ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

『古本屋 こほにゃ』コミュの修正版『古本屋 こほにゃ』 第2話

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加








 『古本屋 こほにゃ』 第2話序 ― NOTHING ELSE ? ―













『…僕の役目は…終わったのかな』


 誰にとも無く、“かれ”は呟いた。


『もう、何も出来ないんだよね』


 ゆっくりと、意識を閉じる。


 何もない。

 もう“かれ”には何もない。



 あとはその意識を永遠に閉じるだけ、だった。






 ――それは夢物語。


 誰もが思い描いた未来予想図。


 空を自由に飛べたら。


 世界中どこでもいけたら。


 時間旅行が出来たら。


 それは夢物語。


 “かれ”は幼い子供達に夢を与え続けた。
 


 しかし、時は流れ時代は遷ろう。


 いつしか未来は現在となり、



 現実を知る。



 夢見る時代は終わった。







「……それで、よいのか?」


 少し舌足らずな、それでいてはっきりと強い意思を持った少女の声。

 “かれ”は閉じかけた意識を呼び起こす。


『キミは、誰?』


 怪訝そうな声。



 それはそうだろう。
 お前に語りかけてくる存在など、そうそう無い。
 この幸せものめ。



 “かれ”が意識を向けると、覗き込む黒髪の少女の姿が視えた。


「私、か?」

 少し楽しそうな、少女の声。

 頭についた、猫の耳がぴん、と動く。


「私の名は真琴。『古本屋 こほにゃ』の店長代理だ」


 ああ、なるほど、と“かれ”が呟く。


『だからキミは僕の声が聴こえるのかい?』


 “かれ”の問いに、真琴は鷹揚に頷いた。


「ああ、なにせ『古本屋』の“店長代理”だからな。これくらいのことが出来なくては務まらんよ」


 ……全ての古本屋の店長がそうとは思わないが……
 むしろ、真琴みたいな方が少ないのではないだろうか。

 何はともあれ、自分の声を聴くことの出来る存在に出会えたからなのか、“かれ”は喜色を声に滲ませた。


『嬉しいな、嬉しいな』


 しかし、その声もすぐ沈んだものになる。


『…でも、もうだめだよ。僕には何も出来ない。もう何も与えられない。もう、だめなんだ。夢だってなんだって、この時代には何も何もないんだから』


 全否定。
 
 “かれ”は自分の在り方を否定した。


『…僕はもう捨てられてしまった。いらない、必要ない、あっても意味が無い。つまりはそういうことでしょ?僕は、僕にできる事なんかもう何も無いに違いない』


 そんな“かれ”の言葉を真琴は鼻で笑い飛ばす。


「ふん。20年そこそこの存在が何を偉そうに。たかがその程度で何を解った心算で居る?」


 真琴の語気が少し強くなる。


「何年何十年生きたところで、世の中の事象のどれだけが理解出来ると思う?そもそも、己の存在理由など自分自身で見出せるものではない。自分で自分を知ろうなどと思い上がりもいいところ」


 ふう、とひとつ溜息をついた。


「仮にだ。お前が本当に何も持ち得ない、何も為し得ないと云うのであれば、私はお前に声をかける事などせんよ。いいか、もう一度云う」


 手を伸ばし、“かれ”を抱き上げる。


「私は『古本屋 こほにゃ』の店長代理だ。本の良し悪しを見る眼は持っている心算だがな…」



『…まだ、僕に何か出来ることがあるの?』


 恐る恐る尋ねる“かれ”に、真琴は笑顔で返した。



「…………。」



 小さな声で、“かれ”にしか聞こえない小さな声で真琴は囁いた。


『……嬉しいな嬉しいな 有難う有難う♪』


 “かれ”の声が再び弾んだ。



 真琴は少し照れくさそうに顔を背けると、


「ま、まあ、あとはお前次第、だがな!」


 ぎゅ、と“かれ”を大事そうに胸に抱いた。



 それは、口調とは裏腹に、とても優しい抱擁だと“かれ”は感じた。




―――――――――――――――――――――――――――――
















 『子供の頃の夢、覚えてる?』



















 『古本屋 こほにゃ』 第2話 ― DREAM ABOUT 〜 ―






 現実なんてそんなもんだ。

 俺は俺なりに一生懸命やってたし、まあ、それを別に誰かに認めてもらいたいわけではなかったけどやっぱり報われたいと思うわけで。


 子供の頃の夢なんてずいぶん前に忘れたさ。


 浪人生にだけはなるもんかと思ってた。
 高校の頃は夢とか追いかけたもんだ。
 
 けど、人生はそう上手くいくもんでもなく。

 
 気がつけば毎日自宅と予備校の往復を繰りかえすだけの日常を送っていた。




 夏期講習、予備校への道すがら俺は夏の日差しを忌々しげに睨みつけながら流れる汗を拭った。


 ……こうやって汗水流して通って、その結果大学へ行ったとして何ができるのだろう。

 大学ぐらいは、なんて誰が言ったんだか。

 毎日勉強勉強勉強勉強。


 勉強して何になる?


