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ゲームを語るコミュの語るゲーム>ストーリー主軸のゲームに関して

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 ストーリ主軸のゲームに関して語るスレを作ってみました。
 雑談板が使い難い気がしなかったでもないので。

 どなた様もお気軽に。

コメント(36)

 とりあえず。
 日本で、ストーリーメディアとして、ゲームが定着したのは、ドラクエ以降だと思っています。
 当時、アドベンチャーゲームは、パズルに近しいものでしたし。(ポートピア殺人事件とかありますが。この辺、堀井雄二はやはり凄いなぁ。)

 個人的に思い入れの深いのは、ボンドソフトの「タイムシークレット」「タイムトンネル」です。同じ作者の「不思議の森のアドベンチャー」とか。
 これらは、ストーリーは断片でしかないのですが、初期からプレイヤーが行ける場所が大変広く設定され、アッチ行き、こっち行きして、情報とアイテムを集め、それを使うとさらに行ける所が増え、忘れた頃に初期の場所でつかえるアイテムや情報を入手するという、シナリオ的には一本道だけれど(バッドエンド的な複数シナリオはある)ゲーム的にはプレイヤーの数だけ遊ぶ手順があるという、非常に優れたゲームでした。
 アイテムを使う手順、場面をこなす手順が、プレイヤーによって違うんですね。
 後年、ときメモが、物語とキャラクターの断片をゲームに乗せて、シナリオの解体をしてしまった衝撃(自分で遊んでないけど、その発想の凄さは解る)があったわけですが、決まったストーリーをなぞって見せる、では「ない」手法として、シナリオをバラバラに砕いてアチコチに撒いて置く、繋げるのはプレイヤー次第、ってのには大変感心したわけです。タイムシークレットって俺小学生の頃ですよ。

その後スクウェア的なシナリオを上から下になぞるゲームが隆盛を極め、いつでも最初の街に戻れる事がアイデンティティだと信じていたドラクエも、後戻りの聞かないシナリオを導入し、どうにも、シナリオをバラすのって、随分減ってきて大変残念に思っている次第。

最近だと、シナリオバラしてるのって、綾波育成計画とかネギまとか、ギャル要素系のが主流ですかね。(ときメモの影響がデカイというか)
俺屍とか、ワーネバとか、その辺を超アッサリ済ますってのもありますが。
 印象深いところで、ガンパレとか。

 長々と語りましたが、なにかちゅーと、なんか旨い切り口で物語を語ってるゲームあったら、おせーて。といったものです。ハイ。

 こんなの、個人サイトに書けって長さになっちゃいました。失礼。


コメント2件になってるのに発言俺だけー!?
 む、どなたかが書き込んでから自コメントを削除されたのでは。

 ところでストーリー話ですが、RPG系からですと、
「ソウル&ソード」というのがSFCであったのですが、
これが個人的には面白かったなあと。

 主人公は単なる冒険者で、とある島にやってくる。
その島では単発シナリオが数十個あって、どれからでも自由に遊べるので砂。
(無論、シナリオごとに難易度があるので、初っ端から高難度の仕事をすると
 速攻で全滅したりしますが)

 で、面白いな、と思ったのは、
このゲーム、船着場からいつでも島を出ることができまして、
そうしたら、クリアしたシナリオの数や内容次第でエンディングが変わるのです。
要するに、自分の進め方次第で「このゲームの物語」が変化する、と。

 なんか前置きが長くなりましたが、
こういうのができるのは、主人公のキャラクター性の強弱に
影響されるのかもなあ、と思うのです。
主人公のキャラクター性が強いと、どうしてもそれに引っ張られて
物語がある程度まとまらざるを得ない、と。
それに対して、キャラクター性が薄いと、
その分、物語的な制約が薄まる分、自由度は増すのではないかなと。
(まあ、wizとFFの対比話とかで散々言われてそうなネタではありますが)

 しかし、扱えるデータ量やフラグが増えるに従い、
(キャラ性の薄い)キャラを育てつつ、
それに呼応して物語が変動していくようなゲームも
作れるようになっていってるんじゃなかろうかと。
つか、具体的なタイトルが今ひとつ浮かばんのですが、
そういうのってなんかなかったですか喃。

