語ろう！フライフィッシング。コミュの「スズランと蜉蝣とsodade（望郷）」

「スズランと蜉蝣とsodade（望郷）」

ぼくが住んでいる陸の孤島の団地から、杖をつきながら歩いていく所にコンビニが一軒あります。
このコンビニの旦那さんは、団地の部屋から出たがらないご老人や障害者に無償で食品を届けています。とても寡黙でいいおじさんです。

そのコンビニに向かう途中に小さな会社があり、そこの玄関の花壇にスズランがびっしりと咲いているのを発見したのは昨年でした。
ぼくはとても嬉しくなり、ついそこの社長に尋ねました。何でも北海道に行ったとき買った一株が増えにふえたとのことでした。
『持てっていいよ～』と言ってくれましたが、枯れさしてしまうのが怖くってやめました。
ぼくは道産子なんです。
もう何十年も帰郷していませんし、きっともう帰ることはないとおもいます。帰ったらまた迷惑をかけてしまうでしょう。でも、北海道の花スズランを観てみたいっておもっていたのです。

親族っていったい何なのでしょう。

そのスズランが咲く花壇のすぐ途中に梅林があります。
ぼくは梅が好きです。桜があんなに豪奢なのはむしろ可哀そうです。桜の花が散るのはきっと桜の涙です。桜の樹はひっそりとしていたいに違いありません。
四年ほど前に、ぼくはパソコンスクールに通っていました。
そこのぼくの机の隣席にいたのがフラメンコダンサーのＳさんでした。そのＳさんはパソコン初心者のＡさんの学習の面倒をよくみていました。そしてふたりは親友になったのです。ぼくも彼女から沢山のフラメンコのCDやDVDをもらいました。また、スペインのキーホルダーも贈られて今でも使っています。
そのスクールでグループ発表があり、Ｓさんとぼくと前席の青年とでグループとなり、Ｓさんの企画で、何か文学めいたものをやろうと言いました。ぼくはとても文学が苦手です。困ってしまったぼくは梶井基次郎の「桜の樹の下には」を題材にして、それを酷評しました。

「桜の樹の下には屍体したいが埋まっている！
　これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。」と小説は始まります。
そして、
「おまえ、この爛漫らんまんと咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。
　馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛ふらんして蛆うじが湧き、堪たまらなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪どんらんな蛸たこのように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚あつめて、その液体を吸っている。」とあり、途中、
「　――おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃないか。俺はいまようやく瞳ひとみを据えて桜の花が見られるようになったのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由になったのだ。
　二三日前、俺は、ここの溪たにへ下りて、石の上を伝い歩きしていた。水のしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、薄羽かげろうがアフロディットのように生まれて来て、溪の空をめがけて舞い上がってゆくのが見えた。おまえも知っているとおり、彼らはそこで美しい結婚をするのだ。しばらく歩いていると、俺は変なものに出喰でくわした。それは溪の水が乾いた磧かわらへ、小さい水溜を残している、その水のなかだった。思いがけない石油を流したような光彩が、一面に浮いているのだ。おまえはそれを何だったと思う。それは何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体だったのだ。隙間なく水の面を被っている、彼らのかさなりあった翅はねが、光にちぢれて油のような光彩を流しているのだ。そこが、産卵を終わった彼らの墓場だったのだ。
　俺はそれを見たとき、胸が衝つかれるような気がした。墓場を発あばいて屍体を嗜このむ変質者のような残忍なよろこびを俺は味わった。」という光景を記している。

ぼくはフライフィシャーで、伊豆は庭みたいなものだったから、梶井基次郎がみた光景の場所も特定できた。しかしぼくはこの表現、蜉蝣しかないことに不満をもった。なぜ「墓場を発あばいて屍体を嗜このむ変質者のような残忍なよろこびを俺は味わった。」ということになるのだ。そこにはイワナやヤマメは敢えてかどうか登場していない。これが病的な表現なのだ、とおもうと、ぼくは唇を固く噛み締めた。いや、イワナやヤマメは敢えてかどうか登場していないのではなく、それを描写することが梶井基次郎にとってとても嫌なことなのだ。なぜなら、その蜉蝣が羽化（ハッチ）する頃には、イワナやヤマメは狂乱したようにそれを捕食する。つまり、渓流の流れは「蜉蝣の墓場」ではなく、とても生に満ちた「躍動の場面」であるはずだからだ。
スペインの川でも同じであり、幻視の友が著した「アンダルシア紀行」で、彼はその鱒の興奮を『体操よろしく・・・』と表現している。