 試験の点数が高くたって人間的に優れてるわけじゃない。

 
 と、言ったところでやらなきゃいけないのには変わりは無いわけで。



 しかし、 

 暑い。

 照らしつける太陽に、汗が滴る。
 暑い。
 最近の夏は本当に暑い。
 むしろ熱い。


 早く予備校に行って涼もう。

 冷房の効いた教室で昼寝をしよう。

 そして夕方まで涼んで帰りにゲーセンに寄っていこう。



 ……って何をやってるんだ、俺。


 こんな事がやりたかったんじゃあないのに。



 そう、俺がやりたかったのは。




 ……なんだっけ。




 まあ、いいか。
 そんなことよりとりあえず喉が渇いた。

 コーラだコーラ。コーラを飲もう。



 きょろきょろと見回し自販機を探す。


「……あった」


 なるべく汗をかかないようにゆっくりと、それでいて素早く俺は自販機の元へと駆け寄る。
 が、
 その自販機には先客がいた。

 年のころは十代前半くらいか、白いシャツにネクタイ、黒のロングスカートにブーツ姿、つややかな黒髪に黒の大きなリボンがかわいらしい少女だった。

 その少女は自販機の前でしばらく何か考えていたが、やがて意を決したように財布から取り出した120円を投入する。


 そして、



 ぴょん ぴょん


 跳ねた。


 ぴょん ぴょん ぴょん


 また跳ねた。


 
「うー……」


 あ、拗ねた。


 ようするに、一番上のコーラのボタンを押そうとして届かずにジャンプしたもののやっぱり届かない、といったところか。


 普段なら笑顔で見守るくらいのことはするのだが、今はいかんせん暑い。
 暑くて死にそうだ。
 そんな余裕は、無かった。


「ほら」


 俺は少女の代わりにコーラのボタンを押してやる。


 うぃーん  がしゃこ


 機械の作動音と共にコーラが吐き出された。
 少女はコーラを手にすると、俺の顔を見上げ、


「……ありがとう」


 ちょっとはにかんだ様子の少女。
 ふぅん、結構可愛いな。
 あ、いや、そんな趣味は無いがな。

 ぺこり、と頭を下げると少女はコーラを両手に抱え去っていった。
 そんなことより。
 
 コーラコーラ。
 俺もコーラ。
 コーラ飲みたい。

 120円。

 投入。

 ボタン。

 押す。

 うぃぃーん がしゃこ

 お、冷たい。


 プルタブを開け、一気にコーラを喉に流し込む。



 ……うまい。


 
 一息ついた俺はふと、さっきの少女がこちらを見ているのに気がついた。


 手を振ってやると、少女はもう一度ぺこりと頭を下げ走り去っていった。


 変わった子だなあ。


 

 なんとなしに気になる存在。

 思えば、これがその不思議な少女との最初の出会いだった。





 ちなみに、この日の授業は結局昼寝して過ごした(笑







 次の日も、その次の日も予備校はあるわけで。
 なぜか少女も毎日のように自販機の前で跳ねていた。

 
 ぴょん ぴょん


 押す。

 押す押す押す押す押す。


 その都度、俺は代わりにボタンを押してやり、俺もコーラを買っていった。






 そんな事が数日続いたある日。



 いつものように少女のコーラを買ってやり、自分のも買おうとした、その時だった。




 押す。



 何も出てこない。



 もう一度、押す。



 押す押す押す押す押す押す。
 


「 売り切れ 」

 
 
 よく見れば、暑さのせいかその自販機はほとんどが売り切れだった。
 

 あー。


 俺は頭をぽりぽりと掻きながら返却レバーを押し下げる。
 


 かちゃん かちゃかちゃん

 

