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『古本屋 こほにゃ』コミュの『 ホワイト・クリスマスキャロル 』 〜2

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「あとはこの『本』を開くだけよ。
さあ、 ――望み、叶え給え――」



『 ホワイト・クリスマスキャロル 』〜2




 今日もいつもと変わらない仕事、その帰り道。

 世間ではクリスマスだなんだと浮かれ騒いでいる。
 下らない。
 何かにつけて騒いだりはしゃいだり。

 全く、世の中の全てが下らない。

 俺には何も無かった。
 毎日仕事ばかりでろくに時間も無く。家族ともバラバラ。
 ……かろうじて、寒さと雪を凌げる家と僅かな稼ぎだけはあったが。
 それ以外は何も無い。

 だからこそ余計に世間の浮かれっぷりに腹が立った。腹が立ったがどうしようもない。

 やれやれと溜息をつくと、懐から煙草の箱を取り出し――、

「煙草も無い、か」 

 くしゃっ、と空の箱を握りつぶす。

 しかし、今夜もいい加減冷える。
 どこかで一杯ひっかけて――、

「っと、丁度いいところに店があるじゃないか」

 路地の奥まったところに、灯りが見えた。
 飲み屋か小料理屋か。
 どっちでもいい、酒で温まれれば。

 気持ち足取りも軽やかに、俺はその灯りの方へと近づいていった。

 その店は看板も暖簾も何も無く、ただほの灯りだけが中から漏れているだけ。

「……高い店、か?」

 以前、接待でこういった店に入ったことがあったが、基本的にメニューに価格が載ってなく冷や汗をかいたものだが……。
 ま、一杯か二杯引っ掛けるだけだから、そんなに取られることも無いだろう。
 一応財布の中身の確認する。まあ大丈夫、だろう。
 俺は店の戸に手をかけ、横に引いた。


 ――ガラガラガラ。


「あれ?」

 間抜けな声を上げてしまった。
 なぜならそこは飲み屋でも小料理屋でもなく――、

「……本屋?」

 そう、本屋だったのだから。
 店内に所狭しと置かれた本棚と、そこに並べられた本。
 雰囲気からして、どうやら古本屋らしいが。

「チッ、なんだよ。紛らわしいな」

 舌打ちひとつ、悪態をつく。
 すでに頭の中で熱燗を想像していただけに、酷く落胆したのが自分でもわかる。
 溜息混じりに、なんとなく目の前にあった本に手を伸ばし――、

「――それは、貴方の本じゃないわ」

 不意に掛かった声に、伸ばしかけた手が止まる。
 その声は店の奥から。
 女性の声だった。
 店員、にしちゃ声が若すぎる。 
 中学生か、ひょっとしたらまだ小学生くらいの年の頃といったところか。
 恐らくは個人経営の小さな古本屋、そこの娘か孫娘か。

 しかし変なことを言う。
 『あなたの本じゃない』と来たもんだ。
 客がどの本を手に取ろうと構わないじゃないか。
 普通の接客業だとクレームものである。

 なのに、だ。

 どうしてか俺は、心のどこかでその言葉に納得をしていた。
 なるほど、と。 

「ここが飲み屋でなくて残念ね」

 姿は見せず、声だけが奥から聞こえてくる。

「ああ、てっきり隠れ家的な小料理屋かと思ったよ」

 そう答えて、奥へと向かう。

「……以前、駄菓子屋と間違えたのも居たわ」

「駄菓子屋、ねえ」

 昔、駄菓子を売っていた米屋が似た外観だったのをなんとなく思い出した。
 言われてみれば、そんな程度だが。

「全く失礼しちゃう、わ。ここはれっきとした古本屋なのにね」

 言って、クスクスと笑う。
 はたして手狭な店の奥にはカウンターがひとつ。
 そこに座る少女がひとり。




 黒髪の少女が微笑んだ。

「貴方にはこの本を」

 そう言って差し出したのは一冊の小説。

『クリスマス・キャロル』

 だった。

「これ、は……」

 覚えている。
 若い頃に読み漁った本の中の一冊だ。
 しかし、懐かしいな……これを読んだのは、そう、学生の頃、だったか。

「これは今の貴方には必要ないかもしれない。けれども、きっと、遠い将来に――」

 そう告げる少女の顔は優しい笑顔で――。





 ――ちょっと待て。

 真っ白な何かに包まれた私は、目の前に見せられた映像に抗議の声を上げた。

 ――これは違う。

「あら? そうかしら?」

 クスクス。
 映像の中の少女が笑う。
 口の端が裂けたかのような、不気味な笑顔。

「これはアナタの『過去』よ。これがはじまりの刻よ」

 そんなわけは無い、俺があの時あの場所で出会ったのは――


 『黒髪の少女』じゃない、


 マコト――お前だったはずだ。





 まず目を引いたのは真っ白い髪。
 年寄りの白髪、とはまた違う。例えるなら、そう、まるで映画に出てくる妖精。
 店内の灯りに白い髪が艶やかに光っていた。

 次に、俺を見つめる瞳。
 金色の双眸が俺をまっすぐ射抜いていた。
 何かを語りかけるような、また、問いかけるような。
 その瞳に、俺は吸い込まれそうになる錯覚を覚えた。

 そして極めつけは――頭につけている猫の耳。
 あれか、カチューシャとかリボンとか、子供のおしゃれってやつか。
 俺は半眼でそれを見る。
 まさか、本物……なわけないよな。

