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フランツ・リストコミュのため息

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はじめまして。
私も最近リストにはまっている一人です。
こないだまでは「愛の夢」を弾いていました。
この曲もすごく好きなんですが、今「ため息」に
挑戦しているところです。

それで皆さんに質問があります。
この「ため息」ですが、皆さんはどんなため息だと思いますか?できるだけ詳しく想像していただけると嬉しいです。

私は「恋が叶って、心が満たされて幸せでしょうがない。心穏やかなため息」だと思います。

皆さんのご意見待ってまーす♪

コメント(34)

リストってめちゃめちゃきれいでいい曲ですよね〜。

フジ子・ヘミングのCD「カーネギーホールライブ2001」で、ショパンの「木枯らしのエチュード」→リスト「ため息」→リスト「愛の夢」という順番で収録されて思いついたのですが、

「木枯らしのエチュード」で失恋
→「ため息」で理想の人を見つけたが”片想い”
 →「愛の夢」で片想いがかなって幸せになっている曲

って感じですw
私は、片想いの憂鬱なようで切ない、けだるいため息なイメージです〜(´∀`)
>猫村麻由美さん
幸せだけど戸惑いなんですか?
どういう戸惑いなのでしょうか??

>ちゅーそんさん
確かになんともいえない情景が目に浮かびますね。
窓辺でコーヒーでも飲みながら聴きたいですね♪

>akk-DAIfunさん
その流れでぜひ聴いてみたいです!
どれも好きな曲ばかりv

>ayakaさん
けだるいですか。それは自分の中で新しいです。
やっぱり「ため息」だけあって一口にはいえない
ですよね。色んな複雑な心情をこめられたらいいなぁ。
私も今、「ため息」を勉強しています。
その前は「愛の夢」「コンソレーション第3番」をやっていました。似てますね。
私も毎回弾きながら考えているんですが確かに、がっかりしたときのため息ではないように思えます。

心地よい風にふかれながら、うたた寝をしている間にみた夢 大好きなあのお方との戯れ 幸せである喜び
そして最後はその幸せがいつまでも続くように(夢からさめずにいたい)と願っているように思えます。

でも、こんな風になかなか弾けないんですよね〜
>りょうさん
完成間近のようですね。私はまだ譜読みの段階です。
早く自分色で弾けるようになりたいですね。

「愛の夢」のときは曲の綺麗さに
どっぷりハマり過ぎてしまいました汗。
曲を自分のものにするって難しいですよね。


>ミッカさん
やっぱりその辺りの曲は押さえたいですよね。

ミッカさんの言葉もすごく綺麗でわかりやすいです。
私もそういう表現がしたいです。
やっぱり「ため息」って一口にはいえないから
そこをうまく音にしたい。

・・・けどめっちゃ理想です><
初めまして☆

>akk-DAIfunサン。.:*:+゜
曲をつなげてストーリー化は面白い!!しかも言われてみればそんな気もする。.:*:+゜

ため息…
私も2年前(?)に初めて弾いたんですが、そのときは
とりあえず曲の主人公が何らかの理想的な夢を見ていて…ずっと思いを巡らし…一番最後の8小節ぐらいが『だったらイイナ…イイナ…イイナ…』と思いながらため息を漏らしてるトコをイメージしてました。.:*:+゜

もぅ完成しちゃいましたか?
私も今ため息を練習です。
先生と、どのようなため息なのか
語り合ったのですが
叶わない願いを名残惜しんでの
ため息との答えがでました!!

特に後半部分の、あえて音を最大に出し切らずに
演奏する部分からも叶わぬ夢への
憧れなどが感じられる気がします^−^

それにしてもウットリした綺麗な曲ですね!!
意味はどうあれ、
2月にある兄の結婚式で是非弾こうと思っています☆
ボレットのため息をきくと本当にその美しさにため息がでます。本当にため息のでるような曲ですよね。

私のイメージは愛する人を遠くから思い焦がれてつくため息、かな。

去年発表会で弾きました。ため息をついてもらう演奏を目指しましたが、そう考えてから私の演奏を聴いてでるため息とはどういうため息ぞや?と思ってしまいました。幸い恐れていたようなため息はきこえてきませんでしたが、、、

でも本当、素敵な曲ですよね。一旦練習は終わりましたが、これからも、本当にうっとり聴いて貰える様になるまで磨きをかけ続けたいと思います。
ため息。


真夜中の月明かりに照らされた、果てしない砂漠。
黙々とシルクロードを進むラクダに乗った商人達…


絶望、落胆、疲れ、失意…




ため息を聞くと、いつもこんな情景が目に浮かんでしまいます。
私にとっては凄い難曲ですがあせあせ(飛び散る汗)上手く弾けるようになりたいでするんるん
>>[017] あら、2009年の書き込み! 私も、ボレットの「ため息」が好きです!
フジ子ヘミングさんのため息が特に好きですね。
長く辛い人生を腐らずに乗り越えた人にしか出せない重みと深い輝きを感じます。