 無慈悲な音とともに、俺が販売機に投入した120円は返却口に吐き出された。


 ……仕方ない、どこか別の自販機か……いや、そうだ、コンビニに行こう。
 コンビニなら涼しいし雑誌も立ち読みできる。
 まだ時間もあるし、そうしよう、うん。

 
 そう決めて振り返った目の前に、少女の姿。


「おおっと?」  

「きゃっ!?」


 すぐ目の前にいたために思わずぶつかりそうになる。
 

「あぶない…っと、大丈夫?」

「……コーラ」

「は?」

 
 ぶつかりそうになったことなど全く気にも留めていない様子で、少女は僕の目の前にコーラの缶を突きつけてきた。


「コーラ、これ、最後みたいだったから」

「ん?」


 突きつけられたコーラの意味がわからずに黙ってしまったが、


 ――ああ、俺にくれるって言うのかな。

 
 思わず笑ってしまった。


「ああ、それなら気にしなくていいよ。君の方が先に来てたんだから気にせずに飲んで構わないよ」


 いくら暑いからってさすがに年下の女の子からひとつしかないコーラを貰っちゃうわけにはいかないよな。


「……うにゅう」

 
 しかし少女はどこか気に入らない様子で何か考えていたが――、


「あ、そうだそうだ」

 
 コーラをもったまま、ぽん、と少女は手を打った。 


「そうだ、私の店に来ないか?冷房は無いけれども涼しいし。勉強ばかりでは疲れるだろう?たまには息抜きも必要だぞ?」 


 先程までの雰囲気とは打って変わって、その少女は思ったよりも大人びた感じに――、いや、どちらかというと年齢不相応な落ち着きを含んでいて……そう、失礼だけど、一瞬だけウチの母親(45)よりも年上に思えた。
 でも、やっぱり目の前にいるのは少女なワケで……
 不思議な子だな。
 不思議。
 気になった。


「店……って?」


 まあ、答を聞くまでも無い。
 涼めるところならどこでも良かったし、それ以上にいつの間にか俺は目の前の不思議な少女に興味を持っていたから。
 今日はもう自主休講だな。
 一日勉強しなかったくらいで合否に大きな影響があるとも思えない。
 


 僕の問いかけに少女は小さく笑った。 


「――古本屋、だよ」 


  
 


 路地をあちらこちらへと曲がった先に、その店はあった。

 『古本屋 こほにゃ』
 
 少女にいざなわれて中に入ると、そこだけまるで時が止まったかのような――レトロな雰囲気の店内だった。
 古ぼけた本棚に乱雑に、しかし整然と並べられた古本。
 読んだ事は無いけれども、一度は見かけたことのあるタイトルばかり。
 どこか懐かしさすら感じさせる店の雰囲気に俺は思わず見とれていた。


「ただいま」


 誰にともなく挨拶する少女。


「今日は、違うの。このお兄さんにコーラのお礼。そうそう、いつもボタンを押してもらってた」


 中を伺うが、やっぱり誰もいない。
 随分と大きな独り言だな。


「……え? 本当? ふーん……まあ、いいや。
 

 お兄さん、そこにかけてちょっと待ってて」


 そう勧められた椅子に腰掛けると、俺は店の奥に消える少女を見送った。
 ふむ。
 こういう雰囲気は嫌いじゃないな。
 昔はこういう古本屋がいっぱいあった気もするけど、いつの間につぶれてたっけ。
 ……ガキの頃は100円握り締めて安い古本買いに来たっけ。
 懐かしいな。
 コミックとか30円くらいで売ってたなぁ。


 そう、小学生の頃は……
 
 
 あれ?


 あのころよく買ってたマンガってなんだっけ……?

 
 確か……俺の夢ってあのマンガに影響されて……

 
 未来の世界の……

  
「お待たせ」


「ん?」


 と、
 少女の声に思考が途中で中断される。 

 見れば、コーラがなみなみと注がれた湯飲みを載せたお盆を手に、少女が立っていた。


「どうぞ、ぬるくならないうちに飲むといい」


「……あ、ああ、ありがとう、いただきます」


 勧められた湯のみに口をつける。

 不思議な感覚。

 湯飲みで飲むコーラってのも、案外美味しいもの……かな?





