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lovin' Leicaコミュのひなたぼっこなイチニチ。

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春の縁側に寝転がってひなたぼっこするような、ゆるやかなイチニチ。
みなさんにとってのそんなゆるやかなイチニチってどういう感じでしょうか。
空想でも日記の一部でも。

コメント(23)

少し前の話ですが、薄晴れの休日、縁側に腰をおろして、Leicaの手入れをしていました。

縁側がぽかぽか暖かくて気持ちがよかったから、うつぶせになってレンズを磨いていたら、いつのまにかうたた寝してしまいました。

ふと眼をさましたら、Leicaのレンズの真ん前に大きなトカゲが。そっとフォーカスを合わせて一枚写真を撮りました。

後日出来上がった写真には、大きなトカゲの頭と、トカゲの眼に写りこんだLeicaのレンズと鈍く晴れた遠い空。

縁側に寝転がった時の暖かささえ思い出せる、そんな写真です。
イチニチ、は、イチニチだけど一日じゃなくてもいいかなと思いました。
気持ちとか。
出来事とか。
シーンとか。
時間や空間や世界が、あ、ゆるやかだな、気持ちいいなって思うようなことを書こうと思います。

さっき書いた「写真」で終わったコメントの言い訳もしつつ。(笑)
今日は少し小咄的な。
・・・・・
朝目が覚めて、リビングに降りてカーテンを開ける時、彼はいつも無意識に「おはよう」と呟く。
その声に「おはよう」と答えてくれる人はもういないことを、頭では理解しているのに、体にしみついたクセが抜けずにいるのだ。

そして、無性に寂しくなる。

ある日の朝、その寂しさに耐えられなくなって、彼は頼まれてもいない「モーニングコール」をするようになった。友人や、彼の実家や、時には会社の同僚にさえ。
一日に、一人。
怪訝な反応をされることも時にはあったが、彼は気にしなかった。目覚めて誰かに「おはよう」と語りかけ、それに何かしら声が返ってくることが何より嬉しかったからだ。

そうして、彼の携帯電話の電話帳を上からたどっていったある日、彼のモーニングコールの相手は、以前彼が毎日「おはよう」と声をかけていた相手ーー今はもういないーーの順番になった。

電話帳に彼女の名前が消えずに残っていたことに少し驚いたが、彼自身もっと驚いたことに、彼は今の習慣ーー電話帳の上から順番に、一日一人へモーニングコールすることーーを優先し、彼女の順番をスキップするというイレギュラーではなく、彼女へモーニングコールすることを選んだ。

しばらく呼び出し音が鳴って、彼女の声がした。少し上ずって「おはよう」と言いかける彼の声をさえぎるように、彼女は「どうしたの?こんな朝早くに。もしかして、間違い電話?何で今さら電話なんてしてきたの?イヤだよ」と一方的に話し、彼がたった一言聞きたかった「おはよう」は聞けないままに電話は切れた。

少し後悔し、彼はもうモーニングコールなんてやめよう、と思った。どうせ誰もぼくのモーニングコールなんて待っているでもなし、と。

次の朝、彼がいつもならモーニングコールをする時間に、彼の電話が鳴った。
いつも自分が電話をかけるのに、唐突に電話がかかってくると驚くものだ。彼は怪訝な表情で通話ボタンを押した。

「おはよう」
聞こえてきたのは、彼女の声だった。
「どうしたの?昨日は急に電話してごめん。・・・おはよう」
彼はまだよく事態が飲み込めないまま、いつも自分が聞きたいと思っていた「おはよう」を返した。

「びっくりしたのよ」
彼女は、偶然にも、彼と同じように少し前からモーニングコールをするようになっていた。
そして、今日が順番からすると彼の番だったのだと言う。
明日、順番で言うと彼なのだけどどうしよう、と思っていたところへいきなり彼から電話がかかってきたものだから、狼狽してしまって電話を切ってしまったのだと。