今日もKistnerの初版(1849年)の楽譜を手元に置きながら鑑賞していました。
シャレではなく本当にため息の出る美しい譜面です。
>>[24]

私もあの方の「ため息」の演奏はよいと思っていました。技術云々ではなくて、けだるさに絶妙な味がある。かつて特集をしていたTVで始まりも部分のあるべじおをちょっと聞いただけで心を奪われました。「魂のピアニスト」(他の人には魂はないの?!)などという阿呆な広告コピーが氾濫していて少しむかついていたのですが、見直した次第です。

しかし彼女は基本的に下手なピアニストであり、ご自分が十八番と思い込んでいるラ・カンパネラは技術に比例するところがあって、あれには哀れを催さざるを得ない(アマチュアレベルなのでお金を取って聞かせる演奏ではない)のですが、ため息だけは別格です。ただ、辛い人生を送って風雪に耐えているということとはちょっと別なような気がします。

ちなみにフジコさんはベヒシュタイン製のピアノを愛用しておられるようです。少し判るような気もします。高価なのでまだ購入していませんが、触るだけで心引かれる音色です。
>>[25]
フジコヘミングさんのどこが下手なんでしょうか?素敵なピアニストだと思いますが⁇

素人に何が分かるんですか?
>>[26]

技術的に高いレベルではないことをご本人も自覚している筈です。ラカンパネラに関しては特に。

曲によっては味のある素敵な演奏をすることを否定しませんが、ラ・カンパネラを他の誰かと比べて聞いて下さい。ピアノをやったことがない人でも判る筈です。
TVであれを聞いた後でアンドレ・ワッツのCDを聞きましたが、「フジコ・ヘミング、魂のピアニスト」なる広告コピーが素人騙しのものであることがはっきりと判りました。

名ピアニスト故G. シフラはお得意とされるリストの曲を弾くと何故か下品な演奏になったのだが、(リストの曲はアクロバットと割り切っていた?) 指が回るだけの曲芸師では断じてないことはショパンの曲を演奏しているCDを聴けば明らかです。  シフラの演奏のようなラカンパネラと比べるとフジコのは陰影があるとも言えるだけです。もちろんワッツの演奏は言うまでもない。

インタビューでホロヴィッツが語っていたところによれば、技術とは指が早く動くという意味ではないです。 リストの曲は特に技術に比例するところがある。つまりリストの音楽は其処の地平から始まるのかも。

一昨年亡くなったN. ペトロフが第二版のラ・カンパネラを演奏したのをお聞きになれば、アマチュアや下手な人にとっては殆ど技巧だけの曲をかくも美しく弾けるものかと感嘆なさる筈です。私は第三版よりもずっとよい曲だと思っています。二版は演奏不可能だと言われていて、殆ど演奏されない。楽譜は入手可能です。

真のプロなら弾けない曲は人前では披露しないです。個人的な思入れを入れて、リストが意図しなかった味を出しているということ? 不幸を売り物にして売り出そうとする商業主義に乗ってさらし者に甘んじる神経が判らない。「生きる」為という事ですか。それでも下手であることには違いない。 彼女の特異な容貌や人物そのもに味が在るが、それは演劇の領分となろうか。リストはイケメンな容貌でも売っていたのだから一概に悪いとは言えないかも。

S. リヒテルの師として知られるG. ネイガウスの息子・弟子であったS. ネイガウス(S. ブーニンの実父)は優れたピアニストでありながら、嫉妬や悪口に囲まれて死んで行ったが、手が小さかったのでレパートリーが少なかった。 リヒテルと比べるのは可哀相ですが、同じ曲の演奏比べるとあまりにも下手。しかしYOU TUBEで聞けるスクリャーンビンの有名な練習曲Op. 42.5「喘ぎながら」は彼そのものと言える曲なので、リヒテルにも勝る演奏です。

優劣をつけるのは意味が無いですが、フジコさんは弾ける曲だけを披露すればよいのです。
3月に人前で演奏を披露する機会があり、ちょうどただいま絶賛練習中なのです。
『ためいき』というタイトルは、先立つ2曲(『かなしみ』『軽やかさ』)同様にリスト自身がつけたものでなく、ドイツで出版されたその翌年、フランスで出版された際に勝手に名付けられたものなのだそうですね。
なのでリストは生前一度もこれらの「通称」を使用しなかったらしいです。