「――ところで」


 少女がおもむろに口を開いた。


「お兄さんはいつもどこへいっているのだ?」


「ん?」


 湯飲みのコーラをぐいと飲み干すと、俺は溜息交じりに答えた。


「予備校だよ」

「予備校」

 鸚鵡返しに尋ねる少女。

「そ、予備校。俺は浪人生だからね、大学行くために予備校通って勉強しなくちゃいけないんだ」

「ふぅん」

 特に興味のなさそうな少女の声。

「そうやって勉強ばかりして、何がしたいのだ」

「何がしたいって……」



「子供の頃の夢覚えてる?」



 歯に衣着せぬ、少女の物言い。
 ストーレートがゆえに、俺の胸を打った。
 ……何がしたいんだろう俺。
 何がしたかったんだろう俺。
 俺は、
 俺の夢は……
 


 その時だった。


 カウンターに陳列された一冊のコミックに目が止まる。


 それは、


 少年時代――。





 小学生の時分に100円はそれでも大金だった。
 その大金でマンガが3冊買えたのは古本屋が近所にあったから。

 足繁く通ったその古本屋でよく買ったマンガは――、


 思い出した。 


 それはもう20年以上前に出版された子供向け漫画の単行本。
 未来の世界から来たロボットと少年の日常を描いた、しかし、たくさんの夢が詰まった内容の漫画。

 その作品から俺は様々な事を学んだ。
 俺の持つ雑学の大半はこの作品から得たもの。
 教科書、といっても過言で無いくらい。  

 しかし。

 最終回が来る前にその作品は終わった。
 当時、その最終回について様々な説が流れた。

 いわく、事故で植物状態になった主人公の少年が夢見た世界だという説。

 いわく、ある日突然電池の切れた彼を修理するために主人公が必死で勉強するという説。  
 

 少年の頃は――、

 そう、愚かなまでに純粋で。

 それならば、自分がそれを直すと。
 科学者になるんだ、と。


 ああ。


 そうか。


 科学者になりたかったんだっけ。
  

 

 いつからか、夢を語ると笑われると思っていた。


 だから自分自身で自分の夢を忘れていた。


 そして自分自身を見失っていた。
 

「――そうだ」

 
 俺は科学についてもっと深く学びたかったんだ。
 そのために大学へ行って……夢のあるロボットを作る。
 それが俺の夢だったんだ。


 カウンターにあったそのマンガを手に取り、ページをめくる。


 そこにはあの頃、初年時代に見た夢と希望の溢れる物語が描かれていた。


「それは、お兄さんにあげる」


 いつの間にか少女はカウンターに腰掛け、俺の顔を覗きこんでいた。
 俺はマンガを置くと財布を取り出した。

「いや、悪いよ、ちゃんとお金払うよ」

「お代は結構」

 少女はふわりと微笑む。

「自動販売機でコーラを買ってくれた、お礼ということで

  

 それに、



 “かれ”は、――いや、その本はお兄さんの手元にあるべきもの。お兄さんの夢を後押ししてくれる、そんな一冊だから」








 
 振り返ると、その不思議な古本屋はどこにも見当たらなかった。
 ただ、古ぼけたテナントがそこにはあるだけだった。


 俺は夢でも見ていたのか――?


 ――いや、しかし――


 俺の手にはコミックが確かにあった。



『子供の頃の夢覚えてる?』


 不思議な少女の言葉が妙に頭に残っていた。


 ――夢、か。



 夏の日差しは相変わらず厳しく照りつけていたけど。

 俺の頭は妙にはっきりとしていた。

「ま、とりあえずは予備校行って勉強しなくちゃな」

 それは、多分今までとは変わりの無い生活。

 でも、

 目標は、しっかりと思い出した。

 もう忘れない。 

 


「あ、そういえば」



 俺はあることを思い出し、振り返る。
 そこは、やはり古本屋ではなく、空きテナントであったが。


「あの子の名前……聞き忘れたな……」




―――――――――――――――――――――――――――――――――



 

 真琴。

「ん?」

 今回は……

「本当にコーラのお礼。そんなつもりはなかったんだけどね。

 でも、よかった。

 お兄さんも自分の夢を取り戻せたみたいだし、ね」




 
 ――つい先日『古本屋 こほにゃ』のカウンターの新入荷コーナーに一冊のコミックが加わった、と思ったら、すぐ売れてしまった。

 “かれ”――、そう、それはもう20年以上前に出版された子供向け漫画の単行本。
 未来の世界から来たロボットと少年の日常を描いた、しかし、たくさんの夢が詰まった内容の漫画。
 飽きられたか、必要無くなったか、理由は定かではないが、廃品回収で捨てられていた本のうちの一冊だった。


 全く、コミックの売れ行きばかりが増えていくものだ。

 売れ行き、といっても売ってはいないがな……


「…あ?なにか言ったか?」


 いや、全く店長代理の本を見る眼はスバラシイナと。


「ふふん。おだてたって何もでないぞ♪」


…扱い易い奴…



 それにしても……あの時、真琴は一体なんて言ったのだ?


「あの時?」


 “かれ”を抱き上げて何か囁いただろう?


「あー、あの時な」


 真琴は照れくさそうに頭の上の耳をぽりぽりと掻いた。






「名作は、月日が過ぎてもその魅力が色褪せる事など無い。それが子供向けなら尚更だ。“かれ”のように夢を与える作品は時代がどれだけ遷ろうとも不要になる事など無い。と、言ったのだ。ああいう作品は、永遠に語り継がねばならないのだよ」








「古本屋 こほにゃ」第2話 終



コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

『古本屋 こほにゃ』 更新情報

『古本屋 こほにゃ』のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング