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2023年12月31日18:59

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小説を作成しました!「嘘吐き小好しの分け持つ夢」(前編)

※ 一人称小説ですが、良かったら是非、朗読の台本としてもお使いください。
金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※

※1 今作自体は小説という体裁で作られていますが、
声劇台本である「二方美人(にほうびじん)。」の第二世代シリーズです。
「二方美人。」やそのシリーズを知らなくとも当小説単独でもお楽しみいただけますが、 同シリーズ作や派生作品も読んでいただければとても幸いです。

(以下リンク)

「二方美人。」(1:4)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958862956&owner_id=24167653

「二方美人。」シリーズ及び関連作品のみのまとめ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1964303733&owner_id=24167653

※2 当作品及び今後制作予定の第二世代シリーズの、世界観や登場人物の説明まとめ。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984088366&owner_id=24167653


※3「嘘吐き小好しの分け持つ夢」
(後編)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986660133&owner_id=24167653




「嘘吐き小好しの分け持つ夢」

(前編)

 二十六時十二分。初めての夜行バスの人口密度と音や揺れとにも、一時間かけて少しずつ慣れてきた。それにより今度は疲れと眠気とが大きくのしかかってくる。このまま眠れるだろうか。隣のおじさんは手慣れたものなのか、俺と同時に乗り込んだのに、俺と違って出発後十五分もしたらすでにいびき混じりで眠りに付いていた。

 ああ、まぶたが重たい。今もなお、時折バスが何かを踏んだり大きくカーブを曲がったりしているが、もはやそれもどうでも良い。疲れた。この約一年間、そりゃあ疲れて当たり前だ。最初は本当に何も知らないところから始まって。師匠も本人は家族とも友人とも関係が切れて孤独になってしまった事を後悔しているだとか何だとか言っていたけど、俺からすればそりゃああんた、こんなに口が悪くて偏屈ばかりですぐ人の気持ちを決めつけて、挙句やたらと癇癪起こして手まで上げてたら、周りに人なんか居なくなって当たり前だろうよ。でも俺は他人で、ただの弟子だから、技術さえ学べれば人格や普段の言動がどうであっても別に良い。

 あと二年と少し、我慢して技術を学ばせてもらいますよ。修行が終わった後も年に二回、年明けと誕生日にはがきを送るくらいの縁ならお礼として繋いだままにしてもやぶさかでない。どんなに苦しい思いをしてきたと言っても、師匠のお陰で俺は今日この日を迎える事ができているのだから。好きか嫌いかで言えば嫌いだし、恨み事も言い出せば切りが無いけれど、それでも俺は全部乗り越えてやるし、師匠に感謝もしている。何せ、俺はどうやら強い奴らしいのだから。

 師匠に対する思いを一通り心中(しんちゅう)で述べ終え手持無沙汰となった俺は、気付くと何を思うでもなく、ぱんぱんになった鞄のチャックに付けてある八方手裏剣のキーホルダーを指で撫でていた。

 ……今頃実(みのる)さんはどうしている事だろう。

 意識が薄らいできた。人形、教科書、笑い合う親子。頭に明らかに現実でないものが浮かび始め、現実とそうでないものが脳内で混じりつつある。バスの中で読もうかと思って持ってきた本は、どうやら開く事すら無く終わりそうだ。恐らく俺はもうすぐ眠りに付くのだろう。実(みのる)さんと出逢った時も、そういやこんな感じだった。頭がぐわんぐわんとしていて、なんだかよく分からない感覚。休み時間に教室で机に突っ伏して寝ている時のような感覚。実際の状態は眠りに入っていくのと眠りから覚めていくので、正反対ではあるものの。



 どこかの公園で、赤ん坊を誰かが優しく抱きかかえて、ゆっくりと頭を撫でている。十数メートル程離れた場所にある、木に生(な)った果物を指さして、嬉しそうに何かを赤ん坊に語り掛けている。

 雪だるまがある。真っ赤な手、にんじん。木の枝。ばけつ。

 お弁当、かけっこ。新幹線。

 インスタントラーメン。浮かぶキャベツににんじん。



 綺麗な部屋。ほの暗い温かな灯り。汚れの無い恐らくは白の壁紙に、木のベッド。淡いピンク色のかけ布団。透明のテーブルに陶器のポット、そして二個並んだカップ。

 床に正座し、ベッドに顔を埋め(うずめ)る、綺麗な黒い髪をした女性。

 俺は現実と夢の中とがまだ上手く区別がつかず、この部屋やそこに居る女性が現実の存在だという事にしばらくの間気づかなかった。そしてこれが現実だとして、なぜこんな事になっているのか、さっぱり訳が分からなかった。

 確か俺は高校とバイトを終え、いつも通っていたネットカフェに泊まろうとしたものの今日に限って年齢確認にと身分証の提示を求められ、仕方なく公園の大きな滑り台の下に空いた空洞で雪をしのいでいた。寝袋も毛布も無くこんなところで夜を越そうなど自殺行為ではあるが、少しでも寒さを誤魔化すためにコートにくるまってイヤホンで音楽を聴いて横になっていたはずだ。恐らくそのまま寝たのだろう。

 それで、起きたら見知らぬ部屋と見知らぬ女性。という事は、俺はこの人に助けられた……?そう考えるのが妥当な線だが、意味が分からない。見ず知らずの女性が助けてくれた?顔を上げてもらったら、もしかしたら見知った人…例えば、昔よく一緒に遊んだ近所のお姉さんだったりするのだろうか。いや、俺はそもそも近所の幼馴染達は今では誰とも付き合いが無い。あり得ない話だ。

 困惑していると女性は顔を上げ「あ、起きたんだ。大丈夫?風邪ひいてない?」と、心配そうな声を発しながら顔を近づけ、優しく右手で頭を撫でてきた。近くで見てもやっぱり俺の知らない女性……いや、絶対に親しい相手ではないが、どこかで見た覚えはあるような気がする。

 女性は電気の明るさを上げると、俺が公園で寝ていた事、それを見て心配で負ぶって家に連れ帰った事、お風呂が沸いているので入っても良い事等を告げ、そして何種類か紅茶があるので好みがあったら教えてほしいと訊いてきた。

 俺は訳が分からないと思いながらも、とにかく女性にお礼を言い、淹れてもらったはちみつ入りの紅茶をゆっくりと飲んだ。女性は紅茶を飲む俺をにこにことした表情で眺めながら、そう言えば言ってなかったと言い、自己紹介を始めた。

 女性の名前は生徒世 実(いくとせ みのる)。大学二年生で、この部屋に一人暮らしをしている。そして、今日俺が泊まろうとしたものの、年齢確認を求められた事で諦めたネットカフェでアルバイトをしている。なるほど、そうだ。何か見覚えはある気がしていたのは、そういう事だったんだ。ろくに店員の顔も名前も覚える気など無かったが、ここ半年以上、ほぼ毎日あのネットカフェに泊まっていたのだから、忘れているだけできっとこの女性、生徒世 実(いくとせ みのる)さんの事は何度も顔は見ていただろうし、恐らく本当は会話の一つくらいはあったのだろう。

 実さんはそのまま話を続けた。「どう見ても高校生の子が毎日毎日泊まっていくものだから、ちょっと問題になったみたいでね。他のところみたいに、ちゃんと未成年又は高校生じゃない事を確認しないと後々大きな問題に発展するかもしれないという事で、これからうちでも毎回身分証を確認する事になったのよ」と。確かにそれは当たり前だ。ここでは条例によって未成年又は高校生の、保護者同伴でない二十二時以降の外出は禁止されている。俺は高校二年生で十七歳。完全に条例違反。

 あそこは他のところと違ってその辺が緩いところだったから重宝していたのだが、こうなってしまうとまずい。泊まれる場所の当てが他に無い。あの家には帰れない。今度こそ殺されるかもしれない。……今は十二月。せめてもう少し暖かい季節だったらとも思うが、寝袋や毛布でも買って、公園で生活するのがまだ一番現実的だろうか。

