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ALPINE A310コミュのA310 画像コーナー

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A310の画像を集めたトピックとして立ち上げ直しました。
写真は1977年ルマン24時間耐久レースに参戦したA310V6です。

コメント(45)

かわかみさま
追加画像ありがとうございます。
このCalbersonのカラーリングの画像はよくネット検索でも見かけるんですが1978年のモンテカルロ:ジタンカラーの画像は出てきませんねぇ。ジタンバージョンにちょっと似た画像をアップします。Kuni
M−1046Xさん
まさしく同じ車両ですね。ものすごく気合いが入っていますね。V6のエンジン音は自分の310と似てますね。全部見てしまいました。動画は面白いですね。ありがとうございます。
海外出張先でA310を撮影できましたので画像をのせます。(その1)見つけたのはV6でわたしの310とほとんど同じ仕様でした。(シートファブリックも同じ。)イベントで展示されていました。見つけたのがちょうどイベント終了ちょっと前で、オーナーさんが運転して帰るところも撮影できました。かっこいいぜ!(心の中での叫び)と親指を立てて合図をしたら手を振って答えてくれました。
(その2)イベントで展示されていたその他の車両です。5Alpineはとても程度が良かったです。
(その3)R10のオーバーハングの長さにはびっくりしました。まるでトランクのようです。
初めて投稿します、宜しくです。いずれも76年モンテの画像

左はニコラ、真ん中はテリエ、右はボーモンブティック
kuniです。
NAVI5月号の表紙にブルーのA310V6が載っています。内容もフランス車特集のようです。NAVIのホームページからペーストした画像が小さくてすいません。
友人が以前所有していた310です。
http://www.geocities.co.jp/MotorCity-Rally/2195/310.html
Kuniです。
ポテチ様画像ありがとうございます。
ずいぶんほっておいてしまいましたのでわたしも貼付けました。
今年の4月にコッパデコウミに一人で見に行ったときのものです。
エンジン音をBGMに高原の道を流すのはとても気持ちよかったです。
初投稿です。宜しくお願いします。

RENAULT TV 「Ma Renault et Moi - Le Collectionneur」からのワン・カットです。 

動画はこちら↓
http://www.renault.tv/#/passion/videos/132647/ma-renault-et-moi-le-collectionneur
>15

現在売却中ですね・・

例によって説明は間違っていて
フォミュラーパッケージではなく
普通のV6がベースです。
大阪の西辻書店でレプリカ化された車です。

http://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/123082666
http://ichiba.geocities.jp/seiyaa_desk/al-a310gtnisizawa.html
私のブログはこちらです↓

http://blogs.yahoo.co.jp/renoa310
Aseptgylのスポンサーを受けている青色のA310です。

この車を調べていると、元々1975年のツール・ド・コルスに出場していた車で、カーナンバー9番のFrancis VincentとJacques Jaubertのフランス人コンビです。
ナンバーは「6722 JB 76」となっています。
このラリーではシャルドネのストラトスが優勝し、バンサン(Vincent)のA310は6位に入賞しました。

その後リアウイングを取り付け、リアフェンダーをフレアさせた状態で風洞実験等をしているようです。
1977年までの足取りは掴んでいませんが、1978年にはPhillipe WAMBERGUEの手に渡り、1978年のラリークロスに使われました。
アセプトジルのスポンサーを受けていましたが、車体のカラーリングは水色を基調としていました。

翌年の1979年はRoyal Caninのスポンサーを受けています。
ピンク色のアセプトジルカラーの紹介です。
ツール・ド・フランスに出場した時の物です。

ツール・ド・フランスと言うと自転車のレースもありますので、
Tour de France Automobileとか、Tour Autoと表記される事があります。

TDFに出たA310ですが、1974年から1976年まで出場しています。
やはりダクレモンとヘフナーが参戦していました。
恐らく毎年2台出ていると思うのですが、資料が散在しているので、そこまで調べられませんでした。


