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セドナ・ペンクラブコミュの僕はなぜエイスワンダーを書いたか

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 このテーマは、以前より小説とはまた別な本にしようと思っていました。

 このコミュにはエイスワンダーの内容とか古事記に関心のある方もいらっしゃるので、遅かれ早かれ書かねばならないこのテーマについて、少しづつ回想しながら書いていこうかと思います。

 それに、いろいろなところで繰り返し質問されることでもあるので、この際まとめて書いておいた方がよさそうです。

コメント(6)

 話は遡っていくときりがないのですが、この際だから出生のところから始めましょう。ほんとうはエイスワンダーを書くことになったのは前世のこともいろいろと関係していることが今ではわかっているのですが、そこまで遡ると際限がありません。

 1960年の4月、僕は北海道の余市町の近くの然別というところで生まれました。

 もっと正確に言うと、両親は然別町(村?)に住んでいて、僕は余市町の病院で生まれました。

 この病院は忍路のストーンサークルから数キロしか離れていません。そのことに気づいたといいますか、意識するようになったのはここ四年ぐらいのことです。

 僕は忍路のストーンサークルが我が故郷に存在することすら、24歳ぐらいになるまで知りませんでした。存在を知ったときも、ことさら自分がそこで生まれたことと、この古代遺跡とが、まさか関係があるなどとは想像もしていませんでした。

 余市町が実はとんでもない場所であることも、まったく知りませんでした。

 そして、あのあたりにはUFOが頻繁に出現することも、アイヌのUFO伝説があることも......


(つづく)


 数年して然別の生家からもう少し余市よりの仁木町というところに引っ越したのはニッカウィスキーの竹鶴社長の家に脅迫状が届くという事件があって警察官だった父がそのボディガードとして社長の邸宅の隣に住まわせられることになったためでした。

 現在はその竹鶴邸が余市のニッカウィスキー工場の中に復元されているらしいです。いつか行ってみたいと思っています。

 ニ〜三歳だった自分にとって竹鶴邸の庭がうちの庭みたいなもので、巨大な庭石の上でいつも遊んでいました。その庭石が非常に好きで、いつもその岩の上に登っていました。

 あの岩の持つ波動がいまだに忘れられず懐かしいのです。それが多分今自分がエイスワンダーを書いたり、不思議な体験をさせられているいわば原点といいますか、原体験なのだと、近頃になって気づきました。

 竹鶴社長の奥さんはスコットランド人でリタさんといいました。僕にはあまりリタさんの記憶がないのですが、今思えばあの庭石はスコットランドの巨石遺構群と共鳴していたのだということを、非常に強く感じます。そう考えると、あの忘れがたい独特な波動にも納得がいくのです。

  数年して、父が余市警察署に転勤となり、生まれた病院がある余市町に引っ越しました。僕の家は宇宙飛行士になった毛利衛さんのご実家のすぐご近所でした。毛利さんのご実家は銭湯で、自宅にお風呂がなかったので毎日のようにその銭湯に通っていました。まさか自分の近所の銭湯の息子さんが宇宙飛行士になるなどと、当時誰が想像できたでしょうか。

 僕はリタさんが創設したリタ幼稚園に通い始めました。ウルトラQに続いて初代ウルトラマンが放映されていた頃です。その幼稚園はキリスト教の幼稚園で、先生はクリスマスではなくても聖書の話をしてくれたし、毎日お祈りの時間があり、講堂には十字架のキリスト像がありました。そのため、祈るという行為がごく自然なこととして身に付きました。

 僕は講堂のキリスト像が大好きだったし、聖書の話も好きでした。空を見上げては神様はあの雲の向こう側に隠れているのだろうか、などと空想していたことをよく覚えています。

 幼稚園時代の体験でもっとも鮮烈に印象に残っているのは、三人の賢者が星に導かれてキリストが誕生する瞬間に立ち会ったという聖書のエピソードを先生が紙芝居で話して聞かせてくれたときでした。

 その紙芝居は僕にとってとても衝撃的だったのです。


 ベツレヘムで、三人の賢者が星に導かれて移動した、というこの事実は(事実だと仮定して)非常に僕にとっては刺激的でした。

 夕方、母とバスに乗ったとき、窓のフレームに切り取られた視野のなかで、景色がどんどん後方に流れていくのに対して、月は常にバスの窓枠に対して相対的に同じ位置を保つことが不思議で、母にこう尋ねました。

「どうして景色は動いていくのにお月様は同じところにいるの? バスと一緒に付いてくるの?」

「あれはずっとずっと遠いところにあるからそういう風にみえるんだよ」

 天文学的な規模の遠近感というものを初めて実感した瞬間でした。

 たぶん、それを踏まえてのことだと思うのですが、紙芝居を見たときに愕然としたのです。

「それは明らかに星じゃない......」

 子供心に僕はそう思いました。

 恒星が月よりもずっとずっととんでもないぐらい遠い位置にあることぐらいは知っていました。キリストが生まれた位置まで具体的に三人の賢者をナビゲートするということは、どう考えても「星」ではあり得ない。

 それは明らかに地球の大気圏内、それもかなり低空を飛んでいる発光体だ。

 おそらく五歳ぐらいだった僕はそう心の中で結論づけました。

「しかも......何らかの意志を持つ存在によって操縦されている......一体それに乗っているのは何者なのだろう......」

 それはそれは僕にとっては大きな衝撃でした。地球外生命の存在をはっきりと見てしまったような驚き。幼稚園の玄関から出るときも、ずっとそのことが頭から離れなかったのをよくおぼえています。

 今もその幼稚園は同じ場所に、ほとんど同じ形であります。

 あの日、幼稚園の玄関から出ときの、外の明るい光、車道、橋、青空をはっきりとおぼえています。

 宇宙人は本当にいる。そして、人類の歴史に大きく関わっている。キリストは宇宙人と何らかの関係がある......

 神と宇宙人はおそらく連携している。

 そんな漠然とした考えがすでにそのときにできあがっていたのだと思います。

 (つづく)

 
非常に面白く、興味湧く書き込みです。

続きを楽しみにしています。
 二年ぐらい経過してしまいました......(^^;)
 続編を現実にやっておりますのでなかなか執筆フェーズに移れません。ご容赦ください。

 急に進み始めました。また復活します。

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