それからふたりは交流センターを訪ねてみたが、歩いていると風はどんどん激しくなっていくようだ。もはや台風の雰囲気を漂わせる風と言ってもよかった。
「欠航情報はないみたいだけどね」と彼は携帯を見ながら言った。
「この風は気になるよねぇ」
ハリも少し表情を曇らせる。
「弱気だね。私が連れて行ってあげるって言わないの?」
「お父さんがお望みならいくらでも言うけど、こんなに風がきついんだよ」
「ありがたみがなさそうだからやめとく。それよりこの中に入ろう」
交流センターに入ってみると、新しく広々したロビーはガランとしていて、全くの無人だった。
「ぼくはここでお昼にするよ」
彼はクッションのいいソファーに沈み、先ほどのスーパーで買ったサンドイッチと紅茶を取り出した。
「口永良部島、見てみたいなぁ」とハリはまだ頼りなかった。
食べ終わり、不安を抱えながら港に戻った。雨が少しパラついていたが、この風では安物の折り畳み傘など全く役には立たない。けれども口永良部行きのフェリー乗り場へ行くと、疎らだったが乗客らしい人はいて、待合室に入ると、出航1時間前に開くという窓口が開いていた。欠航なら窓口は開かない。
「口永良部まで行けそうだよ」
「やった!」
ハリはようやくとびきりの笑顔を見せた。ハリは異界の存在ではあっても魔法使いではない。
鹿児島から種子島に渡ったときと同じ会社のフェリーだった。あのときと同じようにコンセントのある場所に陣取ったが、島民らしい人が何人か横になったり、小さなビニル張りのスツールに腰掛けたりしている。定刻になると何の前触れもなく、船は突然動きだした。しばらくしてからようやくアナウンスが流れる。
「本船は口永良部港を出港し、屋久島宮之浦港に向かっています」
逆だ。ロビーに座っている、島民らしい年配の女性と彼の目が合い、彼女も気づいていたのだろう、ニヤリと笑いを交わした。
「屋久島宮之浦港到着予定時刻は14時40分」
アナウンスの女声はもう一度ミスを繰り返す。年配の女性と彼ももう一度ニヤリを交わした。
船内のテレビでは、電波が悪くて受信が困難なのか、口永良部島を紹介するビデオが流されていた。ハリも彼も思わず見入ってしまう。船便の都合もあり、この島での滞在は短いのだが、ゆっくり2泊はしたい島だったなと彼は思った。
「口永良部でも島の人の話を聞けたらいいね」とハリが言うと、
「よかったらここで島の話を聞きますか?」と、すぐ横のソファーに座っている、出航のときアナウンス嬢のミスで笑いを交わした年配の女性が言った。ふたりは彼女の隣席に飛んで行った。
【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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