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将来は小説家!?コミュの5秒後

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コンピュータのモニターだけが照らす薄暗い部屋で
男は一人、誰にも聞こえない歓喜の声を上げた。

ガラスや金属が入り混じった機器に埋め尽くされた部屋。
聞こえてくるのはファンが回る低いブゥーンという音のみ。
握りこぶしを何度も振り上げ、男は一人、部屋の中で喜びを表していた。

喜びというものは大きく外に発散してしまうと泡藻屑のごとく消え去ってしまうものだ。
それを男はこれまでの人生でいやというほど思い知っていた。
喜びとは奥歯でかみ締め、なんどもなんども反芻すべきものなのだ。
喜びとは外に漏らさず、自分の中のみで楽しむべきものなのだ、と。

男の歓喜の源を説明するには、やや時間が必要だ。
彼がこれまでに費やした時間と同じだけの時間を必要とするに違いない。

12年。
これが、彼の偉業を説明するために必要な時間である。

かいつまんでいえば、彼は成功したのだ。
世界最速、いや、『全宇宙最速』の『光』を作り出すことに。

彼が今手にしている観測データの末にはただ1文字が記されている。
その記号は、『<』
その比較対象は光速。
つい数秒前までは世界最速の数値であった。

男は静かに立ち上がり、今まで座っていた椅子の横に倒れこんだ。
本や測定機器がいくつも転がっているが、これが彼の就寝場所なのである。
男の顔は、これまでの人生でもっとも喜びに満ちていた。

・・・
男は何かを思い出したかのようにはっと目を覚ました。
どうやら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
なんともったいないことをしてしまったのだろう。
男は悔しさのあまり奥歯をかみ締めぎりぎりと不快な音を立てた。

せっかく光を超える光を生み出したとはいえ
自分の命はあくまで有限なのだ。
次の瞬間に自分が不慮の死を迎えないとも限らない。

そうだ。今は、寝るときではない。
死んでしまえばどこまででも眠り続けることができるのだ。
永遠の眠りが未来に待っているのであれば、なにも今寝ることはない。

男は軽く伸びをして、早速データをまとめに入った。
なにぶん、今のままでは凡人に理解できる内容ではないのだ。
研究を続ける上で、自分だけが理解できる言語を作ってしまっていたので、
それを馬鹿でも理解できる言葉に書き換えてやらねばならない。
なんと面倒な作業なのだろうか。
むしろ、私以外のものが私の言語を学ぶべきなのだろうとも思うのだが、
凡人どもは私の作り出した言葉を理解するために寿命を使い切ってしまうに違いない。
非常に皮肉なことだが、世界最速の光を説明するために
彼はその頭脳のスピードを人並みに落としてやらなければならなかった。

自分の言葉で考えることは安易だが、それをわかりやすく説明することは難解である。
いろいろな物理現象を例えに用いてひとつひとつを紐解くように説明していく。
説明を考えながら、男の思考はこの研究を始めた頃に立ち戻っていく。

確かあれは、自動車の玉突き事故に巻き込まれたときだった。
後ろからの激しい衝撃を受け、はっと気づくと車の前部がぺちゃんこにつぶされていた。
その瞬間に、何かひらめいたのだ。加速の方法を。

つぶれた車内に両足を挟まれていながら、一心不乱にノートに式を書き込む姿が
この男の研究への狂乱ぶりを示していると学内ではうわさになったものだ。
一部を修正するならば、彼はこのとき、両足だけでなく左腕とわき腹も骨折していたのである。

下書きもせずに進める男の論文作成は、恐ろしく速い。
まるで、はじめから書くべき文章が決まっていたかのような速さである。
男は、1ページを書く毎に主食である角砂糖を口に放り込み、
また1ページ、1ページと進めていく。

急にぴたっと手を止めて、ドアの方に目を向け、口を開いた。

『・・・おい、誰かいるかね。』

ドアの向こうは研究室とつながっている。
日中であれば、研究室の学生たちが数名いるはずだが、
正直、男にとって見れば今が何時かなどはどうでもいいことだったので
誰かがいるかどうかを時間で判別しようなどという思考はなかったのだ。