「桜の樹の下には」の終章ではこうある。
「　――おまえは腋わきの下を拭ふいているね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のようだと思ってごらん。それで俺達の憂鬱は完成するのだ。
　ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている！
　いったいどこから浮かんで来た空想かさっぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。
　今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑のめそうな気がする。」

なぜ「権利」なんだ。
普通に「桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じく、花見の酒が呑のめそうな気がする。」と言えばいいじゃないか。
病弱なこの青二才は、実はこの頃、カール・マルクスの資本論を読んでいたから、きっと「権利」ということばを使ってみたかったのかも知れない。

ぼくはこの頃とても悩んでいた。
家族が、家庭が崩壊し、娘も大学に進学してぼくの元を去った。弟にも絶縁された。友も去った。そして次第に活気を失っていて、ビジネスも嫌になり怠惰になっていた。急に初恋の女性を想い出し、ふたりの約束である「アンダルシアで逢おうね」という幻想に浸っていた。
そこで出会ったのがフラメンコダンサーであるＳさんだ。
これは奇妙におもえたし驚きもした。
Ｓさんは物静かでとても知的であったが、招待されたフラメンコショーでの彼女は別人のように艶やかで踊りながら隠し持ったパリージョ（カスタネット）を打ち鳴らすのであった。そして、ぼくを招待してくれたその席には、オリーブとスペインビールが用意されていて、更にテーブルにはちいさな封筒に手紙が添えられていた。なんというおもてなしなんだろう。
ぼくはこの女性からフラメンコの呻きと、躍動を教えられた。
彼女はとても多才で、バレリーナでもあり、また写真にも優れていて、更に驚くのはフラメンコのドレスを自作するほどであった。
そのＳさんとＡさんに駅でばったり出会った。嬉しかった。

マイルス・デイビスは夫婦で行ったスペインの光景を、妻のために「スペイン」というアルバムを発表した。この中でかすかに遠くにパリージョが響くのはとてもいいのだが、ぼくは愚作だとおもっている。マイルスはフラメンコを、スペインのソウル、魂と同じだと評しているが、これはありていでとても駄目だ。魂というなら、セザリア・エヴォラ（Cesaria Evora）の歌の方がいい。聴いたら泣きそうになる。これを評するにはぼくにはとても無理だ。それで「spacesisのポルトガルよもやま話」というブログを紹介したい。そしてこのブログもとてもいい。

【その３３：裸足のDive・セザリア・エヴォラ

好きだけれども、今日まで聴くことを躊躇していたCDがあります。
Cesaria Evora(セザリア・エヴォラ）の歌です。

この人は、1974年まではポルトガル領土とされていた、大西洋はアフリカ沖にある、Cabo Verdeと言う島出身の黒人女性歌手です。
もう60歳を越していて、お世辞にも美しいとは言えないのですが、地元での歌手生活は長い（2011年に死去した：キム・ホセ註）。

しかし、初CDが出されたのは、40歳も半ばを過ぎてからです。
別名「裸足のDiva（Diva＝歌劇の女性第一歌手）」と呼ばれています。
なぜなら、住むところのない貧しいCabo Verdeの人々をおもんばかり、自分がステージに上がるときは、彼らと同じく素足だからです。

CaboVerde はかつては、アフリカ奴隷売買の中継地でもあったようです。
アフリカ大陸セネガルから西の大西洋にあり、１４６０年にポルトガル人の冒険家によって発見された、大小１５の火山群ならなる、面積約４０００ｋ㎡、人口415,000人の貧しい国です。
この島に住んでいる人口よりも、移民として国外にいる人口の方が多いと言われます。

Cabo Verdeのポルトガル語は本国ポルトガルとは少し違いますが、だいたい分かります。
セザリアの歌う歌は、奴隷中継地であったというその島の歴史が絡んで、切なく、ノスタルジックで聴く人の心のひだを震わせます。