その一日違いの偶然を、今、彼と彼女はお互いをからかいあいながら思い出すことがある。
けれど、もう二人はモーニングコールをしていない。
朝目が覚めてリビングルームに降りてカーテンを開けながら「おはよう」と言うと、傍らのキッチンから「おはよう」がすぐに返ってくるからだ。

けれど、以前と一つだけ変わったことがある。
それは、「おはよう」と言うのは彼女、「おはよう」と返すのが彼になったことだ。
彼は、いつまでもその「おはよう」と返す気持ちのぬくもりを手放すことはないだろう。
朝、まだ誰もいない公園。
大きな桜の木が一本あって満開になっている。
ぼくは会社に行く前にその桜の木の下にあるベンチにしばらく腰をおろして、桜の気みたいなのを吸い込んで行く。気持ちのいい時間だ。

昨日の雨で、今朝はベンチの周りに薄雪が降ったかのように花びらが散り積もっている。

なぜだかわからないけど、指でその桜雪の上に「好きです」と書いてみた。

翌日またそのベンチに座った。
もう桜雪は風に吹かれて消えていたけれど、昨日ぼくが「好きです」と書いた跡は、土に写って残っていて、その下に「私も好きです」と書き加えてあった。

誰が書いたかわからないけれど、ぼくは桜の木からの返事かなと思って、ちょっと微笑んでベンチを後にした。
お休みの日に、庭で空を見上げるのが好きです。

空を見上げると、プカリプカリと雲が浮かんでいて、なんだか無意識に、人の顔に見える雲や何かの形に見える雲を探してみたりします。

この間、ハート型の雲を見つけました。
もくもくした形のハート。
ハート雲はしばらくして形が崩れて、二つに割れました。

ふわふわしたハートが崩れていく様子は、ほんとの恋みたい。
今度は、二つの雲が重なってハート雲になるところを見てみたいな。
週末、青山の裏通りを散歩してきました。
表参道ヒルズができ、エチカができ、年々かわりゆく表参道ですが、一歩裏通りに入るとそこは古くからの住宅街。
大きな邸宅の片隅にある小さな家の玄関にかかっている「カワイ音楽教室」の看板や、まるまる太った猫が右左を見渡してから道を渡っていたり。廃屋になった平屋のおうちの塀の向こうに季節外れの椿が咲き残っていたり。
旧き良き東京の原風景があります。
住民とおぼしき人とすれちがう時、怪しいものではないと思わせるために平然とした表情で歩いてみたり。

そんな楽しく懐かしい時間です。
誰もいない。

街を歩いていて、時々そう思うことがあります。

人はたくさん歩いていて、街も普通に動いている。車も走っている。でも、誰もいないような気持ちになる。
知っている人が誰もいない街。
自分が歩いていても、歩いた痕跡さえ残らない街。
コンビニで店員が「いらっしゃいませ」も「ありがとうございました」も言わない、そんなお買い物。
普段は寂しい気もするのだけど、時々そんな時間が少し恋しくなる。
今自分がふっと消えてしまっても誰も気づかないだろうな、みたいなこと。

孤独感とはちょっと違って、ほっとかれているのが気持ちいい、みたいなことかな。

それで、道ばたのガードレールにもたれてコーラを飲む。ごくごく飲む。
誰もぼくに気づかない。
大あくびしてみる。
誰も気づかない。
なんか知らないけど「ワン」って言ってみる。ちょっと誰かが振り向く。でもすぐに通り過ぎる。