 うう、切り口話とちょっとズレてしまったですかね。
すいません。
 ソウルソードっすか。知らなかったです。
 日本の初期RPGってウルティマ(ゲーム開始直後に買った宝くじが当たって(1/10000)その金で船を買ったら、Lv1でもラスボスマップに行けるウルティマ)の流れを汲んでいて、キーアイテム方式じゃなくて、散発シナリオ、解く順番自由ってのがチラホラあったんですよね。今はほんとうにめっきり見なくなりましたが。

 自由度が高いゲームは「俺のドラマ」になるんですが、キャラクター嗜好が強いゲームは「主人公のドラマ」を見る形になるんですよね。
 でも本当に自由度が高い必要はなくて、キリクチ次第でそう見える、という。
 GBシレンとか。

 なんか、日本人的特性でもって、やたら微細な練りこみに進んだ結果、この辺の職人芸的なヤリクチ、キリクチが減った気がします。

 海外モノだと、シエラのADVとかやるといいのかなぁ。
 「きわめて薄いキャラ性&選択肢(取れる行動)の幅の広さ」ってのでは
オブリビオンなんかがあるのかなあと。

 しかし、結局のところ、
プレイヤーがストーリーに対して求めているのは
「俺が望む通りの物語進行になれ!」というところなんではないかな、と。
つまり、プレイヤーが「自由度がない」と言ってるのは、
実際には、「これは俺が求めるストーリー展開ではない」という率が
結構あるんではなかろうかと。
「俺が動かしてるのに、なんで俺が望む通りに話が進まないんだ」と。

 逆に言えば、それを満たすことができれば、
ストーリーが一本道この上なかったとしても、
プレイヤー的には問題はないのではないかと。

 尤も、人一人の欲求を完全に満たすのは困難ですし、
その欲求自体、常に変動するものですから、
それを満たすことは実質、不可能に近いと思われます。
だからこそ、自由度という幅を持たせることにより、
少しでも理想値に近づけられる余地を持たせようというのがあるんでは。

 その辺の合間を狙っていくとすれば、
狙う顧客が求めがちな物語分岐点を分析・推測し、
そこで適切な分岐幅を持たせる事ができれば、
最小の労力で最大の効果(プレイヤーの満足)を得られるのではないか、と
思うのですけど、まあ、それが簡単なら苦労しないよね、という話で砂。

 で、シレンの話で思い出しましたが、
企画段階で物語の幅を絞る、ってのもありかなあと。
このゲームでそんなことしないよね、というお約束を
プレイヤー自身に持たせる事ができれば、
取れる行動や起こるイベントが限定されていても、
プレイヤー的な不満度はそれほど上がらないのでは。

 wizのプレイヤーが、
「フィールド上を移動できないのでwizは自由度が低い」とか言わない、てなとこです鐘。

 その意味では、FFなんかはそのボリュームやデータ量ゆえに、
プレイヤーの期待感を上げ過ぎ、それが故に、
「(プレイヤーができると思っていたけど)できない行動」が
増えてしまったので、不満がもたれやすいのではなかろうかと。
クオリティが上がったが故に、それまで気づかなかった不満が出るってとこでしょうか。
難儀な話でアリマス。
>「俺が望む通りの物語進行になれ!」というところなんではないかな、と

基本的にコレを満たしてやれば、一本道な印象は全然ないはずなんですよね。
+αとして、プレイした人同士が話した際に、
「お前はそうだったのか、俺はこうだった」
というのがあると良いので、本当にちょっとした自由度がありゃいいかと。

>「フィールド上を移動できないのでwizは自由度が低い」とか言わない、てなとこです鐘。
この手ので、感心したのがゲーセンのゴルゴ13で、200円入れて、タマ2発しか撃たせてくれないんですよ。
でもゴルゴだもん、2発で十分。つうか、1発でもいいんじゃね?と皆が思うところが大変ゴルゴでした。

そういやMMOドルアーガの塔が、本当にどこに行っても塔のマップで、こりゃ安い!素敵!と思いましたが、流石にプレイヤーへの訴求力という意味では苦戦の模様です。

 どうやら、自由度関係ないところで、パブリシティパワー使おうとすると、ムービーゲーになるという。あたた。
 旨いシナリオの扱い考えてると、わりとムービーゲーってココまで数が増えた理由がわかりますね。


 巧妙にシナリオを分解してゲームにしみこませた例も幾つかあるんですけども。
 バイオハザード1とかはかなり巧妙にやってて、ムービーやイベントはアクションやビビらせにしかつかっていず、なかなかできるこっちゃないなー。さすがアローンインザダークという名作をゲホゲホ。とか思いながらみた記憶があります。
 他は何かあったかしら。