作品自体はとても魅力的なものなので、ベートーヴェンのいくつかソナタのように、いつしかあだ名が付けられた、といういきさつも頷けるものではあります。

ふしぎなのは、なぜ「ためいき」という名前になったか?です。旋律が2度下降して解決する、いわゆる『マンハイム楽派のためいき』は1曲めには頻繁に登場するのに対して、この第3曲には殆ど出てこないのですが…
>>[27]

んー、私もワッツの演奏を聴きましたが、フジ子の演奏の方が好きです。というかワッツのカンパネラは好きになれませんでした。

私は素人ですが、個人的な好みの問題ではないでしょうか。特定の演奏家を否定するのは、ファンの方を傷つけます。配慮してください。
>>[27]
私はプロで演奏させていただいてるものですが、弾けない曲を弾かないというのはごもっともです。ただ何を基準に弾けないとするかは演奏家の判断です。ボレットのリストは鬼火などもとてもゆっくりですが、弾くなというわけにはいきません。
それから私はSネイガウスのほうがリヒテルよりあらゆる曲で勝っていると感じます。
そんなもんですよ。
>>[29]

ちなみに私は否定していません。フジ子さんの「ため息」は心を奪われたよい演奏だと書いているではないですか。ここはフジ子さんのコミュではなくて、リストさんのコミュです。
「ため息」はよい演奏だとと思っているのに、別の曲に関することを挙げたのは適切では無かったかもしれませんが、否定したと思って反感を覚えたのは誤読です。


私は批評家ではないけれど、単なる好ききらいや受け売りなどといった中傷をしている批評家には本等でしばしばお目にかかるが、客観性というものがあるわけであり、適格な批評というものももちろんある。批評家の存在意義は送り手側と聞き手の双方に一定の水準を維持する為に必要だということではないでしょうか。たとえば、毒舌で知られるハンス・リックは歴史に残っている。

 ここは聴いたり演奏したりする曲についての知識を交換し合う場ですから、批評もあってよいと思います。(曲自体への批評(未完成だ!)は専門家の間で交わされる議論かも。)優れたピアニスト(ショパン、リスト、スクリャービンetc.)が作った曲とピアノが上手でない人(シマノフスキ、バラキレフ etc.)が作った曲では明らかな違いがあって客観性がある。つまり、個人的な好き嫌いではなくして、演奏家がリストの曲を演奏しているかどうかが重要です。演奏できる技術がないから自己流でというのはNG!。フジコさんとか辻井君の演奏に対しては批判してはいけないといったバリアーがなんとなくあるようだ。(辻井君は弾けない曲を披露してはいない。)

(かつてF・グルダがある曲のリズムを崩してジャズ風に弾いても、技巧が高いことは周知なので、それをメッセージとして聴衆は受け取った。しかしフジコさんのラカンパネラは精一杯なようだ。)


 指さばきとして下手な演奏家としてコルトーやケンプやアルトゥール・ルービンシュタインなどが引き合いに出されることがあるが、彼らが大ピアニストであることを否定する人はないです。

*******

「魂のピアニスト、フジ子・ヘミング」なる安っぽい広告コピーを信じてリストの曲の演奏を聴いていると、リストの音楽を深く聴く事ができなくなるので、話の流れからも述べる必要があったと思っています。

[28] sans souciさんがとても貴重な情報をいくつか提供してくれているが、

工夫を凝らした料理と同様に〔あらゆる〕音楽も正しい知識があってこそ味わうことができるようになるし、また演奏家は料理人と同じで、演奏が全てです。「ため息」という表題がついた事情も知らずに「ため息」が一人歩きしてそれを耳に当てて聞くと、誰の演奏であれ、音楽を聴く事ができなくなる。

一見恵まれすぎていたようなS・ネイガウス(ブーニンのお父さん)の方がF・ヘミングより実は内面はずっと悲惨な境遇(死後にもまだ嫉妬に起因する中傷がロシアだけでなく日本でまで受け売りされていたりする)で生きていたのかもしれない(彼はそうしたものを寄せ付けない程の大家ではなかった)。境遇がその人の個性に影響を与えることはあるにしても、ヘミングさんが難病になろうと健康だろうと、個々の聴衆にはどうでもよいことではないでしょうか。

