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任那日本府は存在したコミュの任那から考える絶対現在(日本外交失敗史としての任那)

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任那の歴史をたどってみると、大伴金村と言う人物が登場します
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%BC%B4%E9%87%91%E6%9D%91

任那の歴史と言うか、任那喪失のきっかけを作った「大失態外交」を行った人物です。(512年任那4県を百済へ割譲)

この大伴金村の外交失敗は、今日本が直面する外交・領土問題を考える上で、大きな示唆を持っていると思います。

隣国との同盟関係を重視するあまり、一部の領土と権益を割譲してしまい、最終的に任那全てを失った

そして何よりも重要な事は、そこまで肩入れして救おうとした百済は結局劣勢を挽回できすに150年後に滅亡しています。(660年百済滅亡)

この1500年前の出来事を深く考察することで、日本外交の注意点と逆説的な展望が開けてくると考えます!

コメント(2)

大伴金村は優秀で歴代天皇に仕え、信頼も篤い忠臣でしたが
四県二郡の割譲事件のころにはすでに老齢で
若い頃の鋭さも衰えていたのでしょう。

勾大兄皇子や物部麁鹿火が慌てて事態を収集しようとしましたが
時すでに遅く…。

鄭聲之@FreeTibetさん レスありごとうございます

>大伴金村は優秀で歴代天皇に仕え、信頼も篤い忠臣でしたが
>四県二郡の割譲事件のころにはすでに老齢で
>若い頃の鋭さも衰えていたのでしょう。

なるほど、大伴金村にはそんな事情があったのですね。
日本史に残る”老害第一号”なのかもしれませんね、彼は。

翻って、現代の日本も国を牛耳っているのは昭和一ケタ世代付近の70歳前後の連中が多いです。
晩年まで権力に執着すると、周囲や後世の人間に多大な損失を残すという事例であり教訓を含んでいますねもうやだ〜(悲しい顔)

(話が逸れますが、軍神と崇められた東郷平八郎も太平洋戦争開戦の1年前まで長生きして、海軍の巨艦巨砲主義派を公私に肩入れし続けた結果、海軍は空母や潜水艦の充足がおろそかになってしまい、その後の戦力・戦況に少なからぬ影を落としたと言われています)


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