ちょっと、別件で。

「膨大なシナリオ!」と書かれた企画提案書を読みましたが、
それ、お前が書くんじゃねーだろー。
シナリオ経費ドコから捻出するんじゃー。

みたいな。
文芸はタダと思ってる人居るのが困りもの。
自分が作るんじゃなくて、「人に作らせる=げえむくりえいたあw」だと思ってる人多いと思いますよ。パブリッシャーの営業がげえむくりえいたあとして雑誌に出てる世の中では。

本題ですが、私はゲームプレイそのものが「プレイヤーが自分の物語を作る」手助けをしていれば、シナリオの見せ方はどうでも構わないと思ってます。

例えばMGS3のシナリオなんか人によっては「オナニーストーリーを見せ付けられる」という感想を抱くようなものかもしれませんが、「幾とおりもの攻略のヒントがさり気なく配置された」レベルデザインが秀逸で、プレイした人達がお互いに「え?そんな解き方したの?」って言い合うことに成功してます。人のプレイを見るのが楽しいゲームですね。

MMORPGに関しては、実は今blogというものが普及したおかげで、「プレイ中に日記のネタを探す=結果より過程に目を向ける=自分でゲームの進め方を考えてみる」という良い傾向になりつつある気がします。blogでプレイ日記書いてるのは全体から見れば小数かもしれませんが。VanguardってMMORPGは勝手にライフログみたいのとってくれるみたいですが、その先を考えると、ライフログがゲーム上のスクリプトと連動して「あなたのためだけのシナリオ展開」を提供できるようになるかもしれませんね。
MGSシリーズのレベルデザインはすげぇ特殊ですが、よく練りこまれていると思います。
 あれはゲームとシナリオが剥離してるけど、誰もそれに気づかないし気づいても気にならない
旨い作りだなーと。
 逆にドラクエは、シナリオとゲームが一致していて(少年の成長=RPG成長)構造としては大変シンプルに良いとおもってます。

MMOは色々と手があるんですが、やっぱコストが高いですね。
顧客満足度を真面目に追うと、それはもう破滅しかないという。
月々数千円を支払う人を、1日10時間以上満足させつづけるのは無理ですもの。

いかに効率よく満足度を上げるか勝負になります。
シナリオとかも、もうちょっとユーザー側が製作できる余地を作りたいものです。
 おお、この辺の文章を見れただけでも、このコミュを作った甲斐がありました!

 シーケンシャルシナリオばかりになっている現状への道筋はほぼ同意です。

 自分がシナリオものを作る時は、シナリオを考える→バラバラにする→配置する。というのが主で、これはシーケンシャルなものを断片化して、再構築はユーザーに任せる、という物です。
 一本道を一本道に思わせない意味で、好きな手法なんですが、シーケンシャルなシナリオ進行を好むユーザーも多いので、見せ場は一本道化したりと、そこだけ弄ったりもします。

 自分はプレイヤーでないので、的外れかもしれませんが、ときメモがシチュエーションとエピソードを用意して後はバラバラにして、シナリオは無いけど、断片まみれ。という構成のようなので、これに近い考え方かもしれません。

 
 かざみさんタイプの作り方は、デバッグ地獄に嵌りやすそうで、それを地獄に嵌らずにやるというのは、方法が確立されているわけですから、これは強いです。

 私の例は、実は何一つ特殊なことやってなくて、シナリオをゲームに加工する人がちょっと気にすればいいだけなので、技でもなんでもないのですが、最近なかなか使う機会が。

テレビゲームのシナリオで『悪貨』になったのは、スーファミ以降のRPGだと思ってます。
ファミコンの頃は説明不足が多くて想像でおぎなってた部分が、説明できるぐらいになってきた。
その割に、プロのゲームシナリオライターはおらず、兼任だったり、アマチュアだったり。

あとはハードの進化にともなって容量が増えるにつれて『何故、そのキャラクターがいるのか』『本当に必要なセリフか』ってとこが、プロがいないから、おざなりになったまま、発売されるゲームが増えてきて、話に無駄が多く、進めるのが億劫になってきた。

