ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

村上春樹を読むと「僕」になるコミュの烏賊が10本足たらねばならなかったのは…?

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
大手【村上春樹】に宣伝打ったおかげか、微妙な勢いで「僕」派が増えつつあり、うれしく思います。

是非みなさんもいろんなトピを築いてください。

さて、『スプートニクの恋人』で出てきた10本足です。
僕が教師をする上で必ず越えなければならない壁だなぁ、と思っていたのですが、某女史が壁崩落のきっかけを作ってくれました。

答えは19人(当座)の「僕」で考えたり、ねつ造したりすればいいかなと思います。
正しい理由も歓迎します\(^_^)/

コメント(8)

スプートニク、もう一度読み返してみました。
この本だめという人いるみたいだけど私にはすごくしっくり心に落ちました。
同性愛を扱ってるけど、
春樹が書きたかったのは、人の根源的に抱える寂寥とか、
人との関わりによる自分の完成(一体感?)とかそういうものだったと思います。
同性愛という設定はそれを表す一つのツールにすぎない。

人は生きることに様々な意味を見出だそうとします。
でも意味にとらわれすぎて、
生きること自体、今生きているということに祝福を与えない場合もある。
それはとても淋しいことです。

イカの脚、なんで10本なんだろう。あちらの世界では9本だったり、11本だったりするのかもしれませんね。
考えてみましょう。
是非。
>のあきっちさん
イカテン(イカの10本足)の問題定義にも、われわれが生きるための意味はあるはずです。もちろん、のあきっちさんがおっしゃるように、意味を見出した結果、空虚感や絶望が待ち受けているのかもしれない。もしくは、しばらくの間私たちをどこかに縛り付けることすら考えられます。ナイフで影を縛るように。

そうまでして、われわれが何かに意味をつけようとする理由は、探求それ自体に何らかの価値を見出しているのだと思います。
今回もイカテン(イカの10)から窺い知れるものの中に幾ばくかの自己開示が隠されているでしょう。


もはやこの命題はイカ王国のイカの諸君たちだけの話ではない。このコミュの人たちと一緒に考え、想像し、欺きつつも話し合いを展開したいと願います。
「村上春樹ファンとして」ね。
「僕」流のイカの足について、ずーっと考えてました。
イカは自分の足が何本あるかなんて気にしないのかもしれない。
でも、人間は(少なくとも日本人は)気にする。
つまりそれは、イカの象徴が脚が10本って言うことなのかな。
イカと脚が10本ということは、記号ではない。
つまり、イコールではなく、一方通行なのですね。
イカが10本脚でなければ困ること。
認識?
だって、10本じゃなかったらイカじゃないもの・・・。

くだらない意見でごめんなさいf^^;。
>レイコさん
凄いです。いきなりレスを返していただいて光栄です。
なんとかして、トスッと心に落ちてくるようなアイディアを浮かべたいですね。

よく見たら足を絡ませていた二人、というのは凄くいやらしい雰囲気ですね。上では普通に会話をしているのに、下ではクネッて。さらに心の中では下の脚が絡まってしまうような事を・・・。
イカでなくてよかったです。
昔、とても仲の良いA君とB君がいた。
A君とB君は考え方も性格も顔も体もそっくりだった。
しかしA君もB君も大人になるにつれて自分の生きる為に必要な知恵・教訓・哲学等の大事な事を、自分なりに指折り数えて考える様になった。
A君は8コ思い付き心に刻み、B君は10コ思い付き心に刻んで生きて行く事にした。
A君はB君に比べ2コ劣っていたとかではなく、A君は8コの大事な事を身体いっぱいに広げ生きて行く事で十分不足はなかったし生きて行けると実感した。
B君はA君に比べ2コ余分に劣っていたとかではなく、10コの大事な事を身体いっぱいに広げ生きて行く事が自分にとって必要だと実感していた。
二人のその考えは「個性」となり、互いの生き方に違いは出たものの、違う分野で活躍する大人になる事が出来た。

なんてw

もしくは、「イカ焼き」と、「たこ焼き」で考えると、イカは丸ごと焼くのに対し、タコは足が2本不足している分「メリケン粉とかキャベツ」で埋め合わせをしているのだ!(笑)

なんてw


学術的に言うと、イカは足が8本、手が2本だそうですよ!w
ごめんなさい。スプートニクに出て来たイカが、いつもの如く思い出せなくて非常に恐縮ですが、イカ、少し考えてみました。

例えば私達に3本目の足があったとして、私には使いこなす自信がありません。そして使わない足は結局退化して元の2本足に戻っちゃうと思うのです。
イカも11本目は必要なかったんじゃないのかな。
目の悪い人が目の見える人より聴覚が優れるように、例えばイカに鼻があったなら、足は6本でよかったかもしれない。
何かを手に入れると何かを損なう。
すべてはバランスで、最低限生きていくのに必要なものを身に付け、よりミニマムであろうとした結果ではないかと思います。

もちろん少しの無駄や遊びも含めてでしょうが、必要なものを必要なだけ手にし、11本目の足を欲しがらないイカは賢い。

結果論ですが、どうでしょう?
昨日「そうだ、村上さんに聞いてみよう」を読んでいたのですが、村上さんは「手袋と靴下をいくつも用意しておいたらわかる」というようなニュアンスの答えを出していらっしゃいました。
それはでも「どれが手でどれが脚なのですか?」という質問だったかな?
まぁ、トピのねらいとは少し違いますが、一応ごほうこくう。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

村上春樹を読むと「僕」になる 更新情報

村上春樹を読むと「僕」になるのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。