 俺が今後の生活の事を考えていると、生徒世(いくとせ)さんは信じられない事を言い出した。「このお部屋ね、真ん中に引き戸が付いてて、それを引っ張り出すと二つに分ける事ができるのよ。私は明日から向こうのお部屋使うから、きみはこっち使ってね。学校はまだあるの?何時に起きたら間に合うかしら」

 何を言っているんだこの人は。俺を心配してくれているのは分かるが、当たり前のように俺をこの部屋でかくまう事を前提に話を進めている。とりあえず冬休みはまだ先だが明日は土曜日なので学校は休みである事、昼過ぎから20時までバイトがある事を伝え、その上で身支度だけしたらすぐに出ていくと言ったものの、生徒世さんは俺の肩に手をやり「きみ、行く場所無いんじゃないの?」とまっすぐ俺の目を見て語り掛けた。

 苦手だ。この人は、この目は、苦手だ。俺は俯き、布団の柄になっている花が綺麗だな、などと場違いな事を思いながら返答を考えた。行く場所無いんじゃないの?それはそう。全くもってその通り。行く場所も帰る場所も無い。父親も母親もとっくの昔におかしくなってしまっている。父親は俺が居れば俺に、俺が居なければ母親に、とにかく何かにつけて粗を探して怒鳴りつけ、そしてそのまま殴る蹴る。そして母親は父親にされた事と同じ事を俺にぶつけてくる。夜中、目を覚ますとそこに包丁を握った母親が居た事が高校に入ってからだけで三度あった。あんなのは家じゃない。

 学校、公園、古本屋、デパートのイートインコーナー、バイト先、色んなところを転々として夜を待ち、夜になったらネットカフェ『イザナミ』へと向かい、夜を越す。今時、こんな田舎であっても年齢確認もしない緩いネットカフェなんてのは異常な存在ではあったけど、そんな異常な存在が、辛うじて俺に生きる場所を与えてくれていた。

 両親ともに、別に俺に対して執着は無いのか、家出生活を送りながら堂々と学校にだけは通っている俺に対して、先生から、何か親から連絡が来たというような話は来なかった。多分、問題さえ起こさなければ別にそれで良いという事だろう。授業料だって国が負担してくれていて、家に帰らなければむしろその分だけ食費も浮くわけだし。変に歪んだ愛情で執着されるよりかは、こうして無関心で居てくれる方がありがたい。

「あの、本当に助かっているのですが、俺未成年なんで、親が騒いだらお姉さん逮捕されますよ?迷惑かけたくないので、出て行きます。家だって別に帰りたくないだけで、ありはするので」

 俺は昔から、必要とあらば平気で嘘を吐く奴だ。家なんて無い。あるのはただの、屋根と壁のある空間。雨と風を防げる空間、それだけ。あんな物は家じゃない。それに親が今更騒ぐわけがない。

 目を伏せたままの俺に、生徒世さんは静かに、しかし力強く答えた。「私は別に、逮捕されても構わないわ。そんな事よりきみは今、きみだけのために、ここに居る方が良いか出て行った方が良いか考えて?」

 いや本当に何を言っているんだ、この人は。意味が分からない。逮捕されても良い?いや、本当に意味が分からない。それと、今考えるべき事は他にもっとあるのだけど、こんな若い女性がこんなこてこての昔ながらの女性言葉を使ってしゃべるのも初めて見た。なんだか漫画や小説の中の人物のような女性だ。とても現実に存在している人間とは思えない。

 俺は結局『なるべく迷惑はかけない』などという最低限の言い訳を背に生徒世さんの厚意に甘え、しばらく世話になる事としてしまった。最初、寝かせてもらっていた立派なベッドやらガラスのミニテーブルやらを俺がそのまま使わせてもらって、生徒世さんが自分用にわざわざ折り畳みのベッドやら新しい折り畳みの机やらを買い直す事を前提に話を進めて来ていたので、流石にそこだけはせめて反対にと押し通した。

 そして、その流れで名前を訊かれたので「谷村 静広(たにむら しずひろ)です」と、それだけ答えれば良かったものを「ただ、苗字は親と同じ苗字だし、静(しず)は母親の、広(ひろ)は父親の名前を一文字ずつ持ってきて付けられた名前なので……この名前は嫌いで、ごめんなさい。呼ばれたくありません」などと甘えた我儘が口から漏れ出してしまった。