そのあたりから、ノベルゲームやギャルゲーが売れてる理由もなんとなく分かります。
ああいうゲームじゃ、意味のないセリフや人物なんてそうそう出てこないですから。

客は物語を聞く姿勢が出来てんのに、そこに無駄話はさんで台無しにしてるってのが、日本のRPG並びにゲームが飽きられつつある現状かな、と。

今更、外部からプロのシナリオライター雇っても、ゲームシナリオの人じゃないから、一本道しか作れない。
しかも映画やドラマのテンポで作るからゲームのテンポとしては非常にどんくさいし、尺が長いと薄めて伸ばす文化ですしね。

この辺のシナリオ力不足をなんとかしようと設立されたフラグシップは「映画、ドラマの脚本学校からしか新人を取らない」という本末転倒なアレだったので、コケたんじゃないかなあ。

むしろ、それならグループSNEのGMを講師にして、ゲームシナリオ学校作った方が良かったんじゃないかな、と思ってみたり。
ゲームシナリオの断片化とか、あそこなら、お家芸ですし。


。。。えと、話ズレてないよね? ズレてたらすいません。
> グループSNEのGMを講師に

魅力的ですね。
本当に効果的なら、ぜひやってみたいものです。

最近mixiニュースにもなってましたが、
ここらでアナログゲームの再評価は必要かなと思っています。


TRPG文華館 代表
林建太郎
 アナログゲームは本当に再評価必要だなと思います。
 テーブルトークって、面白い奴らが集まって、ゲームすればそれはネタが何でも面白い、に繋がってるところがあって、ゲームシステムとしての評価がつきにくい部分があってもったいないです。(私はテーブルトークには詳しくないんですが)
 あわせて、同じ理由で、シナリオにも評価がつきにくいという。


 どーも、ゲームシナリオとして高評価を受けるのは、システム的でない、
読ませ系のシナリオばっかなので、結構微妙な印象はあります。

 以下、余談ですが、
 評価高いのか低いのか知らないですが、FF7のシナリオが、
プレイヤーが自らの記憶としてプレイした部分が偽りの記憶でした、
って部分があって、あれは上手いな!と思いました。
 一本道シナリオなんだけれど、プレイヤーの操作を持って強化した
経験が実は偽者ですよと、裏返した時に効果がデカイという。
 この辺、ヘタクソな人が作ると、やっぱただの回想シーンを作っちゃう
わけです。

 ゲームはゲームならではの演出を使って、ユーザーにシナリオを
刷り込めるので、意識的に変わった事を色々やって生きたいなーと
思います。
スレ違いの指摘かもしれませんが、シナリオは「脚本」って意味ですよ。
普段は気にするほどでも無いことなんでしょうが、ストーリーに関しての話をしている時に、ごっちゃにされると混乱してきます。笑
(意味が重複している箇所もあるので、余計迷うというか)

一応の補足。
テーブルトークで生まれる物語は、どうやっても脚本にはならないのでストーリー表記が正しいです。
脚本と同じ形式でリプレイをテキスト化しやすいので誤解しちゃうんだろうなと思いました。

で、コレを正せってわけじゃなくて、こういう「ふかく考えずにシナリオと言ったんだろう」ってのは理解できるから良いんですが、グレーゾーンの「シナリオ」が本当に「ストーリー」ではなく「シナリオ」を指したいのか分からんので混乱します。笑
あ、慣例的に本来意味と違う使い方しちゃってますね。すみません。
うーん。ちょうどいい、言い回しが思いつきません。

どうしたものか。シーケンシャルでなくなる以上、脚本には、
シーケンシャルじゃない部分を含まざるを得ないんですが、
それはシナリオつっていいのかどうか。みたいな。
>慣例的に

ゲームジャンルだと慣例的に言いますよね。笑
「ストーリーが良い」と言えばいいのに「シナリオが良い」とか。
アニメ見て「絵が綺麗」とか「動きが良い」と言うよりも、「原画が良い」とか言った方が通っぽい感覚があるような気もしちゃうんですが。

それこそドラクエのテキストの場合って、プレイヤが主人公を演じて劇が完成するというスタイルなので、まさに「シナリオ」と呼べる物。
その辺から慣例化したのかな?とか想像するのは楽しいです。
脚本をそのまま見せるってのも、冷静に考えると大胆なスタイル。

シナリオ主軸からはじまったゲームのストーリー性が、現在ではシナリオではなく完成した劇を提供するスタイルに変わってきつつあって、そういう意味での「ストーリー主軸のゲーム」という見方も面白いかなあと思いました。