『・・・はい?先生、お呼びですか?』

どうやら、今はまだ日中らしい。

『おお、いたか。すまないが、角砂糖を2袋とコーヒーを1杯くれないか?』
『わかりました。・・・すぐにご用意します。』

男の研究室では、この程度のことはよくあることである。
学生も重々承知している。

再び男は論文の作成に戻る。
パソコンのモニターに目を移す瞬間、部屋の姿見が視界に入った。
学生が自分のすぐ後ろに立っており、コーヒーを渡そうとしている。

反射的に男は身をよじり、怒鳴りつけた。
『君!部屋に入るときはあれほどノックをしてから入れと!』

・・・
男の後ろにコーヒーは、もとい学生の姿はなかった。

コン、コン
『先生、失礼します。』

学生がコーヒーと角砂糖をトレイに乗せてドアを開ける。
『どうかなさったんですか?大きな声をお出しになって・・・』
学生の顔は不可解という言葉を当てるにふさわしい表情だったが、
不可解な行動自体は彼の師たるこの男にはつき物である。
余計な詮索は続けず、学生は歩を進めコーヒーを差し出す。

『ん・・・いや、なんでもない。ありがとう』
『いえ、どういたしまして。』

男はコーヒーと角砂糖を受け取り、まずはコーヒーを口にする。
・・・少し、脳を休めるべきかもしれない。
彼にとっては殊勝な言葉が頭に浮かぶ。
同時に、先ほどの現象を『気のせい』として処理しようとしていた。

男の人格と同様と言ってしまえばそれまでだが、
彼のコーヒーの飲み方は極めて個性的である。
上唇をコーヒーに浸し、そのまましばらく動かない。
その昔、コーヒーが薬だった時代のことを意識しているわけではないだろうが、
少なくとも今の時代でも男にとって、この液体は化学薬品である。
においと温度で脳を休息させるための手段なのである。
『手軽な風呂』程度に考えてもらえばわかりやすい、と男は説明するのだが、
残念ながらそれが他人に伝わる事はほとんどないと言ってよかった。

ちらりと姿見に目をやると、鏡の中の自分も確かにコーヒーを飲んでいる。
・・・やはり、先ほどのことは気のせいだったようだ。
さほど疲れた気もしていなかったが、
自分の体調管理に問題があったに違いない。
さっさとこの幼稚な文章を書き終え、自分の世界に戻り
心の平静を取り戻さなくてはならない。

コーヒーを口から離し、論文作成に戻ろうとした瞬間、
男の視線は再度姿見に自然と移動した。
しつこいまでの検証が男を男たらしめているのだ。

・・・
正直、男は言葉がなかった。

コーヒーカップを持った自分。
論文作業に没頭する自分。
その二つの姿が鏡という媒介を通して両立するものだとは
少なくとも今の今まで男の理解の範疇にはなかったからだ。

カップを静かに置き、キーボードを叩く作業に戻る。
男の頭の中は、今の現象を説明するための理論構築でいっぱいだった。
この世の時間の流れが一方向にしか進まない以上、
今の現象を説明することはできないのだ。
時間軸に何をおくことによってこれを打開するか・・・
時間のずれが起こることはこれまでいくつかの実験で証明されていた。
しかし、それは異なる二つの事象についてのみ起こることであり、
同一のもの、たとえば自分という事象について起こることではありえない。
そもそも、『自分』が『自分』を置いて光速に近い移動をしたとするなら・・・

ふと、男の動きがとまった。
そして、腹の奥底から笑いがあふれてくるのを感じ、
それを臆することなく実行に移した。
そうか、そうだったのか。

男は姿見から目線を移し、彼自慢の実験機器に目をやった。
光速を超える光を発するその機器は確かに姿見の直線状にある。
彼の推論は確信に変わった。
姿見を見つめ、同時にそこに映りこむ時計の秒針を現在の時刻と見比べる。

5秒。
この鏡には、5秒先の『未来の残像』が映し出されている。

つまり、この光は時間という檻を抜け出してしまったのだ。
この世が光の速度から抜け出せない以上、逆に光はどこまで行っても
この世界の中に閉じ込められる。
通常であれば、どれだけ速く進もうとその速度は上限である光速を上回れない。
それはつまり、光速という数字に押さえ込まれた檻なのだ。
そして、この檻がこの世界の時間を規定している『基準』なのだ。

