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2020年06月11日09:31

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連続ブログ小説 淋しい生き物たち−少女の欲しかった日 第55話

「女将さんからお借りした服がそうしてくれたんだと思います」
 おばあはまた笑みを噛み潰しながら、言った。
「あんな下らん服は何の役にも立たん。ハリちゃんの肌が強かっただけの話や。もともとつるつるやしな。私はあのお湯に嫌われとるが、ハリちゃんを嫌うもんはおらん」
 おばあの顔が昨日とは少し変わったような気がした。照れを飛ばすようにおばあが言う。
「さ、下らんもんしかないが食べ。タケノコばっかりで悪いがな、このタケノコは」
 食卓に並ぶタケノコ料理を見て語った。
「この三島のタケノコは」
 昔から大名筍と呼ばれ、絶品なのだと言う。促されてお浸しを口に運んだふたりは声をそろえて、違うことを言う。
「うまーっ!」「あまーっ!」
「じゃろ。築地か豊洲か知らんが、あっちでは1本2000円の値が付く。大名筍はタケノコの王様や」とおばあは言った。その言葉に偽りはないとふたりは思った。
 おばあは昨日以上に語った。大名筍はふたりが見た限り島のどこにでも生えていたが、道端のは陽を浴びるので硬くなり、えぐみも多少出るので、奥に入らないとだめなのだと言う。タケノコと言えば、土から顔を出す前に掘り出さなければならず、まだ目に見えないタケノコを探り当てるところに名人の技があるのだと彼は認識していたが、それは孟宗竹の話だろう、出てないものをどうして掘ることができるのかと、おばあは一蹴した。人の山に入ってはいけないが、入会権とかはないのだそうだ。
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 おばあの話がヒートアップしていく。それはおばあのタケノコ愛に色濃く味つけされており、中立的に考えてどうかと思うようなこともなくはなかったが、どんな味つけでもこのタケノコが美味しいのと同じように、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、おばあのタケノコ愛は心地よかった。そうか、それでこの民宿の屋号は「竹」なんだ。
 昨夜と同じように、クジャクがときおり鋭く鳴いた。
「明日はな、悪いが早うからタケノコ採りに行く。朝飯と弁当は用意しておくで、勝手に食べてくれ。タケノコは早い方がええでな」とおばあは言った。
 タケノコの他にもおばあは島を語った。おばあの来歴は知らないが、長い時間をこの島で暮らし、この島で辛く、この島で恵まれた、その長い時間を芯から大切にしている人なのだと彼は思った。それがずっと寂しい時間だったのか、幸せと寂しさを繰り返す時間だったのかという話は別にして。
 そんなおばあの語りを楽しみながらふたりが食べているとおばあの古い携帯が鳴り、「何やこんなときに」とぼやきながら隣室に消えたおばあの応答している口調からすると、ずいぶん深刻そうな電話だった。ふたりはおばあが出てくるのを待ったが、おばあの電話は長い間終わらなかった。諦めて食器を流し台に戻し、ふたりは部屋に戻った。昨日と同じように、布団の上に並んで横になる。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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