脚本と連続性(僕は不必要な横文字が嫌いなので漢字で書きますね)については、難しいですね。
とりあえず僕の考えでは、脚本は連続性を無視しても脚本たると思います。スタイルが決まっている物じゃありませんし、ただの「覚え書き」程度でも脚本と呼んで構わないはずなので。
逆に、物語は連続性を失ったら、意味不明な散文になってしまうので、以下略。

で、個人的に問題点をまとめるとこんな感じ。
物語は連続性無しでは存在しえないが、ゲームの脚本はプレイヤの行動等に左右され一定の連続性をもった状態では作られない。
この場合、任意に用意された脚本が、プレイヤの手により連続性を獲得した状況をゲームの物語と呼ぶべきか、プレイヤの手に委ねられない部分、作者側が意図した連続性を維持している部分のみを物語とするかが、状況によって変化するので議論が難しい。

例として、「フィールドに出たとたんスライム相手に全滅」を後天的(あるいはメタ的)な物語と解釈する立場と、「苦難の末に竜王を倒した」というような部分のみを物語と解釈する立場で、会話にズレが生じちゃう。

この辺が、議題の根本にあるような気はします。
とりあえず。

> テーブルトークで生まれる物語は、どうやっても脚本にはならないのでストーリー表記が正しいです。
> 脚本と同じ形式でリプレイをテキスト化しやすいので誤解しちゃうんだろうなと思いました。

TRPG(テーブルトークRPG)でシナリオと言えば、普通はプレイの結果紡がれるストーリー(例:リプレイ)ではなく、
ゲームマスターがセッション(=実際のプレイ)のために準備する、まさしく脚本のことです。
>ばんゆう氏

「おもしろい奴らが集まって〜」の下りから「結果」と類推しました。
なので「TRPG(テーブルトークRPG)でシナリオと言えば」のような「慣例」とごっちゃになる、でOK?
あ、伝えてもらいました。そんな感じで。

慣例で言葉使うと、その慣例の通用する範囲にしか当然通じないので、
イカンですねぇ。慣例の怖いところは、どこまでそれが慣例だか
解らなくなっちゃうところですが。
定められた者(テイメラレタシャ)みたいなもので。


えと、一応、TRPGの話の言い出しっぺとしてケツ持ちをば。

自分は、ばんゆうさんの解釈で、シナリオという言葉を使いました。

GMがクエストクリアに必要な視覚情報「目の前に家がある。周りは膝程度までの草原」を提示して、それに対してプレイヤーが「じゃあ、罠がないか探す為、草原に火をつける」と行動をとる形式は、テレビゲームのそれと同じだからです。
それを厳密に『シナリオ』と呼んでいいかどうかは分かりません。

アナログゲームなので、ある程度「空気読めよ」って感はありますが、その辺はシステムルールの一部と認識すればいいかな、と。
(マリオだって姫がさらわれてんだから、軍隊派遣すればいいのに、助けに行くのオッサン一人ですしね)

テレビゲーム一本作ってプレイヤーに遊んでもらって感想もらおうと思ったら、半年、1年のスパンだけど、アナログゲームならそこまでかからないと思うんで『作ったゲームシナリオの本数』という点だけ見ても、かなりの高スキルじゃないかな、って思うんですよね。

欠点としてテレビゲーム制作をあまり知らない、という事があるかもしれませんが、少なくとも映画や小説から作家引っ張ってくるよりは、はるかに効率がいいんじゃないかな? と下世話な事を考えたわけです。

いや、ほんと、こう書くと、失礼な事ばっかり書いてる。すいません。
ネットゲだと、結構な頻度でシナリオ作る仕事が発生しますが(クエ単位)これはこれで、クエストとは何ぞや。どういう風に情報をバラすか、どうやってプレイヤーの興味をソソるか。という部分は、教育出来ないんで(教育はできるけど、吸収に差があり過ぎるので)結局、成長は難しいですねぇ。

TRPGはプレイ経験は少ないんであれですが、面と向かっている分、反応をその場で咀嚼して生かしやすい気がします。

CRPGはゲームブックに近いので。どうしても。
そういう意味では、ゲームブック作家とかは向いているかも知れません。(今は居ないか)

最近、生人狼をちょっとやりまして。これはメンツに依存しすぎだー!と思ったんですが、その感触を前に受けたのはどこだったかを思い返すに、あー昔やったクトルーだ!という。
とかいいつつ、TRPGのルールブック読むのとか好きです。
>削らなくても入るようになったので取捨選択をしなくなった

