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アコースインミラクルズ ACIMコミュの比較 仏教と流行のノンデュアリティの間違いについて

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コメント(4)

臨済や馬祖は
即心是仏とか、平常心是道
とか説いてますが、
その意味は、解説本によると
この日常世界は、
仏の活動で、問題ない
ということだそうです。
その意味をしり、
禅には興味がなくなりました(もちろん流行の同じようなノンデュアリティメッセージも)。

この日常世界は、仏による活動ではなく
我からの妄想だからです。
苦しみは
解釈だけにあり、出来事にない
という禅や流行のノンデュアリティメッセージは誤りだとおもいます。
禅の即心是仏の心とは
たぶん、まだ大自我のことでしょう。あるいは実在のサブ性質のワクワクをみた一瞥体験ということもありえますね。
仏教の問題点の整理

仏教では世間は

色受想行識の仮和合であり、我はない
ではその五蘊はどこからきたのか、あとはニルヴァーナからしかない
もしニルヴァーナからきたなら、ニルヴァーナ(静寂)もそういう性質であることになる
しかし性質はちがうとすればニルヴァーナのほかに変化を好む性質が実在にもあったことになる
そのサブ性質も実在になければ、一切なにもおこらないはずだから
その実在におけるサブ性質であるものを仮にワクワクとよぶ
しかし、この世界は悲惨な戦争がある
となれば
ワクワクから五蘊(つまりこの世界)がおきる
あいだに何かのおかしなプロセス(試し、実験)があったことになる
それが、主体化解離催眠というつくられた個のマインド化(主体化 カルマの主)
がなくてはならない。
でなければ、実在におけるワクワク自体が戦争好きということになる、そのような愚かさを実在におしつけるのはおかしい。
したがって、
試み(実験)により、主体化がおき
それによって五蘊がおきつづけているのである(仏教はこのことを説明できていない)
主体化のマインドこそ
実在のワクワクからの真の漏(煩悩)そして空想された個の主体化催眠が真の無明であり

それゆえ、ニルヴァーナ(ただ在るという実在のメインの性質)からの恩寵により
ワクワクからの漏の活動の停止がおこらなくてはならない。これが癒しそして解脱のことである。
仏教は無明は無始であるというが、
無始とは
時空においてはということにすぎない
(アビダルマでは12因縁の無明、行、はたんに過去世のことをあらわしているからであるという。識から有(業)までは現世、あとの生、老死は未来世をあらわす)
そうでなければ、仏教はサーンキア哲学とおなじく、二元論になってしまう

仏教はまず欲界からでるために
小さな我(魂)を否定する
そのあと
有為つまり五蘊じたいもなくそうとする
この有為は主体化解離催眠の大自我から生じたものである
したがって真の無明は催眠大自我である

そして
すでに常在であるニルヴァーナ(静寂)のために
努力することは意味矛盾している
(仏教の矛盾)

なぜなら、努力はニルヴァーナ(静寂)とは矛盾するからである

また、五蘊の識は五蘊においては刹那滅の識別のことらしいが、これとはべつに
努力でする無色界禅定である識無辺処(時空以前の客体意識)という瞑想
というものがある
しかしこれも努力のため
解脱(ニルヴァーナ 寂静)ではないことはいうまでもない。

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