これはフジコさんへの営業妨害ではなくて、聴衆だけでなくてそもそもご本人もいいかげんに「魂のピアニスト」を拒否する(広告に使うなら演奏しないと表明する)必要があるのではということです。もう彼女はそこそこの商業ベースに乗れたわけであるので、用を果たした広告コピーが消えたなら、彼女がラ・カンパネラを弾いても問題はないでしょう。
(ホロヴィッツの弾くスクリャービンの曲はホロヴィッツの曲であってスクリャービンの魂と異なると言われていても好きな人は多いように、ラカンパネラはリストの曲を使ったヘミングの曲として聴衆も聴けるようになるので。少なくともこれは本人が述べていたように記憶しています。 しかし「ため息」はリストの曲の素敵な演奏の例です。リストの曲の中で「ため息」と似たような雰囲気のある曲たとえば「ペトラルカのソネット」などを彼女はおそらくとても美しく演奏できると私は想像します。)


ラ・カンパネラに関して述べたら、好き嫌いと絡むから、つまらない言い合いにになってしまうかもしれないので、ラカンパネラのトピックが出た時には特にフジ子さんのに関しては話を続けない方がよいように思います。
脱線して申しわけないですが、滅多にない貴重なお話なので、書かせて下さい。

>>[31] 山田さん

Sネイガウスは私も好きなピアニストの一人であるのです。プロの方が彼のことを高く評価なさるというのは嬉しくも思いますが、リヒテルよりもあらゆる点で勝っているというのは興味深い。

おそらく、公的に表明されるのは世界初ではないかと思います。リヒテルに対してはおそらく複雑な感情(嫉妬ではなく)を抱いていたに違いない彼は草葉の陰で喜んでおられるでしょう。物理的な技術を比較することを棚上げして「音楽」だけについての所感だと拝察します。プロコフィエフの戦争ソナタは手の大きさの制約があるので、まあ仕様がないかも。

 ネイガウスの名演のことは措いておいて、私が期待しすぎてがっかりしたのはソフロニツキーがネイガウスの為の曲だと評したと伝えられるショパンの『幻想ポロネーズ』の演奏に関してです。
CDの版に関しては覚えていません。
自分でも弾く曲なので、それほど難曲だとは思えないのですが、私が聴いたリヒテルの演奏はこの曲の持つ病的な情緒を巧みに描き出したホロヴィッツの幻想ポロネーズと並ぶ名演だと感じたのに対して、ネイガウスはなぜか妙に明るくしすぎているようでて違和感を感じた次第です。弾きたくないのではとも思えた。それで『幻想ポロネーズ』という曲はスタニスラフ・ネイガウスそのものであっても彼の演奏が最高だという意味ではないという印象を持ちました。
「その見事な演奏に感心のため息を出させたフジ子のラ・カンパネラ」

You Tubeで故N. Petrovの ラ・カンパネラ第二版

http://www.youtube.com/watch?v=Cax75bmoMAY (いつもながら惚れ惚れする)

を聴いたついでにフジ子のラカンパネラをあまり期待せずに聴いてみました。 以前にもてはやされていた時期に聴いた際に「こりゃ〜駄目だ!」と思ったのと違って格段に上手になっていた。

聞き所は、「魂の...」云々ではなく、楽器にベヒシュタインを使っているところにある。
手の先のところの蓋をよく見ていて下さい。BECHSTEINと書かれている。

独特な音色はそのせいです。音色が華やかなスタインウェイが主流である現代では使われる機会が少なくなっている楽器を以て差別化して技術のなさを誤摩化すというのではなくて、生涯の曲としてもの凄い執念で研鑽を積んでベヒシュタインでラ・カンパネラを美しく奏でられるくらいに成長したということでしょう。
第二版と違って第三版のラカンパネラはつまらない曲ですが、なんと聴かせてくれる! 

(「富士には月見草がよく似合う」に準えれば、
「この曲にはベヒシュタインがよく似合う」ということか。;誰が弾いてもという意味ではなくて。
第三版ラカンパネラでも多くの人々にとって殆ど演奏が困難な第二版ラカンパネラに迫る程に曲の魂を引き出すにはベヒシュタインを使うとよいということに気づかせてくれた功績は大きい。
)

http://www.youtube.com/watch?v=OrXqAGnSKRU

私がフジ子の演奏に幻滅を覚えた数年前の記憶をたよりに書いたことで気を悪くなさった方々、
すみませんでした。私が勝手に耳を塞いでツンボになっていた間抜けだったということです。

 BECHSTEINはアレクサンドル スクリャービンが好んだ楽器ですが、リストを得意としたボレットがベヒシュタインを愛用していたことでも有名です。スクリャービンもショパンとリストを己の先人として強く意識していたので、(演奏会ではなくて自分の勉強として)リストを弾くのを好んだそうです。  ちなみにベヒシュタイン日本代理店はフジ子の写真を使っている。


しかし当のF.リストはベーゼンドルファーのを愛用したそうです。 (詳しい方は私が間違っていたら修正して下さい。)

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