今日はそんな一日。
でもなんか満ち足りてる。
少し前から、うちの玄関の前に猫が二匹住んでいる。
最初は、雨の日の夜に雨宿りしていたからそのままにしておいたのだが、雨があがっても一向にどこかに行く気配はない。
それどころか、ある日の夜、寝床にするらしい毛布みたいな布っきれが玄関先に置かれていて、そこに猫の毛がついていた。
何だかいじらしくなって、小さなお皿をプレゼントして、牛乳をやったらミーミー鳴いて、それからは毎日仕事に行く前に牛乳をやるのが日課になってしまった。
ある日は牛乳をやっていたら管理人さんにまんまと見つかってしまって、
「猫は飼っちゃダメですよ!」って。
・・・
でも、この猫たちが今はぼくの活力というか、心の支えになっている。
猫くんたち、ありがとう。
でも管理人さんには見つかるなよ。
「相談役」と呼ばれている猫がいる。
とあるコンビニの脇のエアコンの室外機の上にいつも寝そべっていて、いつも何をするでもなくぐだぐだしているのだが、人が近づいても触っても、逃げないどころか動きさえしない。
その存在感にひかれて、悩み事やなんかを語りかける女性が多いのだという。

まあ、語りかけても当然答えてくれるわけでもなし、時々気が向いたら寝返りを打つ程度なのだが、一頻り語ると語った方は満足して帰るようだ。
で、「相談役」と。

東京にはいろんな猫がいるもんだ。
本格的な秋。
毎週ぼくを悩ませていた庭の雑草が伸びなくなり、いつしか
蚊に刺されることもなくなりました。
庭にとめた自転車に、赤いトンボが。

小さく、赤く、静かにとまっていました。
覗き込んでも写真を撮っても動かない。
触れようとしたら、そっと飛んで行きました。

赤トンボは、夏の終わりに山の上で見られるようになり、少し
ずつ里に下りてくるのだそうです。
赤トンボが実際に下りてくるのか、里のトンボが赤く染まるのか
分からないけれど。
里の赤トンボはもう下りる場所がないから、人の手の指に似た
楓の葉にとまって死んで、ちょうどそのころから紅葉が始まるの
だとか。

ほんとにそうなのだったら嬉しい。
>Mercuryさん

この写真・・・これが日常なのだったらすごいですね。

この光景を見に行こうと思ったのだったらそれもすごいです。

ぼくだったら口あんぐりです。

「ひなたぼっこなイチニチ」的にはアリですね。(笑)
久しぶりにペンを取りました。(PCだけど)

嬉しいことや悲しいこと、感謝や苦しみ。
短い間にいろいろなことがありました。

そういう風に、もろもろのことがらを、えいっという感じで振り返ることが
できるのは、気持ちが整理できてきたからなのかなと思います。

この間、庭の草取りを夢中でやりました。
ゴミ袋が4つもいっぱいになって、手が緑色になって、汗だくになって、
何だかそういう夢中になることができた自分が嬉しかった。

世の中は動いている。
自分もその中で少し動いている。
けれども、動いているほどには気持ちが満たされていない。
もっと動くのか、動くのをやめてしまうのか。
そう思いながら、動くのをやめてしまうのには勇気もなく、動き続ける
しかなく、また少し動いている。

明日も。きっとまたその明日も。
うちの近くに分かれ道を見つけました。

横尾忠則はY字路と表現していますね。

気持ちによっては何だかなまめかしく見え。
気持ちによっては自分の人生をなぞらえ。

明日はどんな風に見えるだろう。

左の道は、入ったらダメみたいになっているけれど、そう言われると入りたくなったり。
右の道は、すいすい行けそうだけど、向こうで木が倒れているかもしれなかったり。

ぼくはどっちの道を選ぶだろう。


引っ越しをすることになりました。
今は中野区に住んでいるのだけど、お隣の杉並区へ。

何かを変えたいとき、変わらないものを見つけたいとき、引っ越ししたくなります。
でも、このあたりの居心地がいいので、近くに引っ越しです。

お散歩とか料理とか、音楽いじりとか。
自分の好きなことを、自分にできる範囲でやろうと思います。

新しいおうちは、駅前の喧噪を抜けてすぐの、日当りのいいおうち。
古いけれど、落ち着く感じです。

よかったら遊びにきてね。

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