これ、ハード進化の時によく言われるんですが、自分としては「しなくなった」というより「出来なくなった」んじゃないかな、と。
濃さを維持したまま長くする、ってのは技術ですから。

料理で言えば、美味いスパゲティを作るのは割と誰でも出来るけど、美味いスパゲティをメインにした最初から最後まで飽きないフルコースを作る、ってのはプロのシェフじゃないとやっぱ難しいんじゃないかな、と。
だからといって大盛りスパゲティ出されたんじゃ客も嫌がりますしね。

>フラグシップ
バイオは2と4とコードベロニカを担当してたと思いますけど、怖いトコでムービーが一旦はさまれるんで落ち着く時間が出来るんですよね。
あれが惜しかったです。映画的に考えればそうなんでしょうけどね。

1と3は怖いトコがあえてプレイヤーに丸投げなので「ぎゃあ! いぬが! いぬが!」「なんかきた! うわ! うわ!」ってパニックにさせるんですよね。そこにあのラジコン操作なので、操作ミスしやすいっていう相乗効果。

というわけで、多分、結構深い部分から関わってんじゃないかな、と思いますよ。

ただ、おつかいは、マップを効率よく使いまわして、なおかつ「怖かった通路も敵を倒したあとはルンルン気分」っていう快感を味あわせてるので、ゲームとしてはうまいと思います。
でも、おつかい自体を嫌う人も多いので、その辺はどうにも。
お使いというか。トリックに関してなんですが。

 例えば、カギを探してるなら、日本人なら玄関マットの下とか、植木鉢の下を探すじゃないですか。刃物を探すならキッチンに行く。
 そういう風に、プレイヤーが普段の知識やゲーム上で得た知識から類推して進めれると、推理物ゲーのシナリオとしては「いいなぁ」と思います。

バイオは1作目はわりとそういう感じで(石像壊したら宝石出て来てそれがカギとかありましたが)2作目が、舞台をニューヨーク警察に移したにもかかわらず、また宝石がカギかよ!なんじゃそら!とか思った記憶があります。
(実際、その辺ちゃんと作るのは相当ツライんですけども。)

まぁバイオはホラーのフリしてゲーム開始しておいて、中身はSFでしたってのをやっていて、そのどんでん返しの後では、何をやってもつらいよなと思います。
お使いとかトリックとかそれ以前の問題として、最近は
「そんなもん攻略本見なきゃ分かるわけねーだろ」
「そんなもん一度死ななきゃ分かるわけねーだろ」
ってのが多すぎですね。

攻略本売りたいからなんでしょうか。
オンラインゲームの場合はまさかそれで
「ユーザー同士で答え教えあってコミュニケーションを楽しんでください^^」
とか言うつもりなのでしょうか……。

同じ会社でそーいうクエストやサブシナリオ作ってる人達見ると
心の中にドス黒い何かが生じてきます。

台詞の中でヒントを教えようとすると台詞が説明口調になってしまうのは分かりますが、
せめてカットシーンの中で意味ありげに何かを写すとか、そのくらいのことはやって欲しいとは
思います。ってゆうか自分がシナリオ系の仕事した時は最低限その辺は気をつけたつもりです……

そういえば、みなさんは
「ゲームシナリオライターの仕事」
はお読みになられましたか?

さくまあきらさんのインタビュー内容とかすばらしいなと思いました。

>攻略本売りたいからなんでしょうか
自分ももしかしてそうかな?と思っていたんですが、どうにもそればかりでは
無いらしく、経験の蓄積に失敗しているとか、若手への教育不足もあるようです。

例えば、あるゲームで、バーのマスターは夜にしか居ない。というのがあった
とします。
で、それを模倣して、ゲームに夜しか居ないキャラを設定する人がいます。
元のゲームでは、バーのマスターなんだから夜だろうという、基礎知識から
推測が出来るんですが、模倣後のゲームでは、それが推測できないわけです。
ただ、キャラが夜にしか居ないってだけで。
こういった感じの劣化コピーはどうしても発生するようです。

なんというか。謎は「隠す」んじゃなくて「ばらす」だと思ってます。
バラバラなんでそのままではわからないけど、全部つなぎ合わせればズバリ
答えを言っている。ぐらいの謎のほうが、丁度良いという意味で。

なかなか、ユーザーには伝わらないっす。もともと言葉足らずのメディアですから。

>ゲームシナリオライターの仕事
あー、単価が高いので、手を出してませんでした。読んでみたほうが良さそう
ですねぇ。
自分はゲームでこのシナリオは見事だ!と思ったのは本当に少なくて、
その辺、不遜になってる部分もあって、語られてもな!とか思っちゃう部分も
多少あります。イカンこってす。

FYI.

