ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

『古本屋 こほにゃ』コミュの『 ホワイト・クリスマスキャロル 』 〜3

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


 そこには何も無かった。
 墓石以外は。

 これは?

「貴方のお墓、よ」

 打ち寂れた墓石を前に、一人の少女が俯いて立っていた。

 あれは……




「結局、ダメだったんだね」
 
 記憶の中で、私に一冊の本を託した『黒髪の少女』。
 憂いを帯びた表情で目の前にある墓石を眺めている。
 風になびく髪を押さえながら、少女は呟く。

「どうして、こんなことになったんだろう」

 手には、見覚えのある本があった。
 『クリスマス・キャロル』
 あの記憶の中で、私が手渡されたはずの本だ。

「こうならない為に、この本を渡したはずだったのに……」

 墓は手入れされている様子もなく、荒れ放題。
 よく見なければ伸び放題の雑草で墓石すら見えないくらいだ。

「どうして、こんなことをするのかな」

 はぁ、と溜息。
 
「絶対、アイツが絡んでる。こんな酷いことをするなんて……」

 少女は本を墓前へと置いた。

「これでまたひとつ、想いが消えた」

 その意味はよくわからなかったが。
 少女にとって、それは喜ばしくないことのようだった。

「こうやって消えていく。想いも、こほにゃも……」

 体調が悪いのか黒髪の向こう、少女の顔色は心なしか青ざめて見えた。


◇ 

 白に包まれて、同じように白に身を包んだ少女が笑う。

「これはアナタの未来。私が消えた未来よ」

 これ――、つまりは私が今見ているこの光景。
 私の……未来だって?

 あれが?
 あのみすぼらしい墓がか?

 嘘だ。
 私には金だって地位だってある。
 そんな私が、こんな所に眠っているはずが無い。
 そんなはずが、無い。
 なあ、そうだろう?

「いいえ」

 少女の声には強い力が篭っていた。

「言ったでしょう? アナタの大切なモノを貰うって」

 大切な物……って、それは一体……?

「とても大切なモノよ。アナタにとって。
 それは――そうね、現在に戻ってみればわかる、かもね」


 クスクスと笑い声だけが響く。

 そして、視界はまたも白に閉ざされた。




「……ここは……」

 気がつけば、そこはいつもの病室だった。
 白い壁、白い天井、そして窓の外には白い雪。

 さっきまでいた筈のマコトの姿は無い。

 まるで、夢でも見ていたかのように。

「……今のは一体……?」

 夢にしてはリアルで不気味だった。
 過去へ未来へと自分の姿を見せられて……。
 人は死ぬ間際に走馬灯を見るというが、これがそうなのであろうか?

 ……馬鹿馬鹿しい。

 この私がまるで死を恐れているかのようではないか。  
 この、全てを手にしてきた私が。

 あんな小娘ひとりに翻弄されるわけが無い。
 全く、老人をからかうにも程がある。

 しかし夢見が悪かったせいか汗びっしょりだ。
 このままでは気持ちが悪いし身体にも障る。

「おい」

 呼びかけてみるが誰からの返事も無い。
 おかしいな、いつもならすぐに誰か飛んで来るはずなのに。

「おい、おい! 誰か居ないのか!?」

 怒鳴ってみたが反応はまるで無い。
 仕方ない、それならば……。
 枕元にあったブザーを鳴らす。緊急時にナースを呼ぶためのものである。
 まるで病人のようで私はこれが嫌いなのだが仕方ない。
 2度、3度と押してみるが誰か来る気配は一向に無い。  

「……おかしいな」

 私が来いと言ったらすぐ来るようにナースには言い聞かせてあったのに。
 これでは何の為に高い金を払っていい病院に入ったのかわからんではないか。
 しばらくブザーを押し続けると――ドアのノブがガチャリと音を立てて回った。
 
 ……ようやく来たか。

 しかし、部屋に入っていたのはナースでは無かった。

「父さん?」

「――なっ!?」

 一瞬、誰だかわからないくらいに久しぶりの顔だった。
 前回顔を合わせたのはいつくらいだろう。
 用事があれば電話で済ませていたので、数年来会っていないかも知れない。
 最も、電話で話すことといったら仕事の事と、遺産相続の話ばかりだったが。

 私が入院したときですら顔を見せなかった息子である。

 まさか、何の前置きも無く現れるとは思わなかった。

「……何の用だ」

 私は苦虫を噛み潰したような表情で息子を見やった。
 しかし息子は、

「何だも何も無いよ、だって父さん呼んだじゃないか」

「呼んだ?」

「ブザーでさ。だから飛んできたんじゃないか」

「は?」

 言われてみて、私は自分が呼び出しブザーを手にしていたことに気がついた。
 どうしてこんなものを握っていたのか。
 それよりも息子の言っている事がよくわからない。
 大体どうしてお前がここにいるんだ?

 息子の表情は心底私のことを心配している、といった感じ。
 こんな息子を見るのは……もう記憶には無い。
 何だ、一体どうしたんだ?

