで摘出される腎臓は年間1万個以上、その約4割が小さな腎臓癌。移植に適さなかったり、提供への了解が得られないケースが半分あるとしても、約2000個ですから、今の脳死腎移植・献腎移植の10倍以上です。

 ――最後に、修復腎移植の手続き論についてお聞きします。どんな仕組みであれば、誰もが納得する形になるとお考えでしょうか。

 国によって事情が異なるでしょうが、オーストラリアの例が参考になると思います。クイーンズランド大学のデビッド・ニコル教授が多数の修復腎移植を手がけているのですが、腎の摘出と、移植は別の医師が実施しており、それぞれ個別に患者に説明しています。さらに、倫理委員会に諮ったり、セカンドオピニオンを求める形にすることなども検討すべきかと思います。



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