 それを聞き、生徒世さんは顎に左手の指をやり小首を傾げ「なら、何か本名と全然関係ない呼び名、あだ名を考えましょうか」と言うと、そのまましばらく考え込み、俺が「あの、すみません変な事言って。普通に苗字で呼んでくださればそれで大丈夫です」と口にするより一瞬早く「おもち君!」と言い、顎の前で両の手のひらを柔らかく合わせた。おもち君……?あまりに突拍子の無いそのあだ名に、何も言えずに居ると生徒世さんは「だってほら、お餅って凄いのよ?鏡餅、菱餅、桜餅、草餅、わらび餅、お萩餅(おはぎもち)、年中どんな季節にも姿を変えて存在していて、それぞれのお祝いごとに寄り添ってくれるの。縁起の良い物なのよ」と、お餅という存在に対する思いを口にした。

 その後もしばらく生徒世さんはお餅の素晴らしさを説き続け、俺は一応ちゃんと真剣に聴いて、生徒世さんのお餅という存在への思いは分かったものの、それがどうして俺のあだ名になるのかはさっぱり分からないままだった。しかしながら俺はこの人に頭が上がらないわけで、仕方なくその『おもち君』という素っ頓狂なあだ名を受け入れるほかなかった。また、せめて少しでもそのあだ名をポジティブに受け取ろうと自分の中で色んな理屈を作り上げようと努力はしたものの、ついぞ良い考えは何も思い浮かばなかった。

 とは言え、生徒世さんの『おもち君』発言に、少し気が抜けたというか。緊張の糸が切れた感じがして、少しだけ気が楽になったのを感じた。ああ、まあ、なるほどなあ。確かにお餅って色んなのがあって……どんな季節にもその季節特有のお餅があって。考えてみれば結構凄い物なのかもなあ。



 その日から俺は、生徒世さんの家で夜を越し、そこから学校やらバイトやらに向かい、空いた時間にせめてもの恩返しに生徒世さんの部屋以外の水回り等の掃除やあらかじめ聞いていた内容の買い物やらをするという生活を送るようになった。お互い気まずくなってしまうだろうという事で、洗濯は別々に、自分の分だけを行う。朝食はパンを俺があらかじめ買って用意しておいて、夕食は実さんが作ってくれる。タイミングが合わなければ俺の部屋のテーブルに置いてくれて、合う時は一緒に食べている。昼食は夕飯の残りを詰めてお弁当を持たせてくれる。そこまでしなくて良いと言っても、実さんは元々してた事が二人分になっただけだから良いのと言って聞かない。お揃いのお弁当。なんだかむず痒い。

 そんな生活を送るようになって早二か月。当初は少し落ち着いたら出て行こうと考えていたものの、やっぱり改めて探してみても未成年を年齢確認もせずザルに泊めさせてくれる施設は中々存在せず、なんだかんだとずるずるこの生活を続けてしまい、生徒世さん……実(みのる)さんも実さんで「良いじゃない、女性の一人暮らしは危ないんだから。おもち君が居ると私も安心できるなあ」などと言って、明らかな嘘を吐いてまで俺に居て良い言い訳を与えてくれている。何が女性の一人暮らしは危ない、だ。そんな事考えてる人がほとんど何も知らない男を自分の部屋に上げた挙句、そこにずっと住まわせたりなんてするか。しかも俺にどんな事情があって家出しているのかすら、一度たりとも訊いてこない。

 考え出すと段々とイライラしてくる。なんでこの人はこんな能天気なんだ。なんでそんな簡単に人を信じてしまうんだ。そんなだと、いつ誰がその善意を食い物にしようと近付いてきて、この人の幸せを全部台無しにしてしまうか分かったものじゃない。大学に通っていると言うが、大学ではどうなのだろうか。良くない人達に絡まれていないだろうか。同情心に付け込んでお金をせびってくるような輩だとか、下心しかない腐った男だとか、そういうのに狙われていないだろうか。