// Tour de France Automobile - entry list... //

1974年 No.116 / 7088HE76・・・Hoepfner

1975年 No.167 / 3846TY38・・・Dacremont
1975年 No.168 / 4086TW38・・・Hoepfner

1976年 No.411 / 4086TW38・・・Dacremont
ツール・ド・フランスに出場「4086TW38」ですが、
1976年は赤/白/ピンクのアセプトジルカラーのA310でした。
しかし翌年の1977年にはスポンサーがアセプトジルから”antesite”に変わり
カラーリングについてもピンク色の部分が青色に変わります。

「4086TW38」でその様子を追いかけていたら、”antesite”のカラーリングで
アセプトジルのロゴの入った車「1451-ME-78」が出てきました。
きっと「4086TW38」でもアセプトジルのロゴの入ったのもあるのではないかな?
と探していると、今度は「DIADERMINE」がスポンサードする車が見つかりました。
1977年のTAP(ポルトガルラリー)に出ていて、ナンバーは「529UG38」でした。

1976 Rallye de la châtaigne / Aseptgyl / No.5 / 4086TW38 / Dacremont-Emmanuelli
1977 Mont Blanc / antesite / No.158 / 4086TW38 / Bernard Beguin
1977 TAP / DIADERMINE /No.11 / 529UG38 / Neyret

そもそもアセプトジルのA310が何台あったのだろうか?という素朴な疑問が出てきます。
”antesite”はA310だけでなく、ストラトスにもあります。
「1451-ME-78」や「529UG38」についての過去のナンバーは不明です。
●1975 TDC No.2 アルピーヌルノーA310(Jean-Luc Therier / Michel Vial)

アルピーヌは75年のTDCにグループ4のA310を2台投入しました。
その内の1人のドライバーが、ジャン・リュック・テリエです。
1945年10月7日生まれのフランス人は、1974年もA310で参戦しています。

どうやらテリエは1969年からツール・ド・コルスに出場しているようで、
その時の車は#63のメタリック・ブルーのA110に乗っていました。
レジストレーション・ナンバーは7753HG76で、5位に入賞しています。

1973年にはフランスチャンピオンに輝き、ラリー人生の殆どをルノーと過ごし、
69年,72-73年はA110に乗り、74-75年はA310に乗っていました。
77年はトヨタセリカ2000GT,78年にはTR7、80年と81年は911SC
と4年程他の車に乗っていたが、82-83年はルノー5ターボに乗っています。
コルスで優勝したのは80年(911SC)ですが、
1982年に再びフランス・チャンピオンに返り咲いています。

1975年にテリエが乗るA310について、、、
レジストレーション・ナンバーは「6721JB76」で、黄色いボディーに白と黒のラインが入ています。
残念ながらアクシデントでリタイアしてしまいました。
●1975 TDC No.9 アルピーヌ・ルノーA310 (Francis Vincent / Jacques Jaubert)

ルノーelfでワークス参加したのはA310の2台目が「6722JB76」です。
ゼッケン9番を付けたこの車で、バンサンは6位に入賞した。

この車は後にアセプトジルのスポンサーを受け、
最終的にはラリークロスの車として使われました。
バンサンは1949年9月27日生まれのフランス人ラリードライバーです。
1973年からツール・ド・コルスに参加しているようです。
デビューが1968年ですので、その前から走っている可能性はあります。
1974年にはBonnetと共にアルファロメで走っていますので、
1973年の2000GTVも彼が走ったのだと思います。
コルスには1982年まで走り続け、1975-1976年はA310、1977年は131アバルト
1978年からはポルシェ911、911SCに乗っています。
1975年は6位、1977年には5位、1982年には8位の他はリタイアとなっています。

私の知る限りでは優勝経験はないようですが、
1982年いWRCのドライバーズタイトルで3位になっています。
1986年にはTamautoの037ラリーでERC少なくとも3戦は出場しています。
●1974 TDC No.7 アルピーヌルノーA310(Jean-Luc Therier / Michel Vial)

1974年のツール・ド・コルスに1台のA310が参加していました。
グループ4の車で、レジストレーション・ナンバーは「4220HV76」
テリエは1974年のコルスで3位でフィニッシュしています。