TRPGでよく言われるのが、「PLはGMの3倍バカ」という言葉。
シナリオ上のリドル(謎)は、GM(=シナリオライター)がちょうどいいと思うより3倍簡単にしないと、PLは気づいてくれないってことですね。

ヒントを3倍出すとか、真相に絡む謎を1/3に減らすとか……
そこまでやってちょうどバランスよくなります。

こういうと、若いGMなんかは「簡単すぎたら意味がない」なんていうんですが……
PLって、案外「自分で解いた」こと自体に喜びを見出してくれるんで、あんまり文句は出ないんです。

これがどこまで電源ゲームのセオリーとして通用するかはわかりませんが、参考までに。
>ゲームシナリオライターの仕事

>自分はゲームでこのシナリオは見事だ!と思ったのは本当に少なくて、

あの本で教材として取り上げられているのは、
「天外魔境II 卍MARU」
と、「LUNAR エターナルブルー」でした。
私はどちらも未プレイなので、シナリオ自体は評価できません。
本で語られてるのは、基本的な
「やっちゃいけないこと」「やるべきこと」で、
新人ライターの教科書としては良い本だなと思いました。

>「簡単すぎたら意味がない」

シナリオに限らずその言葉聞くとむかつきますね。
「簡単にクリアできちゃったら達成感が無いじゃないですか」とか。

簡単なことやらせて難しいことやりとげた気分にさせる、
あくまでプレイヤーにそう「思い込ませる」のがゲームデザイナーの仕事だろうが!って思います。



横から失礼しますね。

>>「簡単すぎたら意味がない」

これに対する反論を聞くたびに思うのが、もう難しいゲームなんて望まれてないんじゃないかということですね。
ある世代以上の人にとっては「ゲームは難しいもの」という原体験があるわけです。ドルアーガの塔、ファイナルファイト、グラディウス、その他諸々どれをとっても「簡単なことをやらせて難しいことをやりとげた気に」させてくれたゲームなんか無くて、とにかく難しいことをクリアすることがハードルとしてあったわけで、それを超えることにこそカタルシスがあったわけです。

RPGにしても、昔昔のテキスト入力タイプの話は今話しても仕方ないですが、マイト&マジックだのドラッケンだの、ロクなヒントもないままトライアンドエラーでハードルを超える事が前提のゲームをやってきた人間からするとなんだかなあと。まあゲームに求められるものが昔と今では違うというだけのことなんでしょうけども。

なんかの本に書いてあった「盲導犬が手を引いて案内してくれるような親切なゲーム」を求めている人が実際に多いんだと思いますが、一部のプレイヤーにとって「簡単すぎたら意味がない」は真理ですよ。
買い手としては少数派なのでこちらに向けて商売しても仕方ないだろといわれてしまえばそれまでですが。
脱線しますが、私も「難しいゲーム」は嫌いじゃありません。
FPSなんか難しくしないとリアリティが無いので、
コンフィグファイルをいじって、最高難度のさらに上の難しさにしてプレイしてます。

「難しい」と「めんどくさい」を混同してたり
「難しい」と「意味不明/ロジックの不在」を混同してたりするゲームが嫌いなだけでして。

ここはシナリオについてのトピックなのでそういう意味で話してました。
難しいゲームを望む人って数限られちゃいますからねー。
今、数字を出してるゲームって、殆どが、盲導犬型か、単純システム型ですよね。
ゲームをやってきた、という積み重ねの無い人にとっては、たまごっちで十分ゲームなんですよね。コテコテにやってきた人には、悪魔合体ぐらいしないと物足りませんが。

自分は、スターアーサー3部作をワクテカしながらやったクチですが、あれ良く考えたら、絶対普通じゃゲームになってない。
パソコンで遊ぶこと自体が楽しかった時代なのと、6千円以上と高額なので、数ヶ月同じトコでうんうん唸ってても、なんか楽しいという非常に恵まれすぎた環境に出てきたゲームなんでしょうね。
今はもう、他のゲームも娯楽も大量にあるので、にんともかんともです。

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