 何を考えている。ああ、だめだだめだ。俺は一体何様のつもりなんだ。保護してもらっている立場で、親か何かのつもりか気色悪い。

 ……この前の、実(みのる)さんの誕生日。楽しかったな。プレゼントも大げさなくらいに喜んでくれたし、何より、生徒世(いくとせ)さんを実(みのる)さんって呼ぶようになったのも、あの日からだった。

 あの日、ケーキを食べる実さんが何を思ったのか急に「おもち君おもち君、良かったら私にも何かあだ名つけてよ」と言ってきたから、俺は動揺して「え、えっと、手裏剣」と、おもち君を馬鹿にできないようなへんてこな事を答えてしまった。しまったと思う俺の気持ちとは裏腹に、実さんは手裏剣……というか忍者に興味があったようで「どんな手裏剣?平たいの?棒状なの?」だとか「ええ、八方手裏剣?それも悪くはないけど……私はやっぱり苦無(クナイ)手裏剣が一番好きなのよね」だとか。不意に始まった手裏剣の話題は妙な盛り上がりを見せた。

 ただ、実さん本人がどんなに手裏剣に興味があろうが、俺は実さんをあだ名で呼ぶのがはばかられた。まして手裏剣って。確かに俺にとって実さんは手裏剣みたいな人って印象ではあったけど、だからとてあだ名としては全然しっくり来やしない。だから「生徒世さんはその名前がとても綺麗だから、あだ名じゃなくて名前そのもので呼ばせてください」と言うと、実さんは「でも実(みのる)よ?小さい頃からずっと、自己紹介すると『あれ、実(みのり)じゃなくて実(みのる)なんだ』って毎度のように言われるのよ」と、初めて自身の名前に対する不満を口にした。俺は素直に思った通り「でも生徒世さん、意志が強い人……だと俺は思うんです。だったら実(みのり)よりも実(みのる)の方が、なんというか強い意志を感じて、生徒世さんに似合っていて素敵ですよ」と答えたところ、どうにもそれが実さんにとっては嬉しかったようで「ええ、ありがとう!」と、そして「ね、せっかく似合ってるって思ってくれるなら、おもち君、私の事、生徒世さんじゃなくて実(みのる)さんって呼んでよ」と続けた。

 実さんにそんな意図は無いのかもしれないけど、俺は苗字でなく下の名前で呼べる事に、親しさがより増したような気持ちになって少し嬉しくなった。ただ、こういうのも言ってしまえば結局のところ下心の一種だろう。そう考えると自己嫌悪が襲ってくる。そう、下心。月日とともに、自分の中に生まれてほしくない気持ちが生まれてきている事を自覚させられる。口にしたくない、言葉にもしたくない。醜い下心。

 実さんが友達と一緒に遊んできただとか友達と一緒に何か食べてきただとか言う度に俺は「良かったですね」だの「実さんが楽しそうで俺も嬉しいです」だの、嘘ばかり吐いている。俺は必要に迫られれば平気で嘘を吐く。実さんの友達なら、それはきっと良い人なのだろう。心配?いやいや、違う。違う違う。それも嘘なんだよ。俺の中の、言葉にしたくない汚れた(けがれた)気持ちを誤魔化して正当化するための嘘。

 醜い。実さん、あなたの目に映る俺はどんな人間なんですか。そんな、能天気に安心して「帰るタイミング合わない事も多いだろうから」なんて言って当たり前のように合鍵まで渡して。毎晩毎晩、鍵すら無い薄い引き戸一個挟んだだけの隣り合った部屋で寝て。タイミングが合った日は「せっかくだから一緒に食べようよ」なんて言ってお鍋持ってパジャマ姿で部屋に入ってきて。危ないとは思わないんですか。俺はそんなに大丈夫な奴に見えるんですか。……俺には将来の夢も目標も、生きる理由も特に無くて、ただただ死ぬ踏ん切りが着かないから生きてるだけだったけど、一個だけ『こうなりたい』というものがあるとしたら、それは実さんの目に映る、実さんが安心していられる俺になりたい。こんな汚れた感情にまみれた俺じゃなくて、実さんの目に映る俺になりたい。

 実さんの目から逃げずに済む自分に、なりたい。なりたい。なりたいのに。




(後編)
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