日本も世界も、コロナ・ウイルスの感染拡大が止まらない。2月後半以降のコンサートやイベントは、すべて中止となり、自宅にばかりいると、必然的にCDを聴く時間が増える。
ベートーヴェンの弦楽四重奏(薦められたブダペスト四重奏団)、あるいは、久々に買ったエソテリック製のSACDとともに、ある指揮者の音源を手にすることが多い。
その名は、クラウス・テンシュテット。
もちろん、クラシック好きであれば、知っている名前だろう。簡単に経歴を振り返る。
1926年、後の旧東ドイツ領生まれ、音楽家となり、1971年に妻と亡命。70年代後半、それまで無名だったが、英米で一躍、人気指揮者となる。特にロンドンフィルとのマーラー交響曲全集録音は高く評価された。
ヘビースモーカーで、1985年に咽頭ガンを発病、療養と復帰を繰り返した後、93年に引退、98年に死亡、71歳だった。
これだけ見ると、50歳を過ぎで突然、世界的な指揮者となり、15年の短い活動で病魔に倒れた不遇の指揮者と言える。
テンシュテットは、この15年の間に、EMIに、マーラーだけでなく、それなりに多くのスタジオ録音を残した。
ところが、この人を特別にしているのは、病魔に倒れたあたりから死後何年たっても、過去のさまざまなコンサートのライブ録音が次々とCDとして発売され、彼の音楽を渇望するファンが聴き漁ったことだ。ライブ録音であるから、放送用のもの、あるいは、音質が悪いものも多いが、ファンはそんなことはお構いなしだった。
おかげで、正規録音を上回る数のライブCDを聴くことができる。
何が、ファンをそこまで、熱くするのか。まさに1曲入魂。実際に、終演後に精魂尽き果てて倒れこむことも多かったようで、演奏にかける熱量、必死さに心打たれる。
音楽のビジネス化が進んだ20世紀終盤、人気指揮者は、飛行機で世界各地を飛び回り、巨額のギャラを手にした。しかし、それらの演奏は、美しく整えられてはいるが、ともするとルーティン化になりがちであった。
そのような時代に現れた突然変異が彼だった。
指揮の技術がうまいわけでなく、演奏も美しく磨かれてはいない。
「石をぶつけられたコウノトリ」
長身で、ばたばたと両手を動かす不器用な指揮姿についたあだ名だ。
オケの団員には、拍の指示がわかりにくい。それでも、ロンドンフィルだけは、彼のために、必死に演奏をしつづけた。他のオケは、弾いてられないとケンカ別れした。
長身で、拍がわかりにくく、それでも特別なオケは従い、ファンは熱狂する・・・と言えば、そう、ファンは、フルトヴェングラーの生まれ変わりを見たのかも知れない。
「へたうま」「超一流の下手くそ」
自分に自信を持てなかったテンシュテットは、ファンが盛大に拍手すればするほど、本当によいのだろうかと深く悩み、次の機会は、もっと必死で指揮をした。タバコの本数の増加と多大なストレスは、彼の身体にダメージを与えた。
咽頭ガンに冒されてからも、彼は何度も指揮台に復帰しては、また倒れた。それらの演奏会一つ一つは偉大な記録として残っている。
彼は、決して不遇の指揮者ではなかった。ファンに愛され、音楽に愛され、聴く者を幸福にさせる唯一無二の音楽家だった。
今夜も、そんな彼のCDに自然と手が伸びてしまう。
君はテンシュテットを聴いたか。
もし聴いていなければ、人生の楽しみの一部を知らないことになる。
彼の音楽が好きな人であれば、必ず友だち同士になれるだろう。
<推せん盤>
正規録音・ライブ録音のすべて。マーラーの演奏ならどれでも。
私的には、ブルックナー交響曲第8番、ブラームス・ドイツレクイエムほか。
ログインしてコメントを確認・投稿する