ポルトガルファド、ボサボヴァ、ラテン、アフロと、いろんな音楽系統が混じっている歌で「Morna=モルナ」と呼ばれる音楽です。
モルナはアメリカ黒人の歌うブルースに似ています。なぜなら、人生の苦悩を歌の中で表しているからです。
言葉がわからなくても、人に切々と訴えるものを持っています。

この歌を長い間、わたしはずっと聴けなかったのでした。

２００４年も夏のこと、娘がもうすぐ日本に行ってしまうという少し前で、大学入試に必要な証明書類をリスボンにある日本大使館まで夫と二人で取りに行ったその道中、彼が車中で流したのです。

娘からはそれまでに何度も
「おっかさん、何回ため息ついてるの。ため息つくと幸せが逃げて行くって言うよ！」と、言われるほど、娘を遠くへやってしまう寂しさに、我知らずに深いため息を繰り返し洩らしていたのでした。

自分も長女の身でありながら、母親の面倒は妹夫婦に任せて、勝手な夢を見、勝手にあちこちと放浪してきた人間です。
それを今度は我が子がするからといって、どうして反対できるでしょうか。
しかし、少し寂しい気持ちに違いはなく、車の窓から流れ行く樹木の景色を眺めての、このCesaria Evoraの歌は胸にズンとこたえました。

「sodade（望郷）」「Cabo Verde」「 Vida tem uma so Vida（人生はただ一度）「odji maguado（傷ついた今日）」「Traz d`horizonte（水平線の向こうに）」ざっとタイトルを見ただけでも、ノスタルジックです。

♪サン・トメへの　この遠い道のりを　誰が示してくれるのか
　我が故郷サン・ニコラウへの遥かな思い　この思い　（sodade:spacesis訳）

これらの歌を聴きながら、わたしは窓の外に顔を向けたまま、夫に気づかれないように、何度も流れ出る泪をこっそりふいたのです・・・
以来この歌を聴く事ができなかったのです。

しかし、毎日のように、娘とはメッセンジャーというものでチャットができ、デジカメをつないでオンにすると、ちっちゃな彼女の部屋も見えたり、日増しに女の子らしくなってきた顔も見ることができたり・・・
なんだかんだと、もう２年が過ぎました。

夕べは一人、これを聴いてみました。
国恋しさ、人恋しさの情感は、想いを寄せる国は違っていても同じです。
「あぁ、いいなぁ。」と聴きながら、しばし日本への望郷の念に浸りました。

このところ、わたしは日本へ帰っていません。

註：セザリア・エヴォラは２００４年に、ワールドミュージック・ベスト・アルバムで
　　グラミー賞をとっています。】

ぼくは、この歌を聴いたとき、フラメンコダンサーのＳさんに静かに踊って欲しいとおもうのでした。素足で・・・。

さて、スズランですが、二日前に、散った梅林にスズランが咲いていたのにはびっくりしました。きっとその社長さんが、花壇で囲うより「梅の樹の下」とおもって移植したのでしょう。
粋な方です。こういうおもいは今日稀有です。

スズランは別名、キミカゲソウ（君影草）とか谷間の姫百合（タニマノヒメユリ）です。
花言葉は、「幸福が帰る」「幸福の再来」「意識しない美しさ」「純粋」といったものですが、実は猛毒です。
「強心配糖体のコンバラトキシン (convallatoxin)、コンバラマリン (convallamarin)、コンバロシド (convalloside) などを含む有毒植物。有毒物質は全草に持つが、特に花や根に多く含まれる。摂取した場合、嘔吐、頭痛、眩暈、心不全、血圧低下、心臓麻痺などの症状を起こし、重症の場合は死に至る。」（wikipedia）
ぼくが釣りの渓流でみた、ポツンと咲いていた赤いソバの花も可憐ですが猛毒です。その里山には白いソバの花が群生していました。この白いソバの花は飼われているのです。そして蕎麦にする途中で毒抜きされるのです。
きっと、赤いソバの花は群生を、飼われるのを嫌ったんでしょう。
それ故にますます赤くなって猛毒になっていったのでしょう。
ああ、美しくて可憐なものには毒があるのでしょうか。

