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2022年06月04日17:27

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「戦争は女の顔をしていない」その15

「お母ちゃんお父ちゃんのこと」の章

(ベラルーシの村でベンチにいたおばあさんたちが口々に言ったこと)
「あたしゃねぇ、あんた、対独戦勝記念日って嫌いだよ、泣けてきちゃってさ。
どうしても泣けちゃうよ、考えると全部思い出しちゃって。
幸せは山の向こう、悲しみは背中にしょっているのさ。
ドイツ軍は火を放って、それから何もかも持って行っちゃったんだよ。
あたしたちは灰色の石の上に取り残された。森から戻ると何もない。
猫だけが残ってた。何を食べていたのかって?夏は森に行って野イチゴやキノコを集めた。
小屋いっぱいの子供のぶんだよ。」
「戦争が終わって、コルホーズに行って働いたよ。刈り取り、脱穀もした。
鋤を自分で引いてさ、馬もいなかったんだよ。殺されちゃった。
犬だって撃ち殺されてた。おかあちゃんが言ってた。
死んだら魂がどうなるかは知らないけど、両手は休めるんだろうね、って。
あたしの娘は10歳だったけど、あたしと一緒に刈り取りをやったよ。
あたしたちはせっせとひたすら刈り取った。太陽は森の向こうに落ちていく。
あたしたちにしてみればお日様を上に戻したいくらいだった。
昼間が短すぎるんだよ。二人分のノルマをあたえられてさ。
支払いは何もなし、日誌に労働日数の印がつくだけさ。
夏中畑に出て、秋になっても一袋の小麦ももらえない。
ジャガイモだけで子供たちを育て上げたんだよ。」

注釈;
戦争後、スターリンは外貨を稼ぐために小麦をほぼすべて輸出した。
農民には分配されず、特にウクライナでは餓死者が続出した、という。

「家にゃ子供しか残ってなかった。長椅子もない、長持もなし。どんぐりを食べたり、
春には草を…。娘が学校にあがって初めて靴を買ってやった。
靴を履いたままベッドに入ってたよ、脱ぎたくなかったんだね。そういう暮らしだった。
人生の終わりが近づいてるけど何も思い出ってもんがない。戦争だけ。」

「村に捕虜が戻ってくるから身内の者は引き取っていいといううわさが広まってね。
村の女たちは駈け出してった。」「
「あたしも次の日には行ってみたけど、身内は見つからなかった。
誰かの息子を救えるならそれでいいわ、と思ったさ。黒髪の若者が目についたんだよ。
あたしの今の孫と同じサーシコって言ったよ。18歳だった。」
「ドイツ軍に塩漬けの脂身と卵をやって、神かけて弟です、って十字を切ったよ。
サーシコは家に連れてきても卵1こも食べられない、それほど弱ってた。」
「この人たちが村に来てから一か月たたないうちに汚い野郎が現れた。
みんなと同じに暮らしてた所帯持ちで子供が2人あるんだけど、ドイツ司令部に
身内じゃない者を引き取った家がある、とご注進におよんだのさ。
翌日、ドイツ人がオートバイでやってきた。あたしたちは跪いて頼んだよ。
奴らは嘘をついて、もっと家に近いところに運んでやると言うのさ。
サーシコにおじいちゃんの背広をあげた。生き延びられると思ってさ。」
「奴らはサーシコを村はずれに連れて行って、銃殺してしまったのさ。
一人残らずだよ。まだほんとに幼いと言っていい、年のいかない若い衆をさ。
その人たちを引き取ってた9つの家族の者が葬ってやることにしたんだよ。
5人が穴から引っ張り出して、4人はドイツ兵が襲ってこないか見張りに立ったのさ。」
「手では触れないんだよ。夏の暑いときで、4日も穴に放ってあったんだから。
シャベルじゃ傷つけちまうし、用心しながらテーブルかけに乗せて引っ張り出した。
自分たちだって穴に落っこちそうになりながら、森の中で大穴を掘って一列に並べた。」
「1年間というもの、あたしたちはサーシコたちのことを思って泣いたさ。
みんな思いは同じだよ、自分の息子や夫はどうしているだろう、って。
戦地にいるなら帰ってくるけど、土の下じゃ帰ってこないからね。」

「あのひとがそこに腰かけているような気がして、窓の向こうをのぞいてみる。
夕方になるとそんな気がして仕方ない。あたしはもう年取ってしまったけど、
あの人はいつまでも若いままさ。送り出したときのまま。
女たちには戦死公報が送られてきた。あたしに来たのは行方不明の通知。
10年間待ち続けた、今でも待ってる。生きている限り、何にだって望みがある。」

「ある占い女が教えてくれたのさ。
みんなが寝入ったあと、黒いスカーフをかぶって鏡のそばにお座り。
そうすると亭主があの世からやってくる。さわってはいけないよ。話すだけ。」
「あたしは一晩中待った。そして明け方に夫が出てきたの。何も話してくれない。
黙って涙を流してる。三度ほどそんなふうに現れたよ。呼び寄せると泣いてる。
もう呼び出すのをやめたよ。かわいそうだもの。」

「あたしたちのことは書かなくていいよ、覚えていてくれたらそのほうがいいよ。
こうやってあんたと話をしたってこと、いっしょに涙を流したってこと。
あたしたちと別れて行く時にゃ、振り返ってあたしたちを見ておくれ。
他人行儀に一度じゃなくて、身内がやるように二回だよ。
それだけで他には何もいらないよ、ただ振り返ってくれりゃあ…」

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