その後1976年のTouraineにも出場しています。
それ以外は分かりませんでした。
●グループF (アルピーヌ・ルノーA310)

ここの方なら知っている方も多いと思いますが
フランスに80年頃からあるカテゴリーで、かなり自由度のあるカテゴリーです。

このアルピーヌ・ルノーA310に乗るドライバーは、Gilles Brignol(フランス人)です。
往年のドライバーでもなく、特に有名なドライバーでもないようです。
「484MN13」の画像を検索してみたら、最初は真っ白でした。
その後、水色と紺色が追加されご覧のような姿になったのですが
低い位置にあったリアウイングも、足が付いて高い位置に変更されたりしています。

1976年迄ならリアフェンダーを切って、ボディーのラインに合わせ
綺麗に膨らませたフェンダーの車がモンテカルロ等に出場していますが、
1977年以降は、この車のように後付でリベット打ちしたような車が見かけられます。
レギュレーションの変更だと思うのですが、ご存知の方いらっしゃいますかね?
>鮎川雅樹さま

はじめまして。
数々の希少画像の掲載と解説、いつも楽しませて頂いております。

さて、、、
34の●グループF (アルピーヌ・ルノーA310)についてですが、、、
ガセネタだったらすみません。

僕が知る範囲では、写真の車両は77〜79年にホモロゲーションモデルとして供給された『A310 V6 Groupe 4』をベースにしたものではないかと思います。

このモデルは当時、数々のプライベーター参入に合わせて相当数が供給されたのではないでしょうか。(一般の上顧客への販売分も含む。)

メーカーから供給される「素」の状態が、オバフェンリベット留め、猿の腰掛みたいなリアウイングといったものが標準装備だったようですが、実戦配備の際のオバフェンのリベットの有無、フィラーキャップの位置・種類、ウイングなど空力付加物の形状等は、チームそれぞれが思い思いにアレンジしていたのではないでしょうか???

ちなみに76年にGuy Frequelinが操ったブリスターフェンダーを纏ったナンバー9601 HV 76は77年も走ってますから、77年はブリスターフェンダー仕様とオバフェン仕様の両方が存在しますね。

77年がその過渡期ということになりますが、想像するにレギュレーションの変更というよりも、むしろホモロゲーション獲得のために意匠を統一したのではないでしょうか???

予断ですが、、、
現在では、モディファイパーツとして、ブリスターフェンダーがグループ5キット、オバフェンがグループ4キットという形で販売されていたりもしますが、グループ5キットはむしろル・マン仕様を意識したもののようですね。

それと後年、一般に限定販売されたフォーミュラーパッケージですが、こちらは若干、外観(特にフロント周りのデカバンパー)も異なりますが、性質的には全く別のモデルになるかと思います。

これからもマニアックな希少ネタ楽しみにしています!!

>M−1046X様

そもそも規定上、オーバーフェンダーが泥避け(タイヤの1/3以上を囲う必要有り)なのか
coach(車体)なのか未だに分かりませんです。。。
フレアなフェンダーについては、ボルトオンパーツの認可が1976年までだったので
その関係なのかな?と思っているのですが、未だに良く分かりませんです。
まだまだ勉強不足だなぁ〜。

ただ、フェンダーはオプションパーツ扱いですから、追加申請だけすればいいと思います。
そうなるとベースの車体を申請し直さなくていいですからね。

やはり現在はキットが出ているんですね。

A310のネタは余りマニアックなネタ無いと思うのですが、どうなんですかね?
ちょこっと変なネタ入る程度で、割と王道的なネタになってしまう。
僕がタルガをしっかり追いかけていないからでもあるのですが、、、
>鮎川雅樹さま

ホモロゲモデルの『A310 V6 Groupe 4』に何故フレアーになったブリスターフェンダーが採用されずに、リベット留めのオバフェンとなったか???
についてですが、、、

これもあくまでも想像になりますが、、、
多分、市販車の製造工程を使用して、それをベースに一定の台数を造るとなると、リベット留めのオバフェンのほうが手っ取り早く造れたからという単純な理由からではないでしょうか???