ぼくは群れることをとても嫌います。

フランスでは、５月１日が「スズランの日」とされていて、友人や家族など愛する人や親しい人にスズランを贈る習慣があるようです。また、花嫁にスズランを贈る風習もあるようです。
「Lily of the valley 鈴蘭」
「return of happiness（再び幸せが訪れる）」「sweetness（優しさ、愛らしさ）」「humility（謙遜）」「purity（純粋）」

帰郷できないぼくは、この梅の樹の下のスズランに北をみるのです。こんなにも近くにぼくの郷里があるなんて、おもいもよらないことでした。

望郷ってどんなものでしょう。

アフリカ奴隷売買の中継地であったCabo Verde。
主人と奴隷。
奴隷がいなければ主人は成立しません。奴隷がいることで主人があるのであって、その主人が一番恐れているのは奴隷なんです。だから、主人は奴隷の奴隷なのです。そして奴隷個人の中にも主人と奴隷が共存しているのです。

民主主義ってなんでしょう。
「権利」ってなんでしょう。
なんで、桜の樹の下で村人とともに酒を飲むのに「権利」が必要なんでしょう。

スズランの命も蜉蝣の命も短いようにみえますが、スズランは地下茎で年を越し、蜉蝣は不完全変態で、幼虫のときなんと水中で10～40回の脱皮をします。そして、春から初夏の頃、水面に出て脱皮をして空中に舞います。それでもこれはまだ亜成虫であって、弱弱しくくすんでいます。この亜成虫は木の葉や幹につかまってもう一度脱皮して大人になり、交尾して水中目指して一生を終えるのです。
水面で脱皮に失敗したのをスティルボーンといいます。
言葉の意味の通りで、生まれ損いです。
ぼくは伯父にいつも、この生まれ損ないとかデキソコナイとかからかわれました。悪意ではありません。腰が悪くって戦争に行かなかったことを自嘲しているのです。伯父はこう言った後必ずぼくを焼鳥屋に連れて行くのでした。

人間は本能の壊れた動物である（フロイト/岸田秀）といわれます。

世の中、電波と概念が占めています。
電波は人の固有のありようを奪ってしまいます。
概念に概念を重ねるとおもわぬ誤謬に陥ります。
静かにしずかによーくみていましょう。

家族とか兄弟とか親子とかに幻想はあり得ないのです。
それは何の根拠もない、むかしから刷り込まれたものです。
そんなことはあり得ないのですが、ぼくはいつも時間とか空間とかいった人間がつくった概念のないブナの樹の「場所」でぼんやりしている夢をみます。
そのとき、やって来るのです。
森の小人の妖精たちの楽隊が。

トテカントテカンピーヒャラホー
トテカントテカンピーヒャラホー

ぼくにはその妖精たちはみえないのですが想像してみます。妖精たちの楽隊にも、ぼくはみえないのです。陽が沈む前の少しの間です。
源流では蜉蝣がまさに梶井基次郎の「桜の樹の下には」で表現されているように、群舞したり、水中に飛び込んだり、脱皮し損ないが、水面を埋め尽くすように流れて行きます。

バシャッ、バシャッ、スイッ、スイッ

まさに死闘ですが、それは宿命の躍動です。
これたちは何も権利とか文句はいわないのです。ただ、それぞれの人生を受け入れて終えるのです。
ぼくがついに自分の身に異常を感じたら、何としてもこのブナの樹のところに来たいのです。
森の妖精たちの楽隊を観て聴いて、陽が沈みます。
月が明るく、夜空は満天の星です。
月から馬車がやってきます。
静かに横についた馬車に、ぼくはふいっと乗せられます。
そうです。
馬車は時間のお迎えです。
時間とは死なんです。
もはや望郷の念もなく、ただ無になるのです。
かすかに聞こえた気がします。

トテカントテカンピーヒャラホー
トテカントテカンピーヒャラホー

ブナの樹の根元には、ぼくが使い古したランタンだけが弱弱しく灯っていました。やがてその灯も消えるでしょう。

人間の人生だって蜉蝣と同じです。
一回こっきりです。