しかし、この光は違う。
その速さがこの世に規定されていないものなのだ。
その光が通り過ぎた後には、これが置いてきぼりにした世界の残像が残る。
それが、鏡という媒体に映し出されたということか。
まだまだ埋めるべき不定要素は多いが、大枠はこれで間違っていないはずだ。
太古から鏡や水晶玉といった反射物が神聖化されていたのは
もしやこれらのことと関係があるのかもしれない・・・。

男が次の実験を構想しているうちに、
先に仕上げるべき論文はすでに完成していた。
男の興味は、すでに次の実験へと完全に移り、
更なる検証を行うために角砂糖を二つ、口の中に放り込んだ。

それから10年。
男の論文は世界を駆け巡り、一部の人間たちがその力に魅了された。
装置は改良に改良を重ねられ、未来の残像は15分後の未来を映し出すまでになっていた。
時にそれは政治に利用され、時に戦争に利用され。
利用され、利用され、利用され。

未来を映し出す時間をどれだけ伸ばすことができるかが
さまざまな国の間で競争され続けた。
相手に先んじることで、相手を押さえつけることができる。
経済の流れも、人の生き死にも、何もかも。
ほんの一部の人間たちに大多数の人間たちが踊らされる世界がそこには作られていた。

がりっ、がりっ・・・
がりっ、がりっ・・・

コンピュータのモニターだけが照らす薄暗い部屋で
男が角砂糖をかじる音だけが響く。

この世界は、男が思っていたよりもずっと愚か者の集まりだったようだ。
愚か者は愚か者らしく、自分たちが制御できる道具だけを持っていればよいのに。
もし、サルに銃を与えれば、最初に命を落とすのはかなりの高確率で
その道具を最初に手にしたサルだろうに。
愚かというよりは、それは滑稽といったほうがよかろう。

男は目の前の姿見をちらりと見やった。
世界中の科学者がその技術の粋と金を集めて作り上げた『水晶玉』は
15分先の未来の残像を映し出していたが、
その一方で男の鏡は既に1年先の未来を映し出すまでに改良されていた。

その鏡には今、彼は映っていない。
彼の部屋すらも映っていない。
赤茶けた大地が延々と続いているだけだった。

男はその鏡をみて苦々しくつぶやく。
『研究を進める時間が、残り1年しかないではないか・・・
まったく・・・忌々しい事だ・・・。』

男の興味は既に、新しい実験へと向かっていた。
男にとっては、いまだ5秒後の世界は未知であり、
嬉々とした新しい発見への道のりであることに変わりはないのである。

それでも未来を覗きたいというのなら、見ればいい。
未来は愚か者たちが考えているよりも絶望に満ちている。
この世に終わりがあることなど、周知の事実ではないか。
希望は予想よりはるか手前にあり、絶望はそのはるか先にある。
希望は主観的に訪れ、絶望は客観的に訪れるものであることは
太古の水晶玉を覗いていた占い師であっても知りえたことだ。
それを知りながら未来を知りたいとは・・・まったく愚かなことだ。

がりっ、がりっ・・・

『おい、誰かいるかね、コーヒーを一杯くれないか?』

コメント(2)

あくまでSF(すこし・ふしぎ)ですので、
物理学的な突っ込みはやさしめの言葉でお願いします(^^;;

確実すぎる未来、遠すぎる未来を知っても
大していいことないんだよ、ってのが主題です。

男のキャラクターが面白かったので、ついつい書きすぎました(笑)
専門が物理なので思い切り、そっちの方を突っ込みたい衝動に駆られたんですが…。

その辺は置いておく事にして、内容ですが、科学者のキャラクターが出ていて中々、良かったです。天才っていうと、こんな風に変人と紙一重といったような描写がされがちだけど、自分の知っている天才に分類される教授は、普通なんだけどある問題提起にたいして、一言、二言会話している間に膨大な計算を吹っ飛ばして正解に辿り着いてしまうような人です。

ストーリーもいいですね。キャラクターの個性が十分に活かされています。

これ以上は、物理批判に入ってしまいそうなので…。

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