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2015年05月16日00:08

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ヨット

ヨットというものに乗ったのは、その時が初めてだった。当時姉が付き合っていた、それから数年後に義理の兄になるTさんに誘われて、三浦半島の葉山へ乗りに行ったのである。なぜ姉が一緒に来ないのか不思議だったが、結果を見越していたのだとしたら、姉らしくもなく賢明な選択だったことになる。

「どうだい雄二君、ヨットに乗ってみないか?」
そう言われれば、この人はヨット乗りが相当うまくて、自分はただ乗っていれば良いのだろうと思うではないか。ところが、そうではなかったのである。それはひどいものだったのである。

マリーナで小さなヨットを借りて、2人で乗り込んで、さて船出!となった途端、思いっ切りひっくり返った。
「そっちを持って!持ち上げて!」
Tさんがそう叫ぶので、私は言われるままにマストを持ち上げ、彼が船底にしがみ付いて引き起こす。

ようやく引き起こしたヨットによじ登ると、すぐまたひっくり返る。2人揃ってヨットに乗っていられる瞬間があるのはまだ良いケースで、乗ろうとしているうちにまたひっくり返ることもあり、あるいはヨットはひっくり返らないのに、船べりから身を乗り出しているうちに海に落ちたりした。

Tさんは、それでも一応ヨットの乗り方について、本で読むか人に聞くかして予習はしてきたらしい。帆が向いた方にヨットが傾くので、反対側に2人で身を乗り出してバランスを取る。カーブしたい時には帆を逆に向けて、その逆側に移ってまた身を乗り出す。それを繰り返してジグザグに風上に向かって進むのだと言う。だが、そんなうまくいくことなど、何回もなく、ひっくり返るのと、身を乗り出し過ぎるのと、帆のブームに叩かれるのの繰り返しで、いずれにしても海に落ちるのである。

そのうちまずいことに、テトラポッドが並んだ岸壁が近付いてきた。進む方向など、まるで自由にならない。その日は晴れていたが波が高かった。本日天気晴朗ナレドモ波高シ、である。別に皇国ノ興廃は掛かっていないが、我々は必死だった。

その各員一層奮励努力の効もなく、ついにヨットは岸壁に打ち上げられてしまった。ヨットばかりか、それと相前後して我々2人も打ち上げられた。船、人もろともに、傷だらけである。傷に海水が沁みてヒリヒリする。

一連の惨めな様相は、マリーナからずっと見られていたらしい。スタッフの人二人が別のヨットでやって来て、打ち上げられたヨットを事もなげに海に戻すと、二艘揃ってすいすいと鮮やかに操って、マリーナへ戻って行った。我々二人は、岸壁を伝ってマリーナへ戻った。

こんな恐れ入るばかりのヨット初体験だったのだが、私はすっかり感心してしまった。Tさんの態度が少しも悪びれたところがなく、終始堂々としていたのである。マリーナへ戻ってから、ヨットの修理代を請求してくれと言っている時も、卑屈になるでもなく、開き直るでもなく、自然な振る舞いを見せていた。この人は大物だと思った。大切なことを教えられたと思った。その後、会社の経営者として多くの従業員の生活に責任を持つことになる片鱗が、すでに見えていたのだろう。

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