「最近は体調も安定しているみたいだし、安心してたんだけどね」

「あ、そ、そうか」

 私はそれ以上何も言えなかった。
 事態がよく飲み込めていない。

 そんな私の沈黙をどう捉えたのか、

「ごめんね、僕の稼ぎが悪いから……父さんにも迷惑掛けて」

 息子が呟いた。

「……は?」

 そんなはずは無い。
 お前だって私の会社の重役――、

「蓄えもあんまり無いからさ、たいした介護も付けられなくて」

 蓄えも何も、個人資産は――、

「それでも、お金は無いけど、こうやって面倒を見る事くらいは――出来るよ」

 頭が混乱してきた。

 自分で言うのもなんだが、私はこの国でも指折りの資産家だ。
 金なら唸るほどある。
 私だけではない、私の家族もまた然りだ。
 妻も息子も娘も、孫も皆、私の成功の恩恵を受けている。

 だから、金が無い、などということは有り得ない。

「まさかお前、株に失敗でも――」

「株? 何言ってるんだい父さん」

 苦笑交じりに言う。

「そんな株に使う金なんかあるわけない事くらいわかってるだろ?」

 私は息子の顔を見た。
 私の記憶には無い、とても優しい表情をしていた。 
 
「で? 父さん、どうしたんだい?」

 心配そうに顔を覗き込んでくる息子を見ると、不思議と私も素直な気持ちになれた。

「お、そうだ、汗をかいてしまってな……」

「じゃあちょっと待ってて。今タオルと着替えを持ってくるから」

 そう言うと病室から出て行ってしまった。
 
 私はベッドの上で首を傾げ唸った。
 自分で言うのもなんだが、息子から看病された事も、それこそ体の心配をされた事すら無い。

 一言目には早く隠居しろ、二言目には遺産相続。
 そんな息子が私の心配?
 馬鹿な。
 それこそ、私の気を引くための新手の演技かと思ってしまったくらいだ。
 
「お待たせ」

 戻ってくると息子は私の着替えを手伝った。
 少し様子を伺っていたが、別段不自然なところは無い。
 本気で私の事を心配しているように見える。

 ――結局、遺産相続の話をすることも無く、

「じゃあ、父さん、また明日、来るからね。

 ……あ、そうそう、これ、暇つぶしに読む?」

 数冊の本を手渡し、最後まで私を気遣ったまま帰っていった。



 一人になった部屋で、呟く。


「……これも、夢、なのか?」

 私は、権力も金も無い、ただの老いぼれになってしまったのか。
 それとも――?

 ……よくわからない。
 どこまでが夢で、どこからが現実なのか。
 ……いや、もうどうでもいい。
 夢でも現実でも、どちらでも良かった。

 私は右手を伸ばし、ギュッと握り締めた。

 今まで、私は全てを手にしたという自負はあった。
 だが、誰にも言えなかったが、常に何かが足りないと感じていた。

 富、権力。
 この世の全てを手にしてきたつもりだった。
 だが、それでもどうだ。

 一番近くにいるはずの、家族の心はいつの間にかバラバラになっていたではないか。

 全てを手に入れたつもりでいて、それでいて何も手には出来ていなかった。
 一番大切なモノを、手にすることが出来ていなかった。

「それなのに……」

 息子の、何気ない優しさが、私の胸を打った。

 両手で顔を覆った。
 自然と涙が零れてきた。

 夢かもしれない。
 それでも、それでもいい。
 今の私は確かに手にしていた。
 声を大にして言ってもいい。
 私は確かに手にしていた。

 家族の愛を。

 全てを手に入れ、そしてその全てを失い、最後に残ったもの。
 それがこれだ。

 ふと、夢で見た少女の事を思い出す。
 雪のように真っ白な少女。

 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる不思議な雰囲気の少女。
 名前をなんといったか、思い出せなかった。

 しかし、これだけは覚えていた。

『これは、アナタの望みを叶える本――』

 
 そんな、
 まさか。


「これが――私の望んでいたもの、だったのか?」


 答えるものはもちろん居ない。

 だが、長い間、私の胸に開いていた穴が塞がった、そんな気持ちだった。





「安らかな寝顔ね」

 白い壁、白い天井、白いカーテン。
 白いベッドに横たわるひとりの老人。

 マコトはその老人の寝顔を見つめながら、小さく呟いた。

「そして最後に――現在を貰っていくわ」

 しかし老人は答えない。
 もう二度と目覚める事も、無い。

 胸に一冊の本を抱いたまま、老人は永遠の眠りについていた。
 その本を見て、マコトは小さく笑った。

「この結末は――あの子の差し金かしら、ね」

 それは老人の息子が手渡した本の一冊。
 それは真琴が老人に渡した本。
 本に篭められた想いを今は感じる取る事は出来ないが――。

「クリスマスキャロル、ね。この結末に相応しいのかどうなのかわからないけど」

 ふぅ、と息を吐く。

「全く、ロマンチックな夜ね。

 メリークリスマス、と言ったところかしら」 

 そう呟くマコトの胸にも、一冊の『本』。

 それは、過去にマコトが、若かりし日の老人に手渡した『本』。
 全ての望みが叶う本。

 全ての望みが――。

「結局、最期に望んだものは――ほんのささやかなものだったのね」

 声に感情は無い。
 顔も前髪に隠れてよく見えない。

 マコトがどんな表情をしているのか――。

 顔を上げたときには、マコトはまたいつもの薄笑いを浮かべていた。

「そうしてまたひとつ、想いが――。

 『古本屋』もまた――ふふふ」

 マコトが胸に抱く『本』が鈍い光を放つ。
 それは、人の夢を、望みを、願いを叶え、そして夢を喰らう『禁書』の一冊。

 否、『禁書』の一冊――『だった』。
 
 今は殆どの力を失ったが、それでもその力は計り知れないものがあった。
 愛しそうに『本』を撫でると、にっこりと笑う。
 その笑顔は彼女にしては珍しく満面の笑みだった。 
 祈るように目を閉じ、ベッドに背を向ける。


「おやすみなさい――永遠に」


 同時にガチャ、とドアノブが回り、病室にナースと医師が駆け込んでくる。
 しかし。
 すでにそこにはマコトの姿は無かった。





〜3 終わり
〜4 へ続く。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

『古本屋 こほにゃ』 更新情報

『古本屋 こほにゃ』のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング