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『古本屋 こほにゃ』コミュの 『 ホワイト・クリスマスキャロル 』 〜1

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 『古本屋 こほにゃ』外伝

―ホワイト・クリスマスキャロル―

  〜異聞ノゾミカナエタマエ〜



 ――深深と雪が降る。

 私は病室のベッドに横たわったまま、窓の外を眺めていた。
 テレビのニュース番組でも、今年は数年ぶりのホワイトクリスマスだと言っていた。

 クリスマスといっても私はミサに通うような敬虔な信者でもないし、パーティを開く程に若くもない。
 壁一枚隔てた向こう側では、一年に一度のイベントごとにざわめきたっている。 
 が、私のいる病室にはそのざわめきも賑やかさも無い。

 かつて――私には全てがあった。

 財力、権力、ありとあらゆる力という力。

 欲しいモノは全て手に入れたしやりたいコトは全て実行してきた。
 クリスマスパーティなどは目も眩む程の豪華さで、連日のように金と酒を浴びた。
 私の下には多くの人間が集い、巨額の金が動いていた。
 頂点を極めた、と言っても過言では無い。

 ――しかし。

 今の私には見舞いに来る客ひとりすら居なかった。
 この病室を訪れるのは看護婦と医師のみ。
 たまに親族が来ても、口にするのはお決まりのおべっかと遺産相続の事ばかり。

 皆の目が語っていた。

『――早く――』

 と。

 全てを手にしてきた私に残ったのは――、

 一体何なのであろうか。
 左腕に点滴、胸には電極。
 脚には立つという力も無く。
 ただ零れていく寿命を塞き止める事も出来ず、こうやって寝て過ごすしかなかった。

 
 白い壁に白い天井。


 だから、最初は目の錯覚かと思った。

 白い壁を背に、白い少女が佇んでいた。

「――久しぶり、ね」

 私を呼ぶ声が、その姿が幻では無いことを教えてくれる。
 髪は雪のように真っ白な色。
 髪の色だけではない、透き通る肌、着ているコートやスカートもすべてが穢れ無き純白。

 全てが白に包まれる中、両の瞳だけが金色の輝きを放つ。

 私はその少女に見覚えがあった。
 今まで数え切れない程の人間と出会い、別れてきた。
 だが、どれだけの人数と出会ったとしても、猫の耳が生えた少女なんて普通お目にかかれ無いし、一度見たら忘れる筈がない。

「気分はどうかしら?」

 私はベッドから身を起こそうとして――首だけを彼女の方へ向けるだけに留めた。それすらも最早、私には億劫であった。

「久しぶりだな」

 私は精一杯の笑顔を返す。少女もまた、口の端を歪めた。

 皮肉とも侮蔑とも、憐憫とも取れる表情。

「ええ、どれぐらいぶり、かしら?」

「そうだな――」

  少女と初めて出逢ったのは――恐らくは私が50の頃だから、凡そ20年は前の話だ。

「そうね。私と出逢ったのはそれくらい、かしら」

 少女の目が、スッと細くなる。

 少女の姿は、20年前と全く変わっていなかった。
 変わっていない?そんな馬鹿な。
 私の頭はどうにかしてしまったのだろうか。
 20年前に少女の姿で現れた彼女が、今も少女のままである筈が無い。

 これは幻かもしくは――

「アナタも何も変わらないわね」

 死の間際に視る最期の夢か。
 
 どちらでもいい。なんにせよ久しぶりの客だ、少し話がしたかった。
 億劫だったが、それでも何とか上体を起こす。
 顔をちゃんと見たかったから。

「ああ……やっぱり変わらない……な」

「そうね。私は、そういうモノだから」

「私は……老いたよ」

「そうかしら」

  ニヤリ、と意地の悪い笑みを見せる少女。

「アナタは何も変わっていない。

20年前も50年前も。

全てを手にしていたにも関わらず、その手には何も掴めていない」

『何も掴めていない』だって?そんな生意気な事を私に言った輩が今までいただろうか?
 誰もが口を開けばお世辞と保身的な言葉ばかり。
 ひとりとして意見するものなどいなかった。
 恐れていたのだ、この私を。
 私の力を。

「――恐れていたのよ」
 
 少女が伏し目がちに言葉を紡ぐ。

「全てを失うのを。

いいえ、実は何も手にできていない事に気がつくのを。

――アナタは」

 昔も今も変わらない。
 この少女は私を恐れず、言いたい事をズバズバと言い放つのだ。

 だが、恐れていた、だと?
 この私が?

 金も力も手に入れた、全てを手にしてきたこの私が?

「そう。それがこの結果。

――誰も居ない孤独な病室。

――老い衰えた身体。

――残り短い寿命」

「――」

 口を開いたが言葉が見つからなかった。

 それは――図星?
 否。
 そんな筈は――、

「認めたくないのよね、自分以外を。

若い頃のアナタと一緒。

だから言ったのよ、変わっていない、って」

 クスクスと笑う少女。
 くるり、愉しげにステップを踏む。
 それに合わせてスカートが、コートが、腰まである長い髪がふわりと舞った。
 その仕草に、思わず目を奪われる。
 と同時に、蘇る記憶がひとつ――、

「さて――ここからが今日の本題よ」

 ――昔、この少女が私にもたらしたもの。

「この『本』……覚えているかしら」

 ああ、『それ』は私に全てを与えてくれた『本』。

 まるで夢みたいな話だが、その『本』には未来が書き記されていた。 

 それを手にした私はその『本』に書かれている未来の通りに行動し、結果として巨万の富と絶大なる権力を手にした。

「この『本』を与える際に私はこう言ったわ。

アナタが全てを手にした時、

私はアナタの全てを貰いに来る。

と――」


 ――不意に背筋に寒気が走った。
 気のせい、では無い。

 見れば病室の窓がいつの間にか開け放たれていた。
 そこから吹き込む真冬の冷気。
 ひときわ強く吹いた風は雪を伴い、部屋の中は一瞬のうちに白に包まれていた。

「なんだコレは!?」

 思わず声を上げる。室内にも関わらず目の前にいるはずの少女の姿すら見えなくなっていた。


「――誘(いざな)ってあげる」


 クスクス、とどこか愉しそうですらある少女の声。
 どこへ?としかし私の言葉は声にはならなかった――。


「白の果てへ、始まりの刻へ――」




〜1終わり
〜2へ続く

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