実戦でボルトオンパーツ云々のレギュレーションが絡んでくる場合は、リベット跡を埋めて一体形成風にしてみたりの努力があったのかな???とも思いますが。

時代が流れて退役後???も、それぞれにいろんな形で好き勝手なモディファイがなされた個体があったりして、調べていると面白い車ですね!!

>M−1046X様

確かにフレア作るの面倒ですから、それは分かるのです。

ただ、ストラトスの場合、フレアのフェンダーを切り取って、元のフェンダーを付けてからオバフェン付けてます。
この事柄だけは、Apendix-Jを読んでいますが、イマイチ理解に苦しむのですよ。

それにしてもA110もA310も色々派生モデルがあって良く分かりませんです。
アルピーヌの本持っていないからでしょうね。。
●ob Neyret (1981 Rally Cote d'Ivoire)

1981年のアイボーリー・ラリーに参加したグループ4のA310
ドライバーとナビゲーターはBob Neyret / Jacques Terramorsi
GITANESカラーのこの車のレジストレーション・ナンバーは「9254VN38」
エンジン(1800cc)のトラブルが原因でリタイアしたようです。
ボブネイルは1970年代にアセプトジルのチームを運営もしていましたが
それらのオーナーでもありました。
調べてみると、どうやら以前のナンバーが「529UG38」らしいのです。
「529UG38」もGITANESのカラーでもあり、更に前はアセプトジルでした。
●Jean-Claude Andruet(1976 Tour de Corse)

Bob Neyretの車でお伝えしたA310を少し遡ってみたいと思います。
レジストレーション・ナンバー「529UG38」は、その後「9254VN38」になりますが
1976年のツール・ド・コルスでアンドリューがビシェをナビに従え走りました。
しかし結果はパンクに起因したトラブルでリタイアとなってしまいます。
GITANESの車が、やがてまたGITANESになる。。。
●Marketta Oksalla (1977 Monte Carlo Rally)

ツールド・コルスでリタイアしたアンドリューの車は、
翌年のモンテカルロラリーに出場しました。
レジストレーション・ナンバー「529UG38」は、アセプトジルのカラーリングになりました。
アセプトジルは以前も紹介しましたが、歯磨き粉メーカーのスポンサーで
ドライバーとナビゲーターが女性クルーのみで構成されたチームです。
この年のモンテカルロでは、2台のストラトスと今回紹介するA310出場し
A310にはMarketta Oksala / Yvonne Prattが乗り、17位でフィニッシュしています。
Oksalaさんはフィンランド人のドライバーで、
Prattさんはケニヤ人のナビで普段はShekhar Mehtaのナビをしていました。
●Bob Neyret (1977 Rallye de Portugal Vinho do Porto)

ポルトガルラリーに出た「529UG38」は
アセプトジルカラーから車の上半分がGITANESカラーのように
青メタリック?に一部塗り替えられました。
スポンサーは「DIADERMINE」となり、ESSOのステッカーも貼られています。
結果はリタイアのようです。
●Paul Rouby (1978 Monte Carlo Rally)

フランス人ラリードライバーPaul Roubyは1978年のモンテカルロラリー出場
ナビゲーターJean-Louis Martinを従えて総合17位でフィニッシュした。
その後は他のナビとルノー5アルピーヌで走ったようだが
1984年から再びジャン・ルイ・マーティンとルノー5ターボで走るようになる。
WRCではツール・ド・コルスに狙いを定め、1986年に6位に入賞
専らフランス国内のAntibes、Alpin Behra等を走っていたようである。
1987年のガリゲス2位が最上位だろうか?
どこのラリーか分かりませんが、面白いなと思って投稿してみました。
フランス車ですから、フランス車のサービスカーなのでしょうけど
こんな風景もなかなか良いですよね。

ゼッケンにビニールテープで横線入っているので、リタイアしているのかな?

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