 頭を振って、俺は笑った。
 何を考えているんだ、それに相手は子供、だろ。

 俺が黙っていると、少女は言葉を続けた。

「そう、古本屋。かつてはどこの町にもあった、今やどこの町にも無い、古本屋」

 少女がすっと立ち上がる。
 髪だけでない、服も、肌も髪と同じ。
 ――雪のように真っ白、だった。

「いらっしゃい、ようこそ古本屋こほにゃへ」

 芝居がかった調子で、両腕を広げる少女。

「私はマコト。マコトよ」

「マコトちゃ――」

「その呼び方は止めて。マコト、でいいわ」

 俺の言葉をさえぎり、ぴしゃり、と言い放つ。
 年上、ちょうどこの子の親と同い年くらいであるはずの俺に、全く物怖じせずに話す少女(しかも俺は客である)。
 不思議と、子供の癖に生意気、とは感じなかった。

 それ以上に、彼女に興味が沸いて来た。

「マコト、ね」

「ええ、それでいいわ」

 満足そうに笑う少女。
 ……笑顔には妙な迫力があるな。
 歳に似つかわしくない、艶がそこにあるような気がした。

 ……断っておくが、自分の娘よりも幼い子供に変な感情が沸いたわけでも無いし、そんな趣味も無い。 
 
 それはさておき。

「で?」

 俺は訊ねる。

「アレは俺の本じゃ無いっていってたけど、ここに俺の本はあるのかい?」

 からかい半分、興味半分。
 俺は首を捻ってみせた。
 すると、

「何を言ってるの? ここは古本屋よ? あるに決まってるじゃない」

 よくわからない事を言って少女は呆れた様に笑った。
 ほーう、面白いじゃないか。
 売り言葉に買い言葉ってやつか?
 
「へえ。それじゃあ俺の本ってのはどんな本、なのかねぇ?」

 あごに手を当て、俺は笑い返してやった。
 さて、ここまで言ったんだ、よほど面白いものを見せてくれるんだろうな?

 すると少女は答える代わりに、カウンターに一冊の本を置いた。
  
 一冊の古ぼけた本だった。
 俺は何も言わずにその本を受け取る。
 深い緑色のハードカバー仕立てで、年期が入っているのがわかった。
 本のタイトルは擦り切れていて読み取ることが出来ない。
 
「これが、かい?」

 残念ながら俺にはその本に見覚えが無かった。
 昔に持っていた記憶も無いし、図書館や学校で借りた記憶も無い。

「これが俺の本?」

「そう――」

「これが、ねえ」

 ちょっと期待はずれ、だったな。
 もう少し面白いことがあるかと思ったんだけど。
 ふん、と鼻を鳴らして俺は一応ページをめくってみた。

「アナタには選択する権利がある」

 手を止め、俺は少女の方を見る。
 
「選択する権利、だって?」

 目の前にいるのは幼い少女、のはずなのに。
 その迫力に俺は息を飲んだ。

「この本を開いて路を切り拓くも良し。これにはアナタの望む全てが書き記されている筈だわ」

「俺の……望む全て?」

 ごくり、と喉が鳴った。
 少女の言う通りだとすれば、俺が今手にしている本は――、

「それは、望みが叶う本」

「は、はは……」

 俺は本を閉じてカウンターへと戻した。

「おいおいお嬢ちゃん、あんまり大人をからかうもんじゃないよ?」

 馬鹿な。
 望みが、願いが叶う本だなんて、そんなものが――、

「あるわけが無い。そう思ってるでしょ?」

 ――ニヤリ。

 少女の微笑みに俺は思わず一歩下がる。
 その笑顔は少女らしからぬ――邪悪めいた笑みだった。

「信じる信じないはアナタ次第よ。
 それを開いて全てを手にするもよし、
 開かずに全てを失うもまたよしだわ」


 馬鹿な、そう言おうとして俺は何故だかそれを言葉にすることが出来なかった。

 自分の頭がどうかしてしまったのだろうか。
 
 今、この目の前にいる少女の言葉を俺は信じ始めていた。


 ――望みが叶う。

 ――全てが手に入る。


「ただし――アナタが全てを手にした時、

 私はアナタの全てを貰いに来る。それが条件よ」


 ……悪魔が囁く時というのはこういう時を言うのだろうか。
 どうせ今の俺には何も無い。
 失うようなものなんて何ひとつとして無い。


 それならば、いっそ悪魔の手を握ってみるのも――。

 俺はその本に手を伸ばした。





◇ 


 が、


 俺の手が本に届く、その瞬間。

 本が消えた。

 驚いて顔を上げると、目の前にいたはずの少女の姿も無かった。

 少女の姿どころじゃない、カウンターも、椅子も、周りにあったはずの本棚も、全てが嘘のように消えてなくなっていた。
 

「なんだ、これは!?」

 
 俺は思わず叫んでいた。
 
 もちろん、誰の答えも返ってこない。

 夢? 今までのが? まさか?

 
「ええっと……そうだ、マコト、マコト!!」


 俺はさっきまで目の前にいたはずの、あの不思議な少女の名を呼んだ。


◇ 


 しかし。

 聞こえてきたのは笑い声だった。

「あっはは!」

 白いもやの向こうに、少女の姿。

 私の記憶が正しければ。
 あの古本屋で私は『望みが叶う本』を手に入れたはず。
 そうして全ての望みを叶えて――。

 金色の瞳だけがぎらり、妖しく光る。

「大事なモノを貰うって言ったでしょ? まずは――」

 どこか楽しげな少女の声。
 何を言っているんだ?
 おい、説明してくれ。
 私から何を奪うというのだ?

「アナタの過去を」

 私の過去?

「そう。それがこの『本』を使う代償。
 
 現在を手に入れるために、過去と未来を代償にする――」


 ちょっと待て、過去と未来を代償にする、と言うことは……。


「さあ、次は未来よ」
 

 少女の声とともに古本屋の映像は掻き消え、また視界は白いもやに包まれた。





続く

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